家畜
休息日の朝、特畜達は相変わらずの様子で、朝食を済ませる・・・
兵機庁西灯支部家畜棟。
朝食を終えた四人は食堂を出る。
エレベーターへ向かう時、ムギがサゴシの左腕に抱きついた。
「うわっ」
サゴシは離れようとしたが、案外強い力でムギは握る。
「ねぇ、この後デートしましょ」
「断る」サゴシは即答した。
「そんなこと言わずに。
私と、サゴシと、長老の三人でデート」
「餡も?」
ムギは妖しい視線を送りながら、巻き付けた手を動かし、サゴシの脇腹に触れた。
「やめろよ・・・」
二人はそのままエレベーターに乗った。
夏がボタン操作をしている。
特畜達の寝室階へ移動するのだ。
スー、トン、トン、スー、トン
ムギの指が一本、サゴシの脇腹で動く。
元特任諜報部だった彼はすぐに気付いた。
それは二種類の動きや音の組み合わせで送る信号だった。
※読者様の世界で言うモールス信号のようなもの。
ムギ『声も姿も監視されているけど、これならバレずに秘密の会話ができるわ』
サゴシも左手の指を動かし、ムギに触れた。
サゴシ『意味ないだろ。
お前達は定期的に記憶を洗い出される』
ムギ『その頃には時効よ。
女主人も黙認してる。
ミストレスは私に動物以上の行動力を求めているの』
「ミストレスの指示よ。
サゴシも連れて行きなさいって」
エレベーターを降りながらムギは言った。
陸稲とタテガミ、そしてムギはそれぞれの部屋に入る。
サゴシと夏がサゴシの部屋の前に立つ。
「10分後、エレベーター前に来ること。
それまでに着替え、脱いだ服は洗濯籠に入れること」
夏がコマンド入力のように命令した。
◇◆◇
夏の引率の元、二人は建物外に繋がる扉へ向かった。
そこには冬と餡が立っていた。
餡はキャップの上からフードを被り、サングラスとマスク、ストールを首に巻き、長袖の先は手袋。
足も長ズボンと靴で覆われている。
タグとサングラス以外ほとんど白い布で、皮膚が見えない。
「昼食の時間30分前までに戻ること」
夏はそう言うと、ドアを開けた。
風がフワリと入ってきた。
「サゴシ、絶対に餡に触れるなよ」
ギッと夏は睨みながら言った。
「だ~いじょうぶ!
アタシがガッチリ見張っているから」
ムギは更に強くサゴシの左腕を握りしめた。
朝日が優しくふりそそぐ。
丁寧に手入れされた芝生を眺めながら、三人は動かない方の歩道を歩く。
「どこに行こうとしているんだ?」
「あなた最近ミストレスに反抗的でしょ?
だから、ミストレスのお仕事している姿を見せようと思って」
「は? 別に反抗してねーし」
「良いじゃない。
あんまり他の棟の中を見る機会もないんだし」
数分後、三人はある棟の中へ入った。
見た目は家畜棟と変わらない白い四角形だった。
自動ドアが開き、棟内の動く歩道が、三人をどこかへ連れて行く。
やがて歩道は止まり、ガラス張りの向こうに動物がいるのが見えた。
ガラスに背を向け、キャンディとマキ、雄の黒毛雑種犬とセントバーナード犬が横並びで着席している。
向かいの壁にドアがあった。
「時間になったわ、中に入れてマコ」
キャンディは口から棒付きキャンデーを取り出し、袋に包んで机に置いた。
ドアが開き、マコを先頭に二人の動物が入ってきた。
一人は頭から白いシーツのようなものを被っている。
フラットシューズを履いたひざ下だけが見え、雌ヒトであることが分かる。
もう一人は雄のキツネだった。
キャンディ以外の三人が、身体をピクンと動かした。
サゴシは、キツネの獣臭に反応したのだと察した。
年季の入ったハンチングを被り、ヨレヨレのジャケット、泥汚れがついたままのチノパン。
バサバサの毛並みに、尻尾の端や鼻先が茶色く汚れている。
この男にはエチケットという概念がないようだ。
「相変わらず、動物を試す恰好をしているわね」
キャンディは言った。
廊下にスピーカーがあり、サゴシ達も会話が聴けるようになっていた。
「少佐、ご無沙汰してます。
なぁに、今日のパンツはまだ六日目ですから、キレイですよ」
雄キツネはニヤッと笑った。
セントバーナード犬が隣の黒毛犬に小声で話しかけている。
その横顔はひどく不快そうだった。
「それが、例の家畜ね」
「ええ、早速ご覧ください」
雄キツネは黒く短いムチを取り出した。
ヒュッと振り、音を鳴らす。
すると雌ヒトはバサッと白い布を身体から落とした。
「あっ・・・」
サゴシの口から小さく声が漏れた。
艶やかな黒い髪が背中の中央まで伸びている。
潤んだ黒い瞳、口元はほのかに笑みを帯びている。
胸と腰下だけに包帯を巻き、きめ細やかな肌を指先まで露わにしている。
