キメラ
南灯でテロが起こると推測したキャンディ少佐は、タテガミとサエズリを南灯に派遣した。そこでタテガミは正体不明の身体強化能力者と対峙するが・・・ ※この話で第2章終了です。
南灯国際文化会館大ホール一階。
白いマスクを被った雄アメリカバイソンは、鼻息を荒くしている。
背丈は二メートル半はありそうだ。
対峙するタテガミは、周囲を見た。
一階の壁が一部、破壊されている。
馬鹿力とスピードで侵入し、手当り次第暴れたようだ。
タテガミは直感していた。
彼は、身体強化能力者、それも特化型だ。
バイソンは再び咆哮し、タテガミに向かって突進した。
バイソンは大きく腕を振り、拳をタテガミめがけて飛ばした。
強化した腕からの右ストレートは、想像以上に速かった。
タテガミはスレスレの位置で避けた。
伸びた腕が死角になるよう姿勢を低くし、タテガミは彼の脇腹を殴った。
「ウクゥ!」
タテガミはバッと後退した。
右拳が激しく痛む。
バイソンの身体が、異様に固いのだ。
アメリカバイソンは、ゆっくりこちらを睨む。
筋肉から熱を発し、湯気が出ている。
むき出しの皮膚が、灰色に変わる。
「どんな訓練すりゃあ、そんな面白い身体になるんだ?」
アメリカバイソンは再び突進した。
タテガミは横に避けた。
破損していない座席の背もたれを握り、身体を逆立て、バイソンの顔面を膝蹴りした。
手ごたえを膝に感じた。
それも束の間。
バイソンは顔にめり込んだタテガミの足を掴んだ。
「しまっ・・・!?」
テニスのサーブの様に、タテガミは宙を舞い、座席に向かって叩きつけられた。
「いってぇ・・・」
あまりの衝撃に、タテガミは一瞬動けなかった。
バイソンが次の攻撃の為、彼の足を離し、握った両手を上に伸ばす。
それが振り落とされる前に、タテガミはその場を離れた。
空振りした両手拳が、床を砕く。
「ありゃあ、本気出さなきゃ無理だな」
タテガミも身体中の筋肉をバチバチと鳴らした。
タンッと床を弾き、一階二階三階とホール内をゴムの様に跳ねて移動した。
彼のスピードに、アメリカバイソンは追い付けていない。
隙を付き、タテガミはバイソンの固い背中に一撃を与える。
すぐに離れ、再び跳ねる。
次の一撃を狙う。
右拳がズキズキ痛む。
もう、右手は使えない。
やがて、バイソンもタテガミの動きに反応し、床や壁を弾いて移動し始めた。
タテガミ以上の体格を持つ彼の移動は、ホールに著しい損傷を与えた。
「速ぇ・・・!」
ドスンドスンと、アメリカバイソンは真正面に現れた。
バイソンは右掌で、タテガミの身体を押し飛ばした。
飛ばされる瞬間、タテガミは彼の手の平に、赤い正三角形が描かれているのを見た。
タテガミは二階座席の壁まで飛ばされた。
一階に着地したアメリカバイソンは、二階を睨んだ。
ピーピーピー
その時、アメリカバイソンの身体からアラーム音が鳴った。
それはタテガミの耳にも届いた。
「なんだ?
・・・分かった、すぐ行く」
アメリカバイソンは、自分が開けた壁の穴から出て行った。
タテガミは二階壁際で倒れたままだった。
そこにタタタと四足歩行姿のサエズリが走ってきた。
ポンッと二足歩行に姿を変える。
「なおします!」
サエズリは両手の平を一回合わせ、タテガミの右手に触れた。
毛皮が剥がれ、血が滲んだ指や甲がたちまち元に戻る。
ダウンを脱がし、サエズリはタテガミの背中を撫でる。
ポッと背中全体が温かくなった。
「奴が本当にダイダイの手下なら。
ただのテロリスト集団じゃすまねぇぞ・・・」
タテガミはチラリと振り返る。
治療を終えたサエズリは、大ホール内の修復を始めていた。
◇◆◇
翌日。
兵機庁西灯支部家畜棟 特蓄用談話室
特畜達はそれぞれのソファに座り、次の指示を待った。
テレビ画面にキャンディ少佐の姿が映る。
『それでは、昨日の結果と、次の任務について説明します』
「その前に、労いの言葉の一つも出てこないのか?」
サゴシは少しイラついた口調で言った。
夏の視線が途端に強くなる。
『兵器に? 冗談を聞く暇はありません。
続けます』
キャンディの返答に対し、サゴシは舌を鳴らした。
夏が「サゴシ!」とたしなめる。
『ヴァランの件、まだ納得できていないようね。
あなたが本当の家畜なら、昨日の時点で処分していました』
キャンディの冷たい声が、スピーカーから響く。
昨日サゴシは、ヴァランの記憶操作の中止を、少佐に訴えた。
情報を得たのだから、必要はなくなった、と。
