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先生になります

「リズ、お前に仕事が来ているぞ」


 身重の母様に見送られて魔導院に出勤した私ですが、研究室に入って早々にセシル君から想定外のお言葉を頂きました。


「私に……ですか?」


 出勤早々、出会い頭にそんな事を言われても、正直ピンと来ません。

 私に仕事が来ているとか、大抜擢? なんて自惚れはしません。だって入って一年も経ってないですし。私自身はセシル君のお手伝いだけで、何ら成果は挙げていないのです。

 それなのに私にピンポイントで指名が来るなど、おかしな話だと思いませんか。必ず何か理由がある筈なのです。


「ああ、まあ、一応お前にだ」

「一応?」

「仕事って言っても、実際に仕事と言って良いのか微妙だがな。ロランのお願いだそうだ」

「ロランさんが?」


 これまた想定外の人物で、目を真ん丸にしてしまった私。

 ロランさんは自力で何とかするイメージしかないので、私にお願いなんて考えても見ませんでした。しかも立場上は上司であるセシル君を通してという事は、正式な仕事でしょうし。

 ロランさんは騎士団の一個小隊の団長さんを勤めていらっしゃいますが、魔術も出来るハイブリッドなお方です。魔術関連にしても、割と自力でなんとかするのかと。


「珍しい、一体何の仕事ですか?」

「何でも魔術適性のある連中に魔術を教えるのを手伝って欲しいそうだ」

「でもロランさん魔術使えますよね? 何もわざわざ私が教えなくても本人が教えれば良い気がするのですが」


 先程も言った通り、ロランさんは魔術が扱えます。父様やセシル君、私程特化はしていませんが、ジル曰く実戦でも扱える能力の持ち主さんだそうで。

 だったら全部自分で済ませそうな気がするんですよ。


 そんな疑問が顔にも表れていたらしく、セシル君は苦々しい顔で肩を竦めます。


「あいつは教えるのには確実に向かない。剣術をルビィに教えていられているのが奇跡なくらいだ」

「そ、そこまでですか? でも私も教えるのには向かないですけど……」


 私も言ってしまえば感覚タイプなので、理論で教えろと言われても辛いものがあります。

 そもそも魔術自体が感覚でする物なんですよ。術式自体は理詰めですが、それを行使するのは自分の感性なのです。コツを説明するのは難しいですし、実践あるのみとしか言えません。


 それはセシル君にも分かっているらしく、やや困惑気味に頬を掻いていました。セシル君にも扱えなかった時期がありますから、セシル君的には尚更それを痛感させられる案件ですね。


「でもロランさんのお願いですし。分かりました、行って来ます」

「頼んだ。試金石の持ち出し許可は取っておいた、ついでに持って行っとけ。ちゃんと返せよ」

「はーい」


 軽々と試金石の持ち出し許可を得られるセシル君が凄いのか、あっさりと許可を出した(多分)父様がある意味凄いのか。

 セシル君を信頼しているのでしょうね、というか悪用はしないと分かっているから貸したのでしょうが。


 まあ、チャレンジするだけしてみようと思います。出来なかったらごめんなさい、ロランさん。



 



「……ええと、皆さんに魔術の指導をする事になったリズベットと申します。至らぬ所はありますが、宜しくお願いします」


 ロランさんの所に出向いた私は、早速とばかりに結構な人数の集まる訓練場に連れて来られました。

 ぶっちゃけ結構人見知りなので、此処まで見知らぬ人間の視線に晒されると居心地が悪過ぎます。しかも私だけ女なんですよね、フィオナさんは別件で席を外しているらしいので。


 まずは挨拶、と腰を折って頭を下げると、分かりやすくざわつく騎士様達。

 大体二十人前後でしょうか。それも皆さん歳上ばかり、若くてロランさんより少し下の年齢です。上を見れば三十代くらいの方も居て、彼らに教えるとなると私のストレスも音速の勢いで溜まりそうなものですが。


「だ、団長……彼女、まだ未成年ですよね……?」


 騎士様の一人、二十代くらいの男性が、皆さんの意見を代弁するかのように恐る恐るロランさんに問うのですが、ロランさんは表情一つ変えません。


 そういえば、私はあまり騎士様に知られていないのですよね。昔の誘拐事件の時のはもうその頃の騎士様は大多数変わっていらっしゃるでしょうし、決闘のは魔導院が主体でしたから。

 反乱も私の顔を直接見た人は少ないですし、貴族の方ではアデルシャン家の長女という事のみが伝わってる感じです。私の顔を知っている人間なら兎も角、知らない人は名前を聞いても分からないでしょう。


「つい先日十四歳になりました」


 正直に年齢を答えると、またざわめきが騎士様の間を走ります。見掛けから想像していたとは思うのですが。


「不満か」

「い、いえ……このような少女が、魔術に長けているとは驚きで」

「ヴェルフ様のご息女だぞ」

「なっ」


 絶句する質問した騎士様。

 その言葉を失った表情に、今更父様ってかなりの有名人なんだなあとか思い知りましたね。そういえば歴代の魔導院と騎士団ってあまり仲良くはなかったらしいのですが、父様は友好関係を結んでいらっしゃるみたいですね。


