突然の知らせ
個人的には着る服なんかワンピースとかブラウスとかで充分なんですけどね、と優雅なドレープを描く布地を掴んで、ちょこっと溜め息。
クリーム色のドレスは、相変わらず肩が剥き出しで肌の露出が多い。おまけに背中がやや開いたデザインだから、尚更肌が空気に触れているのです。
あまり露出ないのって頼んだのに……似合うからと推されてこれにしましたよ、ええ。外見的な母様の見立ては正しいですけども、私の心情は今回も考慮されなかったっぽいです。ショール羽織って緩和はしてくれてますけど。
「お似合いですよ。ほら兄さんも」
「……似合っている」
仏頂面で言われてもお世辞にしか聞こえないというか。
私の側に居てガードしてくれているらしいロランさんとフィオナさん。二人とも勿論正装です。
フィオナさんは私を褒めてくれますけど、正直フィオナさんの方が可愛らしく似合っていると思うのですが。
パステルブルーの体に密着するデザインのドレス。スレンダーな体つきがよく分かりますし、朗らかなフィオナさんにはよく似合ってます。私が男だったらダンスに誘いたいくらい。
ロランさんによる棒読みに近い賛辞に苦笑を溢しながら、ショールを抱き寄せます。ロランさんは抑揚があまりない口調ですから、悪気とかはないのですよ。あまり褒められている気はしませんが。
ちらちらと感じる視線をショールでガードしつつ、私は会場全体を眺めて様子見。
一応夜会に呼ばれたものの、正直出席したくはなかったですね。義務として出ただけで、今すぐ帰りたいくらいです。今日は壁の華に徹したいと思いますよ。
今のアデルシャンに取り入りたい人間なんか幾らでも居ますし、隙あらば話し掛けようとしてくる人も居る。貴族の責務としては、そういうのは自分で捌くべきなのでしょう。
でも、今私は見知らぬ人に話し掛けられても疲れてしまうのですよね。だから話し掛けられないように、地味に端っこに居たい訳です。
「お久し振りです、リズベット嬢」
まあそんな訳にもいかないのが大人の世界ですが。
壁際で静かに佇んでいた私に、まあ案の定というか話し掛けてくる男性。少し離れた位置に居るフィオナさんの眼が細められたのは、見極める為でしょうか。
私に気さくに話し掛けて来たのは、以前誕生会で話し掛けてくれた内の一人。確かギュスタ様だったと思います。
「ギュスタ様、ご機嫌麗しゅう」
「誕生会以来ですね。反乱巻き込まれたそうで……体は大丈夫ですか?」
「ええ、何ともありませんよ」
偶にしか使わない外行き用笑顔を顔に貼り付けて、当たり障りのなさそうな会話。面倒臭いとは思いつつも、人との関わりを持つのが貴族の仕事でもありますので、疎かにする訳にもいきませんし。
淑やかな笑みを心掛ける私に、ギュスタ様も嬉しそうに微笑みます。視線が変な所を漂っていたので、然り気無くショールをしっかりと合わせてガードしておきましょう。
もうこの時点で私が親しくしようとかいう対象から外れているの、本人は気付いていないのでしょうね。
「それなら良かった。今日も変わらずお美しい」
「あらお上手ですね、褒めても何も出ませんよ?」
子供にお美しいとか言っても仕方ないでしょうに。まだ十三歳ですからね。比較的発育は良い方ですけど、成人すらしていないのです。
ぶっちゃけ、早く何処か行ってくれませんかねえ。
そんな私の内心は露知らず、ギュスタ様はにこやかな笑みで少し押し気味。
「どうですか、少し外の空気を吸いに行きませんか?」
暗に二人で話しませんか、という事なのでしょう。当然ながらお断りさせて頂く所存ではございますが。
笑みを浮かべながらも眉を下げて、「いえ、体が冷えるので……」と慎ましい感じで遠慮する私ですが、ギュスタ様はチャンスを逃すまいと背中に手を触れて来ました。
肩を抱こうとしている、のでしょうか。いやだから行きたくないって言ってるんですけど。
「許可もなく女性の体にみだりに触るものではない」
強引な人は嫌です、と直接言ってやろうかと思いましたが、その必要はなさそうでした。
流石に気軽に触れるのはアウトだと判断したらしいロランさんが、ギュスタ様の手首を掴んで捻り上げていました。
ギュスタ様は苦悶の表情で呻き声を上げています、多分凄く痛いのだと。ロランさんってこういう事慣れてそうですね、痕付かないで苦痛を引き出す方法とか知ってそう。というか実践してそう。
