セシル君先輩
「……で、結局お前は魔導院に勤める事を選ぶんだな」
若干納得はしてなさそうなジルを引き連れて、意気揚々と魔導院に初出勤した私。
個人的に結構気に入ったケープを着てセシル君の前に立つと、セシル君は微妙に想像はしていたらしく溜め息一つで迎え入れてくれました。
知っていたのかと話を聞くと、騒ぎになってたしヴェルフから聞いてる、と呆れた顔されました。……まあ試金石溶かしましたからね、それに父様の娘ですから。寧ろ何で今まで魔導院で働いてなかったのかと疑問です。
「強くなりたいんですもん」
「これ以上強くなってどうすんだよ」
「まだまだ上には上が居ますから」
「向上心溢れるな、オイ」
そもそもそんなに強くないですよ。
本気で勝負したら絶対父様やジルには勝てないし、セシル君相手だと勝てるか分かりません。セシル君自体勝負を好まないし、殺傷能力の強い魔術を使うの嫌がります。特異体質故に、人より威力強いですからね。
でも、冷酷にだってなれる、割り切って意識を切り換えられるセシル君は凄いと思うのです。
もっと自衛手段を、と拳を握り締めた私に、セシル君も止める事を諦めたのか肩を竦めました。
ジルとは違った優しさのあるセシル君ですが、セシル君の良さは人の選択を受け入れてくれる事にありますね。いやジルが頑固っていうわけじゃないですけど。あれは……うん、過保護なのですよ。
「兎に角、今日からセシル君の同僚なのです!」
「後輩だろあほ」
「それもそうですね。はーい、セシル君先輩」
「……止めろそれ」
セシル君先輩は気に食わなかったらしいセシル君、端整な顔を歪めてまで拒否します。セシル君先輩、良いと思うんですけどね。
まあ先輩は上下関係好きそうじゃないので止めておきましょう。後輩とか言ったのも冗談でしょうし。
それでもセシル君や父様と一緒に働けるのは嬉しくて緩む頬。セシル君は満足げに笑う私を見ては、やや疲れたような顔を浮かべるばかり。
「……はー、こいつを俺の下につけたの故意だな、これは」
「そうなんですか?」
「お前の教育役俺だぞ……」
あ、セシル君が疲れた顔してるのそのせいですね。私が何かしらやらかすと思っているのでしょう。
……結構失礼じゃないですかね。いやまあやらかさないと断言出来ないので、不満は言えませんけど。
「まあ見知らぬ輩に預けるよりは安心だからだろうな」
「そうですねえ……」
「自覚あるならしっかりしろ」
ぐに、と頬を引っ張られたので、非情に間抜けな顔になりながらも「ひゃーい」と返事をして頷きます。
何だかんだで優しいセシル君です、出来れば頬をびよんと伸ばすのは止めて欲しいですが。実は頬を引っ張るの好きですよねセシル君。
ささやかな意地悪を受けて頬を押さえる私に、セシル君は思ったよりも楽しそうな笑みになっています。多分普段弄られてるから、仕返しした気分なのでしょう。
「取り敢えず来い、仕事場に案内するから」
「あれ、研究室じゃあ?」
「新しい研究室だ」
あ、カルディナさん達の研究室から別の研究室に配属になったのでしょうか。
「……一つ良いか?」
「はい?」
「……ジルは、リズの護衛なんだよな?」
ちろ、と私から少し離れて控えていたジルを横目で見てから、少し憚るように問い掛けて来るセシル君です。
ジルは一言も喋ってません。従者としては口出ししないのが在り方としては正しいのですけども、最初から反対していた時点で何かおかしいですよね。
まあジルは従者というか、……何て言うか、家族とも違う大切な人です。友人とも違うし、憧れに似た何かがあるんです。
だから公式の場でない限り、そこまで作法は求めません。本来は弁えさせないといけないのは理解してますけどね。品位が知れるとか陰口叩かれてるのは承知してます。
「そうですね。ちょっと不満みたいですけど」
「……お前ら面倒だな……」
いや、ジルが過保護なだけなんですよ?
