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騎士と従者

 何というか、私には理解出来ない光景が繰り広げられています。

 ……ジルって魔導師でしたよね?




 ガン、と木製の剣がぶつかり合って、鈍い音を短く響かせています。切り結んだのは一瞬、瞬きした瞬間には剣が離れて次の剣戟。

 木刀を手にしたジルが、上段から剣を降り下ろします。対するロランさんは、予想していたように襲い来る剣を弾いて軌道をずらし、最小の動作で剣線から逃れました。


 ジルはそれも見越していたようで、手首を返し逆袈裟で切り上げる。ロランさんは、それを木刀の腹でいなしては逆に踏み込み、ジルの正中線をぶったぎるラインで右薙ぎ。

 襲い掛かる太刀筋に、ジルは防御ではなく回避を選びます。地に着いた脚に力を込めたのが分かり、そのまま飛び退く。


 数秒前にはジルの体があった場所を木刀が遠慮なく横断していき、空気を掻き切りました。そこでロランさんは止まる事なく、此方も脚に力を込めてジルに肉薄します。


 反応は、互いに早い。


 再び木刀が交差しては、鈍い音を量産していく。まさに怒濤の勢いというか、何やってるのか分からないです。

 あれ、ジルって魔術師でしたよね?決して騎士とかじゃなかったですよね?


 取り敢えず私が分かる範囲でも、ジルは相当に強い。ロランさんは当たり前に強いです、何か二人おかしくないですか。


 幾度も繰り出される斬撃や刺突を躱し、いなし、或いは受け止めて。カウンターとフェイントを織り混ぜて切り結ぶ二人に、思わず見とれてしまいます。

 緑色と鳶色が交錯しては、離れてまた交わる。本来ならば血生臭い光景になるのでしょうが、目の前のこれは何処か美しい舞台のように思えました。互いの一つ一つの動作が、洗練されているからでしょうか。


「ふっ!」


 短い呼気に合わせて、ロランさんは鋭く切り払い。速さだけではなく重さを伴った斬撃を、ジルは受け止めはせず退いて対処します。

 まともに受け止めれば、剣を取り落としそうだからでしょう。本職の騎士様であるロランさんの一撃は、騎士の名に恥じない鋭さと重さがありました。


 一閃に怖じ気付く素振り一つ見せないジルは、間合いに飛び込み切りかかる。今度はロランさんが受け身側になっていました。

 ……な、何か凄いとしか言いようがないです。




 ですが均衡は長く持たず、ジルの持っていた木刀が逆袈裟の直撃を受けて吹き飛ばされた事で、唐突に剣戟は終わってしまいます。


 宙で回転しながら落下し、ジルの背後の地面に突き刺さる木刀。そして喉元に突き付けられる切っ先。


 ジルはゆっくりと構えを解き、虚脱したように肩の力を抜いていました。


「参りました」


 その言葉に、ロランさんも無言で木刀を下ろしました。




「ジル!」


 模擬訓練が終わった事を確認してから、私は二人に駆け寄ります。そして、ジルが振り返る前に、ぺたっと抱き着いておきました。

 いきなりで戸惑うジルに、私はぺたぺた木刀を振り回していた腕に触れてみます。


 ……案外ジルってしっかりした体つきですよね、腕もがっしりしてるし。見掛けは失礼ながら優男風なのに。服の上からじゃ細いんですけどね。


「何処にそんな力があるんですか?何でそんな強いのですか?というかジルって万能ですよね、何でそんなに出来るんですか?」


 この細身の何処にそんな力があるんですかね、と抱き着いた腰や胸板を掌で軽くぺちぺちしてみますが、返って来る感触は固い。

 あれですかね、細マッチョというやつなのでしょうか。脱いだ所を見た事がないので分かりませんけど。だってジルいつも厚着だし。


 でもジルってパッと見強そうには見えないです。

 ジルに直接言ったら多分不機嫌になりそうですけど、ジルって大きくはないですし。勿論私より頭一つ以上違いますけど、ロランさんは更に大きいですし、父様も大きい。

 セシル君は発展途上ですけど、段々ジルに近付いている。下手をすればあと二年もすれば抜かされそうな勢いですし。


 細身と相俟って、そんな強くは見えないのがジルなのです。油断を誘うなら丁度良いのかもしれませんが。


「リズ様、今汗臭いので離れて頂けませんか」

「別にそうは思いませんけど」

「……見られてても良いのなら、好きに触れば良いのですけど」


 見られてる?

