外堀から
まあ婚約のお話は一旦終了するとして、暫くは踊り続けないといけない訳です。
結構長めの曲なので、必然的に踊る時間も増える事になりますね。まあ踊るのは嫌いではないですし、安定のセシル君なので寧ろ楽しくは踊れます。
「そういえばセシル君、大きくなりましたよね」
シリアスなお話から、今度はのんびりとしたお話に。
転びかけた事もありますし、今セシル君とは結構な距離にありますけど……セシル君、やっぱり身長伸びてる。前はもう少し小さかったのに、今はちょっと大きくなってます。
……十歳くらいまでは、私と変わらなかったのに。こういう時に性別の差が顕著なんですよね、成長期ってずるい。
「そりゃあ伸びる時期だからな、お前だって、」
と言いかけて、唇を閉ざします。言って自分で今の体勢に気付いたらしく、視線がさまよいだしました。
腰に手を回しているのが恥ずかしくなったらしいセシル君に、そこは変わらないんですねと苦笑。
「一応伸びてはいますけど、やっぱりセシル君程は伸びませんよ。流石男の子」
「……小さいしな、お前。頭一つくらい差があるし」
「ひ、人が気にしてる事を……」
ヒールある靴履いてるのに、身長差は埋まらない現実。
身長の伸びが頭打ちになってる事は自覚してますけど、言われると複雑です。
……良いじゃないですか、小柄でも。
私としてはフィオナさんくらいが望ましいのですけど……うう、母様の血が濃いから期待出来ません。母様も小柄ですからね……。
ステップついでに足を踏んでやろうかとちょこっと誘惑に駆られましたが、まあ小さいのは事実なので止めておきます。今からでも運動して乳製品を飲んだら身長は伸びるでしょうか。
むー、と唇を尖らせて不満を表す私に、セシル君はくつくつと喉を震わせて笑います。色々小さいんだよ、と合わせた掌を比べて余計な事を呟いていました。
……そりゃあ男の子のセシル君に敵う訳ないでしょうに。もう掌だって随分大きさ違うし。やっぱり男の子なんだなーと実感する今日この頃ですよ。
からかうような笑みのセシル君と不満げな私、対照的な私達が視線を合わせては踊り続けていると、漸く曲が終わります。長かった……という感想しか湧きませんね、踊るのは嫌いではないですけど。
さて、セシル君を伴ってフィオナさん達の下に戻ろうかな、と掌を離そうとした所で、新たに差し出される手。
「私とも踊って頂けますか?」
「……喜んで」
知らない人間だったならば、疲れたからとお断りしようと思ったのですが……相手が殿下だと、そうもいきません。
流石に誘いを無下にする事も出来ませんし、最近構うどころか会ってすらなかったので、交流しておくのも大事でしょう。未だに私の事を好いているのかは、分かりませんけど。
セシル君は殿下に今の場所を譲るらしく、あっさりと離れます。去り際にぽんと肩を叩かれて頑張れとの眼差しを送られたので、もう踊る事は確定でしょうね。
「久しいな、リズ」
「お久し振りです、殿下」
新たな曲が始まり、周囲もそれに合わせてダンスを始める。私達もそれに合わせるように、ステップを踏みます。
……何か、注目されてるけど気にしません。殿下と私に交流があるのは今更な事ですし、踊ってもおかしくはないと思うのですが。
「最近は此方に遊びに来てくれなくて寂しいな」
「軽々と王族の居住区の方には出入り出来ませんので。魔導院くらいしか城には行きませんし」
「許可は出しておくから、偶には顔を見せに来て欲しいものだな」
暫くの間構ってなかったので、どうやら寂しがっている御様子。少し拗ねている気もしなくはないですね。
考えておきますね、との当たり障りのない返事に、殿下は碧眼を細めます。納得のいかなそうな顔、と直ぐに分かりました。
「いつもそうやって遠ざける。そんなに私と話したくないか」
「そういう訳ではありませんよ。ただ、殿下はもう成人していらっしゃいますし、私も気軽に遊びに行けるような立場ではありません」
