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番外編 お兄ちゃんと呼び隊 前編

番外編第四弾。

 アデルシャン家の第一子は私で、弟が一人。家族四人で幸せな家庭だとは思います。

 貴族に生まれてしまったので生活は豊かですし、父様母様には深い愛情を注がれ、可愛い弟に慕われ、優秀な従者を付けて貰って。

 物欲は然程ないですけど、欲しいものは買って貰える。別に欲しくないひらひらなお洋服とか買って来られても困りますけどね、倹約して欲しいくらいですし。

 まあとても恵まれた環境に居るのだとは、分かっています。これ以上の贅沢はないというくらいに。


 ……ですが、私には欲しくても手に入らないものがありました。




「いいなあ」


 威勢の良い掛け声と共に金属音が鳴り響くのを、私は窓の縁に頬杖を着きながら見下ろします。


 私が魔改造した庭のオブジェクトがない、ただの芝生の部分。そこに、フィオナさんとロランさんが仲良く戯れています。腕が素早く振るわれて銀色が閃いていますが、うん、仲良し仲良し。


「兄さん、今日こそお命頂戴する!」

「何で物騒な言い回しを……」


 ガキンガキンと金属がぶつかり合う音がして、火花が散りそうな勢い。足元はブーツによって芝生が削れて、土色が見えています。

 ……あまり無茶しないように言ってるから大丈夫だと思います、信じてます。


「仲良しですねえ」


 私が第一子だから、上に兄も姉も居ないですし。私も、ああやって仲良くしたいなあ、って思います。

 ……ジルは、最近お兄ちゃんとか全然思えません。心臓に悪いんですよね、ジル。

 甘やかしてくれるけど、何か違う。兄妹の適切な距離感ではまずない気がしますね。私から側に寄ってるので、文句はないですけど。


 ジルはお兄ちゃんっぽくないし保護者に近いので、違うとして。

 やっぱり兄と慕える人が居て欲しいのです。お兄ちゃんって憧れですよ、今下の弟しか居ないし。

 ……良いなあ、お兄ちゃん。

 理想的な兄像としてはやっぱり、優しくて頼りになって、格好良くて……あと干渉し過ぎない人が良いですね。適度に構ってくれて、時に厳しく接してくれる人。


 ……ん?

 身近に凄く適任が居るような気がするのは気のせいでしょうか。

 しっかり者で常識人で、頼りになって実は優しい男の子が。




「という訳なので、セシル君!」

「何だいきなり」

「今日一日お兄ちゃんになって下さい!」

「……は?」


 ルビィに魔術を教えに来たセシル君に、勢い良く腰を折ってお願い。

 つむじには明らかに困惑というか事情を全く理解していなさそうな声が降って来ます。


「お兄ちゃんが欲しいんです」

「いや、血縁ないし」

「知ってます。でもお兄ちゃん欲しいので、一日お兄ちゃんして下さい」


 憧れなんですよ、と至って真面目に主張する私に、セシル君は「意味が分からん」と切って捨ててしまいます。


 顔を上げて頬を膨らませても主張は理解してくれなかったらしく、ちょこっと、いやかなり呆れたような眼差しが飛んできました。

 ……そりゃあ此方もいきなり過ぎたとは思いますけど。


「大体何で俺なんだよ」

「や、お兄ちゃんとして理想的だったので。ねールビィ」

「ねー?」


 隣でよく分かってなさそうなルビィに同意を求めると、ルビィは愛らしく首を傾げながらも同調してくれます。


 面倒そうに眉を寄せたセシル君、私は気にせずルビィを背後から抱き締めておきました。

 ふっふっふ、セシル君がルビィに弱いのは分かってるので、押しきれば何とかなる大作戦なのです。一日くらいセシル君お兄ちゃんと呼んでもバチは当たらないのですよ。


「ルビィも一日くらいセシル君にお兄ちゃんになって欲しいですよね?」

「ばっ、お前余計な事言うな!」

「セシルおにーちゃん、おにーちゃんになるの?わぁい!」

「お前……わざとだろ、ルビィの居る前で言ったの」

「策士とお呼び下さい」


 にこっとわざといとけない笑みを装えば、引き攣り笑顔を返されました。但し、何処か諦めたような表情。


 ……セシルお兄ちゃん、ゲットなのです!






「よしお兄ちゃん、箒で剣術の練習しましょう」

「それ兄の必要ないよな」


 一日という条件を念押しされて、お兄ちゃんと呼ぶ事を許された私は早速とお願いしてみます。

 因みに私が素人同然なので、当たっても危なくない箒を提案。剣だと重くて振り回せないし。


「えー、こういうのは兄妹でやるのが醍醐味なんです」

「兄弟の間違いだよな」

「そうですか?でもロランさんフィオナさんは仲良くやってましたよ?」


 今は何処かに行ってしまいましたが、フィオナさん達はとても仲睦まじそうに剣で斬り合ってましたし。凄くフィオナさんが生き生きしてましたから、あれはあれで兄妹の愛の形なのではないでしょうか。


 首を傾げながら思い出している私に、セシル君は顰めっ面で首を振ります。


「あれは例外だ、却下」

「えー」


 チャンバラごっこしたかったのにー。

 箒だと安全ですし、楽しくぺちぺち出来ると思うのですけど。身のこなしの練習にもなって、我ながら妙案だと思ったのに。

 セシル君は何が不服なんですかね。


 逆に私が不服なので、セシル君の裾を掴んでむぅと唇を突き出してみます。頬を膨らませたら流石に子供っぽ過ぎるかと思ったので、ちょっぴり唇を尖らせるだけですよ。

 それでも視線で不満を感じ取ったらしいセシル君は、金色の瞳を細めて溜め息を一つ。


「……これで我慢しろ」


 くしゃり、と大きな掌が、頭を撫でます。

 あ、と声を出した私に、遠慮はしないセシル君がグシャグシャと髪を掻き乱してしまいました。

 呆気に取られる私に、セシル君は微妙にそっぽ向いています。


「不満とか聞かないからな」

「……はーい。へへー」


 ……セシル君って、何気無い所でお兄ちゃんっぽいの、自覚してないんでしょうね。

 こういう、ちょっと乱暴だけど優しさを感じる手付きとか、本当にお兄ちゃんみたいなのに。ジルとは違う、慈しみとはまた別の、温かさ。

 そこがセシル君らしくて、多分私はセシル君がお兄ちゃんっぽいと感じる所以なのでしょう。性格も何だかんだでお兄ちゃんっぽいですし。


 へへ、とくしゃくしゃにされた頭を直しながら、緩む頬をそのままにする私に、セシル君はほんのり嫌そうに頬をつねって来ました。でも眼差しが柔らかいから、私は照れ隠しなのだと好意的に解釈する事にします。


「……おにーちゃんだー」

「うるさい、誰がそうさせてるんだ」

「私ですね、ふふふ」


 にへら、と笑った私に、仕方なさそうな顔で頬をぷにぷにするセシル君。……何か、こういうのって良いなあと改めて思った私です、まる。




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