父様の実力
魔導院に勤める、というかセシル君のお手伝いをする日々が始まった訳ですが、毎日魔導院で働く訳でもありません。
セシル君から言わせれば今はとても暇な時期だそうな。特に切羽詰まった開発がある訳でもないですし、セシル君自体も毎日魔導院に来ている訳ではないらしいです。まあウチに来てルビィに教えてますから、納得ですね。
研究職に宛がわれた私は結構に暇ですし、本来の強くなるという目的にあまり近付いていない事は明白です。
まあそんな訳で、地道な訓練を重ねるくらいしかする事がないのですよ。
『エクスプロード』
火の魔術で私が使える最高威力の術式。中範囲に爆発を引き起こす魔術です。
勿論魔術は術者の魔力と技量依存な所がありますが、そもそもこの術自体高威力です。魔導師だからと言って全ての魔術を使う事は出来ません、上級に位置する魔術は使う事が出来ない人だって多い。
そういう点では、私は才があると言えるのでしょう。知っている限りの魔術は、基本的に練習すれば何とかなるのですから。
「……なんでー」
使うだけなら、私だって出来ます。
でも、使いこなし相手を圧倒出来るかというのは、また別問題なのだと毎度の如く思い知らされるのです。
明らかに対人ではオーバーキルであろう魔術ですが、それを受け止めた障壁が砕け散る事はありません。爆発に飲み込まれたジルは、障壁に守られて平然としていました。
傷が付いていない訳ではないですし、何発も繰り返せば壊せるのではないかという希望はあります。流石に傷一つなかったら自信失いますよ。
私の勝利条件として、障壁を壊せば勝ち。中にもう一つ障壁を張っているらしいので、外壁になっている障壁を壊しても危険はないそうです。
再チャレンジが認められていない訳ではありません。極論ぶっ壊せば良いので、連発すれば良いのです。
傍から見れば危険極まりない魔術の連続発動。
衝撃を伴った爆発を繰り返しぶつけるものの、ジルには何ら影響は及んでいませんでした。私の贈ったコートに火花一つ散ってません。
「うー……ずるい」
「四発で此処までなら凄いものですよ、私も本気で固めてますし。あともう少しで壊れますよ」
……くっ、勝者の余裕というやつなのですね……!
確かに、障壁が無傷という訳ではないです。魔力が漏れてるし、見掛けで分かるように地面の亀裂のようなヒビが幾つも入っていました。あと一押しで壊れるか壊れないか、そんな感じ。
……此方は全力でやってるのに、この結果は無惨というか。
「もう一回張り直して下さい。次は四回で壊します」
「大分緻密に練って作るので時間がかかりますが、宜しいですか?」
「望む所なのです!」
ぐっと拳を作った私に、ジルは特に反論をするでもなく魔力を貯めています。
危ない事をするのは大反対っぽそうなジルですが、訓練程度なら文句は言いません。そもそもジルが私に向けて魔術を撃つ事がないから、異議を申し立てないのでしょうが。
「……お前ら、訓練場壊すなよ……?」
次こそは破壊してみせる、と此方も臨戦態勢っぽく魔力を術式に通してしっかりと貯める私。
そこにどうやら私達が特訓してると聞いてやって来たらしい父様が、呆れたような顔をして歩み寄って来ます。
父様は私達が居る訓練場を見回しては、「加減しろよ……対魔力建材が意味を成してない」と呟きました。
や、手加減してたらジルの障壁は壊せないので。なるべく被害がいかないように床や壁には衝撃が流れないようには努力しているのですよ?
