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寡黙と快活

 魔導院での私の扱いは、今や腫れ物に触るようなものです。

 ただでさえ父様の娘という事でやや特別扱いされていたのに、反乱のせいで変に遠ざけられているといった感じですね。

 下手に接触して傷付けてしまえば父様の制裁が怖いとか、そんな理由もあるかもしれません。私自体近寄りがたいイメージを抱かれているらしく、遠巻きにされる事が多かったので。


 貴族の子息子女の方も取り入ろうとかそんな事思ってるのかもしれませんけど、様子見状態です。夜会でもないので、気軽に話し掛けられないだけかもですけど。

 私としては面倒なので放っておいて欲しいし、都合は良いのですが……チラチラ気になる訳ですよ。現在進行形で。




 視線が背中をつつくように刺さります。

 仕事をしながらだったり調べものだったり、成すべき事はあるのでしょうが……老若男女、様々な方から視線を浴びているのは自意識過剰でもないでしょう。実際こっそり見てみたら目が此方に向いてますし。

 はぁ、と溜め息をつくだけでざわめくとかどんなですか。


 ……非常にやりにくい、と唇を動かさずに口の中で呟きを処理。

 だから極力出歩かないように気を付けていたのですけど、こればかりは仕方ありません。魔術書を見るなら魔導院が一番揃ってますからね、新たな魔術を探すなら此処しかなかった訳ですよ。


 ジルは父様に呼ばれて渋々何処かに行っちゃうし。一人で魔術書漁るのって何だか寂しいです。気不味いし。

 最近常にジルやセシル君、ルビィが側に居てくれたから、一人の時間も欲しいとは思っていましたけど……寂しいですね、ちょっと。




 一人ぼっちで視線チラチラの攻撃は地味に精神をつついてくるので、居心地悪いと眉を寄せて書架の隙間を擦り抜けてなるべく人目につかない場所を探します。

 技術書や地歴などの本が集まった場所では意味がないので、ちゃんと魔術に関する本が集まった場所を選んでますよ。避けているけど人目はありますね、やっぱり。


 気にしても仕方ないとは分かっているので無視を決め込みつつ、視線を上向きに。本棚の高さは私の倍くらいはあるので、一番上のは確実に手では取れません。見たいなら梯子持って来いという事でしょう。


 取り敢えずで物色して、目ぼしいものがないかをタイトルでチェック。

 大概事細かに魔術がなんたるかとか有名な魔導師の生涯とか、あと私にはちんぷんかんぷんであろう魔術の成り立ちの詳細っぽいの。呆れるくらいに私が求めているものは見付かりません。

 別に此処で魔術書が珍しいものではないでしょうに。高等魔術の本がちっとも見付からない。


「何で高等魔術の教本がないんですか……」


 もしや私の捜索に抜かりがあるのではないでしょうか。一番上とか見にくいし。

 でも視力は無駄に良いので、しっかり見えますし端からずっと見ていっているつもりなんです。それでもそれっぽいものが見当たらない。

 もしかして、書架を間違えたのでは。




 こういう時にジルが居てくれたらなあ、と溜め息をついた私の眼前に、ひょいっと降ってくる本。

 突然眼前に湧いた本は、タイトルに高等魔術の習得、と書かれていました。あ、と思わず声が漏れてしまいます。


「……これか?」

「ありがとうございま、す……?」


 頭上から落っこちてきた重厚な低音に、半ば疑問系になりつつもお礼。そもそも誰が私にこれを差し出してくれたのでしょうか。


 本を両手で掴んで振り返って、ちょっと頬がひくり。

 いや失礼だとは分かってるのですが、いきなり背後に長身が立たれるとびびるというか。


 軽くぶつかりかけた私ですが、その彼が長身だったので胸に突っ込みそうになってしまいました。デカイ、私より頭二つは大きい。

 しかも、魔導師のローブじゃなくて騎士特有のコートを着ていておまけに帯剣してます。魔導師ではなく、騎士団の方なのでしょう。

 それがどうしてこの場に居て、この本を持っていたのでしょうか。




 予想外の人に瞼をぱちくりとさせる私に、男性は無表情のまま直立不動。端整な顔立ちなのですが、如何せん強面というか、仏頂面なので……うん、ちょっと困る。何で去らないんですか。


