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第33話 まおう?

 それにしても、疲れた……眠い……とりあえずこれ以上は後回しにしたい。

 そうだ、今日の俺はこんなに疲れているんだ、明日の事は明日の俺が頑張ればいい。


「ねえ、ところであの人は誰? 知り合いなの?」


 ハルナが指差す方向に、見知らぬ「おっさん」が床にどっかりと座って居た。

 どっかで見たこと有るような?

 薄い頭と汚いヒゲ……じゃねえ、ありゃ鼻毛だ! 上唇まで伸びた凄い鼻毛だ!

 そいつが一升瓶抱えてあぐらをかいて、よれよれのダボシャツにステテコ姿!!?

 なんか小学校の時、真似して遊んだ変なおじさんといった風体の男……いや、知らんぞこんな人!


「ちょっとまて、タダの侵入者じゃないのか!?」

『心配いらないよ、ケイ』


 いや、心配になるよ! どう見ても怪しいだろ!?


「これは、お久しぶりですね、お元気そうで何よりです」


 ウンディーネも知ってるの? つか誰なんだよ!


「驚くことはないよ、圭一郎……」


 ああ、あれ? その声は……モトコさん!?

 ええ? なんで師匠がここに!?


「アレがそうなのさ……」

『そうさ、本当に久しぶりに現れた』

「おおお……その神々しい御姿……よもや再び目にする事が出来ようとは……」


 てえ? 何でヘストンまでここに? 死んだはずだろこのジジイ!?


「一体何がどうなってんだ!? あの変なおっさん誰なんだよ!?」


 頭がおかしくなりそうだ、一体あの男は何物なんだよ!


『ケイ、彼こそ「魔王」だよ』

「そうさ圭一郎、あんたもよく見ておきな、あれが『魔王』だ」

「肯定。間違いなく『魔王』本人です」

「ああ……何と畏れ多き御姿、偉大なる『魔王』様」


 でえええええ!?

 そんな馬鹿な! どうみても只の下品なおっサンじゃねえか!?

 今だって尻を片方上げて屁えこいたぞ!?


「嘘だ! 信じられるもんか、何でこんなのが魔王なんだ!? 証拠は有るのか証拠は!?」


 するとおっさんは手にした一升瓶の栓を抜き、一気に煽る。

 ラベル通りなら「芋焼酎」だと思うけど、一瓶をあっという間に飲み干した! そして――


「……うえっぷ……まお~~~ん……」


 は………………?


『ほらごらん、見事な鳴き声だ。流石は魔王』

「間違いないね、言い伝えの通りだ」

「感激です。500年ぶりに魔王の鳴き声を確認いたしました」

「あああ……なんと素晴らしい! 魂が洗われて行くような――」


「ふざけんなー!! 何が『まお~~~ん』だ! あったまおかしいだろ!?

 大体なんでこんな所に魔王が居るんだよ! 

 いや、百歩――百万キロ譲ってコイツがアレだったとして、鳴き声って何だよ鳴き声って! 何の動物だ? それにどうりゃいいんだコレを!?」


 俺は自称魔王のおっさんを指差して言った。

 だがみんな平然として、誰も俺の言葉に耳を貸してはくれていない。


「まお~ん、まおまお、まお~~~~~ん」


 また叫びだしたあ! もうヤメてくれ―――…………


 

 


 気がついたら夜だった。

 ていうか、いつの間にかベッドの中に居るんですけど?


 どうやら誰かが運んでくれたらしいのだが、徹夜と疲労でいつ眠りに落ちたのかさえ覚えていない。

 そもそもここは……多分離宮の一室で良いんだよな?


 なんだか記憶がだんだん戻ってきた。

 やっぱさっきのは夢だ、それだけは間違い無いな……ホッとしたわ正直……

 あんな魔王じゃ戦いを挑むのも忠誠を誓うのも、関わり合いになることさえ嫌だ。

 

 それにしても寝心地の良い柔らかいベッドだ。

 ヘストンの奴がここで寝ていたのかどうかは知らんけど、シーツも布団もいい匂いがする。

 肌触りの良さを確認していると、自分がパンツいっちょで寝ている事に気がついた。

 誰かに見られた……って、まあ十中八九ウンちゃんだろうな……じゃあいつもの事だ。

 

 そして右へゴロンと寝返りをうった時、背筋に電気が走るような感覚を感じ、一気に目が覚めた!

