早めの再会
「あ、」
再会早くないですか。
ある程度魔術書も読み終えたし、と父様を探して魔導院を歩いていたら、丁度見付けた父様の背中。
ジルよりも大きく逞しいせなかの向こう側には、数時間前に会話した青年が立っていました。確か、ロランさんです。
何やら真面目な話をしているらしく、ロランさんは真剣に父様のお話を聞いてます。……いや、元から真面目そうな顔付きだからこれが平常なのかもしれませんけど。
「父様」
話の腰を折りに行くみたいで申し訳なかったですけど、いつ終わるか分からなかったので声を背後からかけます。
父様の反応はかなり早くて、私の声が届いたかと思えば勢いよく振り返りました。それから緩む頬。
……うん、溺愛されてるなあと感じる瞬間ですね。ロランさんの手前慌てて顔を引き締めていましたけど、かなり遅いというか。
ちょっと取り繕った感否めない顔で手招きされたので素直に従いつつ、此処はぎゅっと抱き付いておきました。父様がロランさんに背を向けて喜んでいたので、まあ良いかなあって。
「丁度良かった」
暫くなでなでを楽しんでから父様を見上げると、ふと引き締まった顔が此方を見下ろしています。あ、仕事か当主モードだ。
唐突な変化に首を傾げる私に、ロランさんが一歩近寄って、父様にくっついた状態の私の側に立ち……頭を下げました。あ、きっかり45度です。
二回目の最敬礼に近い行動に、私がびびって父様にくっつくのを止めて後ろに回るのは許して欲しいです。
「……リズベット嬢、先程は申し訳なかった。私が口出しして良いものではなかった」
「あ、いえ……此方こそすみません、私もムキになって。顔を上げて下さい」
此処まで丁寧に謝罪されると怒る気も涌きません。そもそも怒るつもりはなかったですし。余程の事がない限り、私の怒りは持続しないので。
寧ろ、この場合此処までさせた事が逆に申し訳ないんですよね。ピシッと直立から腰を深々と折ってくれたロランさん。気にしないで欲しいのに。
十秒くらい頭を下げた状態だったロランさんがやっと顔を上げてくれたのでほっとしつつ、父様の後ろから出て行きます。
怯えてたら悪いですし、ロランさんも極悪人ではなく……かなりの生真面目さんだとは分かるので。
「何だ、知り合いか。それなら話が早い」
「……はい?」
私達の様子を見ていた父様は少し不思議そうでしたが、好都合と言わんばかりに笑みを口許に浮かべています。
「ロランにルビィの剣術指南を頼もうと思ってるんだ。騎士様だからな、剣の腕前はお墨付きだぞ」
「……ああ、成る程。父様の見込みなら間違いはないでしょうし、良いのでは?」
先程話していたのは、その事だったのでしょう。漸く合点がいきました。
フィオナさんからヴェストレム家は騎士の家系だと聞いてますし、父様がお願いするくらいなら相当優秀なのでしょう。人柄にも問題はなさそうですし、ルビィにしっかり教えてくれそうな気がします。
……こっそりお願いしたら、私にも教えてくれないかな……。ジルには内緒で、ちょこっとだけ。
「じゃあ決まりだな。あと、こいつの妹にはもう会ったか?」
「ええ、フィオナさんですよね?」
ええ、会いましたとも。
あの美少女フィオナさんの事ですよね。お兄さんを私の前まで引き摺って来そうな勢いだった彼女ですよね。
「……妹が何かしてないか?」
「いえ。ただロランさんを引き摺って来る気満々でしたよ」
「……あいつめ……」
ロランさんは少し眉を寄せてしまって、それが何かちょっと厳めしい顔付きに思えてしまいます。整ってるのに生真面目で無表情に近い顔立ちだから、ちょっと怖かったりします。
びく、と私が震えたのに敏感に気付いたロランさんは、直ぐに表情を戻してくれます。というか少し申し訳なさそう。
……早めに慣れないと、ロランさんに毎回この表情させそうですね。気を付けましょう。
父様も宥めるようにぽんぽんと背中を叩いて柔らかな表情。それから、そのまま続けて話をします。
「そのフィオナだが、彼女をお前の護衛につける」
「え?」
「彼女は剣の腕も立つ。護衛には打ってつけだぞ」
「で、でも、私にはジルが」
……ジルを護衛から外すって事?
