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やっぱり敵わない

 最初はどうなる事かと思っていましたけど、やってみたらそう心配する事でもなかったようです。


「セシルおにーちゃん、できた!」


 笑顔で掌の上に浮かぶ火の玉をセシル君に差し出すのはルビィ。小さな掌と同じくらいの大きさのそれは、ぱちぱちと僅かに弾けるような音を発しています。

 試行錯誤の末に生まれた炎に、ルビィは大はしゃぎ。試行錯誤といっても数回チャレンジを繰り返しただけですけど、ルビィには結構な負担だったのではないでしょうか。


 ルビィにたどたどしく教えていたセシル君は、生まれた結果にほっとした模様です。

 因みに、直ぐに直ぐ出来る方がおかしいとの事です。私みたいなのは異常だそうですよ。まあ私も最初の魔術は失敗を積み重ねましたけども。


「ん、よく出来たな。危ないから一旦消してくれ」

「はーい!」


 セシル君の言う事を 素直に聞くので、セシル君も助かってるみたいです。ただ純粋に慕われるのには慣れてないらしく、対応に困ってもいますが。

 なつかれて戸惑う姿を見て、こっちも微笑ましくなりますね。何だか兄弟を見ているみたいで。


「おねーちゃん、なんでわらってるの?」

「んー?頑張ってるの見てると嬉しいから、ですかね?」

「おねーちゃんをまもるためだもん!」

「ちょっと聞きましたかセシル君、うちの子可愛過ぎでしょう」


 何でこんなにも健気で可愛いんでしょうね、ルビィ。ああ、これが反抗期を迎えると「姉貴、ウザイ」とか言い出すのでしょうね……お姉ちゃんショック。でもそんなルビィも天使だと思います。


 取り敢えず可愛いので抱き締める私に、嬉しそうにするルビィ。セシル君は面倒そうな眼差しを向けてきます。


「おいこら、邪魔すんな」

「だってルビィ可愛いんですもん。ねー?」


 腕の中のルビィに首を傾げて見ると、よく分かっていなさそうですがにこにこと「ねー?」と鸚鵡返しするルビィ。……はー、ルビィ可愛い。このいとけなさがいつまで続く事やら。


「まあ邪魔するつもりはありませんので、解放しますよ。ルビィ、セシル先生の言う事はちゃんと聞くのですよ?」

「せんせー?」

「教えてくれる優しい人の事ですよ」

「セシルせんせー!」

「おいこら余計な事を教えんな」


 先生呼びに、セシル君は顔を顰めています。

 顔は険しさを装っているものの、唇が微妙に弧を歪ませたような形になっていました。嫌がるというより照れ隠しなのは、五年も友達として付き合って来れば分かる事ですね。

 私が言えた義理じゃないですけど、セシル君って純粋な好意に非常に弱いので。多分私よりもずっと。周りから孤立していた分、余計に好意的な感情に慣れないのでしょう。


「良いじゃないですか先生、慕われてるんですから。満更じゃないように見えますけど?」

「っお前はとっととジルの所に行け」

「つれないですねえ。まあ私も特訓があるので、元よりそうするつもりですけど」


 いつまでも見守るつもりはありませんよ。セシル君見られると嫌なタイプらしいですし。

 少し離れた位置ではジルが私を待っているので、私は素直にそちらに向かおうと思います。何も遊びに庭に出た訳ではないのですから。


「お待たせしました」

「いえ、此方も準備がありましたので」


 待たされたと言うのに嫌な素振り一つ見せないジルに、私はごめんなさいと簡単に謝罪を入れて近寄ります。

 準備があった、というのは嘘ではないでしょう。確かに、僅かにジルの内側から魔術の反応が窺えます。巧妙に隠してるから、注意しなければ気付かないくらいに微弱に抑えてありますが。


 待たせた事は事実なので謝って、それから気持ちを入れ換えてジルを見つめます。ジルも顔を引き締めて、私に頷きを一つ。


「今日の特訓ですが、単純に私を倒す事だけ考えて下さい」

「いやいやいや無理無理無理、無理ですって!」


 ジルの口からとんでもない発言が飛んできたので、全力で首を振ります。

 敢えて言いましょう、どう考えても無理です。どれだけ経験の差があると思ってるんですか。ただでさえ制御が甘いのに、緻密な制御をするジルに魔術で勝負しても全部打ち消されるのがオチです。