小さい頃からすれば、殿下はとても成長しています。もう、ジルくらいには身長も伸びているし、あどけなさが抜けた凛とした美しさを持っていて。
陛下に似て、何処か色気すらあります。もう美丈夫という言葉が相応しいくらいには、殿下は成長していました。
そんな殿下の下に、侯爵家とはいえ女子が遊びに行くのは問題があるでしょう。婚約した仲ではないですし、王族の出歩く場所をうろうろする程度胸はありません。
というか普通にうろうろするようになったが最後、外堀からどんどん埋められそうな気がしますね。というか埋められた結果がそれになる気が。
「……駄目か?」
「うるうる攻撃には騙されませんからね」
「それは残念だ」
……いや、本当に成長しましたねえ。昔はうるうるっとしてれば思い通りになると思っていたでしょうし、私もそれに付き合ってましたから。
からからと愉快そうに笑う殿下に、何か時の経過を実感して、妙にしみじみとしてしまいますね。私への執着は変わらないものの、それが段々と大人の対応になって来ていました。
「正式に招待すれば、来てくれるか?茶を飲むくらいなら問題ないだろう」
「その場合、私としては公の場という認識で、私個人ではなく侯爵令嬢として赴く事になりますが、宜しいですか?」
「これは手厳しいな。私はリズと過ごしたいのだ、侯爵令嬢という立場を抜きにして」
優雅にステップを踏みながらも、私に柔らかい笑みで迫る殿下。別に体の距離が密着しているという訳ではないのに、何故か押されている気がします。
「リズは、私になびこうとしないな。些か自信がなくなる」
「殿下は仕えるべき対象です。友人関係ならまだしも、恋慕の対象としては見てはいけないかと」
「世の令嬢に聞かせてやりたいな、その台詞」
殿下は成長して、色々質が悪くなっているような気がしてなりません。
絶対に自分の美貌と立場と好かれている現状を知って、こういう会話をしているのですから。口の端に浮かんだ、やや冷ややかな笑みが物語っています。
「私としては、立場や見掛けに目が眩まない女性が好みなのだが」
「他にも対象がいますよ、殿下。私とて相手の外見は整っている方が好みですので」
別に面食いという訳ではないですが、ある程度整っていた方が社会的には良いので。もし本当に好きになった殿方が多少客観的に評価されない顔立ちであろうと、好きならそれで良いと思っていますよ。
「なら丁度良いだろう」
「どうしてそうなったんですか」
「リズは目が眩んでいる訳ではないからな。その証拠に、平然と私と接している」
「自分で美形だと自覚しているのは、質が悪いですよ」
「利用出来るものは利用するのが賢い選択だと思うのだが」
……か、可愛げなくなりましたね殿下。
昔も大人びた子だとは思ってましたが、もうその域に到達したのですか。確かに王族はこのくらい強かでないとやっていけないとは思いますけども。
顔を強張らせた私に殿下は楽しそうに笑って、丁度曲も終わったと足を止めます。
あまりの成長加減にどうしようか迷った私。殿下は端整な顔に、愛想笑いではない、本来の笑みを浮かべて私の手を取ります。
「リズを利用しようとは考えてないから安心すると良い」
「それはありがとうございます。……所で殿下、外堀を埋めようとするのは私を利用するのとは違いますよね」
こうやって衆目の中親しげに話していれば、それだけで外堀を埋めるような行為になるでしょう。まあセシル君とも同じように話していたので、効果は殿下が狙う程はないと思いますが。
殿下は僅かに瞠目して、それから「流石リズだな」と笑って私の手の甲に口付けを落とします。……そこからして外堀を埋める行為だと分かってやってますよね、殿下。
「……いずれ、正式に申し込む日も来る。それまでに、私はリズを虜にしないといけないな」
「……お手柔らかに」
止めろとも言えず、私は一瞬昇った熱を押し留めて小さくそう返すのみでした。
……殿下の本気とか何それ怖い。




