セシル君のちから
私がへっぽこだからジルに連れて行って貰えなかった、とは言い過ぎかもしれませんが、私が弱いのも事実。覚悟が足りない上に弱いって相当だと思うのですよね。
もっと強くなりたいのにうだうだ悩んで現状を足踏みしていて、これでは魔導院に入った意味がない。覚悟して入ったのだから、とっとと腹を括らないといけない事くらい承知しています。それが難しいとも。
それでも、そういうお仕事を周りに任せているだけなんて、嫌です。私だけ温室育ちでぬくぬくと育って、周りに私が受ける筈だった任を押し付けるなんて、勘弁です。
「セシル君、セシル君って魔術の開発出来ますよね?」
いつものように個人の私室と化している研究室に赴いて質問を投げると、いきなり何だと言いそうな眼差しが返って来ました。因みに布で隠されている、研究室とドアで繋がる小部屋は、完全に仮眠室兼セシル君の私室になっているそうです。入った事ないですが。
「正しくは既存の魔術を改良するって感じだがな。一から作るのは流石に骨が折れる」
それでも出来ないとは言わないセシル君は、私と違って正真正銘の天才なのだと思い知らされます。
生まれ持ったものと努力が合わさったからこそ、あんなにも自分という存在を確立したのでしょう。昔の彼とは比べ物にならない程、今のセシル君は自信に満ちています。
「まさかお前の為に魔術作れとか言わないよな?」
「流石セシル君、ご名答です」
大当たり、と掌を合わせて叩くと、やっぱりか、と若干呆れたような眼差しに変わります。私がそう切り出した時から予想していたのかもしれません、セシル君に行動パターンとか把握されてそう。
無理ですか? とデスクに陣取っているセシル君に近付くと、何か溜め息をつかれて無造作に置いてあった本を掴んでいます。その本が魔術教本だったから、少なくとも頭ごなしに却下される事は無さそうで安心しました。
「……元となる魔術と、望む内容によるぞ」
「強くなりたいんです」
「曖昧だな。つー事は攻撃特化の魔術か」
「はい。具体的には父様の『インフェルノ』を上回るくらいの威力で」
高望みし過ぎなのは、承知の上です。
あれは父様の技量があるからこそ、あんなにも強い。私が同じような術式を扱っても、ああはなりません。そこで私が顕著に劣っていると自覚させられます。
まずは自分の実力を磨くべき、それはひしひしと思っているのですが……。
「無茶振りするなよ。あれはヴェルフだから高火力なんだぞ、そもそも魔術の術式からして完全攻撃特化だし。お前にそれが扱えるのか?」
「……分かってます」
「……あれを上回る威力となると、確実に何かを犠牲にするぞ。消費なり、発動時間なり、制御の難度なり」
一つの事に特化するなら、他を犠牲にしなければならない。
それは、承知の上です。発動が難しくなる事も、時間がかかる事も、威力を出す為に消費が大きくなる事も、全部予想していました。
それでも、私は求めてしまう。いつか来る時の為に。覚悟した後に待つ、危険から守る為の術を。
唇を真一文字に結んだ私に、退かないだろうと確信したのか再度嘆息を零すセシル君。手元にあった魔術書を捲って、視線だけは此方に向けて来ます。
「……はあ。分かった、一応やってみるが……期待するなよ」
「ありがとうございます」
切って捨てない辺り、セシル君は優しいです。普通なら無理だと一蹴するのに。
それに甘えっぱなしになる訳にはいきませんから、私も努力しなければ。後でお礼にセシル君の好きそうな魔道具とかエルザさんの所で買って渡しましょう。
セシル君の仕事は、とても早かったです。
自分の仕事があるでしょうに、それを完璧にこなした上で私の求める魔術の開発に勤しんでくれたみたいで。二週間しない内に、セシル君は一枚の紙を私に差し出して来ました。
文字の羅列と共に魔法陣を描かれたそれは、私の目を真ん丸にするには充分な形となっています。これが何かなんて言わなくても分かります、でも、まさかこんなに早く出来るとかは思ってもみませんでした。
「一応改良しておいた。お前の得意な氷系統の魔術を」
ぶっきらぼうに呟くセシル君の目元にはうっすらと隈が浮き上がっていて、無理をさせてしまったと一目見て分かりました。
急いだものではなかったのに、そこまでしてくれたセシル君には、本当に感謝と申し訳無さが込み上げて来ます。
ありがとうございます、と飾り気のない言葉しか言えなくて、どうして良いか分からなくてセシル君を窺いました。セシル君はそれを見抜いたかのような、気取らない笑みというか、ちょっとあほを見るような眼差し。
「威力を底上げした代わりに、膨大な魔力を消費する。使いこなせるのはお前くらいなモンだ」
「……本当に、ありがとうございます」
「取り敢えず発動速度が普通の術式より遅いし、基本的に広範囲に撒き散らすから本当に後衛向きの術式だ。個人に向ける時は気を付けろよ、制御ミスるととんでもない事になるからな」
事故っても知らん、と注意をしてくれたセシル君。魔術の暴走を引き起こした事がある彼だからこそ、そういう心配も強いのでしょう。
「ついでに、これも」
ぽいっと投げられた物を受け取ると、小さなブローチ。何かの術式が刻まれたそれは、セシル君が持つにしては可愛らしいデザインをしていました。
恐らくセシル君が作ったであろう代物、セシル君のセンスの高さが窺えます。
「……これは?」
「補助術式を刻んでる。ないよりは制御しやすいだろ」
さらっと言ってくれましたが、そこまでサポートしてくれるとは思ってなくて、非常に申し訳無さで一杯です。
本当に、私は周りの人に恵まれているのですね。
「……至れり尽くせりで、申し訳無いですね」
「頼まれたからには最善を尽くすべきだろ」
「ありがとうございます」
ごめんなさい、は何だか違う気がして、素直にお礼を言って微笑んだ私に、セシル君も何処か安堵したような表情。
相当頑張ってくれたらしく、首を鳴らしては伸びをして体を解していました。私が見た限りでもデスクにかじりついていましたから、余程体が凝っていたのでしょう。
「……じゃあ俺は寝る、仕事は終わったから良いだろ」
「無理させたみたいですみません」
「構わん、此方も良い勉強になった。……ふぁ」
眠そうに欠伸を手で隠して、それから瞼を擦っているセシル君。若干目が閉じかけている辺り、やっぱり負担を強いていたみたいです。急がなくても良かったのに、と言っても今更ですが。
「……セシル君、眠いですか?」
「まあな」
「……セシル君、膝枕してあげましょうか?」
「何でそういう発想に至った」
眠そうな目が更に細められたので、私は此処でお礼をせずにはいられません、と眠たげなセシル君に近寄ります。一歩後ずさられてちょっと悲しい。
「私のせいで疲れたみたいですし、労ってあげようと思って。女の子と関わりがないセシル君には結構貴重な経験だと思うのですが」
「喧しいわ」
「えー」
「膝枕は要らん。それより寝かせてくれ」
物凄く拒否られたので、そこまで嫌がるものなのかと首を傾げつつも押し切ってまでするつもりはないので諦めておきます。
じゃあお休みまで子守唄でも、と仮眠室に向かったセシル君について行こうとしたらこめかみ掴まれて押し戻されました。労りたかったのにセシル君を余計に疲れさせている気がするのは気のせいにしておきましょう。
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