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小さないのち

 ルビィによる天使の爆弾発言により父様がハッスルなさった結果、母様の胎内に命が宿った事が明かされて一週間。

 確実にその爆弾発言に導いたのは私なので、微妙にやらかした感否めないです。まさか本当にルビィが言いに行くとか、父様が夜のお仕事頑張るとか思ってかったんですよ。いやちょっぴり思ってましたが、子供を授かるくらい房事に及ぶとかまでは予想外でした。


 まあ過ぎてしまった事は仕方がありません。

 私に新しい弟や妹が出来るのは、嬉しいです。ルビィも天使過ぎて辛いですが、最近はしっかりして来ましたし、男の子の片鱗を見せます。剣振ってる姿は、ミニマム父様を見てる気分になりますね。

 後ろをちょこちょこついて来たルビィが、お兄ちゃんになるのか……何だか感慨深いです。




 新たな家族の命を宿した母様は、今はつわりが始まって床に臥せる事が多くなりました。

 私には体験した事がないので分からないのですが、結構に辛いらしく顔色は宜しくないです。代わってあげたくても出来ないので、安定期に入るまで見守るしかありません。


「……母様、今大丈夫ですか?」


 休んでいる所を邪魔するのは嫌なので、ノックをしてから扉越しに声をかけます。これで寝ていたら出直しましょう、起こすのも悪いですし。


 懸念に反して、直ぐに「良いわよ」と穏やかな声が返ってきたので、邪魔した訳では無さそうだと安堵しながら扉をゆっくりと開けます。


 父様母様のお部屋、天蓋付きのベッドに母様は上半身を起こした体勢で微笑んでいました。

 顔色こそ優れているとは言いませんが、柔らかい笑顔とおっとりとした雰囲気は相変わらず。

 美貌も損なわれる事なく、寧ろ慈愛の色が増した笑みや、その癖少女のような輝きを失っていない瞳は若返ったかのよう。元から二十代にしか見えない見掛けでしたが。


「遠慮してないで入っていらっしゃい」


 我が親ながら二児の、いえ三児の母とは思えない可愛らしい笑みで手招きされては、喜んで行くしかないじゃないですか。

 促されるままに駆け寄ると、母様は円満な人柄の表れた愛嬌が滴り落ちそうな笑顔で、私に手を伸ばします。


 母様譲りの髪を撫でられて、私も自然と破顔。ルビィを宿した時はあまり構って貰えなかったのですが、今回はそんな事はなさそうです。三人目で慣れてしまったのかもしれませんね。


「母様、体調は宜しいのですか?」

「ええ。今日は比較的良い方だから。どうかしたの?」

「いえ、母様に会いたくて」


 駄目ですかね、と少し不安になって眉を下げた私に、母様はしっとりと微笑んで首を振ります。母様と同じ色の髪に指を通していた母様は、両手を私に向けて、抱き寄せました。

 ふっくらした胸元に抱き寄せられて、無性に安堵とも幸福感が混じったような、微睡みを誘う温もりで一杯になります。いつになっても、私はこの温もりが大好きで仕方ない。甘える歳はもう終わりかけだというのに。


「思えば、リズには寂しい気持ちにさせてきたわね。ルビィの時は、あまり構ってあげられなかったでしょう?」

「……平気ですよ、ジルも居たし……母様、忙しかったでしょうから」


 寂しくないと言ったら嘘になりますが、私にはずっと側にジルが居てくれました。やさぐれそうになりましたけど、流石に子供じゃなかったですしジルも居たから割と何とかなりましたし。


 男なら憧れる感触であろう豊かな実りに頬擦りしながら、温もりを堪能する私。母様は嫌がる事なく、寧ろ微笑ましそうに私の背中を撫でていました。


「……リズは、ジルの事信頼してるものね」

「はい。私の大切な従者ですから」


 優しくて強くて格好良い、私の自慢の従者です。料理が壊滅的なのと時々過保護でやり過ぎたりする事もありますが、許容範囲です。こんな優秀な人が私の従者とか、私は恵まれているのでしょう。


 漸く膨らみから顔を上げると、母様は何処か悪戯っぽい笑みを浮かべていました。子供が居るとは思えない、愛らしく美しい笑み。

 ただ、その笑顔で見詰められると居心地が悪くなってしまうのは何故でしょうか。


「リズはまだまだ子供ねえ」


 からかうような声音に、否定出来なくて押し黙ってしまいます。

 そりゃあ、子供っぽいの自覚してますけど。中身が長生きしてるのに、生きている年数に比べて私の思考は幼い事は分かりきってます。ジルにも、よく言われますし。


 反抗する気はないですが、ちょこっともやもやして唇が山を作り出す私を、母様は春の日射しめいた暖かな笑みで受け止めてくれます。

 母様には一生敵いそうにないなあって思わせる、私にはとても真似出来ない慈しむ眼差しと口許。私も母親になったら、あんな顔が出来るのでしょうか。


 そっとまだ膨らみの薄いお腹に掌を当てると、その上から母様の掌が被さります。

 確かめて欲しそうに、お腹の奥に居る小さな命に二人分の温もりを伝えるように。母様はゆっくりと私の掌ごと撫でさせました。


「……此処に、リズの弟か妹が居るのよ」

「……うん」

「リズはどっちが良い?」

「妹が良いけど、どっちでも嬉しいです。新しい家族ですから」


 だから、どちらが生まれても喜びますよ。


 そう伝えた私に母様は笑みを深め、とろけるような眼差しで自分のお腹を見つめます。世界一幸せそうと思える、とても満ち足りた表情で。


「私は幸せ者ね。素敵な夫に可愛い娘と息子、それから新しい家族が居るから。リズにもいつか、幸せな家庭を築いて欲しいわ」

「……当分先の事になりますよ?」

「それでも良いわ、リズが本当に愛した人と結婚してくれるなら」


 私は誰でも応援してるわ、と父様とは真逆のスタンスを発表した母様は、私を未だに眠り続ける命に近付けるように抱き込みます。

 まだ、胎動も分からない時期。それでも、確かに私の新しい家族は此処に居るのです。愛おしい、家族が。


 いつかは私も、子供を授かった時に心から幸せだと思える日が来るのでしょうか。

 それはいつになるか分からないですが……来たら良いな、そんな日が。


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