思い出の味~テイクアウト~
※駄女神様視点
私は賊のような男が帰っていった後に優さんに気になっていた事を訊ねました。
「優さん、何故あのような賊の男性に普通に接する事が出来たのですか?」
「そうですねぇ。…まあ、これでも一応驚きはしましたが、ここは本来心が清らかな人しか来ることは出来ませんし、あの人も本心から略奪行為してるとは思えませんでしたので」
うーん。それだけで警戒を解くのは少し不用心な気が…。
「それにあの人の後ろに優しそうな人が見えていたので。大丈夫だろうと感じました」
「えっ…それって、ゆ、ゆ、ゆ、ユーレイですか?!」
それこそ危なくないですか?!
「ユーレイはユーレイなのでしょうけれど悪い霊ではなさそうでしたよ? 危害も加えてきませんでしたし。それに、あのポトフの味付けを教えてくれたのもその人ですし」
「えっ!? そのユーレイってまだいますか?」
「いますが危害は加えてきませんから。大丈夫ですよ」
「そうですか。…優さんが言うなら大丈夫なのでしょうけど。それよりユーレイが味付けを教えるってどういうことですか?」
「一瞬あのおじさんをジッと見ていた時がありましたよね」
そういえば、ジッと見ている時がありましたね。
「ありましたね」
「実はあれ、おじさんを見ていたのではなくて、その霊の人を見ていたのですよ。何かを伝えたそうだったので」
そうだったのですか。ですが目の前の賊を放置してユーレイを見つめるのはどうなのでしょうか?
「そしてその人に訊ねてみたら。その人はあのおじさんの母親で、あのおじさんが賊になってからというもの、心配で心配でずっと憑いていたらしいです。そしたらここに来て、なんだかあのおじさんが改心できそうな気がしたらしく、僕に気づいてもらおうとして、僕の前に現れたそうです」
「はあ、でもだとしたらあの人の前に現れれば良かったのでは?」
「いえ、あのおじさんは母親を無くしたショックで霊になった母親と向き合おうとしなかった、そのために見ることが出来なかったようです」
「では、向き合おうとすれば見えたのですか?」
「ええ、そうですね」
「あれ? 何で私には見えないのでしょう?」
「ユーレイの存在を否定したいから見えないのでは?」
それは…あるかもしれません。私も女神の端くれ、ユーレイにも慣れなければなりませんね。
そう思うと急に目の前に白いもやが現れました。
その白いもやは次第に人の形になっていきました。
そして、少し恰幅のいい、如何にも母親な雰囲気の優しそうな女性が現れました。
『はじめまして。先ほどは私の息子のゼトが失礼を致しました』
その女性は開口一番にそう私に伝えてきました。
…本当にさっきの人のお母さんなのでしょうか?全くもって雰囲気が違います。
ですが何故でしょうか? この優しそうな女性に謝られてしまうと、先ほどまでの男性を賊だと思って敬遠していた自分の方が申し訳なく感じてしまいます。
なので、思わず私も、
「あっいえ?! こちらこそ勝手に賊だと思って敬遠してしまい申し訳ありませんでした」
と、思わず謝り返してしまいました。
『いえいえ、あの子が賊であるのは事実ですから。あなたが申し訳なく感じることはありませんよ』
…ほんとに親子で何でこんなに違うのでしょう?
私がそう考えていると、
「おや? 見えるようになりましたか」
優さんがそう言ってきました。
「はい。ですが、さっきの人と全く雰囲気が違いますね」
「そうでしょうか? 僕は結構似てると思いますけど」
私が感じたことを素直に告げると、優さんからは意外な返答が返ってきました。
なので私は優さんに訊いてみました。
「優さんはあの男性をどのように感じたのですか?」
「そうですねぇ。あの人は本来であれば優しい人なはずです」
優さんがそう告げると優しそうな女性が、
『あの子も昔は貧乏な家のためや、自分の奥さんや子供のために必死こいて働いていたんだけどねぇ。あの子の大切な人は皆一瞬にしていなくなってしまったからねぇ。それからなんだよ。あの子が賊になってしまったのは』
と言って、その男性の過去を語ってくれました。
その女性が語った男性の過去は壮絶なものでした。その証拠に優さんも口を噤んでしまいました。
『ごめんなさいね。こんな重い話をしちゃって。あなた達が真剣に聞いてくれるものだから、ついつい話すぎちゃったね』
私は言葉を発することが出来ませんでした。
『勝手なお願いだということは重々承知しています。ですが、あの子のことをどうか理解してあげておくれ。あの子には今、理解者が誰もいないんだよ。あの子の理解者だった人はあの事件の日に皆、亡くなってしまったからね。今、あの子には理解してあげられる人が必要なんだよ。だからお願い、ここに来た時だけでいいんだ。あの子の味方であっておくれ。それが、私からの願いだよ』
優さんはすかさず、
「もちろんです。ここは皆さんの寄りどころですし、あの人が悪い人ではないことは分かっていますから」
そう女性に告げると、女性は微笑みながら、
『ありがとう。あなた達に出会えて良かったよ。それにあの子もこんなに良い人達に会えて幸せだね』
そういうと女性を淡い光が包みました。
「あの、光ってますよ?」
私は困惑しながら女性に告げました。
『嗚呼、もう時間かい。嬉しい時はほんとに時間が過ぎるのが早いねぇ』
どういうことなのでしょうか? 私が益々困惑していると、
「成仏してしまうのでしょう」
優さんがそう説明してくれました。
「もう、見守らなくてよいのですか?」
『ああ、こんなに良い人達に出会えたんだ、あの子はもう大丈夫だろ』
「そうですか…そうですね」
『だろ? 嗚呼、アタシも生きてるうちにここに来てみたかったねぇ』
「そうですね。僕も色々と家庭の味を教わりたかったです」
『ふふ、これからもあの子のこと、よろしくね』
「はい。何時でもあのポトフでお出迎えさせていただきます」
『本当にあなた達に会えて良かったよ。最後になるけど、ほんっとにありがとね』
そう言って、女性は最後に満面の笑みを浮かべ、光となって空に消えていきました。
「優さん、私は人の死というものをあまり考えたことがありませんでした。人の生死と向き合う神という存在として失格ですね」
「…ですが今回のことできちんと向き合うことが出来たのでは?」
「はい。女神として一つ成長できた、そんな気がします」
「そうですね。これは僕にとっても貴重な体験でした」
「…優さん、私、あの女性のように笑って成仏させてあげられる、皆が幸せに暮らしていける世界に出来るそんな女神になれるように頑張ります」
「…僕もここに来る人、全員を癒せるようになりたいと思います」
「…あの人の名前、訊いておけばよかったですね…」
「あっ、あの人はサーラさんというらしいですよ」
「サーラさんですか…。なんだかとてもお母さんな人でしたね。私、あんな母性豊かな人になりたいです」
「そうですね。僕も男性ですがあの様な優しい人になりたいです」
「…お互いに頑張っていきましょうね。ですから、これからもよろしくお願いしますね」
「はい。支え合いながらお互い頑張りましょう」
こうして私の貴重な、これからの私の在り方について考える大切な経験をしたのでした。
女神様がまた一つ成長したのでした。