 誰か居る……俺の隣に。

 真っ暗で、まだよく見えないがそっと手で探ると……柔らかい質感。

 ――ゴク……――

 生唾が喉を通る音が、妙に大きく感じて焦った。

 少しずつ認識能力が回復してきた頃、俺の手が触れている柔らかい何かの正体に気づく。

 ――「でっかい……おっぱい?」――

 鼻をくすぐる甘い香り……これは女性の体臭に違い無い。

 一瞬ハルナと初めて出会った日のことを思い出したのだが、この大きさは彼女ではない。

 では誰だ!?

 俺の知る限り、この大きさの持ち主と言えば――!!


「あら……起こしちゃったかしら? 『あるじさま』ふふ……」

「わあ! やっぱウンディーネぇ!?」


 慌てて飛び起きようとしたのだが、思い切り抱きつかれガッシリと捕まって身動きがとれない! このパワーは間違いないな。

 そして俺の足に、蛇の様に彼女の足が絡みつく。

 身動きできない上に、胸に柔らかいモノをこれでもかってほど押し付けてきた――抵抗できない……気持ち良すぎて!

 しかも今気づいたのだが、彼女の押し当てる肉の感覚は、どう考えても全裸だ。


「ちょ……ちょっと、ウンディーネさん……いったい何が有ったの? 落ち着こうよ」

「んふふ……自分から触っておいて、今更なあに? こんなに元気なく・せ・に……」


 彼女の手が、俺の大事な部分をパンツの上から撫で回してくれて、中身が大喜びしている!?

 つーか、それどころじゃなくて、一体全体どうなっちまったんだ!?

 そして俺の股間を撫で回しながら、もう片方の手を使い、彼女は仮面を取った!?


「初めまして……ってわけじゃあないわよね? 私はジャクリーン……ジャクリーン・アンダーソン。みんなはジャッキーって呼ぶわ、今日は久しぶりに出てこれたのよ……だから…………ね?」


 ええ? ウンディーネじゃないの? しかも何ですか? 「ね?」って……ああ!!

 ちょっと待った! ちょ……パンツの中に手が! 手がああ!!

 ―― ガン! ――


「痛ったあ~……もう、何よエドったら……良いとこなのに邪魔しないで!」

『君こそ何やってるんだ、ジャッキー。出たり引っ込んだりして』

「しょうがないでしょ? オンディーヌがまたバグを見つけて処理に追われてるのよ。

 そんな時『あるじくん』の相手をするのが私の権……役目なのよ?」


 今「権……」何って言おうとしたの?

 てかさ、なんでエドも居るの!? わけわからんけど俺一人置いてきぼりは無しね?


『悪いね、ケイ。僕の仲間が君の事からかって……紹介するよ、この淫売はジャクリーン。

 かつての研究仲間さ。そして君も知ってるウンディーネの素体(ベース)でもある』


 悪いがついてけない……何言われても、多分理解できそうにないや。

 できればこれも夢オチにしてもらえると有難いんだけど、ダメですか?


「ほらぁ……あるじくん困ってるじゃないの……それに誰が淫売ですって!?」

『君以外に居ないだろう? それともプレイメイトの方が良かった?』

「もう……言いたい放題ね、酷いと思わない? あ・る・じ・さ・ま……」


 ウン――じゃなかったジャクリーンさんは、懲りずに今度は俺の上にのしかかる!

 顔! カオ! 近い近い! すっげー色っぽい美人――いやいや、俺の胸に乗っかるおっぱいが気持ち良すぎて――!!


『ジャッキー!! 君何しに出てきたの? それとも本気か?』

「わかったわよ……面白みの無い人ね……ああ、もう人じゃないのか」


 ジャクリーンさんは起き上がり、俺を開放してくれた……名残惜しい……

 そしてベッドの縁に座り、それでも髪をかき上げセクシーなポーズを見せつけてくれる。

 畜生……エドが邪魔しなければ……いや、この部屋に照明が有れば……いやいや! そうじゃない、カメラ……いやいやいや! 落ち着け俺……とその息子!


