頼る事
人に教えるという作業は中々に難しいと痛感させられた私ですが、これくらいでめげていては始まりません。
教えるのが下手くそなら、教える人に聞くのが一番良いと思うのですよ。分からないなら得意な人に聞くのが得策です。
という事なので、父様に聞きに行ってしまいましょう。肉親なので、魔導院のトップだろうが気軽に会いに行けるという特権があります。まあ父様偉ぶる事はないから、忙しくない限りは魔導院の人間なら誰でも話し掛けに行けるのですが。
「父様、どうやったら教えるのって上手くなりますか?」
「こりゃ唐突な話だな……」
あまりに魔術に特化している為一部の貴族からは脳筋と嘲られている父様ですが、こう見えて非常に賢く、遣り手な御方でもあります。
因みに脳筋と言われるのは、騒動を武力で解決する事が多いからですね。でも父様が出動するくらいな大事になると話し合いではどうにもならなかったりするから、武力行使しているだけなんですよ。犯罪者の取り締まりとかその辺ですし。
そんな父様は今は書類仕事をしているらしく、一番高い場所の執務室……ではなく、何故かセシル君の研究室で判子をペタペタしたり署名していたりします。デスクを占領されたセシル君のこめかみがひくひくしてるの、父様分かってやってるのでしょうね。
「んー、あれだ、先ずは手本を見せるのと実際にやらせてみるのだな。それから実際にさせて、相手の知識を経験に昇華してやれ。あと褒めときゃなんとかなる」
「やってるつもりだったのですが……」
有名な言葉に『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』ってありますよね。ちゃんと実践したつもりだったのですが……何であそこまで反抗的にされるのかさっぱりです。
やはり子供に教えられるというのが嫌悪感を招いたのでしょうか。私の態度が偉そうだったとかも有り得ますね。
うー、と上手くいかない現状に歯噛みして唸る私に、父様は顔を上げて此方をちらり。眉を下げている私に、今度はセシル君を一瞥。くいっと顎を動かし、何かを促すように視線を滑らせていました。
俺かよ、とかそんな呟きが聞こえて、繊細な銀髪を掻き乱すかのようにくしゃくしゃと指を通すセシル君。
「別に、一度や二度の失敗は誰にでもあるだろ。それを生かせば良い」
「……うん」
「それでも駄目なら、誰かに助けを求めれば良い。ヴェルフやジルなら、手伝ってくれるだろ」
「……でも、これは私に任された仕事ですから」
ちゃんとやりきらないと駄目でしょう。学ぶ熱意がある人には最後まで教えてあげたいですし、途中で交代とか嫌です。
「だから、何でお前は助けを拒むんだよ。適度に頼れば良いだろ、そんなだからお前は駄目なんだ」
「う……」
「分かった分かった、言い過ぎたからしょげるな。……一人で頑張ろうとしなくても良いって俺に教えたのは、お前だろう」
そのお前が無理してどうすんだ、と額を小突きながら言われて、私はぱちぱちと瞬きを繰り返します。
……そういえば、昔のセシル君は一人ぼっちで孤独でしたもんね。今はそうでもないですし、昔よりもずっと明るくなって人に頼るようになった。
相手が受け入れてくれるのに、私から拒んでちゃ駄目ですよね。
「……セシル君も、手伝ってくれるの?」
「……まあ。俺だけじゃなくてジルも協力してくれるだろ」
やや突っ慳貪な口調ながらも、声音は柔らかい。心配させてたんだなあ、とか、気遣わせてしまったなあ、とかそんな後悔と逡巡が頭をよぎるものの、私が口にするべきは謝罪ではありません。
「ありがとう、セシル君」
「おう」
素直に感謝を口にした事で、セシル君は何だか照れたようにそっぽを向いて、それから密かににやにやしながら見守っていたらしい父様の頭をスパンとはたいていました。
一気に不機嫌な顔になって「見てんじゃねえよ仕事しろ」と父様をべしべし。手加減はしているらしく、そして父様も怒る気がないのかにやにやしながらセシル君にされるがままです。
父様っていつまで経っても茶目っ気のようなものが抜けませんよね。だからこそ非常に魅力的で格好良く、結婚して十五年は経つでしょうに母様とも仲睦まじく、そして周りの女性にも好かれているのでしょう。
……偶に笑顔の母様にお説教されている姿は、ちょっぴり情けなかったりもしますが。いつの世も妻は強いと言うのは本当ですね。
「……何笑ってんだよ」
「いいえ、何でも」
不貞腐れたようなセシル君が何だか可愛くて、更に笑ってしまって。それで拗ねたのか私から顔を逸らしたセシル君。
機嫌を損ねて暫く口を利いてくれなくなるのも、可愛い所の一部だと気付いていないのでしょうね。そういう所がセシル君の魅力の一つという事は、内緒にしておきましょう。




