番外編 セシル君の受難 後編
番外編最終です。次から本編に戻ります。
「……で、何で俺が巻き込まれるんだ」
照れから復活したセシル君を連れてお外に出た私に、セシル君は少しだけ呆れたように問い掛けました。因みにまだほんのり頬が赤いですけど、追及したら確実に拗ねるのでノータッチです。
そういえば目的は話してませんでしたね、と今更ながらに思い出して、肩を竦めます。説明なしに引っ張られて、セシル君的にはえらい迷惑でしょうね。
「ごめんなさい、ちょっと二人で行きたい所があって。でもほら、セシル君も大人気分を満喫出来ますし」
「後でジルに恨まれるの俺なんだぞ……」
「そこはフォローしますから」
ジルは二人で出掛けるの良い顔してませんでしたからね。そもそも護衛の役割を一時的に奪ってますし。……だって、ジルが居たら意味ないんですもん。
私の都合で巻き込んだセシル君には申し訳ないとは思ってますよ。なので、ジルは後で宥めておきます。ちゃんとセシル君庇っておかなきゃ。
「はあ……。で、何処に行きたいんだ」
深く嘆息を溢したセシル君は、後はどうにでもなれ、と言わんばかりに諦めた顔。……ご、ごめんなさいセシル君、付き合わせて。
「仕立て屋さんです。セシル君と一緒に行くのが安全且つ都合が良いんですよね」
本当は一人で行くのも考慮していたのですけど、ジルが無理矢理ついて来ようとするし、誰かの意見があった方がありがたいのでセシル君なのです。
父様という人選もありましたけど……父様、忙しいし。いや、声かけたら絶対に喜んでついてきてくれますけどね。
「……何するつもりだ?」
「ジルに服あげたいんです。いつも同じローブばかりだから、コートか何かあげたいなあって」
セシル君の問いに、これは語らねば、と拳を握ってセシル君を見つめます。
ジルってあんまり服とか装飾に拘らないんですよね。いやまあセシル君も同じようなものですけど、セシル君は公爵家の人間という事もあり、貴族らしい服装はしてます。大概ローブだったりしてますけど。
ジルは、何て言うのでしょうね……自分の事には、結構無頓着というか。私の事優先で、自分の事はあまり気にしてないのですよ。
そんなジルのローブは、今や結構ボロボロになってます。裾とか焼き切れたり切り込みが入ってたり。修繕はしてますけど、買い換えようとかは考えてなさそう。
そのボロボロになったのが反乱のせいだから、ちょっと責任を感じている訳です。確実にジルが私を助け出すために無理して突破してきたでしょうし。
「俺が居る必要は?」
「セシル君が大人になったのを見たかったからですね」
「あのなあ……」
これだけは譲れない、と力説する私に、セシル君は半眼で此方を見やります。呆れた色がより濃くなった顔で。
……いえ、これだけが理由じゃないんですよ?
そりゃあセシル君が大きくなったらさぞや美形なんだろうなーとか思いましたけど、ちゃんとした理由もあるのです。
「まあ、セシル君を大人にすると服を借りれる理由が出来ますし、服のサイズ分かって丁度良いっていう理由もありますよ。それに、セシル君と一緒に選んだ方が男性の気持ち分かって良いかなって」
「……お前らしいな」
一応無計画でセシル君を巻き込んだ訳ではない、と主張しておきますよ。狙いがあってセシル君を連れ出したのです。
念を入れて現在のジルの寸法を計っておきましたけど、ジルの服を持ってくのもサイズの目安になるでしょう。
セシル君は理屈的に理解してくれたらしく、呆れながらも頷いて隣を歩いてくれます。
ふと、セシル君が立ち止まって、此方をちらり。どうかしたのかと私も立ち止まって、二の腕辺りの布を掴んで首をこてんと傾げ。
行くのが嫌になったのかな、と眉を下げた私に、セシル君は自分の掌を暫く眺めていました。それから、きゅっと拳を作るように、握り締める。
「リズ」
「は、はい」
「……手、貸せ」
言うや否や、私の掌……ではなくて手首を掴むセシル君。……はぐれないように、でしょうか。
私の手首を掴んだセシル君が何故か瞠目して一回手を離してしまって、何がしたいのかと視線で問うともう一度手首に指を回します。今度は、さっきよりも優しく。
「行くぞ」
「はーい」