『ケイ、気分はどうかな? 君さえ良ければ少し話がしたいんだけど』

「う、うん……凄え悶々としてる――いや、別に良いけど?」


 正直言って、今は独りになりたい気分だ。

 あの感触が残っているうちに……


『君、ある大学での『監獄実験』の話って知ってる?』

「知らない、はい終わり! もう良い?」


 早く出てって欲しい! 独りにしてよ、今は股間の息子さんと遊びたい気分なんだ!


『まあ聞き給え、昔スタンフォード大学で行われた心理学の実験でね、20数人の被験者を看守と囚人という役に分けて、実験をした話さ』


「それがどうしたんだ? 随分暇な実験するもんだな」


『うん……結果として、看守役は僅か2日で役にのめり込み、囚人役をひたすら虐待した。

 これは権力を与えられた人間が、弱者に対してどういう行動をとるかの実験だったそうだ……もちろんすぐに中止されたけどね。

 僕が心配なのは、大きな権力を握った君が、弱者に対してどう振る舞うのか聞きたいんだ』


 権力……? うん、よくわからん。

 権力の意味がわからない訳じゃなく、どうするのかと聞かれても困るという話だ。

 それに祭り上げられてはいるものの、俺は正式に王になるつもりは無い!


「俺はさ、今しか王のつもりは無いよ。

 混乱を避けるためにしばらくやるだけだ。

 そのうち共和制かなんかにして、政府を作ったら後は任せるつもりだよ?」


『甘いね……それは魔王が許さない。

 そもそも何故、僕らが世界を支配したのかわかるかい?』

「わかるわけ無いだろ! だいたい――ひい!?」


 押し問答しているところへ、急にウン――ジャクリーンさんが背後から俺に抱きついてきた。

 もちろん背中におっぱいが当たって……あー! もう辛抱たまらん!


「ねえ、あるじくん……私達がこの世界……いいえ、800年前の時代に来たのはね……戦争を無くすためなのよ」


 彼女は俺の耳元でそう囁いた。

 さすがに背中の感触からも、注意が削がれる話だ。


『そう……僕ら……君の居た時代から40年後、大規模な戦争で世界は破滅する』

「ええ!? マジなの? まさかそれって――」

『核戦争……それも地球のほとんどを焼き尽くした、生き残ったのは世界中で約2000万人ほどだ』


 それからエドは、球体の中心から光を放つ。

 それがまるで映写機の様に、部屋の壁をスクリーンにしてその惨状を映し出した。


『ご覧のとおり、逃げた人類意外は全ての動物がほぼ死滅した。

 食料は僅かな備蓄のみで、増産は出来ない……海も汚してしまい、大地もご覧の有様だ。

 最早死を待つのみ……酷いものさ』


 確かに息を飲む光景だ。

 こんなに何もかも無くなるなんて、想像したことも無かった。

 これじゃあ生き残るより、核弾頭で死んだ方がなんぼかましな気がしてくる。


『それで僕らは試作中だった転移装置、平たく言うと「タイムマシン」を使い、過去に行くことを決断した。

 可能な限りの装備を持ってね。それが――』

「ナノマシンやキャニスターって事か……」


 映像がフッと消えた。

 部屋が暗闇に戻る……なんだか今の話が夢の中の出来事のように感じる。


『僕らは考えた……人類がどこで道を誤ったのか。

 そして先ず、この世界から大量殺戮兵器の基礎を排除する事にした……「火薬」だ』


 背筋に悪寒が走り、冷や汗が流れる。

 今日俺達はダイナマイト使ったし、オーサワ氏に黒色火薬を作ってくれるよう頼んでもいた。

 これはかなりまずいんじゃなかろうか。


『歴史上最初に火薬を使った戦闘をしたのはモンゴルと言われてたのは知ってる?

 だから真っ先に滅ぼした。

 でもね、実際はかなりの数が世界中に有ったんだよ。だから彼方此方――』


 それは聞いてて頭が痛くなる程の、魔王とその仲間による殺戮の時代だ。

 何が「戦争反対」だ? 脳ミソ腐ってたんじゃねえのか!?


