籠の鳥
「父様、受かりました」
「……だろうと思った」
数日してから試験の報告をすると、父様は何だか諦め気味に首肯しては額を押さえていました。
最近父様の頭痛の種になっている気がしなくもないですね、というか確実に悩ませているのは私でしょう。反抗期を迎えていない分、変な所で悩みを作っているみたいです。
仕事が早いんだよ、と心からのぼやきを口にした父様。
だって、この場合は悩むより即実行でしょう。ほら、思い立ったが吉日、善は急げ、旨い物は宵に食えと言うじゃないですか。まあ最後のは実際にやると太るのでしませんけど。
「あ、ちゃんと贔屓目抜きに見てもらいましたよ?懐かしの試金石に魔力を込めたらもう良いって言われました」
「だろうな……」
四歳の頃の事件を思い出したのか、父様は遠い目。
いやだってあれは不可抗力ですし、今回はちゃんと器を用意して行きましたから。因みに父様の想像通りの事になったとだけは言っておきます。鉱物が溶けるって凄いですよね、ある意味。
試験官を務めた魔導師さんには腰を抜かされました。史上二度目とか何とか。ぶっちゃけ一度目も私がやったので、こうなる事を予想していました。
というか普通予想するでしょう、本人来てるんですから。若い魔導師さんだったから、誰がやったまでは知らなかったんでしょうね。
……そんなに驚く事もないと思うのですけどね。セシル君が本気で魔力を込めたらおんなじ事が出来そうです。
特異体質な事を隠してるからしないだけで、セシル君結構な魔力持ってると思うのですよ。
「リズは決闘とか反乱で、騎士は兎も角魔導院の連中からは有名だからな……」
「でもこれで父様と働けますよ!」
「はあ……まあ見てない所で何かされるよりはマシか……」
普段よりぐったりとしたお顔で溜め息を溢した父様。
父様としては、私の事が心配なのでしょう。自分でも思いますが、しょっちゅう何かしらやらかしていますから。
……誤解しないで頂きたいのが、わざとしている訳ではありませんよ。少なくとも誘拐と反乱での拉致は私の所存ではないというか。
……誘拐を二回体験するってのも中々にないですね。二度ある事は三度あるとか考えたくないです。
「ちゃんと頑張りますね!」
「程々にしてくれよ……?」
父様に心配かけない程度に頑張りますよ?
「ジルー見て見てー」
父様に頼んでおいた魔導院の服を受け取った私は、早速それを羽織ってジルの前に飛び出します。
何か父様も最早諦めたらしくて、どうせなら身を守れるように、と可愛らしいデザイン且つ魔術耐性に優れたケープを寄越して下さいました。頼むから無理はするな、との忠告付きで。
動きやすさ重視で気軽に羽織れる、魔導院の紋章を刺繍されたケープ。後ろ側の布地が長めなので、背中を隠せるのですよ。
後ろから魔術ぶっぱなされても大丈夫ですね、多少なら。髪の犠牲は忘れない方向で。
因みに色こそ違うものの、多分ジルに渡したコートと同系統のデザインです。縁取りとか飾り紐、ボタンが同じですから。まあ大きな違いはフリルがあるかないかですね。よく見たら気付く程度の共通点ですけど。
ジルにあげたコートのデザインが中々に気に入ったので、お願いしておいたのです。父様が苦汁の末に受け入れてくれたらしいお揃い仕様なのですよ。
じゃーん、と身に纏って満足げに笑みを浮かべると、ジルは私の姿を視認して固まります。綺麗な翠玉の瞳を溢れんばかりに見開いて、それから急に瞳を細めました。
「似合いますか?」
くるんとその場で一回転してみせると、髪と共に空気を含んでふわりと舞うケープの裾。
スカートもふわふわと膨らんで花のように広がるので、凄い女の子っぽい格好だと思うのですよ。結構可愛いのではないでしょうか、あくまで格好が。
「これで魔導師の仲間入りですよ!」
小さい頃からの願いは、少しずつ叶いつつあります。まあまだぺーぺーの下っぱ魔導師ですし、父様の隣に立つには経験も実力も足りません。そこらの魔導師さんよりは魔力のお陰で強いでしょうけど、本当に強い人に敵う程ではありませんから。
それでも多少は実力が認められたという事なので喜ぶ私ですが、ジルはというもののみるみる内に渋い顔に染まっていきます。
「……何故、自ら危険に脚を突っ込むのですか……魔導師は、リズ様が思う程易しくはないのですよ?」
「それは分かってます」