……まあちょこっとタイルが削れてたり剥がれてたりしてますけど、そこは多目に見て欲しいというか。
「故意ではないですよ?」
「……リズも大分出来るようになったなあ、偉いぞ」
「でもまだジルの障壁破れないし……」
普通は一、二発で壊れる筈の障壁が破れないのが、私の実力不足を如実に表しています。そもそも個人で発動する障壁って一時凌ぎに過ぎません、それを何回も攻撃して壊せないのですから。
やっぱりまだまだなのだと思い知らされている私に、父様は暫し無言。何かを考え込むよりは、予め決めていた事を実行するような感じですね。
「障壁、なあ。……ジル、リズと同じの張ってみろ。もっと固くても良いぞ」
「……畏まりました」
「二重にしとけよ、頼むから。これ、あんま加減効かねえんだよ」
リズはこっち来とけ、と腕を引かれたので、素直に父様の横に立ちます。父様が何を狙っているのかは、話を聞いていれば分かりました。
……わくわくしていると言ったら、怒られちゃいますかね。
だって、初めてなんですよ。父様とジルが、相対するの。私がまだまだ追い付けないと思っている二人が、互いの実力を分かる形で披露してくれるなんて。
きゅ、と服の裾を掴む私に、父様は不敵に微笑んで頭にぽん、と掌を置きます。……そこから、高密度の魔力が父様の体内で一つの術式を描いているのが、僅かに感じ取れました。
私には扱えない、そして恐らく父様でないと扱えない、強力な術式。
『インフェルノ』
地獄を表す名の通り、身を焼き尽くす業火がジルに降り注ぎます。
父様の髪にも似た、紅蓮が一瞬にして部屋の一部を満たす。広範囲に撒き散らす事も可能なそれは、ジルの周りにだけ留まって破壊を生み出しました。
かなりの精密制御がなされているらしく、此方に飛んで来る事はありません。
しかし、ジルの周囲には破壊の権化として紅蓮の焔が舞っています。全てを焼き尽くさんばかりのそれは、対魔力建材である筈のタイルをどろどろに溶かしていました。
父様は「床の耐久性に問題あり」と呟いていますが、明らかにこれは父様が過剰なまでの威力の術を使ったからでしょう。
「……っ!」
バリン、と甲高い音。
障壁が押し負け破られたという合図にも等しい破砕音が鳴り響いた瞬間、父様は魔術を打ち消します。完全に制御化に置いているという事を、思い知らされました。
一度発動した魔術は、基本的に形になってしまえば術者の制御から外れてしまいます。
例えばですが、木に燃え移った焔が術者の思惑に沿わなかった場合でも、消したくても消せはしない。別の魔術で対処するしかないのです。
それを、父様は自力で消してみせた。魔力の供給なしにあの特別な焔が維持出来ないものなのか、完全制御しているのかどちらなのか。分からないけど、どちらにせよ父様は操ってみせた。
一気に消失した焔の中から、ジルは咳き込みながら表れます。障壁は消えていて、空気を入れ替えるように風の魔術を使っているところでした。
怪我はないようで一安心した私に、父様は手応えを確かめるように片手をぐーぱーさせています。
「くっそ固いな……どんだけ固めてるんだよ」
「……と、父様凄い!私じゃ全然駄目だったのに!」
渋い顔をしながらも余裕のある口調で感想を口にしていた父様に、私は何か色々感激が収まらなくて抱き付きます。
私が何発も繰り返して尚破壊出来なかった障壁を、一撃とか……!
しかもあまり加減出来ないとか言ってましたし。本気出したら、あれ広範囲に撒き散らせる筈ですよね。一面焦土にする威力がある術ですし。
何て言ったら良いか分かりませんけど、兎に角凄い!
