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番外編 セシル君の受難 前編

次で恐らく番外編終了して本編に入ります。

 さて、次の日になった訳ですが。

 ……確実に機嫌を損ねるという前提のもと、行動を開始しましょう。


「ジル、セシル君に飴飲ませたいので服貸して下さい」


 セシル君がルビィの家庭教師として来る前に、私はジルの部屋を訪れていました。

 几帳面なジルは、机に向かって何やら小難しそうな魔術についての文章を書き綴っています。さらさらと流れるような文字は、ジルらしく一ページをびっしりと埋めるように書き込まれていました。


 私の訪問に驚いた様子はなかったものの、お願いには思うところがあったらしく顔を上げて訝るような眼差し。昨日は穏やかでしたけど、一気に警戒レベルがアップしてますね。


「……何故セシル様に飲ませるので?」


 素直に認めてくれるとも貸してくれるとも思ってなかったので、怪しまれるなんて承知の上です。

 ジルとしては私を心配しているのでしょうね、主に私が余計な事をしないようにと。そこまで私は無謀なのかと文句の一つ言ってやりたいですけど、最近はジルに迷惑をかけていると自覚してるので何とも言えないのですが。


「セシル君とお出掛けしたいので。多分セシル君が大きくなったらジルくらいだと思うんですよね」

「……何処に出掛けるつもりで?」

「ないしょ。ジルはついて来ないで下さいね、絶対に」


 あ、ジルが固まった。

 でもこれだけは譲れないんです、ジルには居て貰っては困るので。ジルには悪い事をしているとは分かっていますけど、何があっても着いて来させないようにしないと。


「……何故ですか。護衛は」

「今日のところはセシル君で充分ですし」


 甘めのテノールがどんどんと低くなるのは、不機嫌になっている証拠です。忙しなく動いていた羽ペンも今や止まっていて、インクが大きな染みになっていました。


 いつも側に居てくれるのはありがたいですし、守ってくれるのも嬉しい。

 けど、常に側に居て貰っては困るのです。特に、今回の外出目的では。


「……ジル、返事は」

「……リズ様の仰せのままに」


 本当は命令はしたくないですしジルの意思を尊重したいのです。

 でも、今日は駄目。

 ちゃんとタイミングを計って、前々から計画していた事なのです。ちゃんと父様母様にもジルには内緒で許可は貰ったし、必要な物は準備している、地図だってあるし紹介状もある。


 ……まあ、セシル君は巻き込む形になりますけど、セシル君なら何だかんだ着いて来てくれると踏んでいます。

 ジルにだけ内緒というのは心苦しいものがありますけど、今日は仕方ないのですよ。




 何か瞳が不承不承といった色合いで淀んでいますね、ジル。それでも従ってくれるのは、そこが主従関係の線引きだからでしょう。命令には逆らえないのですから。


 溜め息をつきながらクローゼットから服一式を取り出すジルに、罪悪感が募ります。ごめんなさいジル、後で謝りますから。来るべき時が来たら事情も説明しますから。


 ……っと、そうだ、忘れる所でした。念には念を入れての準備なのです。


「ジル、目を閉じて万歳して下さい」

「え?」

「良いから。私が良いって言うまで目を開けちゃ駄目ですよ」


 ジルから服を奪い取り、目を閉じるように命令。よく分かっていなさそうなジルは、大人しく従ってくれました。

 瞳を閉じて、両手を挙げるジル。降参のようなポーズになっていますが、別に私は降参させたい訳ではなく。


「……薄目もなしですからね」

「……御意」


 何しようとしてるかこっそり確認しようとしてたのですね、やっぱり。


 確実に目を閉じさせてから、背後に回ります。

 それから懐から長いリボンを数本取り出して、ジルに気付かれないように巻き付けます。あ、飾るとかそんなんじゃないですよ、ジルにリボンを着けるなら頭にしてあげますし。


 取り敢えず必要な腰回りと胸回りにこっそりと巻き付けて、どれだけリボンの長さが必要かを確認。一周して余ったリボンは、鋏でなるべく音を立てないように裁断。

 今度は目を閉じて貰ったまま腕を下ろして貰って、肩幅と腕の長さを計っておきました。メジャーみたいな物は仕立て屋さんくらいしか持ってないですので、簡単な措置なのですけど。