「魔導師になれば、外で魔物退治を任される事もあるし、他国に護衛に行ったりもする。騎士と共に犯罪者を取り締まる事もある。リズ様が思っているより、ずっと危ないのですよ?」
私を心配しているのがよく分かる表情で、諭してくるジル。
それは知ってます。父様や試験官の人に聞いたし、それも覚悟の上で試験を受けたのですから。
魔術も充分に使えるし、対抗出来る。それは試験官さんからお墨付きです。
危険は重々承知していますし、そのリスクを受け入れてでも、私は強くなりたい。身を守れるようになるという最初の目的からは本末転倒かもしれませんが、それでも私は強くなりたい。
「……それは、心得てます。その上で試験を受けました」
「……リズ様は、まだ子供でしょう?それに女性です、危ない事は」
「セシル君だってまだ子供ですし、ジルだって同じくらいの歳には魔導院に居た。母様も私くらいの年齢で働いていました」
……ジルは、心配してくれているのは、分かってます。大切にしてくれている事も。
でもね、その特別扱いは……私の成長の幅を、狭めている気がするんです。大切に大切に鳥籠の中でずっと飼われているような、気がして。
父様は目が届く範囲ならお散歩を許してくれますけど、ジルはそれすら許さない。そこが、過保護さの違いなのでしょう。
「……リズ様、考え直す気は?」
「ないです。ジルに苦労をかけるのは分かっています、けれど、私とていつまでも子供でいる訳にはいきませんから。ジルだって、魔導師になるのは賛成してたじゃないですか」
「それはもっと先の事で」
「……はっきりさせましょうかジル。ジルは、私にずっと籠の鳥で居て欲しいのですか?」
ジルに守られるだけの、痛みも汚れも何も知らない、か弱い存在で居て欲しいのか。そんなの私は御免です。
思ったよりも険しい眼差しと言い方になってしまった私に、ジルは目を見開いて、それからゆっくりと目を伏せる。きゅ、と拳を握り締めたのが、服の裾から見えました。
「……差し出がましい発言でした。分を弁えず、申し訳ありません」
「……そこまで、責めたつもりはないのですけど。ちょっとは信頼して欲しかっただけなんです。ジルに任せてばかりは嫌です」
……何か物凄い凹んでいるので、ちゃんとフォローはしておきます。
別にジルを責めるとか、そんなのじゃなくて。……私の可能性を狭めないで欲しかった、だけ。
それに、いつかは大人になるのに、ジルに守られてばかりなんて、嫌だもん。ジルみたいに強くなって、ジルを助けてあげられるくらいに、強くなりたいから。これからも一緒に居て貰うつもりなのです、負担ばかりはかけられません。
そういうつもりで私は強くなる事を選んだのに、ジルは悲しげなまま。伝わらないのがもどかしい。
唇を噛んだジルは、やがて私を真っ直ぐに見詰めます。
「……もし、私が……」
「……ジルが?」
「籠の鳥で居て欲しいと言ったら、どうするつもりだったのですか。私の腕の中にずっと収まっていて欲しい、と言ったら」
……ジルの、腕の中に?
「……何処にも行かないで下さい、と言ったら……リズ様は、どうするのですか」
何処か切羽詰まったような、懇願と焦燥、寂寥がごちゃ混ぜになった表情で、ジルは静かに私を見詰めていました。
ぎゅ、と締め付けられるような感覚が、胸の奥で生まれた気が、します。
息が詰まったように、つっかえたような重さ。内側に違和感の塊が腰を下ろしたようにも思えました。
不快ではないけども、変。心臓が脈打つ度に、詰まった何かが主張して。
「……申し訳ありません、今のは忘れて下さい」
どうして良いか分からなくて、ただただ押し黙る私に、ジルは苦笑いを浮かべて、私から視線を外します。
そのまま、立ち去ろうとするジルに……私は、何かに突き動かされるように、背中に縋り付いていました。
ずっと囲われているつもりはないけれど、離れるつもりもありません。側に居てくれると約束したのは、ジルなのですから。
きゅ、と背中の布地を掴んだ私に、ジルは振り向いてする、と髪を優しく梳いては困ったような笑み。
「……ジルも、一緒に……行けば、ジルからは離れない、もん」
よく分からない感情に任せて口にすると、ジルは微かに瞠目して、それから強張った頬を柔らかく緩めました。
……離れたくないのは、ある種の執着なのだと分かっていても。
私はジルを側に置く事を望んでしまうのでしょう。