ぶっきらぼうに呟いて、歩みを再開するセシル君。……エスコートにしてはちょっぴり乱暴だったりしますが、私の手を引くセシル君は歩幅を合わせてくれるし、掴む力は優しい。何だかんだで、女の子の扱いを間違っている訳ではありません。
少し前を行くセシル君の耳がほんのり赤いのを後ろから眺めて、ばれないようにひっそりと微笑みました。
……ところで、セシル君仕立て屋さんの場所知ってるのでしょうか。
まあ結果論として、地図を渡して辿り着いた目的地です。
セシル君の住む屋敷から然程離れていない、貴族御用達の仕立て屋さんだったのでまあ迷わずに行けたのですが。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用向きでしょうか?」
「魔導師用コートの仕立てをお願いしたいのですが。あ、あと紹介状があるのですけど」
「紹介状、……!?」
父様に書いて貰った紹介状を手渡すと、店員さんが名前を見た瞬間ぎょっと目を剥いていました。……あ、父様って服仕立てあんまりしませんからね、珍しいのかもしれません。既製品買っちゃうタイプですし。
この紹介状で大丈夫ですか?と首を傾げた私に、店員さんはキリッと顔を引き締めて、改めて姿勢を正します。いや、最初から姿勢は綺麗だったのですが、意気込みがかなり違うと言いますか。
「アデルシャン侯爵家に縁のある方でいらっしゃいましたか。コートとは、お連れの方の物を採寸すれば宜しいでしょうか?」
「いえ、彼は付き添いで……。ええと、一応必要なサイズは既に計っていて、あと彼の着ているものもその人の物なので参考になるかと」
「畏まりました。では此方にどうぞ」
多分本人連れてこいよとか思ったかもしれませんけど、追及はされません。まあ根掘り葉掘り聞かないのもマナーなので、当然といったらそうなのですが。
取り敢えず店員さんに連れられて店の奥に連れていかれた私達。色々な型紙や見本、生地や装飾品が沢山あります。
ドレスとかもあって、私からして可愛いなあっていうデザインもちらほら。今の体で着たら似合うって感じなので、本来の私ならまだまだ足りませんね。
「デザインはどのようなものをご所望ですか?」
「えっと……動きやすい、っていうのを前提で」
「あと暗器仕込めるタイプが良いな」
「え?」
……何で暗器?
そりゃあジルは剣術もばっちりな人ですけど、流石に暗器は。あれですよね、暗器ってナイフとか針とかそんな感じのですよね。
まさかジルがそういうの、……うん、使いこなせそう。しれっとした顔で投げて命中させそう。
この注文は想定外だったのか、一瞬瞳がたじろぎましたけど持ち直してにこやかな笑み。流石プロ。
「内側にホルダーを取り付ければ宜しいでしょうか。動きやすく収納しやすい物になりますと、此方と此方になりますね」
店員さんが幾つか見本を持ってきて下さったので、それらを見比べつつ吟味。
デザインは此方の中から選ぶとしても、色々仕込んだりして貰いますよ。セシル君の案を採用する他に、私からもちょっとした仕掛けをして貰いたいので。
「あ、生地なのですが、なるべく対魔術性の高い生地でお願いしても宜しいでしょうか」
「はい、魔導師の方のローブやコートはそのような生地をお選び頂く事が多いので」
「それと、……出来れば、なんですが……これを、生地に織り込んだり服飾に使ったり出来ませんか?」
小さな鞄から、掌に乗るくらいのそれを取り出して、店員さんに手渡し。
セシル君はこれが何だか直ぐに分かったようで、微かに目を瞠ります。びっくりした、というよりは呆れた、といった顔で。
「……ミスリルって、お前それ価値知ってるのかよ」
「セシル君に言われたくないです。私にぽいっと渡した癖に」
存在を知ったのは魔導院の御手伝いの時。魔力を溜め込むのに、とても効率が良い素材という事を教えられたのですから。
まあその分稀少ですし、値段もお高めな代物なのですけど……これは、父様にねだったものです。あ、誕生日に。流石に普段からこんな事はしませんよ。
ジルは私やセシル君みたいに総魔力量が多い訳でも特異体質な訳でもありません。平均よりはかなり多いですが、それでも私にはとても及ばない。まあ私は容量大きいだけで扱う力に欠けているのですが。
