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従者の難敵

 私が十四回目の誕生日を迎えて少しした頃には、母様のお腹は少し膨らんでいました。今までほっそりしていたお腹回りが、前に出ています。

 太った訳ではなく、前だけ出た辺り妊婦さんの特徴的な体つきの変化ですね。大体妊娠四、五ヶ月といった所でしょうか。もう少しで安定期に入る、そんな時期です。


 そんな母様のお腹を愛おしげに見詰めて擦る父様は、紛れもなく父親の顔をしていました。

 どちらかと言えば母様と二人で居る時は男性の顔をする事も多かったのですが、今は慈愛の眼差しで宿った我が子の寝床を眺めています。父様も子供は大歓迎しているのがよく分かりますね。

 まるで甘えるようにベッドに居る母様のお腹に顔を寄せて、耳を当てる父様の顔は、陶酔したような蕩けた表情で。

 何だか、見ている此方が何だか気恥ずかしくなって来ます。本当に母様が大好きなんですから。


 そんな父様の頭を撫でて、母様も擽ったそうに、でもとても満ち足りた笑みで受け入れていました。心の底から溢れる喜びを抑えきれていないのか、分かりやすく顔に出ている二人の姿は、万人が想像するであろう理想の夫婦のそのものです。




 二人の時間を邪魔する訳にもいかず、というか此処に割って入る程不粋ではないのでそっと扉を閉めて、寝室を離れる私。

 ……良いなあって、素直に思える仲の良さ。こう、私まで恥ずかしいけど幸せになってしまう姿で、頬が熱くなってしまう。


「姉さま、何をしてるの?」


 ちょっぴり赤らんだ頬をどうにかしようと頬を抑えていた私に、通りかかったルビィが不思議そうに覗き込んで来ます。

 父様の血を色濃く継いだルビィは、大分大きくなっていました。もう私と頭一つ変わるか変わらないかと言った所です。

 多分後三年もしない内に抜かされるんだろうなあ、という妙に当たりそうな予感がありますね。父様に似て元から割と身長が伸びやすいみたいですし。

 適度に運動してるってのもあるのでしょう。負担にならない程度の剣術やトレーニングをしていますから。あとセシル君との追いかけっことか。


「何でもないですよ、ちょっと熱くて」

「あついかなあ。冷す?」


 そっと頬に手を伸ばして魔術で僅かに冷気を纏わせてから触れるルビィに、大分成長したなあ、なんて思ってしまう私です。使えなくて駄々こねてた時代も懐かしく思えて来ますね。


「ん、ありがとうございます」

「姉さまは無茶するから、気分悪くなったら早めに言わなきゃだめだよ!」


 ……九歳前の弟に心配される姉って。しかも割と的確。

 いや無茶は多少は大丈夫です。無理はしてません。倒れるような事は、今までにそんななかったですし。


「大丈夫ですよ、父様と母様を見てきて少し当てられただけですから」


 別に体調は悪くないんですよ、とあまり詳しくは弟には言えない理由で苦笑を零す私に、ふとルビィから笑顔が消えます。

 ん? と思った瞬間には、少しだけ拗ねたように唇を尖らせているルビィ。むくれているというよりは、何処か寂しさを紛らわすような表情です。


「……父さまも母さまも、ぼくにかまってくれない」


 ……ああ、これは私が体験したパターンの再来ですか。

 ルビィは私に似て甘えん坊な方ですから、二人に構われないのが寂しいのでしょう。二人ともなるべく私達に構ってはくれますが、どうしてもお腹の子が優先になってしまいます。母様の場合はつわりも原因でしょうが。


 もう私は平気ですし、それを客観的に見れるくらいには大きくなった。だからルビィを見て、何て可愛い子なんでしょう、とちょっぴり微笑ましくなります。


「まだ見えないルビィの弟か妹は、体が弱いんです。そっちに付きっきりになるのは仕方ないでしょう?」

「……うー」

「ルビィも体弱かったから、分かりますね?」


 ルビィが幼い頃は逆に付きっきりだったんですよ。私は丈夫でしたが、ルビィの幼い頃は体が弱くて、しょっちゅう熱出しては母様達をあわあわさせてましたから。


「ルビィにはお姉ちゃんが居るでしょう? 私じゃ、不満?」

「……ううん。ごめんなさい、姉さま」


 聡明なルビィは、それ以上駄々をこねる事もなく、素直に謝って来ました。ルビィは周りに人が一杯居て、皆良い人だからこそ歪まずに成長したのでしょう。

 ジルやマリア、セシル君やロランさんにフィオナさん。皆ルビィに優しいし構っている。私の時よりは、寂しさも少ないと思いますよ。


 しょげてしまったルビィの額に口付けを落として、よしよしと頭を撫でてやると、何処か安心したように相好を崩すルビィ。誰からも構って貰えないとか思ってますが、私が体験した寂しさをルビィに味あわせる訳がないでしょう?