「父がお世話になってます。迷惑とかかけてないですか? 父は無理難題吹っ掛けたりしてませんか?」

「い、いえ、そのような事は……」

「それなら良かった」


 父様って結構天才肌なので、他人に無茶要求しないか不安なのですよ。傲慢とも違うのですけど、基準がちょっと高いというか。

 でも無理は言われていないようで良かったです。


 安堵して、漸く私もお仕事モードに切り替える事にします。任されたお仕事はきっちり果たさねば。ロランさんの期待もあるのです、裏切るのは嫌ですから。

 まあ、私を見ている人の中には良い顔をしていない方もいらっしゃるのですが、その方達は指導を受けるか否かを好きにしてもらうつもりです。


「皆さん魔術適性があると聞いております。簡単な魔術なら慣れてしまえば直ぐに修得出来ると思いますし、本人の才次第ではもっと強力な魔術でも扱えるようになると思います。僭越ながら私も協力しますので、一緒に頑張って行きましょう」


 用意していた言葉を緊張しながらも告げて、言い淀まなかった事にほっとする私です。

 騎士様の方はやる気は満ち溢れていらっしゃる方が大多数ですし、まあ何とかなるのではないでしょうか。

 多少不満がありそうなのもちらほら見受けられますが、もうこれはどうしようもないと思います。こんな小娘が魔術を語るなど、不愉快に感じる人もいるでしょうし。感性ばかりはどうしようもない。


「試金石を借りてきたので、魔力の測定をしちゃいましょう。色が明るく光が強い程魔力が高いそうです。ではお願いしますね」


 早速、と一番近くに居た騎士様に手渡して、魔力を込めるようにとお願いしておきます。


 最初の人は魔力を込めたら深い青色、続いて隣の人は紫色と、順々に渡っていく試金石。

 私みたいに溶かす人が居ないのは、まあ仕方ないですよね。あれは例外だったと自分でも思います。


「計測は終わりましたね。自分の限度を知る事も大切です。魔力が少ない人でも、技術である程度カバー出来ますよ。頑張りましょうね」


 全員に回って測定が終わった所で、私は試金石を仕舞いつつ告げます。すると、最後の辺りに計っていた、確か分りやすく不満そうにしていた十代後半の騎士様が手を挙げました。

 明るい茶褐色の髪と同色の勝ち気な瞳が特徴的な、まだ少年と青年の間をさまよっている見掛けです。


「リズベットサマは、どのくらいお強いので? そのお歳で私達に教えられる程の力量がおありで?」

「おい! リズベット様に何て口を!」

「いえ、構いませんよ。私はアデルシャン家の人間として此処に来た訳ではないので」


 正面から言ってくれた方が楽なので、騎士様の隣に居た二十代半ばな騎士様が眦を吊り上げたのを言葉で制します。


 この際、はっきりさせておいた方が良いと思うのですよ。だって受けたくない人に受けさせても、意欲がないのだから身に付きません。

 だったら最初から別の事に時間を使って欲しいのです、気に入らない人達にとってこれ程無駄な時間はありませんから。

 ロランさんには申し訳ないのですが、彼らにも選択の自由は与えたいのですよ。お仕事放棄とか思わないで下さいね。


「正直、私も教えられるような実力ではないと思っていますし、もっと指導に当たり適性のある人間も居ます。言い訳はしません」


 こればっかりは苦笑いしか出ません。

 父様の方が適性あるのは分かっています。上を見ればきりがないのですよ、私もそれなりに実力はありますが、大人数の人に偉そうに教えられる程のものではありません。

 そんな私に教えられるのが不愉快だとしても、責められる事ではないのです。


「今の内に言っておきますね。私に教わるのが嫌な方は、出て行っても構いません。強制などしません。他の方に教わりたいなら、それでも構いませんし。私が気に入らない方も居ると思うんです、こんな子供に教わるのは嫌でしょう?」


 ゆっくりと口にして、騎士様を見回せばバツの悪そうな顔をする数人に、私を軽んじた表情な数人。まあ、反発があるのも想定内ですので、気にはしません。


「私もロランさんに頼まれて教鞭を執る事になっていますが、無理強いする気は一切ありません。受け入れられないなら出て行った方が、お互いの為になるでしょう?」


 その言葉を区切りに、何人かの騎士様は私に背を向けて立ち去って行きます。

 周囲の人は制止をするのですが、彼らの意思を尊重するつもりなので、それを止めておきます。彼らが嫌なら仕方ないと思うのですよ。

 ロランさんも、微妙に機嫌は悪くなっていたものの止めはしません。仕方なくしても身に付かないと分かっているのでしょう。


 そして、意外や意外、最初に突っ掛かった騎士様は退場はしません。ただ納得のいかなそうな眼差しが此方を射抜いていました。

 何処か勝ち気な瞳は、私をじっくりと値踏みするように此方を見詰めています。


「……すまない、リズベット嬢」

「いえ、此方こそ力が及ばずすみません。では始めましょうか」


 最初の頃に比べて随分とすっきりしてしまった訓練場を見渡しては苦笑いを浮かべ、私は改めて残った騎士様に再び頭を下げました。


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