「で――? つまり、あれか? お前らが殺しすぎたから、俺は民に優しく保護して健全な王様になれって言いたいの?」

『いいや? 殺したいならほどほどに殺せばいいよ。恐怖統治も必要な事だ、但し滅ぼすのは簡便ね』

「いや、滅ぼさねーし! 何が言いたいんだ本当に……」


『うん。最初僕らも世界を支配するつもりは無かったんだ。

 でもね、結局は何度も挑まれて、無駄な争いの繰り返しだった。

 そこで考えを改めたんだ、僕らが支配し管理するしか無いってね、その為には世代交代する普通の人間じゃダメだ。

 私利私欲に負ける事無く続けなきゃならない。

 だからナノマシンに改良を加え、宿主の細胞を劣化すること無く複製し、さらに強化する機能を持たせて自分達に投与した。

 これで僕らは永遠に近い時間を手に入れたんだ。

 だけど管理するにも人材が不足してたからね、この世界でこれはと思う人間に同じ処置を施して仲間にした……イズモのアレクセイもその一人さ』


「私には国を貰えなかったのよね~……元々の仲間なのに、不公平だと思わない?」


 いや、なんとなくだけど、それって正解だと思う……それより俺の耳元で喋るの止めて――止めないで……


「仕方ないだろう……お前はあの時死んでいたんだ」


 誰、今の!?


 突然部屋の中で、この場に居ないはずの声がした!

 誰? 今喋ったのって誰の声!!?



『やあ、久しぶり。意外に遅かったね?』

「お前は相変わらずだな、エドワード――最も姿は随分と変わったが。

 お前も――本当にどこも変わらんな、ジャクリーン」


 部屋の隅から声がしたと思ったら、そこから人の姿が現れた。

 真っ黒なフード付きのマントに覆われて、顔も見えないけど間違いなく人だ!

 しかもなんだ!? この威圧的なオーラは……


「あ……あのー、この人誰? てかいつから居たの?」


 本人に聞くのがなんとなく怖くて、思わずエドに質問した。

 ジャクリーンさんに聞かないのは、まともな返答が期待できない気がしたからだ。


『ああ、紹介するよ。彼が「魔王」その人だ』


 は……?


 ええええええ!?

 なにそれ軽すぎないか!? 

 普通魔王っていえばラスボスだろう? それにこっちからやっつけに行くのがセオリーじゃないか? いや、そんなつもりは微塵も無かったけど。

 だが突然向こうから一人でノコノコと……ええ? どうしよう、どうすればいい? 

 てかコレって夢の続きじゃないよな? いきなり「まお~ん」って鳴かないよな!?


「あー……お前があれか、ここの……何つったっけ? ほら……あいつ……えっと……」


 ………………なんだろう。

 エドの紹介も軽いけど、この魔王様も相当軽い? で、何が言いたいんだ実際。


「あ! ヘストンだ、そうだろ? 違う? いいよな、合ってるよな!?」

「え……ええ、合ってます……多分」

「だろ? だろ? で、ヘストン斃してエドが認めたから、今日から新しい『王』になったんだよな? で、名前は……不破圭一郎ね、日本人か。まあ良いや、よし、顔も見た」


 うわ! 何自己解決してんだこいつ、本当に魔王なのか?


「うん、良いよ」

「え? 何が……?」

「だからお前が王で良いよ、魔王の名において認める。じゃあ頑張れ」

「だー! 何だよその承認はー!! 威厳も感動も無いじゃんか!」


 思わず魔王に向かって怒鳴りつけたけど、俺は悪くないよな!?

 こんなあっさり出てきて勝手なこと言ってるこいつが頭おかしいよ絶対!!


『ヘストンが死んだ時点で来ると思ってたんだけど、何してたの? 魔王……あれ? ま……おかしいな? 君の名前が出てこない』

「あら本当、魔王って本名なんだったかしら? ねえエド、ストレージに残ってないの?」

『ダメだね。誰かが消したのか? あ……君自分で消したな!? 僕らの記憶(メモリー)まで弄るなんて酷いじゃないか!』


 なんか話について行けないけど、エドもジャクリーンさんもぷんぷん怒ってる。

 魔王はというと、月明かりで微かに見える口元が緩んだ……笑ってるのか?


「悪いな、他にも重要事項を幾つか消させてもらったよ……少し用心する必要が有ってな。

 ところでジャッキー、オンディーヌはどうした、眠ってるのか?」

「眠ってるわけじゃないわ、昼間出来損ないのナノマシンを大量に処理してシステムにあちこちバグが出来たのよ、その処理に追われてるわ。

 貴方には好都合でしょ? この子ったら世界樹(ユグドラシル)へのアクセス権限取り上げたこと根に持ってるわよ?」


 またわからん話してる……


 そもそも俺が寝てる部屋に、ぞろぞろ押しかけて勝手に話進めやがって! それに魔王だあ? いい加減にしろ!!


