第6話 ファーストバトル
「それでは、一足先に村へ戻り、葬儀の準備にかかります。
可能な限り、早急にお迎えにあがりますので、それまで待機願います」
ハルナを運ぶ時に包んでいた毛布、それに今度はモトコさんの亡骸を包み、大事そうに抱えてウンディーネは走っていった。
後に残されたのは、俺とハルナだ。
徒歩で帰るには、16時間かかると言っていた……それも休みなくぶっ続けでだ。
ここで待っていれば、遅くとも昼ごろまでにはウンディーネが迎えに来てくれるだろうし、スピードさえ出さなきゃ俺たち二人を同時に抱えて走れるんだ、待たない理由は無い。
それにしても、改めて明るい場所でハルナと対面したわけなんだが……、はっきり言ってかなり可愛い子だ。
少しキツそうに吊上がった目尻、通った鼻筋に小さめの唇。
髪を短くカットしているのは、男に変装しやすいようにだろう。
日本に居た頃でも、俺の周りでは見かけたことのない美人だ。
そう考えていると、昨晩の半裸の彼女を思い出して、迂闊に鼻の下が伸びそうなのを必死で抑えた。
「なにジロジロ見てるのよ、いやらしい!!」
俺に対する心象は、かなり宜しくないようだ……少しへこんだ。
「言っとくけど、モトコさんの前だから仲良くするなんて言ったけど、あたしはゴメンですからね!?
何が悲しくてあんたみたいな変態と一緒に居なくちゃなんないの!
それにあたしには、向こうに心に決めた男性が居るの! その時まで綺麗な体でいるって決めたんだから!
ここにはウンディーネも居ないんだし、妙な真似したら今度こそ遠慮無く刺すわよ!」
おお、怖!
彼女はそう言いながら、腰に吊るした短剣の柄を握っていた。
確かに昨夜の件は、俺も……俺が全面的に悪い。
しかし、今考えても本当に妙だ、あの時の暴力的衝動は今まで経験のないものだった。
むしろ、堪らない快感を伴っていた。
ひょっとしたら気付いてないだけで、本当は俺ってドSなのかもしれない……気をつけよう。
それにしても、来た時は気付かなかったがここは結構山の中のようだ。
塔の有る場所以外、鬱蒼として木立に覆われていて、多分麓からは見えないだろう。
時折木立を抜けてくる風が、緑の匂いを運んでくる。
実に爽やか気分……。
「ちょっとアンタ聞いてんの!? あたしは元の日本に戻ってカズヤと結ばれる運命なの! アンタが何者なのか知らないけど、みんなあたしの味方よ!!
みんなと協力して元の世界に戻るんだから!」
うるせー……しかしちょっとまった!
今聞き捨てならん事を言わなかったか?
みんな? 協力って……まさか俺たち以外にも――あれ……今なんか?
ハルナの言葉を確かめる前に、早々問題が起きた!
木立を抜けた風が、今微かに獣臭を運んできた……しかも、この匂いには覚えが有る!
俺はケツの割れ目に嫌な汗が流れるのを感じた。
「なあ、少し黙らないか?」
「何よ! ビビってんの!?」
「……ああ、めちゃくちゃビビってる……少し考えたんだが……この祭壇、時々人が死ににくるわけじゃん?」
「そうよ、それがどうしたの?」
俺は持ってはならない怖い考えを、彼女に打ち明ける。
それはここで死んだ亡骸は、普通どうなるのかについてだ。
今回は、俺達が看取ったおかげで、モトコさんの亡骸は無事に回収し埋葬される。
他の人も、大概はそうだと仮定しよう。
しかし、魂を奪う場所なわけだから、忌避する人も多いと思う。
もし……ここで死んだ人の亡骸を、回収するのが遅れたり来なかったりした場合、それはどう処理されるのか……だ。
「な、何怖いこと言ってんのよ! 死んだ人がゾンビとかになって彷徨ってるとか?」
「そんな非現実的な事……いや、もっと手っ取り早いことさ。
こっちに長いんだったら知ってるだろ? ミノタウロス……とか……」
彼女の鼻がひくついて、顔から血の気が失せるのを俺は見逃さなかった。
そう、もしもここが奴等の餌場だったどうしよう。
あの塔の唸る音や光、それをここに「ご馳走」が用意された合図だと思っていたら。
しかも、今回はそのご馳走は持ち去った後だ。
しかし今日は、運良く新鮮で若いお肉が二人も居る。
俺から見ても美味しそうな姉ちゃんと、この俺です、はい……。
「みみみ、ミノタウロスくらい何よ! あたしだって何回も戦ったこと有るんだから!」
「そいつは頼もしい、で……勝ったの?」
「……………………逃げた」
「そりゃ賢明だ。
因みに俺は、初見で一回殺された。
それを助けてくれたのがウンディーネで、生き返らせてくれたのがモトコさんだ。
更に、その時の生き返る薬はもう品切れだ、しかもウンディーネは居ない……」
彼女はゴクリと生唾を飲んだ。
全身が小刻みに震えているのがわかる、そりゃ怖いよな、俺だって怖い。
「更に追い打ちをかけるようで悪いんだが、さっき風にのってアイツの臭がした。
けっこう近くまで来てると思うんだが……どうする先輩?」
「にににに逃げるしか無いんじゃない? ミミミミノタウロスの討伐なんて、手慣れた剣士や狩人だって3人から5人は必要なのよ」
なるほど、剣士なんて居るんだ。
速い時代から西洋に侵略された国だから、侍とかって残ってないのかな?
