教えるとは難しいもの
取り敢えず、初歩の初歩である蝋燭への火を灯すくらいの小さな魔術から始めていきたいと思います。多分皆さんが求めているのは攻撃魔術だと思いますし。
火の魔術を剣に付与出来たら、それだけで充分な威力を発揮出来ると思うのですよ。まあ切った瞬間だけ火を纏わせるくらいにならないと実用は出来ないのですけどね、だって剣が熱くなっちゃうし。
魔術単体は威力が弱くても、使い方次第で効果を発揮するものもある。それを皆さんには知って欲しいし、身に付けて欲しいです。
そんな訳で、まずは初歩的な物が載ってある魔術教本で教えていきたいと思います。
「距離取って実践して下さい。最初はまず術式に魔力を通す感覚を覚えて頂きますね」
もし何かあった時に密集していたら二次被害があるかもしれません。発動するのは小さな炎なので、そんな大事にはならないとは思いますが。
見た所、極端に魔力量が多い人も居ませんでしたし……サブウェポンとして魔術が扱えるようになったら強い、くらいでしょうか。付け焼き刃の魔術より剣術の方が強いでしょうし。
皆さん私の指示にしたがってくれるのですが、一人、突っ掛かって来るというか不服そうにしている騎士様。まあ言わずもがな、不満がありながらも最後まで残った騎士様ですね。
「見本見せて欲しいです、教えられるくらいなら出来るでしょう?」
「失礼な口を利くなバカ!」
ぼこ、と隣に居た騎士様に殴られていましたが、それでも私を見る瞳の棘は抜けません。
挑発的に思えますが、そんなに腹が立たないのは分りやすく不満を言ってくれるからでしょう。陰でぼそぼそ言われるよりもずっとマシですし、何よりやる気は見えているのですから。
まあ教える人間が出来ないとなると侮られますし、簡単に掌サイズの火の玉を浮かべる私。騎士様の不服そうな顔は、直らない。さも不機嫌そうに、瞳を細めていました。
「これで良いですか?」
「もっと大きなの出せないんですか」
「出来る事には出来ますけど、今する必要はないのでは?」
「……はーい」
真似しようとして事故られても嫌ですし、今回はそんなに大きな術は使いません。多分『エクスプロード』くらいの魔術を求めてるのでしょうが、あれは本当に巻き込んだら洒落にならないので。
簡単な魔術しか見せない私に、騎士様も分かりやすく不満そうです。
「……出来ないんじゃないのかなあ」
聞こえていますよ。別に怒ったりはしませんけど。
まあ反抗的なのは私の威厳が足りないせいですし、どうしようもありません。危険な魔術は面白半分で使うものではないので、いつかそこを理解して受け入れてくれたらなあと願います。
全員に納得させるのは無理だと分かっているので、今の所は諦めるしかありません。それより、教える方に専念しなくては。
皆さんお願い通りに、一人一人距離を取って魔術の練習をしています。教本を数冊借りて来て、それを回し読みして貰って術式を覚えて貰ってからの発動です。
感覚に術式を覚えさせないと制御以前に発動すら出来ないです。此処は本人の努力と感覚の鋭さ次第ですね。
暫くすればちらほらと小さな灯火を生み出す事が出来始めた騎士様方。元から素養はありますし、馴れたらもっと強い魔術も扱えるようになるでしょう。
各々がチャレンジする中で、出来ない人もやはり居ました。私でも最初は何故か変に発動してしまった事がありますし、直ぐに直ぐ出来るものではない事も知っています。
だからこそ、私が居るのですが。
「コツが掴めないと難しいですよね。……ちょっと手を貸して下さい」
「え、」
最終手段ではありますが、初っ端から使って行きたいと思います。
中々出来ずに悩んでいた、ロランさんと同い年くらいの騎士様に近付いて、そっと掌を取ります。何故かとてもビビられているのですが、父様の娘だからでしょうか。
「制御のお手伝いしますから。一回感覚が分かると、凄くしやすくなるんですよ」
これが出来るからこそ、私は呼ばれたのかもしれません。
私はよく分からないのですが、外部制御出来る人間は稀だそうです。どうしても他人の魔力の質と合わなくて変換したり操ったりする事は難しいらしく、私以外にこういう無理矢理に近い手段を用いている人は見た事がありません。
後のセシル君に、何て無茶をしてるんだお前と呆れられたくらいですから。
まあ使えるものは才能でも体質でも使ってしまえ、と若い騎士様の掌に私の物を乗せ、魔術を使うように指示。
素肌の繋がった所から揺れている魔力の流れが伝わって来るので、それを導くような形で通すべき術式に案内してあげます。一度回路さえ出来てしまえば、自分の感覚が覚えてくれるからしやすいと思うのですよね。
あくまで手助けの形で流れを導いていると、ぼわっと騎士様の側に浮かぶ火の玉。金貨くらいのサイズですが、初めてでこれだけ出来れば充分でしょう。
あとは、彼の努力次第です。
「……出来た」
「よく出来ました」
たった一時間程しか経っていない教え子ですけど、それでも嬉しくて口許を緩めては重ねた掌を握ります。
