式典
ヴァランの記憶から情報を入手した、サゴシと餡だが・・・。
西灯留置所、地下室。
ヴァランは、簡易ベッドの上で眠っている。
その傍で、サゴシと餡は息を潜める。
「この臭いは、サル二匹だな。
動くなよ」
雄ヒョウの声が響く。
サゴシの催眠が解け、戻ってきたのだろう。
カツカツと足音が近づいてくる。
保護膜や支給服には、体臭をごまかす効果がある。
しかし、仮にも彼は警察所員。
鼻は一般動物よりも敏感なのだろう。
種と数を当てられてしまっている。
※この世界にも様々なスラングが存在する。
サルとは、ヒト含む霊長類の俗称である。
動物の猿自体を軽蔑している訳ではない。
カバーを外そうと、餡の右手は左腕を掴む。
サゴシは彼女の前に手を出し、制止した。
警察管轄内で、特畜の存在を知られるのは禁物だ。
サゴシはリボルバーを構える。
自分は元特任。
最悪、それでごまかせるはずだ。
窓一つない地下牢で、サゴシは所員が現れるのを待った。
◇◆◇
「交代だぞ」
ドアの方から、もう一人の男の声が聞こえた。
「応援を呼んでくれ!
奥にサルの侵入者がいる!」
雄ヒョウは言った。
「侵入者?」
カツカツともう一人の男もこちらに近付いてきた。
サゴシは息を呑んだ。
ガシャッ
「キー! キー!」
何かを外す音の後、二匹のニホンザルが檻の前を走り回った。
裸で、二足歩行でもない。
家畜のニホンザルだった。
パンッ! パンッ!
サゴシ達の見えない場所で、所員が麻酔銃でニホンザルを撃った。
「なぜ、ここに?」
「草食動物棟の食糧庫に、業者のトラックが突っ込んだだろ?
トラックに積んでいた食糧が、何匹か逃げたんだ」
「排気口に潜り込んだのか。
下水の臭いが強かったのも、これが原因か」
「俺はここに残る。
悪いが、そのサルを運んでくれないか?」
「分かった。
今日は最悪だ。
後で業者に、たっぷり苦情を言わねぇと」
その言葉を最後に、雄ヒョウは地下室を去った。
カツカツカツ。
残った男が檻に近付く。
「いやーん、怖いモノは向けないでよ」
先程とは違う、知っている声に、餡も瞬きした。
「危なかったわね~、大丈夫?」
姿を見せたのは、ムギだった。
制服ではなく、ピンクダウンの恰好である。
「お前だったのか」
サゴシは銃口を下げ、立ち上がった。
「セロリの指示で、アタシがあのサルを放っておいたの。
上手くいったわね」
「それじゃあ、業者トラックが突っ込んだっていうのも?」
「車内のナビゲーション機器を経由して、ハンドルを遠隔操作したみたいよ。
さ、鍵をちょうだい。
あなた達は屋上に戻って。
あと、五分で本物の交代所員が来ちゃうわ」
ムギは鍵を受け取ると、雄キツネの姿に変わった。
服装も制服になっていた。
「凄いでしょ。
アタシ専用の特注服よ」
変化した声でムギは言った。
◇◆◇
灯のと列島南部最大の都市、南灯
※読者様の世界でいう博多あたり。
南灯国際文化会館。
著名な建築家が設計した、洗練されたデザイン。
正面入口には、たくさんの花が飾られていた。
本日の催しが、案内スクリーンに表示される。
〇〇年度 灯のと生態保護区貢献賞授賞式
※生態保護区とは、自然生態系を保護する特別区域である。
保護区と呼ぶのが一般的で、世界各地に存在する。
各国がその区域の保護観察に尽力している。
入口前に、民間タクシーが一台止まった。
出てきたのは、雄老タヌキの先骨だった。
式典スタッフが慌ててタクシーに近付く。
「先生! お車を用意しましたのに!」
「わしはもう大臣でも議員でもない。
他の参加者同様、自力で来るのは当然じゃろう」
先骨は穏やかに言った。
黒い紋付羽織に袴。
正装で杖をついて歩く。
「本日はご多忙の中、ありがとうございます・・・」
スタッフの雄イノシシは、背中を曲げながら歩いた。
「受賞者に申し訳ない気持ちじゃよ。
年に一度の大切な式典を縮小せざるをえんかった」
「ダイダイの件で、目立つことはできませんからね。