しかし、ここで意見の一致を見たわけだから、長居は無用。
アイコンタクトで「逃げる」意志を伝えると、彼女も頷いて俺に続いて歩き出す……が、遅かった。
「ブモオオオオオオー!!!」
聞きたくない雄叫びが、よりによって前方から聞こえてきた!
そして傍らの茂みから、そいつが一気に飛び出して俺達の前に立ちふさがった。
「きゃああああ!!! 出た出た出たー!!!!」
ハルナはこれでもかってくらい狼狽えている。
俺も悲鳴を上げたいところだが、先にやられると叫びにくいもんだ。
だが、我ながら何故だか落ち着いているようにも思える。
二回目だからか?
しかも冷静に戦力分析までできている。
このミノタウロス、以前俺を襲った奴とは明らかにタイプが違う。
前回の奴は身長は3メートル近かったし、上半身が異常に発達していた。
しかしこいつの身長は、2メートルちょっと。
ちょっと大きめのプロレスラーって感じでそんなに怖くない。
そして、上半身と下半身のバランスが良く、さっき飛び出してきた動きからすると、かなり身軽そうだ。
それに相手が二人いるせいか、交互に見比べながら警戒し、こちらを観察しつつ威嚇している。
しかしビビっているわけでもない。
前者が力で押し切るパワータイプなら、こいつはテクニックとフットワークで勝負するスピードタイプなのかもしれない。
同種のモンスターでもタイプが違うやつが居るってのは、なかなか面白いじゃないか。
「ちょ、ちょっと聞いていい?」
「なんだ? 手短に頼む」
「あ、あんたが襲われた時って……その、どうだったの?」
「……有無をいわさず一撃で身体を引き裂かれたよ。他には?」
「……もういい」
ハルナは黙って剣を抜いた。
しかしこれがマズかった、ミノタウロスにしてみれば丸腰の俺と弱そうだが剣を構えた女、武器を持っている方を脅威と認識してしまうのは当たり前だ。
「ブモオオオオオー!!!」
「ひい!?」
そりゃもう、明らかに最初のターゲットとして認識され、ハルナは小さな悲鳴を上げた。
奴の中で、作戦が出来上がったのかしらんが、真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。
目線は俺を通り越してハルナにロックオン!
俺としてはこのまま避けて、ハルナの方にけしかけて俺だけ逃げるって手はどうだろう? ぶっちゃけ成功率高そうだ。
しかし、やっぱ男だからな、そういうわけには行かんだろう。
俺が囮になって、その間に彼女を逃がしてやろう、そう覚悟を決めて立ち塞がる。
「グモオオオオオー!!!」
邪魔だと言わんばかりに、ミノタウロスは腕を振り上げ必殺の一撃を俺に向ける!
強靭な爪をむき出しにして、横殴りに腕を振って顔面を狙ってきた。
多分一発で死ねる。
そんなスピードの乗った重い攻撃を、俺は片手で受け止めた……え?
「ええっ!!?」
「ゴ、ッゴオオ!!」
いや、ちょっとまった!
一番焦っちゃいけない俺が一番驚いたああああ、いやいや待て待て!?
何だこいつ?
本当にミノタウロスか!?
気ぐるみ来た人間とかじゃないの!?
後から「どっきり大成功」とか立て札持って出てきたりしない……よな。
そいつの一撃は、あまりにも軽かった。
軽いなんてもんじゃない、それに俺には見えていた。
爪を剥いて突き立てる気まんまんの奴の右手、その迫り来るスピードは、リトルリーグのピッチャーにも及ばない。
それにその腕力も、重量も大したことなかった。
つーか、俺は余裕たっぷりだ。
でも待てよ、よく考えたらこいつが姿を現してからというもの、俺の中から恐怖感や焦りは全く消えている。
むしろどんな攻撃を仕掛けてくるのか、楽しみですら有った。
それが一気に拍子抜けしてしまい、今は面白くなくなった……それどころか、こいつに対して言い様のない不満を覚えている!
「おいコラ、もっとしっかりしろ……よおっ!!!」
気合とともに、掴んだ腕を思いっきり捻ってみたら、枯れ枝のを折るようにねじ曲がり、ボキボキと肩の付け根まで音を立てて砕けやがった。
「ガゴオオオオ!!」
どうやらこいつはこの前の奴よりも若い個体だ。
若いミノタウロスって、意外と見掛け倒しで弱いのかもしれない。
「おい、ハルナ」
「――は、ハイ!!」
「その剣、貸してくれるか?」
彼女は慌てつつ、素直に貸してくれた。
それをどうするか? 決まってる。
俺をバカにしてビビらせてくれた若いミノたんに、世間の厳しさを教えつつ己の愚かさを後悔しつつ、あの世に旅立ってもらうのだ。
先ずは使い物にならなくなった、その右腕だ!
「ピイイイイー!!」
肩口から右腕を切り落とすと、奴は小鳥のような悲鳴を上げた、実に耳障りな声だ。
なんだかどんどんムカついてきた。
逃げようと走りだしたが逃がさない!
すぐさま間合いを詰めて、左足を太ももから切り飛ばす!
「ギイイイ! ギヒイイイ!!」
あーうるさい。
面倒くさくなったので、一気に首を撥ねた。
意外と大したことなかった……いや、面白くも怖くもなかった。
ハルナに剣を返そうと振り向くと……あちゃー……。
腰を抜かして座り込み……失禁してやがる。
俺は黙って、彼女の濡れてない足元に剣を置いて背中を向けた。
これ以上見ていたら、また何を言われるかわかったもんじゃない。
彼女も何も言わないし、ここは見なかった事にして貸しを作っておこう。