「あのなあ! さっきから俺に分かんないと思って勝手な話してんじゃねえよ!?

 何だよ魔王の名前がどうとかユグドラシルが何だとか!? 俺の前で喋るんなら俺にわかるようにしやがれ!!」


 たまらずまた怒鳴りつけた。

 魔王まで……

 すると急に魔王の口元が強張るのが見えた、これまずかった? 謝った方が良いかな?


「――そうか……」

「やば! ごめんなさい、言い過ぎま――」

「悪かった、お前にも知る権利は有るよな? うん、俺達が悪い。すまん」


 …………え?

 魔王が俺に謝った? 良いの? これホントに本当に魔王なの!!?


「俺の名前は明かせん、我慢してくれ。世界樹(ユグドラシル)ってのは、この世界で構築したナノマシンをベースにした量子コンピューターだ、巷じゃ『世界の理』とも呼ばれている」


 聞かなきゃ良かった。

 この人達次元が違い過ぎ! 俺なんか自転車でF-1に追いつこうとしてる感じじゃね?


「うふふ……それより『あるじくん』が知りたいのって、この子の事でしょう? ウンディーネって呼んで大切にしてくれてるものね?

 この子は正式にはキャニスターじゃ無いの、量子コンピューター『YGGDRASIL(ユグドラシル)』の4つの制御用端末(ターミナル)の一つ人工知能(A.I)ONDINE(オンディーヌ)』全てのキャニスターの元になった機械よ」


 うん、ジャクリーンさんありがとう……やっぱ分かりません。

 ただ一つ、なんとなく理解できた事といえば……


「つまり、ウンディーネの人格って、人工知能であって人間の……人間だったわけじゃないってこと?」

『正解。僕の今の身体……このキャニスターは、その端末の技術から開発した。

 人間から「魂」を取り出し人格ごと封入するシステム、即ち「密封瓶(キャニスター)」なのさ。

 これを……完成させたのはミカドだけどね』


 あれ……なんだか色々と腑に落ちない。


「あの……ウンディーネって、本人の話だと昔どっかの貴族の元愛人で、そいつの手で自動人形(オートマタ)にされたって聞いたんだけど?」

「あははは、アレね。あの話って、私がオンディーヌの記憶を書き換えたの。ちょっと理由があってね……この子がまた自我に目覚めたら、少し面倒なことになるから」


 なんと!? 正直者のウンちゃんってば、人工知能のくせに騙されてたの?


「ところで不破圭一郎、お前はアレか? 王になって、やっぱり美しい娘を集めてハーレムとか作りたいクチか?」


 魔王の質問は不躾で唐突だ。

 その発想は――さっきまで無かったけど、今ちょっとだけ持った!


「え、あ……そりゃやらない……と思う。

 俺は威張り腐る奴が大嫌いだから、自分から嫌いな人間になる気は無い!

 むしろ国民が平和に安心して暮らせる社会が作りたい、それはあんたの意志に反することなのか?」


 ちょっと心が揺らいだけど、偽らざる気持ちを告白する。

 世界を支配下に置いた魔王なら、どんな反応をするのだろう?


「ふーん……ま、エドが認めるって事は、そういう事なんだろうな。

 別に構わんさ、好きにすればいい。

 俺から言いたいのは――――」

「――他国と戦争するな……ってことだろ?」


 俺は魔王の揚げ足を取った……つもりだったのだが、彼の答えは予想外だった。


「いや、それはもういい。実際それどころじゃ無くなって来たんだよ。

 と言うのも、既に大陸側じゃ何人かの王が死に、幾つかの国に分かれて小競り合いが始まった……俺が言いたいのは、帰りたくなったらいつでも帰れって事だ――それ!」


 魔王は俺に一つのキャニスターを投げ渡した。

 それはヘストンが持っていた物やエドワードとは違う、一回り大きな物だ。

 そして何より気になるのはその言葉の意味!


「ちょ!? ええ? まさか元の世界に帰れるって事か?」

「ああそうだ、今渡した『サラマンダー』に力を貯めればな。いつでも帰れと言っても、好きな時好きなタイミングで帰れるわけじゃない。

 年に数回、この世界とあちら側の時空が交差する時が有る。そのタイミングはそいつが教えてくれるだろう」


 マジですかー!?

