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ジルの不在

「……あれ、ジルは?」


 そろそろ魔導院にでも出向こうと、ジルのお部屋を訪れたのですが……ノックしても、返事の一つもありはしません。ジルに限って寝過ごしたとかはないでしょうし、無視するのも性格上有り得ない。

 じゃあ部屋の外に居るのかと屋敷内を探し回って、ジルが居たら恐怖でしかない厨房にまで赴いたのに何処にも居ません。マリアやルビィに聞いても見ていないと言うし、一体何処に行ったのでしょうか。


 一緒に魔導院行こうと思ったのに、と指先を唇に当ててちょっぴり思案。

 多分一人で出掛けたら怒るんですよね、ジル。何回も身の危険に晒されているせいか、一人で外に出掛けてふらふらしたらまず間違いなく叱られます。誰か人を連れて行けーって。


 まあわざわざ危険に身を晒したくはないですし、大人しくしておくのが得策なのでしょうけど……それにしても、ジルが居なくなるのはおかしいです。基本私付きだし、用事があるなら誰かに言伝を頼むと思うのですが。


「リズ、何うろうろしてるんだ?」

「父様。あっ、父様ジル知らないですか?」


 丁度魔導院に出勤しようとしていたらしい父様、私が忙しなく辺りを見回していたのに気付いて話し掛けてくれました。

 まあジルが居ないなら父様について行けば良いや、と解決方法は見付かったものの行方知れずなジルが気になったので「ジルが見当たらないんです」と父様に報告しておく事にします。もしかしたら、父様ならジルの居場所を把握しているかもしれませんし。


 予想通り何か心当たりがあったらしい父様、でも何だか困ったような顔をして頬を掻いていました。


「あー、まあ、ジルは、ちょっと出掛けてる。ジルに用事があったのか?」

「用事というか、外に行く為にはジルの許可が要りますし……」

「……リズの判断基準はジルなんだな」

「黙って出掛けたら怒るんですよね」


 父様なら怒られないですし、良いですけど。ジルが案じているのは、身に染みて分かっているつもりではありますが……過保護、に近いんですよね。私も悪いと思ってるから、反抗なんて出来ないししませんけど。


「結局ジルは何処に?」

「あー、内緒にしててもリズは追及するからなあ……まあ言っても大丈夫だろ。ジル、ちょっと外に行ってるから暫く帰って来ないぞ」

「外?」


 家の外に行ってるのは分かってますけど。

 

「ちょっと調査に、外壁の外にな」

「……え?」

「ああ、直ぐに帰ってくるぞ。簡単な調査だからな」


 父様の言葉を上手く飲み込めなくて固まった私に、父様はぽんぽんと頭を軽く撫でます。

 まるであやすような仕草に、何故だか、無性に不安が湧いてしまいました。いつもしてくれる事なのに、今日に限って、ぞわぞわする。虫の知らせ、なんてものなのかもしれません。


 だって、外壁の外って、魔物居ますよね。直ぐ側をうろうろしてる訳じゃないし、魔物避けされた街道だって整備されてる。それでも、確実に襲われない訳じゃないし、危険だってあるのに。


 何で、と父様を非難するような声になってしまって、直ぐにごめんなさいと謝ります。

 ……父様が、悪い訳じゃない。多分命じたのは父様でしょう、魔導院のトップとして。役目として、ジルに言い渡したのですから、そこに私情なんて挟む余地はないって、分かってます。


「……心配か?」

「……うん」

「ごめんな」


 私の心境を理解出来る父様は、少しだけ眉を下げて申し訳なさそうに微笑みます。

 別に父様を責める事ではないと理解しているのに、私はどうして良いか分からなくて奥歯の付け根に力を込めました。ギリギリと鳴る歯の音は、胃を締め付けそうな不快な響きです。


「……三日もすれば帰ってくるから、な?」


 今度は明確な意思で宥めるように髪をくしゃくしゃされて、私はうん、と小さく気の抜けたような返事を返すだけでした。






 それから三日後、父様の言った通りジルは戻って来ました。姿を見た瞬間駆け寄って抱き付いてしまったのは、それだけ不安だったという証拠なのでゆるして下さい。


 砲弾宜しくジルの胸に飛び込んだ私に、ジルは受け止めつつも驚いたように瞳をぱちくりと瞬きさせていました。

 ぺたぺたと背中や胸に怪我とかないか確める私に、ジルは次第に緊張から解かれたように穏やかな笑みを口許に浮かべます。


「ただいま戻りました」

「行くなら前以て知らせるべきです。怒ってますからね」


 ジルは私が何処か行ったら怒るのに、ジルが何処か行ってもお咎めなしは駄目だと思うのです。此処はしっかり言っておくべきなのですよ。

 心配が安堵に変わると、言伝もなく置いていかれた事が納得いかなくて不満として出て来てしまいます。そりゃあ私を連れていく事は出来ないでしょうし、心配かけるから言わなかったのだとは察してますけど……。


 ぷりぷり、と蟠っていた不安を吹き飛ばすように頬を膨らますと、今度こそジルはいつものように甘い笑みで髪の毛を梳いてくれました。

 ご、誤魔化されませんからね、説明くらいしないとぽこぽこ殴ってやりますからね。


「すみません、言ったらリズ様もついていくとか言いそうだったので」

「足手まといになるのは自覚してるので、そんな事言わないもん」

「これはこれは。……心配かけて、すみません」


 全くです、と同調すると、さもおかしそうに喉を鳴らして微笑んだジル。ゆっくりと体を離してから、少しだけ乱れていた服装を整えています。

 前に買ったコートは無傷で、やっぱり丈夫なのにしておいて正解だなあって自分の判断が誇らしくなりました。少しでもジルの安全に繋がってくれたなら、嬉しい。


「ジルは何しに外に行っていたのですか?」

「魔物の分布調査ですね、といってもこの辺の近辺ですので、大した成果にはなってませんが」

「襲われたりしませんでしたか」

「そこまでではありませんよ」


 まあ近辺に居る事自体が異常なのですが、と付け足したジルは、私が少しだけたじろいだのを見てすみません、と謝罪。

 ジルにとっては、魔物も当たり前の存在なのです、よね。物語でしか見た事のない私と、違って。


「……リズ様、ヴェルフ様に報告しなければならないので、そろそろ宜しいですか?」


 私の所に真っ先に来てくれたらしいジルに、こくんと頷いて、でもなんだか行って欲しくなくて裾をきゅっと握ってしまった私。

 ジルに迷惑をかけると分かっていて、何をしているのでしょうか、私。


 引き留める形になってしまった私に、ジルはゆるりと微笑んでは猫を構うように指を頬に擦らせ、「また来ますから」と囁きを一つ。

 それだけでほっとしてしまう自分は、相当ジルに寄り掛かっている気がしてなりません。


「……あ、ジル。言ってなかった」

「え?」

「お帰りなさい」


 一番言いたかった言葉を素直に吐き出すと、ジルはとても柔らかく、愛おしそうな眼差しに変化します。

 擽ったいような瞳で私を見詰めた後に、もう一度「ただいま戻りました」と、帰宅の言葉を私に落としました。


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