サゴシは隣に立つ餡を見る。
ガラスの向こうにいる雌ヒトの顔は、餡にそっくりだった。
引き締まった身体を持つ餡とは対照的に、柔らかそうな肉でしなやかに曲線を描いている。
「見事でしょう。
央灯の歓楽街で、動物の女よりも稼いでいましたから」
「性的玩具と聞いていたが、本当なのか?」
黒毛犬が尋ねた。嫌悪の感情を隠していなかった。
「はい。ですが、ご安心ください。
これは最高級の店で、客は会員のヒト限定にしてましたから。
定期医療検査でもひっかかったことはありません」
雌ヒト家畜は、微笑みを浮かべ、目の前の動物達に見つめた。
その視線は、ガラスの向こうにいる三人にも送られ、サゴシと目が合った。
すると、家畜は目じりを下げ、口角を上げた。
サゴシも笑い返しそうになったが、何とか無表情を保った。
だが、耳が熱くなっているのを感じた。
「こら! やめろ!」
雄キツネはヒュンッとムチを鳴らした。
家畜はパッと顔を元に戻し、視線をキャンディ達に移した。
「これは客を頂点まで喜ばせるように作られておりまして、勘違いする客が頻出しましてね。
店側も苦渋の決断で、これを手放すことにしたんですよ。
少佐が最も最適な買い手だと思いましてね。
実力は確かです。
今しがた向こうに居る雄ヒト家畜も反応していましたから。
感情や表情を排除しているはずの家畜がですよ!」
四人が一斉に振り向く。
サゴシは必死でその状況に耐えた。
「きっと良い家畜を産みますよ」
雄キツネはニタリを口元を歪ませ、チラチラと舌を見せた。
「少佐、私は賛成いたしかねます。
兵用家畜の繁殖種としてはあまりにも・・・」
セントバーナード犬は語尾を濁らしつつ言った。
「マコ、それを検査室に連れて行って。
鈴の持ってくる品を、私は信用しています。
ですが、兵機庁検品済のラベルは貼っておきましょう」
「流石、少佐!
いつもながら、話がお早い」
「本気か?」黒毛犬も戸惑いの声をあげる。
「マキは先に応接室へ鈴を案内して。
そこで金額と取引について打合せしましょう。
お二人は、引き受け準備をお願いします。
私は検査に立ち会います」
キャンディは立ち上がり、マコと家畜と一緒に別のドアから出て行った。
マキと鈴は向かいのドアから出た。
最後に黒毛犬とセントバーナード犬が、サゴシ達がいる廊下に出た。
廊下に出た途端、二人は愚痴を吐き出した。
「何を考えているんだ、あの女少佐は!?」
「兵機庁の恥さらしめ!
あの女のせいで、軍の連中から『オモチャ屋』って呼ばれているんだぜ」
二人はサゴシ達の前を通り過ぎようとする。
しかし、悪態は止まなかった。
「二足歩行家畜なんか作って何になる?
独り身を慰めてんのかね?」
度を越えた侮辱の言葉に、サゴシは眉間に皺を寄せた。
すかさずムギが自分の腕をサゴシに当てる。
その後、さっと指で身体をなぞった。
ムギ『落ち着いて。
あなたもここでは家畜。テーブルや椅子と一緒なのよ』
サゴシ『分かってる』
サゴシは荒っぽくなぞり返した。
◇◆◇
黒毛犬達が去り、歩道が勝手に出口に向かって動き出した。
三人は棟を出た。
ムギの提案で、門限まで敷地内を散歩することにした。
「今の見学が少佐の指示なら、随分と悪趣味だな」
サゴシは皮肉たっぷりに言った。
「あら、気付かなかった?
ただの雌ヒト家畜を見せたわけじゃないのよ」
「ああ、餡にそっくりだった。
美形の家畜は皆ああいう顔つきになるのか?」
「違うわよ~。
あれは長老と同じ精子と卵子の受精で、長老より先に産まれた家畜なのよ」
ムギは笑いながら言った。
「と言うことは・・・?」
サゴシはフードで隠れた餡の横顔を見る。
「動物風に言う、実の姉よ。
長老は愛玩用家畜から生まれ、兵用として育てられたの。
長老の両親はどちらも高評価の繁殖種と種畜なのよ」
ムギは二三歩先に進み、立ち止まって振り返る。
「先代ミストレスは、兵士同等の力を持つ兵用家畜を目指した。
そこで着目したのが、愛玩用。
様々な家畜の中で、最も動物の感情を読み取ることができる。
しかも従順性は高く、長期利用前提だから体も丈夫。
周囲の大反対を押しのけ、先代は民間から愛玩用家畜を取り寄せたの。
度重なる研究の結果、生まれたのが特畜達。
愛玩用出身は長老とアタシとタテガミ。
隊長とサエズリとセロリは兵用出身だけど、愛玩用家畜の飼育方法を参考にしているわ」
サゴシは無言のまま、二人を交互に見た。
以前、餡が自分に向けて発した言葉を思い出していた。
私は愛玩用ではない、用途を誤るな・・・
その意味をようやく理解したような気がした。