前訪れた事のある第三研究室と少し離れた部屋、そこに案内された私はソファに座らされていました。因みにジルは側に立つだけです、知り合いだけですし座れば良いのに。
ソファにはローブではなく白衣が背凭れにかかっていて、何か科学実験するみたいだなとか思ったり。
テーブルには本やら資料やらが積み重なっていて、何かちょっと崩れそう。整理整頓が苦手という訳でもないでしょうに……後でセシル君の立ち会いの下片付けましょう。何処に仕舞ったとか怒られたくないし。
「取り敢えず、最初から難しい仕事はない。そもそも配属が研究になってるからな……流石に戦闘専門とかにはヴェルフが許可しなかったみたいだ」
「戦闘専門とかあるんですね」
「まあ対魔物や人間の集まりだな。基本は仕事が殆どないから自己研鑽に励んでる」
戦闘職の奴等はリズを欲しがってたけどな、と両肩の間を狭めては苦笑いするセシル君。……そっち行ったらもっと強くなれたんだろうなあ、という考えが漏れていたようです。
でもそれは自分や相手が傷付くのを厭わない人達が、覚悟を持って所属しているのです。私みたいなただ強くなりたいだけの女が居ても邪魔でしょう。
「ひとまず、暫くは俺の仕事を手伝って貰う」
「セシル君は何をするんですか?」
「普通に魔道具開発や術式の改良、それを集めた魔術書の編纂だな」
「一つ聞いて良いですか?」
「何だ」
「多分それ出来るの物凄く限られた人じゃないですか?」
素直な感想に、セシル君は渋い顔。
いやだって、魔道具開発ならまだしも、術式の改良とか並大抵の人には出来ませんって。
就職前から魔導院の書庫に入り浸ってましたし、父様に聞いた事もありますけど、そんな事してるのセシル君くらいです。普通の魔導師さんは既存の魔術を使うだけで開発とか改良しないですから。
手間が非常にかかる上に発動しなかったり、下手したら暴走する可能性があるのです。今思えばあの時のセシル君ってかなり凄かったんですよ。
……何で普通の魔術暴走するのに開発は暴走しなかったんでしょうね。
「……まあお前なら出来るだろ」
「んな無茶な」
「サポートとして入って貰うだけだから安心しろ」
誰も素人にいきなり開発させたりしない、と言い切ったセシル君に、安堵します。当たり前だろ、と言わんばかりの顔で本当に安心しましたよ。
……正直、私が何か開発出来る程、魔術に精通している訳ではないので。私は使い手としての才能はあるらしいですが、作り手としての才能はなさそうです。
いやだって魔力込めてしまえば威力の底上げ出来ますからね、ついでに魔力有り余ってるから並行発動でどうにかしてしまいます。
新しい魔術を作るというのは、新たな結果を産み出す術式を作り出す事です。単純に威力を増大したものもあれば、二つ以上の魔術を合わせた結果を一回で産み出すような術式の場合もある。
例えるなら、霧のような物を発生させて目眩ましとして使う魔術があったとしましょう。
それがない場合、私達は水と火の魔術を組み合わせて水蒸気を作って代用します。手順が二個要る上に、タイムラグが発生します。
そもそもの事象として霧が顕現するような魔術を開発出来たのなら、デメリットがない。まあセシル君がやってるのはそんな感じですね。
私の場合は並行発動が出来るし火力である程度どうにかなってしまうので、あれこれ頭を捏ねくりまわして魔術を開発するより、そっちで代用しちゃう訳なのです。
「というかセシル君って凄いですね、今更ですけど」
「俺にはこれが普通なんだが」
「天才は言う事違いますね」
「お前が言うな」
「それはリズ様が言える事ではないかと」
「えええ」
何か今まで黙ってたジルからも突っ込まれました。二人して突っ込まなくても。
私は親譲りの魔力があるだけで、別に魔術を扱う能力はそこまでありません。自分で言うのも悲しいですけど。人より魔力が多い分、扱う量も増えるから細かい制御が苦手なんですよね。
二人は何か納得してなさそうですけど、これは譲れません。本当の天才に失礼ですし。
「……あ、もう一つ聞きたい事があるんですけど」
「何だ」
「この研究室、他のメンバーは?」
私達三人だけで、他の人は居ません。というか明らかに私室に近い感じですね、持ち込んだっぽいふかふかソファがあったり高そうなティーカップがあったりする辺り。
「……居ない」
「え?」
「俺個人の研究室だ。……悪いか」
……微妙に拗ねたような響きで呟くセシル君。
あれですよね、セシル君の能力が認められているから、個人の研究室貰ったんですよね。研究に専念出来るように。
決してセシル君のコミュ障っぽい気質が災いしたとか、家柄で追いやられて隔離されたとかじゃないですよね。
「……大丈夫ですよ、私が居るのでこれからは寂しくないですよ!」
「俺が可哀想な人みたいな扱いするな!」
安心して下さい、と意気込む私に、セシル君がやや怒り気味にチョップをかまして来ました。痛くないけど痛いです、酷いセシル君。




