休息
ダイダイテロリスト・ヴァランの記憶を見ることに成功した特畜隊。だが、そこからは有力な情報は得られなかった。一方、テロが起きると予測された南灯国際文化会館で、タテガミとサエズリは尋常でない能力を持つアメリカバイソンと対峙した。彼は一体何者なのか・・・
ある場所にそれはあった。
山を掘り、かまくらのように中に作られた要塞。
外からは、ただの斜面にしか見えないようになっている。
円形の会議室。
五つの半個室が、中央の立体映像装置を囲む。
互いの両横をパーテーションで区切る。
正面は透明のパネル。
外側は鏡、内側は窓という構造になっている。
参加者は互いの姿が見えていない。
正面パネルの傍に、各自の席を示すマークがついていた。
赤い正三角形
緑色の平行四辺形
青い縦長楕円形
黄色の二等辺台形
そして「M」を型どったマーク
※実際はこの世界の文字ですが、読者様に合わせて、表現しています。
「雄ライオンについて、何か分かったか?
ジェミニ」
「いいえ、マスター。
どの防犯カメラも、全部エラーになっているわ」
平行四辺形のマークの席から声がした。
「レオが乱暴に壊したから、配線が故障したんだろ。
お前は後先考えないからな」
青色の縦長楕円形の席の動物が嘲笑いながら言った。
「そう見せかけているけど違うわ。
誰かが画像データを破壊しているのよ」
「お前と同じ能力を持った動物が関与しているのか」
マスターが言った。
「特任だな。
警察では歯が立たず、遂に軍が動き出した。
我々には非常に喜ばしいことですな、バルゴ様」
縦長楕円形の席の動物は嬉しそうに言った。
「闘った時、レオは雄ライオンより優位に立っていたのよね」
「そうだ」
赤い正三角形の席にいるレオが、ジェミニの問いに答えた。
「さっさとこいつの記憶を取り出せよ。
そうすればすぐに特定出来るだろ」
楕円形の席の動物が言った。
「やってみろ。
お前の心臓を捻り潰すぞ、ピスケス」
鼻息の荒い音が、レオの席から聞こえた。
「雄ライオンを捉えた唯一の映像がこれか。
随分派手な服を着ているな」
マスターが言った。
中央の装置が映しているのは、ホール外に待機させていた飛行カメラの映像だった。
レオが開けた穴から中の様子が見える。
しかし、ライオンの姿はぼやけている。
黄金色の頭部と、赤色の上半身がかろうじて分かる。
このカメラも故障しており、わずか数秒しか撮れていない。
「服装での特定は困難だわ。
この色は昨年の大流行色。
世界中のメーカーが、この色のダウンを作っているのよ」
ジェミニが言った。
「まぁ、ライオンについては、今は保留で良いんじゃないか?
それより、警察だ。
奴ら、俺達のスポンサーにもちょっかい出し始めたんだろ」
ピスケスが話題を変えた。
「まだ、直接の繋がりは無い企業だ。
だが今の内にフェイクの情報を流し、貢献度の低いスポンサーを生贄にするか」
マスターの後に、ジェミニが続けて発言した。
「公安のデータによると、ヴァランの脳内神経破壊装置は作動したみたい。
調査失敗と記録されているわ。
私達に辿り着ける可能性は低いんじゃないかしら?
一応、スポンサーを嗅ぎ回っている奴について調べたけど」
中央に二人の顔写真と氏名等が現れた。
雄ニホンザルと雌ヒトだった。
「雌の方はまだ新人か?
見せしめで、この女、殺るか?