「申し訳無いのですが、親しくもないのに軽々しく体に触れられるのは、リズ様はお嫌いなので。お引き取り願えますか?」
フィオナさんが爽やかな笑顔で追い打ちかけてます。
言葉こそ丁寧ですけど、視線が早く失せろと言ってますね。美少女なフィオナさんに言われると、ショックが大きそう。
どうやらかなり私のガードが固いと分かったのか、半分引き攣った表情で退散していくギュスタ様。多分痛かったのが原因でしょうね、あの顔。
「……これ、護衛というか……」
「ヴェルフ様に、リズ様には邪な感情を向ける殿方を寄せ付けないようにとの御達しが」
「それはありがたいですけど、私にも人付き合いは必要かと……」
助かりましたけど、本来は宜しくないです。貴族のネットワークを構成しておくのも重要ですし、仲良くしておく事に越した事はないんですけどね……。まあ私も言おうとは思ってたから、おあいこですが。
「ある程度選ばないと、リズ様に群がる殿方は沢山居るでしょうし。ほら、またやって来た」
「誰が群がるだ」
ほら、と眼差しで示した先には、見慣れた銀髪。いつもよりちょこっと不機嫌そうなのは、フィオナさんの一言のせいでしょう。
セシル君、と声を上げる私に、幾分か柔らかい表情。それでも何故だか強張りのある表情というか、緊張したような面持ち。
「……リズ、ちょっと話がある」
「話、ですか?」
固い声で言われても、首を傾げるしか出来ません。セシル君がすっかり慣れてしまった私に緊張するって、どんなないようなのでしょうか。
「ああ、……あとこいつどうにかしろ、睨まれる」
「フィオナさん、警戒はしなくても……」
「お誘いならちゃんと誘ってあげて下さいねー」
フィオナさんはちょっぴり面白くなさそうな表情でしたが、セシル君を摘まみ出すとか追いやる意思はないそうです。フィオナさんも私の家に来るセシル君見てる筈ですからね、分かってはいるのでしょう。
セシル君は微かに目を丸くした後、少しだけ溜め息。それからホールの二階部分に居る演奏者達の方を見て更に溜め息を溢しました。
優雅な音楽が流れる中、周囲の方もちらほらと踊っている姿が見受けられます。ああお誘いってそういう意味ですか、でもセシル君が踊るとかないでしょう。手を繋ぐのとかですら恥ずかしがるので。
「……リズベット嬢、私と踊って頂けますか?」
なんて見積もっていたら、セシル君の口から飛び出た言葉。思わず此方は「はぇ?」と奇声が飛び出ましたよ。
瞬きを繰り返す私に、セシル君は手を差しのべてやや呆れた表情。微妙に躊躇いがちながらも、セシル君の指先はしっかりと私に向いていました。
「正式な申し出ですから、ちゃんとお応えするべきですよ」
フィオナさんが横で囁くので、私は差し出された掌をじっと見つめます。
「……喜んで」
セシル君なら、断る理由もないでしょう。
そっと手を取った私に、セシル君は安堵したように頬を緩めました。
「……ウチから何か話があったとしても、断れ」
流れる演奏に合わせてステップを踏む私達。一応教育は受けているので、お互いにダンスくらいは出来ます。
ただヒールが物凄く踊りにくいのですよね、優雅に見せる為とはいえ、機能的でないです。
片方の掌を合わせ、もう片方は軽く肩の辺りに置く形の私達。密着していないので、セシル君も楽そうです。
但し話の内容が問題らしく、やや強張った表情ですが。
「……シュタインベルトがどうかしましたか?」
「俺の家から、お前の家に婚約の話が出てる」
「は!?」
寝耳に水で、すっとんきょうな声を上げてしまった私。
動揺は足捌きにも出てしまったらしく、思いきりリズムが崩れた上にヒールのせいでバランスを崩してしまいました。
咄嗟にセシル君がターンして抱き寄せてくれたので転ばずには済みましたが、それでも心のざわつきは収まりません。
婚約って。
まだ子供ですし、そもそも私の家とセシル君の家って仲が宜しくないですよね。結婚適齢期が来る前の、幼い内から婚約者を決めるなんてありふれた話ですけど……この家同士が、ですか。
固まりかけた私に、セシル君は腰に回した手でぽんぽんと叩きます。現実に戻って来いの合図ですね。
「良い度胸してると思う。傷付けた相手に婚約を申し込むとか」
「別にセシル君が悪い訳じゃないですけど……」
婚約とかは親が言い出す事ですからね、セシル君には責任がありません。
セシル君の性格上、私と婚約したいとか言い出さないでしょう。精々お兄ちゃんになるべく養子に入りたいとか、……はっ、まさか入り婿志願。
