家庭教師
短め。
あれから、魔導院は出禁になりました。ゲオルグ導師が手を回したそうです。流石に貴重な試金石にやらかした事と、私の魔力量が半端ないのにも関わらず制御出来ていないから危険だからだそうな。薄々こうなりそうな事は理解してましたよ、ええ。
私としてはあんな宝の山に遊びに行けないなんてショック過ぎるのですが……まあ自業自得ではありますね。それに下手打って殿下に遭遇したり始末されたりするのは嫌ですし。後者はない事を願ってます。
「リズ、降りて来なさい」
もう少しあそこで本を読んでいたかった、と枕に顔を埋めながら溜め息をつく私に、母様の柔らかい声が降ってきます。珍しい、まだご飯の時間ではないから基本読書している私を呼ぶ事は滅多にないのに。
「何ですか母様」
「父さん……というかあなたにお客様が来ているの」
「私に?」
母様私に知り合いなど殆ど居ないって知ってる癖に。何故か近所の子に遠巻きにされてるから遊び相手も居ないし、そもそも体力作り以外の目的で外に出ないから知り合いなど居ないのに。
……まさか、殿下とか言いませんよね。いやいやそれはない、殿下は王位継承者で簡単に城下町には出られない筈。
ならば、私に敵意らしき物を抱いていたゲオルグ導師の方が有り得ますね。頭固そうだし試金石に何をしてくれるんだと怒られてあと解剖されそうです。解剖は勝手なイメージですが。
「……分かりました、ただいま参ります」
物凄く気は進まないものの、対応しない訳にもいかないので、渋々部屋を出て階段を降りていきました。
で、一番想像していなかったパターンです。
「あなたがリズベット=アデルシャン様ですね?」
客間で待っていたのは……見ず知らずの人でした。何でですか。
フードを被り、ローブでほぼ全身を隠した男性(多分)です。身長はちょっと低めで、母様と同じくらいでしょうか。全体的に小柄な印象です。
どちら様ですか、と思わず口にして探るようにじいっと彼を見つめる私に、彼は苦笑をしています。子供にこんな眼差しをされるのは慣れていないのでしょうね。
「僕はジルドレイド=サヴァン。あなたの父君に、あなたに魔術の指導をして欲しいと頼まれた者です」
フードを被っていた事に気付いたらしく、フードを下ろしてから礼儀正しく腰を折るジルドレイドさん。後ろで束ねた緑髪が流れるように動きました。
……一瞬青髭みたいな名前だとか思った私は非常に失礼でしょうね、口には出していないのでセーフです。ちょっと名前が似てるだけですから大丈夫ですよ。
ぽかんと固まる私。ゆっくりと顔を上げたジルドレイドさんは、まあ何とも美形さんで。
まだ成人の儀……この世界では十五歳です、をしていないであろう、恐らくは十二歳くらいの少年。美形というより美少年といった容貌でしょうか。
髪と同色の瞳は、柔らかく緩められていて口許には笑みが讃えられています。じっと鮮やかな緑の瞳を見て、……私は何も言わないで心の奥に感想を閉じ込めておきました。
「私はリズベット=アデルシャンです。わざわざ此方に出向いて下さったのですか?」
「家で教えて欲しいというご要望があったので」
にこやかに頷くジルドレイドさんに、私はそうですか、と半袖から出た手を擦りながら目を伏せます。
そんな私に母様は苦笑して、代わりに話を続けてくれます。
「此所まで来るのにお時間は掛からなかったですか? もし遠いようでしたら、此所に来るのは大変なお手間で……」
「いえ、然程遠くないですし、宿を取りますから」
「でも宿代も馬鹿にならないでしょう? 良ければこの子が師事する間だけでもうちに泊まって行っては如何でしょうか」
貴族にも関わらず宿の事を心配する母様は主婦の鏡だと思います。まあ母様は嫁として嫁いで来たらしく、中流階級の出だそうで。恋愛結婚なのは素晴らしいと思います。個人的にはそれより色々心配して欲しい事があるのですけどね。
ジルドレイドさんはその申し出に顔を明るくして、窺うように「宜しいのですか?」と尋ねています。そりゃあジルドレイドさんにとっては好都合でしょう、私もジルドレイドさんの立場ならそれを受け入れたいでしょうし。
人の良い母様はにこやかに頷いてみせたので、ジルドレイドさんも何処かほっとしています。
……別に、決まっている事ですし、異論はないのですけども。
「この子は人見知りなんです、どうかご無礼をご容赦下さい」
「いえいえ、僕もこのくらいの歳は引っ込み思案でしたから。……リズベット様、これから宜しくお願いしますね」
私に近付いて来て友好的な笑みを作るジルドレイドさんに、私も少し顔を上げて「宜しくお願いします」とはにかんでみせました。そう、人見知りらしく。
母様勝手に人見知りにしないで下さいよ、確かに友達は居ませんけども。同年代の知り合いも居ませんけども。あ、殿下は抜きで。
……これから私が苦労するんだろうなあ。色々と。