分かりやすくしょげてしまった私に、父様は慌てて首を振って頭を撫でて来ました。
「ジルだけじゃカバー出来ない時の護衛を頼むだけだ、常に居る訳じゃないぞ。ジルはそのまま従者兼護衛だ」
「あ、何だ……良かった、従者外されたら父様恨む所でした」
「うっ、恨む……」
良かった杞憂で、と胸を撫で下ろした私とは対照的に、父様はちょっとダメージを受けたようで肩を落としています。 いや別に恨んだ訳じゃないですし、恨むかもってだけですからそこまで凹まなくても。
流石にこのままは可哀想なので「もしもの話ですよ。安心して下さい、父様好きですもん」と父様に抱き付いて上目遣い。……あざといかな、これ。
でも結果的に機嫌を直してくれたので良しとします。おでこに軽くちゅーを頂きました。
……どきどきしないのは、父様だからですねえ。愛されているという幸せだけです、感じるのは。
でも、出来ればロランさんの前では遠慮して欲しかったというか。ロランさんはあまり気にしてないみたいですけどね。まあ親子ですし、親ばかでも有名なので、
「ついでに仲良くすると良い、同世代の女の子にはあまり近寄れないだろ」
「ええ、まあ……」
「妹共々リズベット嬢を守るので、宜しく頼む」
「……宜しくお願いします?」
という訳で、ルビィの新しい「せんせー」が出来ました。
「……リズ様、彼は何故あの場に」
父様と別れてジルと合流し、家に帰ったのですが……ジルは何だか複雑そうな顔をしていました。
屋敷に着いて部屋まで戻った私がソファに腰掛けると同時に、冒頭の台詞が飛んできた訳です。
「えと、ルビィに剣術を教えて下さるロランさんです、怪しい人じゃないですよ」
微妙に訝るというか、不服そうな顔をしていたので誤解をしていると思い、ちゃんと弁解をしておきます。
不審者だと思われたらロランさんに悪いですから。……まあ父様居たからそうは思わないでしょうけども。
大丈夫ですよ?と首を傾げても、ジルは頑として頷いてくれません。ただ少し表情は和らいでいるので、心配はないと認めてくれてはいそうです。
「……まあヴェストレムの家系なら、安心でしょうが。騎士の中でも由緒正しく忠誠心の高い家系ですから」
「その割に微妙な表情ですよね」
嫌そうというよりは、不機嫌と困惑が混ざった表情。嫌ってはいないみたいですけど、困ってはいるみたいです。
何がジルにそんな表情をさせているのか分かりませんけども、あまりそういう顔は好きじゃないから頬をぺたぺた。少し柔らかくなって、徐々に微苦笑に変わるジル。
「サヴァンとは折り合いが悪かったので」
「……あー」
それは分かりますね。
何か、凄く真面目っぽそうな家系ですもん。アルフレド卿とかと仲が悪そうなの、簡単に想像つきます。アルフレド卿って悪い事してるイメージしか、というか実際反乱企てて実行してしまいましたからね。
この二つの家系、険悪な雰囲気で当主同士顔合わせてそう。いやヴェストレムの当主見た事ないですけども。そしてもうサヴァンは存在しな……い、のかな?だから対峙はないでしょうけど。
「向こうに言わせれば、サヴァンは邪道だと。まあ色々ありましたからね」
「……色々って?」
「私は例外的にリズ様に拾って頂きましたけど……それでも、明るい場所を歩くには、薄汚れていましたから」
少しだけ、笑みに影を落として微笑むジル。私を暗殺しかけている事も、その内に入るのでしょう。
私が知らない所で、ジルはもっと辛い思いをして来たのかもしれません。……苦しまないで、欲しいのに。
「……ジルは、ジルですよ。私の側に居てくれたら良いの、昔は関係ないです」
悲しそうに微笑むジルに手を伸ばし、ぎゅうっと抱き付いて。
……昔のジルは、私が知らないジル。今此処に居るジルが、私の知るジルなのです。昔あってこその今ですけど、昔した事を責めるつもりも嫌悪するつもりもありません。
重要なのは、今此処に居るジルが私を大切にしてくれているという事実なんですから。
「……ありがとう、ございます」
大丈夫、と微笑んだ私に、ジルも微笑んで。ぎゅ、と私を抱き締め返します。
「……私が心から仕えるのは、リズ様だけです。あなたの側に居させて下さい」
そっと囁いて、額に口付け。
……恥ずかしい、のですけど。大切に思われているという事は分かるし、嬉しい、です。
……それでも、どきどきの方が強い。最近口付けが多い気がしてなりません、ジルは色々今更のように私を殺しにかかっている気がします。羞恥で悶絶死とか洒落になりません。
あう、と意味のない音を漏らした私にジルは柔らかく微笑み、「あなただけの従者なのですから」と喜びを滲ませた囁きを落としました。
……じゅ、従者なのに色気で主人に迫っちゃ駄目だと思うのです。お願いですから、従者で居て下さい。側に、居られなくなっちゃうもん。
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今日の活動報告に結果を載せてあるので、宜しければご覧下さい。
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宜しければこれからもお付き合い頂けたらなあ、と思います。いつもありがとうございます。
キリが良くなったら人気投票の結果を考慮して番外編を書いていきたいと思うので、そちらも宜しくお願いします。