しかし、要望は否認された。
任務は内密である為、記憶操作は予定通りに実施しなければならないからだ。
「セロリの推測通り、彼の脳には破壊装置が仕込まれている。
あれが発動すれば、彼は全ての感覚も感情も失ってしまう!」
『その事実を、警察に伝えることはできません。
特畜が動いたことが知られてしまいます。
脳が破壊される前に、情報を入手できて良かったわ』
サゴシは自室のノートパソコンを乱暴に閉じ、テレビ通話を終了させた。
◇◆◇
緊張した空気が流れる中、キャンディの声が談話室に響く。
『セロリ、報告をしなさい』
「はい」
セロリは部屋の真ん中あたりに立った。
室内が暗くなり、立体映像が彼女の傍に浮かび上がった。
雄トラのヴァランの顔写真だった。
「今回の任務で、ヴァランの記憶から情報を入手することができました。
しかし、分析の結果、ダイダイの正体を突き止めることはできませんでした」
「残念だったなぁ~」
タテガミがニヤニヤしながら言った。
サゴシはギッと睨み返したが、それ以上は堪えた。
「理由は、予めヴァランの記憶から、重要な部分を消されていたからです。
彼は最小限の情報を元に、今回のテロにまで至ったようです。
しかし、その最小限の記憶は、ダイダイに直結する手掛かりでもあると言えます」
セロリはサッと手を振り、画面を切り替えた。
バーカウンターに置かれたウィスキーグラスが映った。
映像は不鮮明で、男との会話音声も雑だった。
記憶はサゴシを介在して情報化される。
直接見るのと比べてどうしても、再現率が下がるのだ。
「手掛かりは、『マスター』と『キメラ』です。
私は現在、この『マスター』についての情報を集めています」
『マスターという男が、ダイダイの正体とは考えにくいです。
しかし、限りなく繋がっている動物であることは間違いないでしょう』
キャンディは補足した。
「次に『キメラ』についてです」
セロリは画面にサソリキメラを出した。
「ダイダイはテロの道具として、キメラを使用しています。
どれも民間で購入できる為、正体の特定はできませんでした。
ですが、昨日のテロ未遂事件で、注目すべき点があります」
セロリは映像を切り替えた。
タテガミと筋肉隆々のアメリカバイソンが対峙している様子だった。
カメラの映像の様に、それは鮮明に映し出されていた。
「南灯国際文化会館に出没した雄アメリカバイソン。
この記憶を見る限り、かなり警戒すべき存在と思われます」
セロリはアメリカバイソンの映像を拡大させる。
彼の傍に、表やグラフが表示された。
「視覚・嗅覚・聴覚による推測ですが。
筋肉の強化率、皮膚の硬化率、体温の上昇率。
いずれも、化け能力者の限度を超えています。
トランスフォーメーション技術にも限界があります。
彼はアメリカバイソンの極限能力を凌駕し、それに耐えています。
世界中の兵用家畜データでも、これに並ぶ記録はありません。
唯一、近いデータを持つのは、キメラ家畜だけです」
「キメラ?」特畜達が反応する。
「あのアメリカバイソンはキメラです」
「だけど、奴は会話していたぞ。
俺達と同じ部類なのか?」
「タテガミと対峙した際や現場を去る時の反応から、動物だと判断しています」
『私達の調査は、次に踏み込む必要があります。
公安とセロリで、キメラ関連企業や団体を調査します。
今後あなた達が立ち向かう相手は、動物や兵器よりも恐ろしい存在かもしれません』
キャンディが言った。
『報告は以上です。
セロリは調査継続。
他の特畜達は訓練を開始するように。解散!』
テレビ画面はブツッと切れた。
特畜達は、もくもくと談話室を去る。
サゴシはセロリに話しかけた。
「それにしても、一晩でよくあそこまで分析できたな。
本当、凄いよ」
「何言っているの?
私が話した内容は、あの場を見た者の意見よ。
私は根拠となるデータを収集しただけ」
「え、じゃあタテガミが?」
「馬鹿。俺が映っているのに、何で俺の記憶なんだよ」
背後からタテガミが会話に入ってきた。
「じゃあ、誰の?」
「サエズリだよ。
俺とバイソンの闘いを見て、化け医学的に推察したんだ」
「サエズリが!?」
サゴシは、餡に抱っこされているサエズリを見る。
彼は気持ちよさそうに、目を閉じていた。
ダイダイ捜査から見えてきた新たな真実と謎。彼らは正体を突き止め、ダイダイを壊滅させることができるのか? ※この話で第2章終了です。次回から第3章です。今後ともよろしくお願いいたします。