「お?はは、父さん凄いだろ」
今までになく父様が格好良く見えて、劣等感とかそういうもの以前に純粋に父様が眩しくて、誇らしいです。
流石父様、と尊敬の念を込めて見詰める私に、父様はちょこっと照れたように笑って、私の両脇に掌を差し込みました。
よっ、と小さな掛け声がして、ふわりと浮かぶ体。高い高い、みたいな感じで持ち上げられました。
「リズも充分強くなったぞ。成長したなあ」
「父様……」
感慨深そうに呟いた父様がゆるりと笑んでいて、私もじんわりと温かい気持ちになります。
父様にはまだまだ追い付けそうにありませんが、それでも、ちょっと認めてくれた事が嬉しい。私の憧れである父様に、少しでも追い付けたのなら……。
勝手に緩んでしまった表情に、父様も嬉しそう。高い高いを本当にしだしたから、気恥ずかしさと父様への親愛で頬の筋肉がお仕事をしていません。
「本当に成長したな、すっかり重くなって」
「……父様きらい」
「なっ!」
……そこで余計な事を口走った父様は、ちょっと空気が読めてなかったと思います。
女性に重いと年齢のお話は禁句って、母様に習わなかったのでしょうか。平均体重より下ですよ、悲しい事に平均身長を下回っていますからね。
決して重いという事はない、筈。
折角父様の株が今までにな大上昇したのに、何か一気に戻ってしまいます。
悪気はないと分かっていても複雑なので、ぷーっと頬を膨らませて腕をぺちぺちはたいておきました。
乙女心は複雑なのです、父様もそれを学んで下さい。
膨れっ面になった私に、父様も余計な事を言ったと分かったらしく慌てて「ごめんな?」と窺って来ますが、そっぽを向いて抗議なのです。父様が微妙にショックを受けていても知りません。
地面に下ろして貰って、父様が悪かったと頭を優しく撫でて抱き締めて来たので、仕方なく許してあげる事にしました。ジルの所に行ってやろうと思ってましたよ、ちゃんと謝らないなら。
「ジルも、大分強くなったな」
私を撫でながら、講評のお時間です。
「お前程障壁を強固に張れる奴はそうそう居ない、そこは自信持て」
「……ありがとう、ございます」
父様は結構にジルを認めていますが、それでもジルは少し悔しそう。
確か、ジルの目標が父様を倒す事でしたもんね。ジルくらい強ければ、修行を積めば追い付くんじゃないかなあとは思っていますが。
でも父様程強力な術式を扱っているの見た事ありませんし、攻撃的な魔術ってあまりジルは使わないですよね。差し迫られたら使ってますけど。
「父様、どうやったらあんな強力な魔術を?」
「ん?俺は火の魔術が得意だからな」
「得意で片付くものなんですか……」
いや適性があるのは分かりますけどね。
でも、それだけであの魔術は使いこなせるものではありません。やはり経験の差なのでしょうか。
「まあそんなものだ、リズにはああいった殺傷能力の高い魔術は難しいかもなあ、特に人に向けるには」
私の欠点とも言える事を父様に指摘されて、私は言葉が出て来ずに唇を閉ざします。
事なかれ主義の私は、なるべく傷付かないで終わらせたい。強くなりたいのと矛盾しているかもしれませんか、傷付ける事は本当は嫌です。好んで人を害する人は少数でしょうが。
「リズは、人を殺せるか?」
「……女児に酷な問いだと思うのですが」
「そうだな、でも腹は括っておくべきだぞ。守られる側から守る側になりたいなら、傷付ける事を受け入れなければならないからな。守るってのは、敵対する相手を傷付ける事だぞ」
「……うん」
それは、分かっているのです。
人や自分を守る為には、相手を害する覚悟が居る。いなすだけでは、守れない。
「そこの覚悟の違いが、リズとジルの大きな違いだな。ジルはリズの為なら敵対する人間を排除する事も厭わないだろ」
ジルは、黙ったまま。
ですが、瞳は真っ直ぐに父様を見ていて、それが肯定なのだと受け取れます。その排除が、文字通り退かす事なのか、それとも二度と目の前に現れないように命を摘む事なのか、分かりません。
私は、周りにそれを押し付けているのです。私自身を守れないから。嫌な役割を、ジルに、父様に、押し付けている。
「こんな俺らを、リズは嫌うか?」
「嫌わないけど、……出来るか、分からないです」
進んで人を傷付けたい訳ではありません。
でも、私は魔導院に入って強くなる事を望んだ。そして魔導院で働くという事は、義務も当然発生するのです。
人や生き物を傷付ける事だって、有り得る。
「ま、当分は魔物狩りはない筈だし犯罪者は俺らの方で取り締まるから出番はない。安心してろ」
「……うん」
「リズはまだ十三歳だ、ゆっくり覚悟を決めて強くなれば良いさ」
そう宥めるように言ってくれましたが、……私の心は晴れないままです。
私の年齢くらいで働いていた父様母様は、きっと覚悟してた。ジルだって私より若い時に暗殺を命じられて、半分実行していた。
私だけが甘い世界に浸っている事は、事実なのです。
大人に着々と近付いている筈なのに、まだまだ子供なのだと思い知らされて、私は父様に撫でられながら唇を噛み締めました。




