殿下も御年頃
結局殿下は手を離してくれなくて、しっかり手を繋いだまま……というか握られているので離せない状況です。仮にも国王の息子ですし無下に扱える訳もなく、そのまま仲良くお手を繋いでいるのです。
ちょっと困ったように殿下を見上げると、殿下は離さないぞとぎゅーっと指を絡めて来ます。カップル繋ぎというやつですね。いやもう父様に会うので出来れば離してくれたら有難いのですけど。
まあ父様の事なので微笑ましそうに見てくれるとは思いますが、変な勘違いされるのは嫌です。面倒になりそうですし。
仕方なく繋いだままご機嫌取りをしつつ、書庫の出入り口から出ると、父様が少し離れた所で私達を待ち構えて居ました。
父様は私と殿下が出て来た事に目を輝かせていましたが、私達が手を繋いでいる事に気付いてフリーズしてしまいました。殿下は殿下で父様の姿を見た瞬間眉を寄せます。
「……で、殿下?」
「何故ヴェルフが居るのだ」
「殿下こそ何故私の娘と手を繋いでいるのですか」
娘、という言葉に目を瞬かせたのは殿下。本当か、と言いたげに此方を見てきたので、私は苦笑しながらも頷いてみせます。
殿下は、私が城に出入り出来る子供で、尚且つ珍しい赤の瞳を持っている子供など中々に居ないと分からなかったのでしょうか。貴族の中で赤い目をした一族など私達の家系しか居ないのに。大概は青ですからね。それでも王族に比べると濁ったり薄かったりはするのですが。
「申し遅れました、私はリズベット=アデルシャン。ヴェルフ=アデルシャンの実子です」
生前バイトで培った営業スマイルを浮かべると、殿下は目を剥いて、それから私と父様を見比べては複雑そうにしていました。
私はどちらかと言えば母様似ですが、しっかり父様の特徴も継いでいます。この赤色の瞳は顕著な例ですね。血みたいな赤色で結構禍々しいとは思いつつも、ルビーの最高品質であるピジョンブラッドの色そっくりだからまあ良いだろうと気に入ってます。
「今度から脱走は駄目ですからね。ほら父様も」
「あ、ああ。……殿下、お願いですから訓練から逃亡しないようにして下さい」
「……仕方ない。こいつに諭されたからな」
あ、分かってくれたんですね、良かった。
……所で父様は何でそんなに驚いているんでしょうか。
「……二言はないですよね?」
「っああ、訓練も勉強も耐えると言っている!」
眦を吊り上げた殿下が父様を睨むと、父様は頷いたのち、何だかにやにやした笑みを浮かべだしました。そうですね、ちょっと粘っこいというかからかうような笑みを。
美形だからそれも様にはなっていますが、身内としては殿下をからかわないで欲しいと言うか。とばっちりがこっちに来そうな予感がするのです。
「リズ、リズは俺みたいな宮廷魔導師になりたいんだよな?」
「え? あ、はい、そりゃあ。その為に此所に来ましたし」
「俺より強くないと旦那は嫌だよな?」
「え? え? 何か脱線してませんか?」
「良いから。な、そうだよな?」
「や、別に拘らないですけど……そんな将来の事分かりませんし。それに、私は旦那が弱くても私が守ってあげればそれで良い気が」
というか四歳児に結婚話しても仕方ないでしょうに。それに、基本は私はアデルシャン家を継ぐと想定はしているので、縁談とか政略結婚になるでしょうし……。
父様は父様が認めた相手しか結婚を認めてくれそうにありませんし(何たって溺愛されてるので)、私も好きな相手が出来るとは今の所思えません。ならお見合いとかの方がよっぽど為になるかと。
父様は私の返答に一瞬固まりましたが、それからくつくつと喉を鳴らして笑って殿下に意味ありげな視線を送ります。ちょ、父様。何で挑発したんですか今。
「だ、そうですよ殿下」
「わ、私には関係ないだろう」
「そうですね、私の娘は優しくて冷静で凛々しい男性が好みですし。間違っても訓練から逃げ出すような殿方は好みではないでしょう」
「~っ、だから私は関係ないと言っている! もう良い、私は訓練に戻るぞ!」
まんまと父様の挑発に乗った殿下、私の手を若干乱暴に振り解いて何処かに走って行きました。顔が真っ赤だったので、父様にからかわれた事が余程恥ずかしかったのでしょう。
私は父様に咎めるような視線を送ると、父様は愉快そうに笑っています。もう、他人事だと思って。
「父様、勘弁して下さいよ本当に。もし殿下が、うっかり何かの間違いで私なんかに熱を上げたらどうするつもりなんですか」
「もう遅い気もするが、俺は促しただけだし。中で何があったんだよリズ」
「何がって……叱咤激励しただけですけど」
「それで殿下がああなるんだから、娘の将来が怖いぞ私は」
「……殿下は何か誤解をされてますよ。殿下は偶々私が励ましてあげたから、私がそういう対象に見えてしまっただけです。そもそも子供の恋心など直ぐに消えてしまうでしょう?」
私も馬鹿ではないので、殿下が私の事を気に入ったのは分かります。でも、それは吊り橋効果みたいなものです。不安や悩みがあって、そこに私が投入されて偶々解決してしまった。それで解決した私に惹かれていると勘違いしたのでしょう。
ですので、大して私の事を知らない殿下が、真に私の事を好きになるのはまず有り得ないと思いますよ。しかもこんな可愛いげない女ですから。
そもそも、殿下と会う機会など殆どないですから。王位継承者に気軽に会える訳でもないですし、わざわざ会おうとも思いません。住む世界が違いますし、厄介事に関わりたくはありません。先程限りの出会いですよ。
肩を竦める私に、父様は若干引き攣った顔をしますけど、私はどうしようもありません。
確かに殿下と知り合いになればリターンも大きい、でもそれ以上にリスクが怖いです。そんなリスキーな事したいとは思いませんし、殿下の事を利用とかそういう考えはなるべく避けたいです。
「それより父様、約束は守って頂けますよね?」
「あ、ああ。ちゃんと殿下説得したし、な」
「ありがとうございます!」
父様のせいで変なフラグを立てたらしいですが、私の本来の目的は魔力の測定と適性検査です。あくまで殿下のはお仕事ですよ、別に殿下を嫌いとかではなくて本来の目的の前では些事でしかないというか。
「……殿下が可哀想になって来たぞ」
漸く本懐を遂げられる、と素の笑みを浮かべた私に、父様は盛大に溜め息をついて額を押さえていました。
リズの中では殿下<魔術