リボン
……後二年もすれば成人なんですよねー、と鏡の前に立っては深い溜め息をつく私。
十五歳で成人を迎えるこの国では、結婚適齢期というのも早い。成人してから約五年くらいが、貴族の結婚適齢期。それを過ぎると売れ残りとか行き遅れとか不名誉な称号を頂きます。
平民の方はもう少し後に適齢期が来て貴族よりも長いんですよね。貴族の場合は繋がりを作る為の婚姻が多かったりしますのて、若くて美しい内に売り込む事が優先されています。
まあ十三歳ともなれば、それなりに婚約の申し出も多くなります。特にウチは。唾付けとこうって考えらしいですね。
それはセシル君の家や殿下も同じらしく、何か異様なアピール受けてます。父様が蹴ってますけどね。陛下の申し出を蹴れる父様ってある意味凄いですよね。
政略結婚させられるならそれでも構わないですが、出来れば自分で相手くらいは見付けたい私です。正直打算ありで言い寄られても困る訳なのですよ。
あ、セシル君は家の都合上、殿下は本気で考えてるので例外ですが。
まだ十三歳ですし、婚約とか考えたくはないんですよね。考慮はしてありますけど。
将来を考えれば色々気が重くなって、溜め息ばかりが生まれます。鏡に写り込んだ私は、中身と違い年齢に相応しい外見をしていました。
十三歳、より歳上にちょっと見られ……ないですね、身長が低くて小柄なので。顔立ちだって、まだまだあどけなさが残ってます。
唯一年齢相応に見られるのは、身長を除く体つきくらいでしょう。中身はそれより上に見られるので。
因みに私は身嗜みは自分で整えたい派なので、貴族にあるまじきメイドさん不必要派。
や、ドレスは流石に手伝って貰いますけど、お風呂の世話とか普段の着替えは要りません。何故か皆手伝いたがるんですよね、磨きたいって。
日本人の感性が未だに残る私としては、恥ずかしいので断ってます。そんなにこの体って磨きたいものなのでしょうか、若さだけで充分だと思うのですけど。
「リズ様、入っても宜しいですか?」
父様譲りの瞳をぱちぱちと瞬きさせながら鏡に写った姿を観察する私に、こんこんと響く音と落ち着いた声がかかりました。
今日は父様も母様もルビィも屋敷に居ませんし。ルビィを連れて二人は魔導院に、懐かしの試金石を使いに行ったみたいです。
だから静かでぼーっとしていたのです。一人で寂しくは……ないですよ、うん。
「どうぞお入り下さい」
別に着替えていた訳でもなかったので、特に隠すものがある訳でもありません。
直ぐに入って貰うと、ジルが私の姿を見て瞳を瞬かせていました。
「……リズ様、後ろの髪が纏まってませんよ」
「あれ?」
指摘に後頭部を掌で撫でると、確かにもこもことした感触。おかしいですね、ちゃんと櫛を使ってハーフアップに結った筈なのに。
ぴょんとはみ出た髪に、ジルは苦笑い。……誤解しないで欲しいです、今日は偶々で別に手先が不器用って訳じゃないもん。細かい作業は得意な方です。
「櫛を貸して下さい、私が直しますから」
「……はーい」
変な所見られたくはないんですけどね、とは思いましたが、何か色々ジルには見られてるので今更な気がします。
扉を閉めて置いてあった櫛を手にし、手招きをするジル。側の椅子に座らされて、私はジルの魔法の手にかかります。魔術が存在するのに魔法と表現するのも不思議ですけどね。
ジルってかなり手先が器用なので、髪弄りとかも得意です。確実に女の私よりも上手いですから。
……その代わりに料理だけは壊滅的なんですよね、ジル。
「どんな髪型になさいますか」
「んー、何でも良いですよ。じゃあ可愛くして下さい」
「いつでも可愛らしいですが」
「……ジルの好きな髪型で」
息を吐くように称賛されて、割と困りますね。まあ褒められるのは嫌いじゃないですし、多分本気で思ってそうなので。……子供ですし、母様似なのでそれなりに可愛いのは自覚あるから良いですけど。
「私が好き、となりますと、いつもの髪型になりますよ」
「そうなんですか?」
「一番綺麗に見えますから」
編み込むのも嫌いではないですけど、と付け足しつつも、ジルはさらさらと梳くだけ。複雑な髪型より、ハーフアップが良いと言われるとは。
まあ私も面倒だしこの髪型が一番楽なんですけどね。
ジルにかかれば直ぐに髪の毛は整います。ほら、あっという間にいつもの髪型に。
飛び出た所もないし、艶々とした感触。これでばっちりです。
「ありがとうございます。じゃあ私がジルのしてあげますね」
ジル、昔程ではないですが大分髪が伸びてます。反乱の後片付けとかで忙しくて切れなかったそうで。
今は襟足が長いから、リボンで括ってあげられるんですよね。……括らせてはくれませんけど。ついでに頭にリボン付けようとしたせいでしょうか。
「……リズ様に任せると要らない装飾が付け足されるので、出来れば遠慮願いたいのですが」
「えー、可愛いじゃないですか」
「男に可愛いは誉め言葉に捉えられませんからね。寧ろ馬鹿にされている気分です」