 必要な長さを計測して、リボンを残骸もろともポケットに。よし、これで準備は整いました。あとはセシル君を迎えて協力を要請する(巻き込む)だけです。


「……リズ様、もう宜しいですか?」

「ええ。ありがとうございます」

「……何をしていらしたので?」

「秘密です」


 にっこりと笑うと、何かもう諦めたのか溜め息をつくジルが居ました。






「セシルくーん」


 ルビィの出張教師にやって来たセシル君に、私は笑顔で手を振ります。一応肉体は大人ですけど、背丈は殆ど変わらないし顔立ち自体が変わる訳でもないので多分私だと分かってくれるでしょう。


 いつものように教本片手にやって来たセシル君に駆け寄ると、金色の瞳がこれでもかと見開かれました。ばさ、と手にしていた教本を床に落とす辺り、困惑は顕著です。


「……リズ?」

「疑問系じゃなくて断言して下さいよ」


 極端に顔が変わった訳でもないのに。精々大人っぽくなったなーって程度ですから。


「……俺の知るリズは、そんなに……」

「詰め物してるとか思ってるんですか、生憎ながら本物ですよ」


 一瞬視線が成長した一部を掠めては、気不味そうに逸らされて、まあ言いたい事は理解しました。凝視したりせず頬が赤くなっているのは、セシル君らしい純情具合です。

 まあ年齢的にまだ子供な私が、割と豊かな実りを持っている訳がないでしょうね。疑うのも仕方ないかと。


「ちょっとした魔道具で大人になったのですよ?」

「何だよその怪しい魔道具」

「ふふー、セシル君にも体感させてあげますよ。いや、体感して貰います。協力して欲しいので」


 うふふ、とわざとらしい笑みを浮かべると、何かを感じ取ったらしいセシル君は後退り。

 おっと逃がしませんよ、私の目的にはセシル君が必要なのです。是が非でも手伝って貰わなければ。


 緩やかに口の端を吊り上げた私に、セシル君は逃走の兆しを見せましたが……逃がしませんよ!


 セシル君の脚が地面を蹴る前に、私は思い切りセシル君に飛び掛かります。

 勢いよく抱き付いて、その勢いを殺さずにセシル君に引っ付く。抱き付かれたセシル君はびくりと大きく体を揺らしました。

 勢い余ってセシル君ごと地面に倒れそうになり、というか倒れ込みました。風の魔術で衝撃を緩和しているのはセシル君らしいです。


「逃がしませんよ、地の果てまで追いかけますから」

「怖い事言うな!あと降りろ、重い!」

「失礼ですね」


 太腿の部分に乗ってるだけですし脚で体重支えてるから、セシル君が嫌がる程重くはないのです。セシル君だってもう半身起こしてるし。

 むー、と唇に不満を表現させつつ、逃がすまいとセシル君のシャツを掴んでホールド。抱き付いたらセシル君がキャパシティのメーターがぱーんしそうなので、あくまで縋るように凭れておきます。