だから、外部に電池みたいに蓄えておいたら魔力切れの時に使えるかなーって。私が居たら直接渡すって事も出来るのですけど。
「……み、ミスリルですか、こちらを、服に?」
「はい。出来ないならこちらで別途装飾品として、」
「いえ、やらせて頂きます!……腕が鳴りますね……!」
どうやら稀少素材に職人魂が燃え出したらしい店員さん、というか店員さんが作っているのでしょうか。
兎に角やる気は充分そうなので、良いものが出来そうな気がしてきました。後は細かい注文とか生地の色とか、その辺なので、何とかなりそうです。
セシル君と相談しつつ、私はジルに相応しいものを作り上げるべく一生懸命に話し合うのでした。
「……お前ってさ、よくそこまでやるよな」
帰りがけ、相変わらず手は繋いでくれないセシル君に、照れ屋さんだなーと聞かれたら怒られそうな感想を抱く私。
そんな私に、セシル君は複雑そうに呟きます。呆れた声、けれどそこには何処か、羨望のような物が混じっている気がしました。
「あいつは、立場的に従者だろ?主人のお前がよくやるよなって」
「……まあ、立場としては、ジルにそこまでする義理はないのでしょうね」
貴族御用達の仕立て屋さんで仕立てて、その上稀少素材を使用した耐久性に優れた、オートクチュールの物をプレゼント。まあ従者に与える物じゃないのは理解してますけど。
「……ジルは、従者でありますけど、同時に私の大切な人でもあります。私の側に居てくれて、私を守ってくれた」
ルビィに両親がかかりきりだった頃に側に居てくれた、誘拐されたのを助けてくれた、伯爵子息から遠ざけてくれていた、反乱の時も助けてくれた。
私は、沢山の物をジルから貰っているのです。少しくらい、返していきたいなあって、思うのですよ。
他人から立場をどうこう言われても、私はジルに敬意と親愛を持って接するべきだと、思っています。
「いつもお世話になってるお礼、じゃ、駄目なんですかね」
「まあお前らしいけどな。……ジルは幸せだろうな、お前みたいなのを主に持てて」
「そうだと良いのですけどね」
ジルは、私の側に居て、嬉しいのでしょうか。……いやまあ多分そうなんでしょうけどね、態度的に。嫌がる素振りないですし。
そこのところ、私はジルに好かれているのだと思います。滅茶苦茶可愛がられている気がしなくもないですね。頭撫でられるのしょっちゅうですから。
ふとセシル君を見たら、少しだけ遠い目をしながら笑っていました。寂しそうな、笑みで。
……セシル君、って従者居ませんよね。というか仲良く喋ってる人を見た事がない。
セシル君が喋るのは、うちの家系か研究室のカルディナさんくらいです。人を寄せ付けませんからね。
人嫌いなのは、仕方ないですけど。……誤解しないで欲しいですね、セシル君には。セシル君は一人じゃないのに。
「……セシル君」
「何だよ」
「私はセシル君と一緒に居て、楽しいし幸せですからね?」
ぴと、とくっついて腕を絡める私に、満月の瞳を瞬かせているセシル君。何処か呆気に取られたようなセシル君に、私はにへら、と緩んだ笑みを一つ。
腕を絡めたまま指もセシル君のものと絡めれば、少しずつ朱色の混じりだすセシル君の頬。でも拒んだりしないのは、私の事を受け入れてくれているからでしょう。
よし、今日はセシル君の好きな所に行く事にします。まだ時間も余ってるし、お金もちゃんと用意してるのです。
実は五年前に魔道具作りした時にお給金貰ってたのですよね、あとから父様に貰ったのですけど。使う用事なかったから溜め込んでたのですよ。
ちょこっとずつ貰ってたお小遣いもありますし、ある程度自由に出来るくらいにはあります。
「よしセシル君、今日は色んな所に行きましょう。もっと楽しくなるように」
「……俺は振り回されれば良いんだな」
「はい、振り回されて下さい」
良いでしょう?と唇を弓なりにしならせた私に、セシル君は氷が溶けたようにほどけた笑みを浮かべ、頬に照れ臭そうな色を混じらせます。
絡めた指に少しだけ寄り添うように力がこめられたのは、気のせいではないでしょう。
「それでは出発なのです!」
意気揚々と前方を指差した私に、セシル君は一度私の頭を撫でてからゆっくりと歩き出すのでした。




