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試金石

「父様父様どうしましょう、本が沢山あります! 家とは比べ物にならない程沢山あります! どうしましょう、読んじゃ駄目ですか、これ読んじゃ駄目ですか!」

「リズ、落ち着きなさい。読んでも良いから先に用件済ませようか」


 父様に連れて来られたのは、城内にある魔導院。城の中に存在していると言うよりは、城から出た建物にある感じです。魔導院は外部局みたいな扱いのようです。それでも王直属の組織みたいな感じですね。

 そして何より大切なのが、重要なのが、魔導院とあって魔術に関する本が壁一面にある事。さっき入った書庫のは魔術のは大してなくて、主に世界についてとか歴史とかそんな感じので、然程食指が動かなかったというか。普通の本も勿論好きなんですけどね、やっぱり焦がれた魔術の本は格別です。


 父様が入って直ぐに職員の人に頼んでこっちの部屋に案内された訳ですが……うん、此処は天国です。

 だって見て下さいよ、壁を埋め尽くすように魔術の本が並んでいるのです。まだ私にも理解出来そうにないような本まで沢山。家で読める範囲のは全て読んでしまいましたし、目の前の光景はかなり興奮するものなのですよ。




 父様は私の目が光っているのを見て苦笑しています。父様が一番私がこういう本が好きなのを知っていますからね。


「……ふああ、すみません、つい」

「まあこうなるとは思っていた。……さ、リズ。こっちの奥においで」


 父様に手を引かれていくと、奥に扉がありました。見掛けからして頑丈そうな扉です。まるで中に何か大切なものが入っているような、そんな感じがしました。


「父様、これは……?」

「あの扉の向こうには、魔力測定の石がある。そこに全力で魔力を込めれば良い。あ、結構貴重な物だから壊さないように」


 まあトンカチで殴ったり魔導院の一番上から落としても壊れないけどね、と笑って大丈夫と肩を叩いて来る父様。止めて下さい父様、そんな前置きとかフラグですよね。私がぶっ壊すフラグですよね。


 嫌な予感はひしひしとしたので軽く頬を痙攣させる私に、父様は笑って背中を押しました。いや壊れても知りませんからね、本当に。


「……本当に壊れたりしませんよね」

「大丈夫だよ、そもそも魔力を蓄積して輝く物だから。貴重って言っても採掘出来ない訳じゃないから」


 ……本当に知りませんよ、私。




「……これに魔力込めるんですか?」


 部屋の中に誘われて、大人の拳サイズの塊を渡された私。オニキスのような艶のある漆黒の石で、私の両手にも余る程です。しかも重いから結構辛い。綺麗には綺麗ですが、ただの石にしか見えない訳で。

 どうやら台座に置いてあったらしく、小部屋の中央には安置場所らしき台がありました。……高価っぽい、見るからに高価っぽい。


「そう。そこの台座の前……陣の中心に立って、それに魔力を込めれば良い」


 父様は笑顔のまま勝手に言ってくれますが、私としては非常に躊躇われるというか。何かやらかしそうな肉体なんですよ。何て言ったって父様と母様の子ですから。この人達自分の才能自覚してるんでしょうか。


 父様を見ると笑顔で期待しているようです。多分俺の子は凄いんだと期待してますねこれは。……期待に応えないといけないですよねえ、はい。




 来る時と比べて若干気は進まないものの、望まれるがままに手にした石に力を込めていきます。

 呼び方が分からないので試金石と呼びますが、試金石にゆっくりと力を注ぎます。両親の子なので才能はある筈。多分。


 すぅっと息を吸い込み、吐き出す息とシンクロさせるように、掌と試金石の設置面積に魔力を流し込む。

 血流の流れに沿わせて魔力を運び、試金石に吸わせていく感じでしょうか。血は魔力の源とも呼ばれています。命の源と言った方が正しいですかね。


 血には魔力が宿ります。それがとめどなく流れていて、私達に魔力というもの、外部に出せば魔術という形で表れます。……まあ本の受け売りなのですけど。 その魔力にも発生器官があって、……まあ脳味噌の何処からしいです。その器官が空気中の魔素と呼ばれる魔力の元を知らない間に魔力に変換、体内、引いては血液に蓄積しているらしいです。コンデンサとトランスでしたっけ? あんな役割を果たしているそうです。


 私が素質が高いと言うのは、他者から見たらそのコンデンサとトランス、あとバッテリーの許容量が桁外れらしいです。変換するにも自身の生み出す魔力が必要なそうなので。

 大気中の魔素を大量処理出来て、それを大量に溜め込む事が出来る。そして一度に扱う量が並外れている。魔術の並列処理も可能なくらいには、素養があるらしいですよ。

 あくまで父様の判断では、という前置きが要りますけどね。親バカなので話し半分で聞いています。聞く限りチートスペックで自分でも呆れそうです。何で父様そんな事判断出来たのでしょうか。


