過去
特畜達のルーツを知ったサゴシ。三人の散歩は続く・・・
兵機庁西灯支部家畜棟。
セロリ専用のコンピュータールーム。
セロリは本来の姿のままで、椅子の上で身体を丸めていた。
耳に繋ぐコードは、休息日の為、半分程減っていた。
一昨日の任務を基に、ダイダイ関連の情報を探っていた。
・・・・た・・・・
ピクンとセロリは鼻を動かした。
・・・・すけ・・・・
大量の電気信号の中で、異質なものがある。
それはまるで、自分に送っているようだ。
だが、そんなはずはない。
自分の存在は気付かれない様に細心の注意をしている。
・・・・て・・・・
セロリは身体を起こした。
目の色は青く光ったままだ。
バグでもウイルスでもない。
攻撃性は全くない。
だがやはり、この信号は自分宛てに送ってきている。
それは一瞬で消える為、女主人に報告する根拠が残らない。
セロリは頭の片隅にある自分用の脳で、その信号達を繋げた。
「助けて」
◇◆◇
兵機庁西灯支部敷地内
ムギは微笑みを浮かべ、サゴシと向かい合っていた。
餡は無言でサゴシとムギを見ていた。
心地好い風が、三人の身体を通り抜ける。
「今日は気分が良いわ。
特別にアタシの秘密を教えてアゲル。
あなたが見ている特蓄資料にも書かれていないことよ」
ムギはクスリと笑った。
「アタシは家畜と動物の間から産まれたの」
「何だって!?」サゴシは目を見開いた。
動物・家畜間で子を作ることは、家畜管理法で世界的に禁止されている。
発覚した場合、家畜管理側・販売側が大きく罪に問われる。
そして子は胎内外問わず、殺処分が原則である。
「歩きながら、話すわね」
◇◆◇
「アタシの父親にあたるニホンジカは、老舗企業を世襲制で経営していたの。
だけど、彼の妻が病気で妊娠出来ない身体になってしまった。
親族は妻を激しく責め、二人は離婚させられそうになったの。
そこで父は裏取引で愛玩用家畜の繁殖種を購入した。
家庭用に販売される家畜は、避妊処置が絶対。
でも父はわざと妊娠できるニホンジカ家畜を手に入れたの・・・」
サゴシは軽い吐き気を感じた。
とても平静では聴いていられなかった。
「やがて、父の子としてアタシが産まれた。
父はとても大切に育ててくれて、教育も受けさせてくれた。
だけど、一歳になる手前で販売業者が家にやって来た。
禁断の子の存在に耐えきれなくなった彼の妻が密告したの。
慌てた業者は警察にバレる前にアタシを処分しようとした」
「一歳・・・。
嘘だろ。とっくに自我も芽生えているはずなのに」
サゴシの声は震えていた。
「突然服を脱がされて、毛布も与えてくれない。
薬と鎖で、無理矢理四足歩行姿に戻されて、トラックの荷台に入れられたわ。
生い立ちなんて知らないアタシは、猿轡を噛まされた」
ムギは話すのを一旦止め、大きく息を吸って吐いた。
「その時現れたのが、さっきの鈴という家畜専門の仲介屋。
奴は後始末も請け負い、アタシを兵機庁に連れて行った。
鈴は先代の頃から、兵機庁に愛玩用家畜を届けていたわ。
奴は化けキツネなのよ」
ムギの話を聞き、サゴシは妙に納得した。
周りを気にしない風貌。
キャンディから絶大なる信頼を得ている動物。
化けキツネ、化けタヌキ、化け猫
ごく一部の鹿、猪。
灯のとが国として成立する以前から存在し、侵略者から逃げ、対立し、協力した。
寿命も何もかもが未知なる生き物。
この国で「トランスフォーメーション」を「化け」と称することになった要因だ。
「アタシは運が良かったの。
祖父が化けの才能に恵まれていたらしく、アタシもその素質を持っていた。
父が早くに教育を受けさせたのもそのおかげよ。
(※この世界で教育を受けるには、二足歩行姿を維持したまま日常生活を過ごせることが必要。
動物達は幼い頃からトレーニングを受け、二足歩行姿に化けられるようになる。
化け能力が高いと、この条件が早い段階でクリアできる。
種によって寿命が異なる為、教育を受ける年齢はあまり重要視されない)
兵機庁でアタシは記憶を消され、意思のある家畜として訓練を受けた。
身体が成長したら、研究用に精子をたっぷり搾り取られて、最後は睾丸を切除された。
軍の管理外で、子孫を遺させない為にね」
ヒュッと、ムギの手刀が下腹部辺りで空を切った。
「希少な精子だから、様々な国内研究に活用されているみたいよ」
ムギはサゴシを見た。
彼は目を背け、眉間に皺を寄せていた。
「ああん、そんな怖い顔しないでよ。
だいじょーぶ。アタシの脳には何も残っていないから。
動物として生活していた思い出も実感もね。
今話したことは、テキストとして種を植え付けられただけ。
今後アタシの出生を知る動物に会っても、動揺しない様にね」
そう言って、ムギはサゴシの腕にしがみついた。
サゴシは抵抗しなかった。
「だから、ちゃんとあなたも、アタシ達を家畜として扱ってね」
サゴシはムギの方を見た。
以前、彼が言っていたことを思い出す。
絶対、リジェクト(特畜体内の爆破装置を起動させること)する時は迷わないで。
あなたが責任を持って、処分して。
最後までアタシ達を家畜でいさせて。
◇◆◇
「もう、長老ったら!