「……リズベット嬢」

「は、はい」

「あまり一人で行動なさらないように。従者はどうされましたか」


 え、え、いきなり何なのですか。

 男性は表情を全く変えないまま、真面目に注意を落として来ました。いや、確かに言ってる事はごもっともなのですけどね、いきなり過ぎてびっくりと言うか。


「え、あ、……ジルは、父様に呼ばれて……」

「……そうか、失礼した。てっきり職務怠慢かと」

「ジルはそんな人じゃないです」


 よく分かりませんけど、この男性はジルを勘違いしていると思うのです。

 ジルは優しいですし、私を守ってくれるし、大切にしてくれる。……主従愛が行き過ぎてる気がしなくもないですけど、私の側に居て助けてくれているのです。


 だからジルが仕事をサボるなんか有り得ません。寧ろ私から休暇をあげたいくらいです、……今度休暇を与えましょう。私にくっついてばかりも疲れるでしょうし。


「……彼は一筋縄ではいかない男だろう。ゲオルグ導師の孫だってそうだ。彼らはあなたの信頼に値する人間なのか」


 淡々と言葉を紡ぐ男性に、次第に眉が寄っていく私。

 多分、彼に悪気はない。悪意は全く見えませんし、凄く真面目に助言してくれているのだとは思います。

 ですけど、それを考慮しても……苛々する。彼らを、私の見る目を侮られている気がして。


「……お言葉ですけど、私は自分の見たものを信じます。私は彼らと何年も共に過ごして来て、その人柄を知っています。その上で側に居るのです」


 額に横皺が二本程生まれているかもしれませんけど、別に良いです。そんな事よりも、私には二人の方が大切です。

 大切な友人と従者をありもしない事で疑われて、不愉快にならずにいられましょうか。


「少なくとも、見ず知らずの人間にどうこう言われる筋合いはないかと。……二人を、悪く言わないで」


 唇から零れたのは、棘だらけの冷たい声。どうやら、自分が思ったよりも苛立っていたみたいです。

 別に男性が貶す目的だった訳ではないと分かってますけど、それでも変なものを飲み込んだみたいにむかむかする。大人気ないのは自覚してますし、取り繕うべきなのだと理性では結論を出していました。

 ……でも、二人を悪く言われるなんて嫌。


 堪らずに目に角を立ててしまった私に、男性は微かに瞠目。表情の変化は初めてでしたが、あまり良い変化ではないでしょう。


 きゅ、と受け取った本を抱き締めて不満を露に見上げると、男性は少し眉を下げて、それからおもむろに頭を下げました。


「差し出がましい言葉、失礼した」


 気を付けの姿勢からきっちり45度の角度で頭を下げた男性に、これは想定外でちょっとびびってしまいました。……ほ、本人は多分、大真面目なのでしょうね……私に忠告した内容といい、態度といい。

 申し訳なさそうに言われては、怒るに怒れないし……此方も毒気を抜かれてしまいます。


 腰を真っ直ぐに戻した男性はぴしっと背筋を伸ばし、今度は軽く頭を下げて鳶色の髪を揺らし、立ち去って行きます。

 ……や、彼は一体誰だったのでしょうか。騎士様なのは分かりましたけども。

 

「あの、申し訳ありません」


 突然の出来事に首を捻るばかりな私に、背後から声が掛かります。

 全く気配は感じなかったのに、間近から鈴を転がしたようなソプラノが響いてびくっと肩が震えてしまいました。さっきの人も全く気配なかったのに……!


 おそるおそる振り返ってみると、鳶色の髪を肩口で切り揃えた美少女が申し訳なさそうに此方を窺っています。


「リズベット様、兄が失礼な真似をしてしまいすみません」

「……妹さん、ですか?」

「はい。突然すみません」


 深々と頭を下げる姿は、確かに似ています。髪の色や、顔立ちに面影がありました。まあ表情の柔らかさは段違いっぽいですけど。


「彼も悪意があって言った訳ではなさそうなので、そこまで怒ってはいませんよ」

「そう仰って頂けると助かります。後で兄さん……兄はとっちめておきますので!」


 にっこりと笑って二の腕を叩いて「任せて下さい!」と意気込む妹さん。多分腕捲りして筋肉的なのをアピールしている感じなのだと思います。

 ……よ、よく分からないですけど、彼女は本当に妹さんみたいですね。何だかやる気満々ですし。


「兄はヴェルフ様に魔術の才を見出だされたので、ヴェルフ様に心酔してるんですよ。そのご息女であるリズベット様も守護対象みたいで」

「しゅ、守護ですか?」

「私の家系は代々騎士を輩出してますので。兄も騎士なんです、魔導院にも在席はしてますが」


 妹さんの説明に、漸く合点がいきました。

 騎士の服を着ていたのは、実際に騎士様だったからなんですね。そこを父様がスカウトした、と。

 よくもまあ父様も騎士様を引っ張って来ましたね……騎士ってあまり魔術を好ましく思ってない方が多いらしいのに。貴族で騎士になる方はあまり居ませんからね、そもそも貴族って大概は領地経営だったり魔導院に勤務したがりますから。


「兄はヴェルフ様を主君と認めているので……その延長でリズベット様が心配なんですよ。無礼は容赦頂けると助かります」

「謝ってくれましたし、構いません」

「ありがとうございます」


 ほっとしたように穏やかに相好を崩した妹さんは、とても可愛らしいです。

 パーティとかで見掛ける如何にもなお嬢様と違った、ボーイッシュな中に愛らしさの窺える美少女さんですね。同性に好かれそうなタイプと言いますか、裏表のなさそうな感じ。


 ……眼福なのは良いですけど、結局誰なんでしょうか。さっきの男性の妹さんだとは分かりましたけども。


「ええと……お名前を窺っても?」

「あ、失礼しました。私はフィオナ=ヴェストレムと申します。兄がロラン=ヴェストレム」

「フィオナさんですね、分かりました」


 フィオナさんと、ロランさん。名前は覚えました。というか忘れそうにないですね、色々と対照的な兄妹で。妹さんは快活そうなのに対して、お兄さんは寡黙な感じです。


「後で兄には謝罪させに来ますので!」

「いやいや別に良いですから!」

「大丈夫ですよ、力ずくで引っ張って来ますので!」


 取り敢えず、フィオナさんは結構行動的な事は分かりました、ええ。


人気投票ですが、突然ながら明日で締め切らせて頂く事になりました。

来週まで票が待ってどうなるか試したい所ですが、番外編の予定的に丁度明後日の更新分でキリが良かったので……明日までにさせて頂きます。明日締め切り、明後日発表という形にさせて頂きますね。

投票して下さった皆様には本当に感謝しております。


また投票は受け付けておりますので、下記のリンクから宜しければどうぞ。

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