「何を想像したか知らんが多分違うからな」
「あっ、そうですか?ちょっと残念です、ルビィのお兄ちゃん説」
入り婿だろうが嫁入りだろうがルビィの兄になるのは変わりないですけどね。私の表情で何を想像したか分かったらしいセシル君が呆れていました。
「大方、友好関係を結んだとアピールする為と、……俺とお前を掛け合わせた子供が欲しいんだろ。上手く行けばとんでもない子供が生まれるからな」
わー、凄い大人の事情ですね。まあどちらの理由も頷けますけど。
公爵と侯爵では、響きは同じですがランクは公爵の方が上。でも実質的な今の立場で言うなら、多分ウチの方が上です。反乱の首謀者を出した家系ですからね、シュタインベルトは。
改易こそされてませんけど、あまり評判は宜しくない訳ですよ。
一方ウチは反乱を抑えたトップが居てその上魔導院No.1。陛下とも懇意にしてますし、結構な立場になってます。
まあ敵対しているような事になっていますし、そんな中婚約を結べば和解したという事がアピール出来るし、繋がりも出来る。無害ですよーと陛下にも主張出来る訳です。
もう一方の理由は、まあこれも分からなくもない。
私みたいな父様母様の資質を引き継いで更に爆発させたような、無駄に余る魔力持ち。そして濃縮された魔力を持ち魔術の威力だけならトップクラスな特異体質のセシル君。
その間に生まれた子供がどうなるのか、という事。
上手い事噛み合えば、私よりもとんでもない魔力を持った子が生まれちゃう訳ですね。そりゃあ期待するでしょうよ、嫁入り前提らしいのでシュタインベルトの子になりますし。
「えー、実験みたいで嫌です」
「だろうな」
「別にセシル君自体が嫌とかではないですけど」
「嫌がれよ」
「セシル君が嫌なら大概の男性は嫌ですよ」
というか受け入れられる貴族の男性が殆ど居なくなります。ジルは立場的に無理でしょうから、……殿下くらい?
でも殿下とセシル君だったらセシル君が良いですね、王妃とか本当に勘弁して欲しいです。国民の上に立てとか絶対に無理。
「というか政略結婚ってそんなものでしょう?特に魔導師同士なら」
「割り切ってるな……」
「まあセシル君が妥当ですよねーって」
「……立場や能力的にはそうだが」
セシル君に釣り合う家系って私か、他の侯爵家及び公爵家の令嬢くらいですし。でも他の家は反乱で改易になったり婚約者居たりそもそも結婚していたりが多かった筈。
なら私が選ばれて然るべきなんでしょうねーって話です。丁度同い年だし仲良いし。
そんなものでしょう、と理屈だけなら納得した私に、セシル君は渋い顔。
「……えー……俺リズ嫁にしたら色々恨まれるぞ……」
「諦めて下さい」
ジルが納得してくれるかどうか。
……そういえばジルって、昔貰ってくれる人が居なかったら貰うって言ってましたね。……いやいやいや、今思ってるのか分からないですし。
ジルは、従者だもん。私は貴族で、政略結婚するのが当然の事なのです。出来る事なら恋愛結婚が望ましいですが、仕方ありませんし。
……こうなったら私が自分で自分の身を立てて、好きな人と結婚出来るようにしなければならないかもしれませんね。文句ある人間を決闘で打ち負かせるくらいに。
……父様が立ちはだかりますね、多分、いや絶対。
「まああくまで話が持ち上がっているだけでしょう?今時点では父様が蹴るかと」
「……そうだろうな」
「まあもし結婚するなら、子供は私が産んで、後はセシル君が好きな子を妾にしていちゃつけば良いのでは?」
「そのシビアさ嫌だなオイ」
まあ私が嫌なら、セシル君は勝手に愛人とか作っていちゃこらすれば良いと思います。その辺は貴族でもよくある事ですし、私はあまり好きではない習慣ですが、セシル君相手ならそうなったら仕方ないです。嫌だなあとは思いますけど。
……果たして、人嫌いなセシル君に愛人とか作れるのかという疑問は……まあノータッチで。
「女の子って夢見がちですけど、現実も見てるものですよ」
白馬の王子様が現れるとか信じてる人は少ないですって。政略結婚が多いですし、貴族の令嬢も大概は納得してるでしょうに。
その中で恋愛をしていく方が多いかと。まあ社交界で出会って恋に落ちて結婚とかの方が望ましくはありますが。
何か変でしたか?と首を傾げた私に、セシル君は引き攣った表情をするばかりでした。