 おおっと、一瞬だけ喜んだのだが……


「なあ……それって俺じゃなくても良いのかな?」

「帰る奴がか? 別に構わんさ、力さえ貯まれば何度でも使える」


 そうか! 良かったなあハルナ! お前帰れるじゃないか、すぐに教えて……待てよ?


「力って、どうすれば貯まるのかな……?」


 それこそ肝心なことだろう。

 まさか人の魂を集めろと言うのなら、これを受け取るわけにはいかない。


「安心しろ、持ってればいい。特に今夜のような月の明るい夜は効果が高い」

「……持ってればって……いや、エネルギー源って何ですか?」

「……知らん。ただそうなる事しかわからんのだ、知っているのはそのシステムを発見し作り上げた『ミカド』だけだ、知りたきゃあいつに聞け……もっとも――」

『ミカドが素直に教えるとは思えないね、彼は性格が悪い』

「――だな……」


 …………なんだろうこの疎外感は。

 ミカドの性格が悪かろうが、そんな事どうでもいい。

 この際だ、聞きたいこと聞いておこう。


「もう一ついいかな? さっきエドに、俺が王を降りるのはあんたが許さないとか言ってたが、それはダメで帰るのは良いってどういう事だ?」

「その通りの意味だ。この世界にいる間は『王』で居ろ、辞めるなら帰れ」

「他の国と戦争するのは?」

「好きにしろ」

「この国を共和制にするのは?」

「構わんが代表はお前だ」

「逆らったらどうする?」


 この質問に、魔王の雰囲気がガラリと変わる。

 今度こそ怒ったような、そんな殺気がみなぎっているようだ。


「昼間エドが貴族の若造にした事を覚えているだろう? お前がああなるだけだ。

 お前を含めた全ての魔極水……ナノマシン・ジェルの最上位権限はこの俺に有る、その事さえ忘れなければ、後は自由にしろ」


 なるほど……逆らったら俺も風船みたいに弾け飛ぶって事か、つまりこの魔王の支配下に置かれてるってわけだ。


「話は以上だ、俺はこれでも忙しい身でな……じゃあな」


 そして魔王は音もなく消えた。

 エレオノーラの空間操作とは違い、まるで元からそこに居なかった様にだ。


「あ……あら残念、オンディーヌが再起動始めちゃった。私もまた暫く眠らなきゃ。

 じゃあね、あるじくん……またいつか会いましょう」


 そう言ってジャクリーンさんは、急いで服を着ると仮面を着ける。

 彼女にももっと話を聞きたかったのだけど、仕方ないんだろうな。


「残ったのはエドだけか……」

『だね……』

「ところでこれ……魔王がくれた『サラマンダー』って何?」

『それね「オンディーヌ・サラマンダー・ノーム・シルフ」この4つが世界樹(ユグドラシル)の端末……つまりそのうちの一つさ』


 ……て事は、かなり凄いものをポイッとくれたのか? でもどうやって使うんだろう。


『今貯まってるエネルギーは、およそ3分の1ってとこかな?

 どういう原理で貯まるのかは、僕にもわからない。ただ、君も「世界の理」へのアクセス権を得たって事だ』

「それって、あのヘストンが欲しがってたやつの事か?」

『そう。でも君に権限が有っても使い方は解らないだろう? だからくれたんだと思う』


 何だよそれ、意味ないじゃないか!

 まあ仕方ない……俺は欲しかったわけじゃないし、とりあえず棚の上にでも飾っておくか。


「主様、いかがなさいました? まだお休みの時間では?」

「ああ……ちょっと疲れる事が起こってね、もう一回寝直すよ」


 再起動したウンディーネは、いつもと変わらない様子だ。

 ジャクリーンさんの事は、黙っておいた方が良いのだろうか?

 エドが茶々入れて来ないから、そういうことにしておこう……


 ウンディーネに見つからないよう、サラマンダーをそっと枕の下に隠した俺は、狸寝入りを始める。

 彼女はいつも通り、傍らに立って黙っている。

 夜明けまであと少しなんだろうが、今夜の一件で余計疲れた俺は、また眠りに落ちるのだった。


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