反黄派も、ダイダイ擁護派も、大喜びで騒ぐぞ」
ピスケスは喉元に笑いを堪えながら言った。
「レディは駄目だよ。
僕の流儀に反する」
台形の席から、声がした。
「レオ、ジェミニ、ピスケス。
いよいよ僕達、超進化生命体も動き出す時が来たようだね。
警察側に、化け能力を持つ特任レベルの動物が関わっている。
彼らを壊滅させた時、我々が動物の頂点であると証明する。
灯のとのトランスフォーメーション技術が、世界トップクラスであることは知っているね」
「「「バルゴ様、仰る通りです!」」」
三人は歓声をあげた。
「マスター、最近援助を断ってきたファンドがあるな。
その担当者を呼び出して、フェイクの記憶を植え付けさせろ。
生贄はたくさん撒いておいた方が良い。
僕はまた、大地のお声を聴いてみるよ」
「かしこまりました。
脳医者は、ヴァランの時と同じでよろしいですね」
マスターは静かに返答した。
中央の立体映像は、ダイダイシンボルマーク、串刺しの灯のと列島に変わる。
「こんな歴史の浅い、深みもない列島を、国と呼ぶ資格はない。
僕がもっと素晴らしい国にしてみせる」
バルゴは声高らかに言った。
◇◆◇
兵機庁西灯支部家畜棟
特畜専用食堂
留置場侵入と南灯派遣の二日後。
特畜達は、キャンディの命令で、一日休息するよう言われた。
朝食の時間は今まで通りで、サゴシ、タテガミ、陸稲、ムギが食堂に居た。
今朝は食堂にテレビが置かれ、ニュース番組を流していた。
『昨日、南灯国際文化会館で発生したテロについて、警察はダイダイテロとして捜査すると発表しました。
破壊された大ホール一階フロアから、ダイダイシンボルマークを印刷した紙が発見されていました。
この日は、保護区貢献賞授賞式典が中ホールで行われていましたが、中断することなく無事に終了したとのことです』
雌羊キャスターがニュースを読み終えた後、隣に座る雄羊キャスターがコメントを述べた。
『式典スタッフがSNSの公式アカウントに「今回は審査員の先骨先生の計らいがあり、会場等の情報が漏洩することなく、開催できた」とコメントを投稿しています。
テロを未遂に留め、ダイダイに対抗できた初めてのケースだと、インターネット上で喜びの声があがっています』
キャスターのコメントに合わせて、テレビには先骨の写真が映し出された。
「これでまた、先骨先生の株が上がったな」
サゴシがポツリとつぶやいた。
「あの古タヌキ、すげーのか?」
タテガミが生馬肉の塊に食らいつきながら言った。
口周りが血で赤く汚れている。
「知らないのか?
灯のとで一番人気のある政治家さんだぜ」
サゴシは言った。
「知らねーなぁ。知る必要もないな」
タテガミの言葉に、サゴシは彼が家畜だと思い出した。
失言したと、少し気まずそうにする。
「このご時世、良いお声しか聞こえない動物さんも珍しいわね。
動物の皆さんは、それだけ誰かをヒーローしたいのかしら」
ムギは続ける。
「あの方は現役時代、福祉や化け医療面で、様々な実績を残しているの。
一番有名なのは、バリアフリー法改正。
先・後天的に二足歩行姿になれない動物への、国全体のサポート強化に貢献したと言われているわ」
「二足で歩けなくても、生きていけるんだな。
動物はやっぱ待遇が良いねぇ。
俺らだったら、即処分だな」
タテガミは言った。
彼の口調に、妬みの色は全く見えない。
「間違っていないわよね?」
ムギが、斜め向かいに座っているサゴシの方を見て尋ねた。
「お前の言う通りだよ。
そして今は保護区維持に貢献していると。
どこまでも、良い動物の象徴みたいな方だな」
「嬉しい。
私は動物の一般常識を使いこなせないといけないもの。
隊長やタテガミじゃあ、話し相手にならなくて」
ムギはフフと微笑みながら言った。
「サゴシが来て良かったのは、ムギの話を聞かずに済むことだ」
そう言って、タテガミはべチャッと馬肉に顔面を押し付けた。
歯で肉を引っ張りながら千切る。
ピチャピチャッと血が飛び、向かいと隣のムギとサゴシの白い服にシミをつける。
「もっと気を付けて喰え」陸稲は言った。
彼は乾燥稲穂の束を少しずつ箸で持ち上げ、大きな口をほんの少し開いて入れた。
「わりぃな。
この後の重大任務の為に、気持ちを高めなきゃいけないんだ。
お上品に喰ってられっか」
ベロリと口の周りの血を舌で拭いながらタテガミは言った。
「任務?」
「我が国の軍事力強化への大いなる貢献活動さ」
タテガミはニヤリと口角を上げる。
「お前は今日休みじゃないのか?」
「違うわよ、サゴシ。種付けよ」
ムギが言った。
「今日のお相手はサーカス団所属と聞いたけど」
「種付け・・・」
サゴシが発言に困惑している中、二人は会話を続けた。
「優秀な曲芸ライオンらしいが、膝を壊して引退したばかりだ。
まだ若いぜ。
それにエンタメ用家畜ってのは、毛並みも愛想も悪くない。
おまけに身体能力も優れている。
俺も頑張っちゃうよ」
タテガミは再び生肉にかぶりつく。
隣のサゴシが無言になっていることに気付いた。
「優秀な家畜の精子は貴重なんだよ。
俺のタマタマには、ダイヤモンドよりも高価なもんが詰まっているんだぜ」
「タテガミ、良い加減にしろ!」
陸稲が叱咤した。