興味がないからって、そっぽ向かないでよ!」
ムギが餡に話しかけた。
彼女は二人に背を向け、家畜飼育場を見ていた。
餡は飼育場の方へ歩いて行った。
緑色の芝生を囲む低い柵の向こうには、数十頭の豚がフゴフゴと歩いていた。
丸々としているが、まだ若い豚のようで、走り回る奴もいた。
飼育員のロバ達が一ヶ所に固めようと苦労していた。
すぐ傍にコンテナがあるので、これから出荷されるのだろう。
「軍で使用される食肉は、畜局が育てているんだっけ。
もっと味の方も品種改良してほしいもんだぜ」
サゴシが柵に寄りかかりながら言った。
「あれを見ていると、お前達が家畜だなんて信じられないよ。
意思がある家畜なんて、有り得ないもんな」
「それは違う」
発言したのは餡だった。
彼女はサゴシの隣に立っていた。
「特畜と家畜の違いは、意思を動物に伝えられるか否かだ。
意思は家畜にも存在する」
「だけど、家畜に意思があったら管理できないぞ。
暴動や混乱の原因になるからな」
サゴシは意見を述べた。
彼女と会話していることに少し驚いていた。
「それは動物の思い込みだ。
家畜は、意思を表現できる術を持っていないだけだ。
思考、言語、行動、これらを得ていないから、動物の道具として生きるしかないのだ」
餡は左手を柵に添えた。
目立たない様に少しだけ手袋をずらし、直接柵に触れていた。
その状態で餡は、サゴシを挟んでムギを見た。
ムギは何かを察したのか、指でサゴシの腕を叩いた。
ムギ『長老がちょっとイタズラするみたい。
黙っててね』
サゴシ『了解』
小さく音を立て、数メートル離れた所の柵が壊れ倒れた。
壊れた場所は、豚の集団から近くだった。
「しまった!」ロバの飼育員が叫ぶ。
走り回っていた一頭の豚が壊れた柵から抜け出したのだ。
餡は走り、素早い動作で先回りし、豚を捕まえた。
「そいつを渡せ!」
飼育員は歩きながら餡に近付いた。
「これが噂の特蓄か。よく出来ているぜ」
引き返そうとする飼育員の腕の中で、豚はジタバタ暴れた。
もう一人のロバが近付き、豚に電気ショックを与えた。
「これは駄目だ。処分だな。
タグをスキャンしてくれ。
確か、これの繁殖種がまだ現役だったはずだ」
タグに小型機械を当てた飼育員が目元を歪ます。
「ヤバいぞ。
これと同じ両親の子豚が、先週八頭も産まれてやがる。
すぐに報告だ」
一連のやりとりを、サゴシとムギは餡の方へ歩きながら見た。
餡はサゴシに再び話しかけた。
「行動のチャンスを与えられたあの豚は逃げた。
逃げたいという意思を動物に伝えたのだ。
他の豚は逃げる欲望を持っていないか、逃げるという選択肢をとらなかったのだ」
餡はそれ以降、何も話さなかった。
「可哀想に。
柵の老朽のせいで、何頭のブタちゃんが死んじゃうのかしら?」
「たかが偶然の事故なのに?」
サゴシは言った。
「知らないのぉ?
少しでもおイタな家畜がいたら、遺伝の心配を取り除く為に、血縁ある家畜は皆処分されちゃうのよ。
ルールでは「原因を追究して改善に努めるように」ってなってるけど。
忙しい飼育員さん達がそんなことやってられないでしょ。
三等親位の範囲で処分した方が楽なのよ」
サゴシもルールや処分のことは知っていた。
しかし、こうも安易に処分されることに戸惑いを見せた。
「この暗黙のルールは、当然アタシ達にも適用されるのよ」
ムギはニヤリと笑った。
「あなたのポカにアタシ達が巻き込まれると、長老のお姉様もゴミ捨て場行きよ」
再びムギはサゴシの腕をギュッと握りしめる。
「これからも大変だと思うけど、頑張りましょうね!」
◇◆◇
日差しは強く、太陽は真上に昇っていた。
「そろそろ戻らないとね。
あまり日光の下に居すぎると、長老に使う美容液の量が増えちゃうわ」
ムギは腕時計を見ながら言った。
「長老のメンテナンスは、どの特畜よりも大変なのよ。
客観的な美貌と、兵器としての役目を両立させないといけないからね」
三人は静かに芝生を歩き始めた。
沈黙を破ったのは、やはりムギだった。
「ねぇ、あなたの話を聴かせてよ。
どうして特畜隊に入ったの?」
「何で、言わなきゃならないんだよ」
サゴシは面倒そうに答えた。
「良いじゃない。
アタシと長老の秘密は教えてあげたんだから、今度はあなたの番。
それとも、ミストレス達には聴かせられないヤバい理由?」
ムギはジッとサゴシの横顔を見ながら歩いた。
その視線にウンザリしたサゴシは、ため息をついた。
「どうせ、少佐の方では、調査済みだろうしな」
サゴシはぐんと腕を伸ばし、ストレッチをした。
「俺がここにやってきた理由は、ある記憶の種を探す為だ。
長年調べてきた結果、ここにある可能性が最も高いと思ったんだ」
「何の記憶?
もしかして、あなたの?」
「いや、餡の記憶だ」
先を歩いていた餡がチラリと振り返る。
「どういうこと?
二人は知り合いだったの?」
ムギの質問をよそに、サゴシは餡の方を見つめていた。
これで第三章の前半終了です。後半はサゴシの過去が語られる予定です。読了ありがとうございました。引き続き頑張ります。