「そんな!私は至って真面目ですよ!」
ジルがリボン付けてたら可愛いと思うんですよ、アンバランスな感じが。
確実に嫌がるのは分かってますけど、私としてはジルを飾りたいのです。
まだリボンの予備はあります!と机の引き出しから色とりどりのリボンを取り出すと、ジルが分かりやすく頬をひくりとさせます。
遠慮しなくっても良いのに。あ、因みにお勧めは群青に白フリルのリボンですよ、ジルに似合う事間違いなしです。
「ジル、逃げちゃ駄目です」
「勘弁して下さい」
「……駄目?」
「お願いですから」
えー、と不満を惜しみ無く表す私に、ジルは頑として頷いてくれません。譲れない何かがあるらしいです。
眼差しからして断固拒否の姿勢だったので、私も無理強いはあまりしたくないし諦める事にしました。渋々リボンを仕舞う私にジルが分かりやすく安堵していたので、頬を少しだけ膨らませておきます。
「つまんないですー、折角可愛く出来たのに」
「私に可愛さは必要ありませんので。どうぞ、自分を飾って下さい」
「私を飾っても意味ないでしょう」
「私の方が意味ないと思いませんか。リズ様は女性ですし、着飾って損はないと思いますが」
「着飾っても面倒ですよ。偶に変なの寄って来ますし」
殿下も言ってましたが、見掛けや家柄に惹かれない相手の方が良いのは同意件です。
そりゃあ見掛けを褒めてくれるのは嬉しいですけど、大概の方はそこに邪なものが入ります。おべっかならまだ良いですけど、可愛い女の子にアレコレしたいとかいう欲だったり、見目の良いパートナーを手に入れたいとか、ステータスとしてしか見てない人は論外です。
まあ、これは邪推し過ぎかもしれませんけどね。
社交界ってそんな物ですよね、とは分かってますけど、私個人としては受け付けません。コネを作る事はすれど、伴侶としてなら断固拒否です。
という訳で、お洒落も嫌いではありませんけど、あまり進んではしません。寧ろ可愛い女の子を愛でる側に回りたいくらいです。
心の中で結論付けた私に、気がつけばジルが無表情になっていました。違う、微妙に不機嫌な顔ですねこれ。
ジルって私には感情表現豊かですから、長年一緒に居る事もあり、何となく考えている事は分かります。多分、変なのという表現に反応したのでしょう。
「……別に何もされてないから平気ですよ?」
「リズ様は油断して襲われそうで怖いですね」
「襲われたら魔術使うなり股間蹴るなりしますから」
というかしましたよ、伯爵子息に。
そういえば彼はどうしているのでしょうか。処刑になったとは聞いていませんし、精々改易程度?
父様に聞いても笑って答えてくれないし、ジルに聞いても穏やかな笑みで話を逸らされるし、セシル君は目を逸らして口を濁すばかり。彼の身に一体何が。
「リズ様。確かにリズ様は強いですが、それ以上に強い方に襲われたらどうするつもりなのですか」
「そんな人中々に見掛けませんが」
自分で言うのも変な話ですが、私は両親の血を継いで他人よりも資質があった為に、結構な強さです。
そりゃあ父様やジルには負けちゃうでしょうけど、並大抵の魔導師さんなら物量大作戦でごり押しして勝てます。魔力が有り余ってるって素晴らしい。
「では、もしも私が襲ったらどうなさるおつもりで?」
「まず待遇が悪かったのかと悩みますね」
「……何でそういう発想になるんですかね、あなたは」
はぁ、と呆れを隠さないジルに、少々むっとなってしまいます。何か凄く馬鹿にされている気分ですよ。
だってジルが襲う、ですよ?
こんなちんちくりんに、ジルが。幾ら可愛い可愛いと褒めても、私は子供な訳です。それを襲いたいとか、ジルが思うでしょうか。
ジルは賢いですし、仮に何かの間違いでムラッと来ても、父様の報復があると直ぐに理解して止める筈。
制裁を食らう代わりに一時の満足、それか悶々する代わりに何事もない。
どちらを取るかと言えば、間違いなく後者でしょう。
「大体、ジルがそんな事するとは思いません」
「……私も男ですよ?」
「そうですね。……でも、ジルは私が泣いたら止めるでしょう?」
ジルは優しいですし、私に甘い。
私が本気で嫌がるような事はしません。多分泣いたら止めるし、平謝りして来るかと。
違いますか?と首を傾げてみる私に、ジルは翠の瞳を瞬きさせた後に、ぐったりとしたように深い息を吐きました。あれ、何かさっきより呆れられた気が。
「ええそうですね。そもそも、嫌がる女性に無体する程落ちぶれてもいません」
「ですよね。大体前提として私みたいなちんちくりんを相手にしても意味ないでしょう」
「……リズ様は、もう少し自分の魅力に自覚を持って欲しいのですが」
「私にそそられるくらいなら、母様にそそられると思うのですが」
そうしたら父様に殺されちゃいますねー、と洒落になりそうにない想像を口にすると、ジルは今度こそ頬を引き攣らせては絶対にないと首を振りました。
 