 首を傾げる前に、ジルが私の肩をそっと掴んで引き剥がします。拒まれたというよりは、微妙に照れた顔で。

 ……前は自分からキスした癖に変な所で照れるのですね、……いやいやいや、あれは忘れるのです。思い出したら恥ずかしいですし。


 離れて気付いたのですが、ロランさんが無表情で此方を見詰めています。……た、他人の前で抱き着くのはなしですよね、ごめんなさいジル。うっかりしてしまったんです。


 こほんと咳払いをして、仕切り直し。


「それにしても凄いですね、何か凄いとしか言いえないです」


 語彙能力に乏しいので、二人の訓練を見ててそんな感想しか出ません。

 ルビィの稽古ついでにジルが実力を見きわめるべく訓練をお願いしたのですが、予想外に盛り上がったというか白熱したものになってました。まさか此処まで見事な訓練になるとは。


 瞳を輝かせて両手に拳を作る私に、ジルは困ったように笑っていました。


「私よりロランさんの方が凄いですよ」

「現職の騎士に此処まで相手出来る方が凄いと思うが」


 表情こそ変わらなかったものの、声音は感心したような響き。

 お世辞ではなく、本当にそう思っているみたいです。何だか私が誇らしいですね。……その分私が弱っちくて話にならないのですけど。情けない、従者(ジル)に守られてばかりですし。


「ほあー、二人とも強くて私が不甲斐ないです」

「リズ様は守られる立場ですし、それに魔術に秀でていらっしゃるでしょう」

「でもジルの方が凄いもん。魔術も剣も出来て。何か悔しい」


 魔術だってまだまだ追い付けないし、剣なんか比べるのすらおこがましい。というか比べられる程剣練習してないから出来ないですけど。


「ロランさんはあれでもかなり手加減してましたよ」

「あ、あれで……?」

「でなければ高位の騎士と戦える訳がないでしょう。互いにある程度は加減してましたけどね。……まあロランさん程私には余裕がありませんが」


 ……あれで手加減してたとか、ロランさんどんだけ強いんですか。そしてそれを看破してやり合ったジルもジルです。私の周り何かおかしくないですか、強さインフレしてませんか。