「セシル君にしかお願い出来ないんです。……駄目?」


 ちょこっと眉を下げてセシル君を見上げると、セシル君の顔が奇妙に歪んで、それからそっぽを向きながら舌打ち。


 ……ちょこっとあざと過ぎましたかね、いやでもあざとツンデレさんには此方もあざとい感じで勝負しなければ。

 セシル君は優しいので、本気で懇願すれば手伝ってくれる可能性の方が大きいと踏んでいるのですよ。


「……手伝えば良いんだろ」

「わーい、流石セシル君!流石お兄ちゃん!」

「お兄ちゃんはもう終わっただろ!つーか抱き付くな!」


 予想通りお願いを聞いてくれたので、私は相好を崩しセシル君に抱き付いておきました。許容量的に直ぐに引き剥がされて、顔を真っ赤にされましたけど。




「では、この服と飴を渡しておきますので、あちらの部屋で服用して下さい。あ、全裸でお願いします」

「何でだよ!」

「何故か服が行方不明になるので。大丈夫、覗きませんから」


 流石に全裸は見る気はあまり起きません、上半身とかだったら案外セシル君鍛えてるのかなーと見てみたくはありますが。ジルとか脱いだら凄そう。


 覗きの趣味はないのでジルから借りた服と飴の入った包み紙を渡して、私は扉の横の壁に背中を預けます。此処で待機しておけば、何かあっても対処出来ると思いますし。


 人の家で一糸纏わぬ姿になるのは非常に抵抗がありそうなセシル君。それでも渋々とお部屋に入っていく辺り、律儀だと思います。


 セシル君が入ってから暫くすると、中から「マジかよ」と複雑そうなぼやきが聞こえて来て、成長し終わったのかなーと判断。もう少し待って、ノックしましょう。


「……セシル君、終わりましたか?」


 きっかり五分程待って声をかけると、「お、おう……」と何だかごもごもとしたお返事が返って来ました。

 服のサイズが合わなかったとか?

 予想ではセシル君はジルくらいだと思ったのですけど。ジルは小さいのではないかと気にしてますが、周りが高いだけで平均身長はありますし。


 開けますよ、と前置きして、ゆっくりとドアを開ける私。丁度セシル君も外に出ようとしていたのか、ドアの目の前に居ました。


「……おー」

「何だよ、文句あるのか」

「や、セシル君大人になると無駄な色香があるなーって」

「無駄って何だよ無駄って」


 褒めているつもりなのですけど、セシル君は不満そうです。


 思ったよりも、セシル君は成長すると色っぽくなってました。

 ジルよりも身長は高い……ですかね。試しに側に寄って身長比べても、ジルの時より高い。将来ジルが複雑そうな顔をする事請け負いですね。

 セシル君自体、元から顔立ちは整っていましたし、あどけなさが抜けて精悍さが増したといった感じ。かといって逞しさが強い訳ではなく、何処か洒脱な雰囲気を纏っています。


「……変じゃないか?」


 鏡で自分の姿は把握しているでしょうに、セシル君は少し気にしているのか自分の体を見てやや困惑げにしていました。

 突然成長させられたら、そういう反応も当然でしょう。エルザさんに事前知識もなく飲まされた五年前が懐かしい。


「大丈夫です、とても格好いいですよ」

「……そりゃどーも」


 ジルから借りた服だって、しっくり来てますし。

 若干身長違いますけど、大きな差ではないので服に問題はありません。……ちょこっと袖が短そうなのは、ジルには内緒にしておこう。ジルは身長差で負けるのは嫌そうなので。


 真正面から褒めたのですが、それが恥ずかしいのかセシル君はちょっとそっぽを向いています。……こういう所は可愛いとか言ったら不機嫌になるんでしょうねー。


 ちょっぴり微笑ましくてにこにこと笑う私に、セシル君は複雑そう。からかわれやすいですけど(主に私に)、からかわれるのは嫌いですからね、セシル君。


「……そ、ういうお前」

「え?」

「そういうお前も、か、可愛い、んじゃないのか」


 ……へ?と。

 思わず間抜けな声を漏らしてしまうぐらい、セシル君の口から飛び出た言葉は意外な物でした。




 此処で重要なのが、セシル君は容姿についてとやかく言う人ではありません。中身重視です。

 あ、誤解しないで下さいね、セシル君にとって見かけはどうでも良いとかではなく、外見の感想を言わない人なんです。私相手なら、尚更。




 そんなセシル君の口から、可愛い?




 ……こ、これは想定外過ぎて、ちょっと、照れる、というか。

 ジルは普段から褒めてくれるので、どきどきしますけど、慣れてはいます。こう、きゅんとするようなものではありません。

 普段は全く言わないセシル君だからこそ、ときめくものがあるというのです。


 不覚、と心臓を押さえてちょっと熱が渦巻く頬のままセシル君を見上げると、私よりも顔を赤くしたセシル君。腕で紅潮した頬を隠しながらそっぽ向いています。

 ……慣れない事を言っている自覚はあるのでしょうね。私への仕返しで言ったつもりなのでしょうが、私のダメージよりもセシル君のダメージが大きそうです。

 ……でも、セシル君の反撃も大分効いてはいるのですよ。


「……セシル君」

「……何だよ」

「ありがとう、ございます」


 照れ臭くて恥ずかしくて、もじもじとしながら緩んだ頬を赤らめて笑うと、セシル君は素っ気なく「あっそ」とだけ返しました。

 ツンデレの可愛さ極まれり、と思った今日この頃です。



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