央灯の会場が使えないのは、仕方ありません。
南灯で無事に開催できて、本当に良かったです。
これも、先生のお力があってこそ」
「わしは何もしとらん。
ただ、毎年を選考委員をさせてもらっている身。
可能な限り、最高の場で受賞者を称えてやりたいのじゃ」
雄イノシシと先骨は、正面入口から控室に向かった。
受付待ちの観客から、ささやかな歓声が起こった。
◇◆◇
南灯国際文化会館。
複数ある倉庫の一つ。
埃立つ薄暗い空間に、タテガミとサエズリはいた。
サエズリは四足歩行姿だった。
ダイダイが今日の式典を狙っている。
その情報は民間のSNSを発端に拡散した。
ニュースでも取り上げられたが、結局噂として留まっている。
ダイダイはテロを予告したことはない。
その為、国内では自粛の姿勢が強まり、式典や祭典を縮小・中止するケースが相次いでいる。
一部批判者達は、これこそダイダイの狙いであり、一種の遠隔テロだと言う。
キャンディの指示で、セロリは次のテロの予兆を調べていた。
今回のSNS上の書き込みの発信源は、全て突き止めていた。
しかし一部、特定できないものがあった。
うずしお調査の際と同じ現象が起きたのだ。
キャンディは式典がテロの標的になると推測した。
だが、南灯は典巻達の管轄外だ。
特畜を派遣する為には、南灯の公安の協力が必要だ。
特畜の存在を知られることを拒んだキャンディは、無許可で二匹送った。
緊急事態にのみ備えるよう、タテガミとサエズリに命じた。
「暇だな。
こいつじゃあ、話相手にならねぇし」
『だから、サエズリと組まされたんだ。
お前はベラベラ喋るからな』
タグからセロリの声が聞こえてきた。
「だったら、あんたが通信で相手してくれよ」
『断る。
今から指示を言う。聞け』
「侵入者さんが、現れたんだな」
『急いで、大ホールに向かえ。
奴の動きは、予想以上に速い』
セロリからの通信は切れた。
「さて、お仕事に行きましょうかね」
タテガミはダウンジャケットの背中ポケットにサエズリを潜り込ませた。
ドシーン!
廊下に出た途端、衝撃音が聞こえてきた。
タテガミは足を強化し、走った。
「大ホールには近付かないでください!」
「お客様、落ち着いて避難してください!」
大ホールに繋がる一階入口の閉鎖し、職員が注意喚起した。
廊下にいる客達は、戸惑いの表情を隠しきれていない。
館内アナウンスが「現在確認中です」と繰り返していた。
タテガミは三階席の入口ドアから入る。
座席に足を乗せ、タテガミはステージを見下ろした。
◇◆◇
白いマスクの男が、ステージ傍の赤い座席をめくって、放り投げている。
肩の筋肉の先端や肘の毛皮が剥げて、皮膚が見えていた。
頭部左右に伸びた角、マスクからはみ出た濃茶色の毛並み。
その体格と匂いから、アメリカバイソンの雄だと分かった。
上半身は裸で、色落ちしたデニムを履いている。
それもいつ裂けてもおかしくない程、筋肉が膨らんでいた。
アメリカバイソンは咆哮した。
ビリビリと音が振動に変わり、ホール全体を震わせた。
「よぉ!
イカしたデニム履いてるじゃねぇかよ!」
タテガミが三階から話しかけた。
アメリカバイソンが顔を上げる。
「うちの女主人も、もう少しファッションセンスを磨いてほしいぜ」
タテガミは三階から飛び降りた。
一階の座席がほとんど破壊されている。
「リサーチが甘いな。
授賞式はここじゃねぇぜ」
灯のと生態保護区貢献授賞式は、今も中ホールで静かに行われている。
大中ホール共、防音性に優れた構造をしている。
「ググググググ・・・・」
アメリカバイソンは、唸った。
膨らんだ筋肉からバチバチと音が鳴る。
白いマスクから、目に見える程の鼻息が噴き出した。
「サエズリ、お前は離れて見てろ」
「分かりました」
背中から飛び出たサエズリは、四足歩行のまま走って隠れた。
「来いよ、遊んでやるぜ」
タテガミは嬉しそうに手招きした。
式典会場に現れた謎のアメリカバイソン。彼の正体は・・・?