「そもそも本気なら互いに魔術使いますし、目潰し金的暗器罠何でもやりますよ。リズ様を守る為だったならば、尚更」


 え、何かジル今の台詞の時目が笑ってませんよね。騎士(ナイト)というより刺客(アサシン)っぽい感じがしたんですけど。……ジル、どの路線を走ってるのですか。


 何かジルの強さが半端ない事に気付いた私は、どうして良いのか分からなくて苦笑い。

 ……多分、私の知らない所でかなり頑張ってるんだろうなあ。じゃなきゃこんなにも強くなれません。体が鍛えられていたのが良い証拠ですよ。

 成長具合が恐ろしい限りですね、ほんと。従者がかなり強いって、私は安全で良いんですけど……。


「……うー、私も剣術とかしたら、あんな風に出来ますか?」

「駄目ですよ」

「えー!護身術、護身術で!」

「何でそんな剣を振り回したがるんですか、危ないでしょうに」


 だって、体動かすのって結構楽しいですし。

 それに、もし組伏せられて魔術が使えない場面があったら困るじゃないですか。金的狙えなかったら男には敵いませんし。せめてもの抵抗で何か出来たら良いなあと思うのです。


「自衛手段を持つのは悪い事ですか?」

「怪我する原因を増やしかねないのですよ、リズ様は」


 失礼な。

 ……でも否定出来ないのが何とも。多分他の女の子達より遥かに命の危機に見舞われてますからね。というか普通の女の子は命の危機など訪れません、私が異常なのです。


「兎に角駄目です。体術ならまだしも剣術は、」

「体術なら良いんですか!?」


 あ、余計な事言ったって顔。


「……やっぱり駄目です。危なっかしいですし、下手に身に付けさせると実戦で魔術よりも優先して使って、結局危険な目に遭いそうなので」

「その予言みたいなの止めて下さい」

「兎に角、駄目です。大人しくして下さい」

「えー……」


 頬を膨らませても、ジルは首を縦に振る事はありませんでした。






「ロランさん、こっそり剣術教えて貰ったら駄目ですか……?」


 まあ当然私は諦めが結構悪いので、抜け道に走る訳ですけども。

 ジルが教えてくれないなら本職の人に頼むのが一番だと思うのですよ。寧ろこうするのが正解だと思います。


「……命令とあらば」

「命令じゃなくてお願いです」


 ロランさんは相変わらずの無表情だったのですが、嫌がっている訳ではなくなさそうです。

 ですが、私は命令出来る立場ではありません。ロランさんは私の部下でも従者でも何でもない、ただ父様に雇われてお仕事として来ているだけです。命令なんてとんでもないですよ。


「ジル殿に見付からずには難しいと思うが」

「ですよねー」


 ロランさんが尤もな事を言ったので、否定出来る訳もなく溜め息をついて肩を落とします。

 ジルに見付からずにしないと、ジルが強制終了させちゃいますし。そこのところジルは過保護なんですよねえ……怪我するの嫌がりますし。

 私だって怪我は嫌ですけど、稽古だと精々打ち身だと思うんですよ。治癒術で治せる範囲でしょうし。訓練は大切だと、私は思うのですが……。


「……外でするとか?でも魔導院だとばれるし……あ、私は街から出た事ないですね、そう言えば」


 最近はジルさえ居れば外出も全然大丈夫ですけど、外壁の外には行った事がありません。

 街を取り囲む壁の向こうには、自然に溢れているのでしょうけど……ジルは、というか皆出させてはくれないです。危ないから駄目、だと。

 じゃあ商人とかはどうやって行き来してるんですか、外にも農村とか小さな町があるでしょう、とか言っても、それはそれで別だと言われますし。


「リズベット嬢は壁の外側には出ない方が良い。魔物がうろうろしてるからな」

「近辺に魔物って居るんですか?」


 つい平和で忘れがちですけど、この世界には魔物という存在が居るらしいです。よくあるモンスターってやつですね。


 魔物とは人間にあらずして生体内に魔力を宿している物の総称だそうです。グールとか岩のゴーレムも一応含まれるので、生きてなかったり無機物でも微妙に範疇に入るらしいですが。


 普通の動物も外に居なくはないですけど、魔素の濃い地域に行って汚染され、魔物化する事も多々あるそうな。だから魔物は突然変異型と遺伝継承型に別れるそうです。

 でも遺伝継承型も最初は突然変異型だった訳で、進化の過程を歩んだという事。そこはややこしい。


 まあ取り敢えず魔力持ってて人間に害になる生物が魔物という認識で良さそうです。


「この地域は少ないな、外壁に魔物特有の魔力を拒絶する素材が含まれているので」

「……襲われる可能性とかは?」

「なきにしもあらずだが、基本はない。あるとしても観測官が常に見張っている。危険とあらば騎士なり魔導師なりが討伐に出向く」

「……父様も、そういう事してるんですか?」

「偶にな。リズベット嬢が生まれる前には、大規模進行があったらしい。私も詳しくは知らないが」


 ……父様、も……魔物とか、やっつけるんだ。今まで戦いなんかあまり縁がなかったですけど、そりゃあ攻撃魔術とかがあるくらいですから。そういう事に使われますよね。


「お願いなので、外に出ようとは考えないで欲しい」

「流石に命が惜しいので出ようとは思いませんよ」


 そこまで無謀じゃないです、とぼやくと、どうやらほっとしたらしいロランさんがゆっくり息を吐いていました。


 ……そこまで私って猪突猛進に見えるのでしょうか、ショックです。


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