許容出来るか
悩んだ所で、本当に覚悟は出来るかと言ったら出来ないでしょう。実際にそういう場面に相対しない限り、私がどうするかなんて分からないです。
大切な人が傷付けられた時、私は相手を殺したり出来るのか。
二度程、本当に人間に魔術を当てた事がありますが、その時は気分が良くなかったし、威力も出なかった。躊躇しているから、威力がなかった。だからこそ私がその後危機に陥っているのですが。
……私は、もっと心を強く持つべきなのでしょう。
「リズ様、お悩みですか?」
解決案は出ているものの覚悟が足りなくてもどかしさを感じる私に、紅茶を持ってきたフィオナさんが此方を覗き込んで来ます。
どうやら顔に分かりやすく出ていたらしく、「顰めっ面だと可愛い顔が台無しですよ」と微妙に男らしい口説き文句擬きなお言葉。皺が寄っていたのは感覚で分かるので、眉間を少し捏ねて落ち着かせる事にしました。
「まあ、ちょっと」
「ふふー、私で良ければご相談には乗りますよ?」
任せて下さい!と妙に意気込んでいるフィオナさんは何とも頼もしい事で。
……そういえば、フィオナさんは貴族の令嬢ですけど現職の騎士様でもあるのですよね。年齢はフィオナさんの方が上ですけど、女性です。……傷付け殺める覚悟とか経験とか、あるのでしょうか。
「フィオナさんは、魔物とか人間とか……傷付けた事、は」
「え?そりゃあ当然あるに決まってますよ、一応お飾りの騎士とは違って、実務隊に居ますから」
今はリズ様の護衛であまり参加してないですけどねー、としれっと申し訳ない事情をばらされたので、ごめんなさいと謝ります。くすくすと笑って「これもお仕事ですので」と返されましたが。
騎士様はお飾りで入隊する貴族様と、実力重視で本当に働く為に入隊する人達に分かれるそうです。市街を見回っているのも基本実務隊なのだとか。
「怖くないんですか?」
「怖い怖くないで言えば、特に。元から家で訓練されてましたし、慣れてますから」
「……慣れるものなのですか」
「慣れてしまいますよ。なので、怖いですね」
「え?」
「慣れる事は怖い事ですよ、適度な恐怖って戦闘に重要です。恐怖は警戒に繋がりますし、油断しないですから。慣れた時が一番怖いんですよ、自分の実力を過信して傲るから」
私が思うよりも、フィオナさんは騎士団に長く勤めているのかもしれません。可愛らしい外見に似合わない、やけに達観したような瞳が此方を覗き込んでいました。
「リズ様は、人や生き物を殺める事に抵抗があるのですよね?」
吸い込まれそうな、深い鳶色の瞳。
言い当てられた事に動揺するより、目の前の瞳に魅入られてしまいそうな事が、私の動揺を誘っていました。
「それは正しいと思いますよ、その感覚は忘れては駄目。その上で、傷付けて下さい。苦しいかもしれないけど、痛みは大切ですから」
「……痛みが、大切」
「力がある人間の感覚がなくなると、とても怖くなりますから。リズ様は痛みも覚悟して、その上で力を振るわないとなりません」
……それは、誰に言い聞かせた言葉だったのでしょうか。まるで、自分に言い聞かせているような気がしました。
真っ直ぐな眼差しが、私を貫く。
私はそれを正面から受け止めて、言葉の意味を飲み込みます。
今すぐに覚悟しろ、というのは、恐らく私には無理でしょう。
ですが、私は人を傷付ける事を受け入れなければなりません。強くなると決めたのは、私なのですから。
自分の身や、大切な人の事を守る為には、他者を害する事を許容しなければならないなんて、当たり前でしょう。
それを受け入れて、私は力を振るわないとならない。
「……ありがとう、ございます。まだ受け入れられそうにないですけど、頑張ります」
「まあ、リズ様の手をなるべく煩わせないようにはしますよ。あと、傷付けたならごめんなさいしておけば気が楽になりますよ」
身の危険を感じたなら、傷付けても仕方ないんですから。そうからからと笑ったフィオナさんは、気負いなく吹っ切った笑顔でした。
……正当防衛、という言葉で済ませるのも悪いとは思いますけど、確かにそれにも一理あります。私は多分、大切な人が傷付けられそうになったら、使ってしまうでしょうから。
必要に迫られた時、力を使う事を躊躇わない。それが、守る事に繋がるなら、覚悟しなければならないのでしょうね。