「ルビィ、ジルの所に行って紅茶でも淹れて貰いましょう。ルビィのお話、聞きたいなあ。最近剣術も魔術も頑張ってるでしょう?」

「……うん!」


 にっこりと笑ったルビィに、私は良い子良い子ともう一度撫でてあげました。






「あのねあのね、ぼくロランさんにほめられたんだ! 筋がいいって!」


 ジルに紅茶をお願いして、運ばれて来て一息ついた所でルビィはにこにこと今までの成果を語ってくれます。

 あどけない顔立ちは未だ変わらないルビィが楽しそうにお喋りしてくれるので、天使は相変わらずだなあとほっこり。我が弟ながら愛らし過ぎて困ります、主に表情筋が笑顔以外の仕事を放棄するので。


「ルビィは頑張り屋さんですねえ。偉いですよ」

「えへへ、姉さまを守るためにもっと強くなるんだ!」


 何ですかこの天使……っ!

 あまりに可愛くて良い子過ぎて、お姉ちゃんは感動で胸が一杯です。ぎゅうっと抱き締めると、これまた可愛らしく微笑んでは胸に頬擦りします。


 きゅっと胸に抱き寄せている私に、ジルは微笑ましそう。子供のじゃれあいですからね、可愛いものですよね。主にルビィが。


「姉さま、柔らかいね。母様みたい」


 胸に顔を埋めたルビィが無邪気にそう言ったので、まだそんなにないですよ、と心の中で訂正しておきます。母様程ナイスバディではないのですよね、残念ながら。年齢の割に発達しているとは言われますが。

 まあ暫くの間は母様と思ってくれても構わないので、そのまま背中を撫でると幸せそうにぎゅっと抱き付いて来ました。姉さま、と甘い声で囁くものですから、堪らず頭を撫でては愛でてしまいます。


 ジルはルビィの一言に微妙に気不味そうな顔をしていらっしゃいますが、まあ女の子の成長は早いものという事は分かったのではないかと。

 もうジルのお膝に座れる程子供ではないのですよね、というか確実に乗ったら重いでしょうし。


「姉さまも、いつかこども作るの?」

「ま、まだ先ですよ」

「姉さま、ぼくをほうったりしない?」

「確約は出来ないですが、私にとってルビィは大切な弟ですよ」


 少し不安げなルビィに、私は良い子となでなで。寂しがりなのは、姉弟変わらないのですね。私も寂しがりで構ってちゃんなので。


「……ぼく、姉さまにこどもが出来るまで、姉さま独り占めしてもいい?」

「ふふ、今の所相手が居ないですから好きにして下さい」


 そもそも殿方の問題があるでしょうに。ルビィから離れるなんて、私が嫁ぐ時ですよ。ルビィが心配する事はないのに。


 くすくすと笑って愛しいルビィの背中をやんわりと撫でると、少しだけ顔を上げたルビィが蕩けた笑みで頬に唇を押し当てて来ます。

 此処までお姉ちゃんっ子で将来大丈夫なのかな、とか反抗期来たら私が死にそう、とか色々不安はあったものの、取り敢えずルビィが可愛かったので良し。

 お返しとばかりにルビィの鼻にキスしてあげれば、ますます嬉しそうに緩む頬。囁かれた「姉さま大好き」という言葉が、何よりも私の頬まで溶かしてしまいます。


「ジルにはわたさないもん」


 可愛いなあなんてでれでれしていた私に、ルビィはふとジルに視線を向けてやけに強気な声で宣言しています。

 ……ルビィ、何を邪推してるんですかね……。ああ、甘える座を奪われたくないのですか、ジルは滅多に甘えないから大丈夫だと思うのですけど。


「大丈夫ですよ、甘やかすのはルビィだけですから」

「うんっ。あ、でもお兄ちゃんなら甘やかしてもいいよ」


 どういう基準なんですかね、それ。ルビィの中で優先順位はセシル君の方が上回ってるそうです。まあ結構セシル君はルビィを構ってますからねえ……ツンデレめ。


 何だか図らずもジルを挑発しているルビィに、ジルは困った表情。まあそんな事言われても正直どうしろって話ですよね。


「これは手強いですねえ」


 苦笑混じりに言ったジルに首を傾げつつも、再び甘えて来たルビィを愛でる事に気を取られて、その後小さく呟いたジルの言葉を拾う事は出来ませんでした。



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