「リズ! 手、手!」

「……手?」


 ぼんやり思考に耽りながらそのまま注いでいると、遠くで切羽詰まったような父様の声。


 此所で現実に戻った私が自分の掌を見ると、……やばいどうしよう、溶けてる。私の手がじゃなくて石が。


「父様、これって壊した内に入りますか?」

「何でそこで冷静なんだリズ! 魔力注ぐのを停止しろ!」


 それくらい言われなくても分かっていますよ、と魔力を流すのを止めて自分の掌に溜まった液体を凝視。

 ぎりぎりで溢れてはいないらしいですが、あの固かった試金石の面影は何処にも見当たりません。鉱物だった塊は流動性のある液体に。漆黒だった液体は、……例えるならオパールのような、乳白色に七色の輝きを時折煌めかせる液体に変貌を遂げていました。いやこんな特別能力は流石に欲しくなかったです。なんてチート。


「父様、入れ物」

「い、入れ物!? ちょっと待ってなさい、貰って来るから!」


 流石に溢すのも悪いですよね、と手に並々注がれた状態の試金石を見て眉を下げると、父様は慌てて出て行ってしまいました。この事態は父様も想像していなかったでしょう、嫌な予感を感じていた私も想定外です。


 父様が帰って来るまでじっとしておかないとならない私は、手の内にある乳白色の液体に視線を注ぎます。


 ……何故石が溶けたのでしょうか。鉱物が溶けるには何百度とか何千度じゃないと無理な気がします、でも私の掌は全く熱くはない。

 とろとろと粘度のある液体に様変わりした試金石は、綺麗なオパールのよう。個人的には父様からも受け継いだルビーが好きなのですが……試金石に文句を言ってもしょうがないですね。


「リズ、器!」

「あ、父様」


 どうしましょうかね、と悩んでいた所ダッシュで戻ってきたらしい父様は、器とおまけで明らかにお偉方だと分かる初老の男性も連れて来ていました。私説教パターンですねこれ。

 初老の男性は私の手にした液状化した試金石を目の当たりにされ倒れかけていましたが、父様が「ゲオルグ導師しっかり!」と支えていたので事なきを得ました。いやはや本当に申し訳ないです。




 取り敢えず父様が持ってきた器……誰か仕事中にお酒飲んでいたのでしょうね、ワイングラスに試金石を移します。

 するとどうでしょう、あんなに白かった試金石は手から離れると徐々に黒くなり、形もそのまま注がれるのではなく鉱物としての形を取り戻すように形が作られていきます。形状記憶してるんですかこれ。


 父様は驚きを通り越して呆れているようで、私がやっちゃいましたねえ、と苦笑しているのを半眼で見ておりました。そんな顔されると悲しいのですが。


「……リズ」

「言われた通りに魔力流しただけですよ?」


 別に変な事をした訳ではありません。指示通り魔力を流しただけです。そしたら溶けちゃったんですよ、びっくりですね。


 困った顔で肩を竦める私に、初老の男性、確かゲオルグ導師は眉をきつく寄せて此方を見ていました。


 ……チリ。


 首筋の裏を何やら嫌な空気が撫でて、針で刺したような痛みが僅かに走ります。思わず首の後ろを擦って、その正体を探る……いや探らなくとも分かりますが。



 ……全く。

 子供に止めて欲しいですね、そういうの飛ばすの。まあ分からなくもないのですけれど。どういう考えをしているかなんて、ね。歳を召した頑なな方の思考も単調ですから。


 でも現段階でそれに気付いても実行に移すかも分からないし、確たる証拠がある訳でもない。私の杞憂で終わるかもしれないし、終わって欲しいとも思っています。

 なら子供らしくしているのが得策でしょう。


「……リズ、取り敢えず今日はこれでお仕舞いだ。お父さんはちょっと仕事が増えたから、此所に留まる」

「分かりました。……家に一人で帰るのも危ないから、本を読んでちゃ駄目?」


 少しだけいつもより舌足らずに言葉を放つと、微妙な変化には気付いた父様が不審そうな顔をしていましたが……私の言葉に一理あったらしく、頷いてくれました。父様が居たならまあ何事もない筈です。


 私はゲオルグ導師の嫌ーな空気を蹴散らすように、無邪気を装って部屋を飛び出しました。

 いやはや、大人って怖いです。



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