騎士様らしく武骨な掌は、私の指が絡められるとびくりと怯えたように震えてしまって、嫌がられたのかなあと心配になってしまいました。
セシル君もこういうのあんまり好きじゃないですし、馴れ馴れしく触れちゃ駄目ですよね。……セシル君の場合は照れているというのも大きな要因ですが。
「あ、偉そうでしたね。軽々しく触れてしまいすみません」
「い、いえ……っ!」
年下に対してあわあわと混乱と焦りの表情でぶんぶんと首を振る騎士様に、何だか変なの、と笑ってしまいました。
私は彼よりも結構年下ですし、何より貴族の令嬢として此処に来た訳ではないので、気を遣わなくても良いのに。
「リズベット様、俺もお願いします!」
「俺も俺も!」
「え? あ、はい。順番にお願いしますね」
そんな騎士様を微笑ましく見守っていると、どうやらこの光景を見た他の騎士様がわらわらと寄って来ました。コツを掴めばきっと出来るようになるので、彼らもこれを機に魔術の才を芽吹かせて欲しいものです。
私に助力をお願いする騎士様以外は何だか逆に微笑ましそうに此方を見ていて、何だかむずむずしました。そういう人達は私より一回り以上年を重ねている人達ばかりで、何か生暖かい眼差しで見られてます。
そんなに子供っぽかったでしょうか、私。
因みに輪から外れて、相変わらず不満そうな表情で此方を眺める騎士様が一人。
私には彼が何を思っているのか分かりませんけど、出来る事なら仲良くしたいものです。
そうして、私はせがまれて皆さんのお手伝いをしていました。一回手助けをすれば、皆さん何となくですが感覚を掴めたらしく小さな炎を生み出す事には成功していました。
教える側としては、中々の成果ではないでしょうか。
これなら上手くやっていけるかなあ、なんて安堵して騎士様に教えていると、やっぱり上手くいかないのが世の常だと思い知らされました。
見ていなかった方、先程不満そうな彼が居た方向から、私が指示した覚えのない炎の魔術が発動しました。その発動者は、考えなくても分かります。
「な、」
慌てて火の元を見やれば、少し反抗的だった騎士様が、少しランクを上げた魔術を発動していました。
私にとっては簡単な魔術なのですが、火の魔術は制御を失敗すると大事故に繋がりやすい。だからこそ小さな灯火レベルから始めさせたのですが……ちょっと目を離した隙に、使われるなんて。
彼は魔術を発動出来た、それは良い事です。ですが、発動と制御には隔たりがあり、制御の方が何倍も難しい。
極論発動だけならコツさえ掴めば魔力を流せば出来てしまう、ですが制御となると、難易度が上がります。完璧なコントロールを目指そうとすると、慣れないと中々に出来ない。それは強力になるにつれ、制御も難度が上がる。
それは彼には制御不能だったらしく、騎士団の服に引火していました。制御出来ていない証拠です。
周りも気付いて慌てていますが、火元自体はそこまで大きなものでなかったのが幸いでした。
直ぐに気付けたという事もあり、直ぐに威力を弱めた『スプラッシュ』で消火出来ます。大量に水がかけられたので、飲み込んだのか咳き込んでいましたが、それはまあ自業自得と受け取って頂きましょう。
「……私の管理がなっていなかったようで。取り敢えず火傷を治しますので。話はそれからです」
袖に燃え移ったから、多分軽い火傷は負っている筈です。目を眇めてぼろぼろの袖から見える肌を注視すれば、赤くなった肌が見えました。
嫌がられる事は承知で、彼に近寄って治癒術をかけておきます。これくらいなら直ぐに治りますし、なかった事になるでしょう。
「私が気に入らないのは分かりましたから、嫌なら出て行けば良かったのに。取り敢えず大怪我しなくて良かった、これに懲りたら無茶はしないで下さい」
何処か呆然としている騎士様に優しく諭すように声をかければ、俯いてしまいました。治して赤みが引いた手首を掴んで、押し黙ります。
どうしましょうか、と騎士様の態度に対応を悩んでいると、見守っていたロランさんが厳しい顔をして近寄って来ました。多分、ちょこっと怒っているのではないでしょうか。いつもの仏頂面に磨きがかかっているというか。
「……リズベット嬢」
「ああ、今回は私の管理不行き届きなので、彼を責めないで下さい」
「……そう言うのなら」
私も彼の事を放っておいたのが悪いですし、和解してなかったのも原因です。流石に二回目は庇うつもりはありませんけど、今回ばかりは私にも原因があるのでお咎めなしにして欲しいのですよ。
ロランさんは何か言いたそうにしていましたが、現場監督な私が責める気がなかったので渋々口を閉ざしました。
ロランさんに乞われて来たというのに、中々上手くいかず問題を起こしてしまった。一筋縄ではいかないものですね、ものを教えるって。
「……人に教えるのって難しいなあ……」
自分の未熟さを痛感させられて、堪らずに深く溜め息をついてしまいました。