「すみません、言い方が悪かったですね。障壁を張るので、それを破って欲しいだけですよ」


 長髪が空気に散らばるくらいに首を振った私に、ジルは眉を下げて微笑みます。流石にジルが私を過大評価していようと、現段階では絶対に私は敵いっこないと分かっていますからね。


 付け足された説明に安堵した私ですが、よく考えなくてもそっちも無理な気がします。

 ジルはこういう時に手を抜いてはくれません。真摯に対応してくれるという事は、向こうも真面目に相手してくれていて、手抜きはしない。

 つまり張られる障壁も本気の物だと思います、というか絶対そうだ、だって魔力反応するもん。その為に術式を体内で形成していたんですね。

 ……これ、私には結構な難題だと思うのですが。攻撃的な魔術とかそんな使わないですし。


「リズ様は相手を害する魔術を避ける癖がありますよね。なるべく害なく行動不能にしようと思っているでしょう」

「う、」

「反乱では頑張ったと思いますが、慣れない事をしているから威力も弱いのです。普段から使って慣れるのと、もっと攻撃的な物を使う努力をして下さい。身に危険が迫った時は躊躇なく使えるように」


 ……だって、魔術って簡単に命を奪えるんですよ。一歩間違えれば、人だって殺せる。

 強くなりたいけど、人を害したい訳ではない。けれどそれは甘ちゃんな考えだとも理解しています。


 自分の身を守る為に魔術を練習するのですから、他者を傷付ける事も覚悟している、けど。どうしても、躊躇してしまう。

 ……でも、そんな事していたら危険は迫るし、ジルの手ばかり汚す事になります。そんなの、嫌、背負わせるばかりなのは。


 ジルが諭してくれるのは、危険から自分で身を守る為でしょう。私の為を思って苦言を呈しているのです。


「……が、頑張ります」

「はい。では早速始めましょうか、本気でぶつけて下さい。二重に障壁を張っておきますので、全力でも平気ですよ」


 全力をぶつけても破れそうにないと思ったのですけど、ジルに言ったら最初から諦めないで下さいと言われるに決まってます。頑張るとは言ったものの、殺傷能力の高い魔術って発動するの苦手なんですけどね……。


 すうっと息を吸い込むと、ジルも私の魔力の移動に気付いたのか、用意してあったであろう障壁を展開します。

 見ただけで強固に形成されていると分かったので、何か初っ端から凹みそうでした。何でこうも実力差があるのか。


「……じゃあ、行きますね」


 一応覚悟は決めてますけど、中々にしにくい。覚えている中での攻撃的な魔術を探してから、最も無難な物を選択して術式を築いていきます。

 得意な氷系統の魔術で、自分の魔力次第で威力を変えていけるもの。初歩ですが、それ故に自身の力量が試されるものでもあります。


『アイシクルレイン』


 文字通り、氷柱を上から落とすもの。但し、標的に向かって落ちてはいきますが。

 十全に魔力を通して、次々とジルの頭上に鋭い氷柱を産み出します。細かいのを複数作っても障壁を突き破れる気がしないので、子供の体程の大きな氷塊を沢山作り出していく。

 魔力だけは自慢出来るので、取り敢えず量を増やしてみようと大量に作って、そのままジルに向かって落としてみました。


 まあ、結果は想像通りだったのですが。


「リズ様、本気でやって下さい」

「これでも結構真面目にやってるのですけど……」


 何十個もあった氷柱は、障壁に触れると砕け散ってはダイヤモンドダストのように空気中を煌めきながら散っていく。覚悟はしてましたけど、こうもあっさり防がれると複雑と言いますか。

 全て粉々になって防がれて、しかも障壁は全く揺らいでいない。とても頑丈に編まれた術式は、私なんかの魔術は通さない気がします。


「リズ様は氷の魔術ばかり使いますよね。もっと直接的な雷や火の魔術を使えば良いのに」

「火系統って苦手なんですよね……」

「苦手を避けていてはいつまでも上達しませんよ」

「耳が痛いですね」


 氷は得意でも火は苦手です。一応全属性使えますけど、何か火には苦手意識があるというか。体質的には全般的に使えて差はない筈なのですが、私の意識の問題で火を不得手としています。

 直接的に攻撃するのが嫌なんでしょうね多分。氷とはまた違った攻撃方法なので。


「次本気でやらないと、当分火の魔術ばかり練習させますよ」

「えええ」


 それはちょっと嫌というか。

 でもジルの顔は本気っぽいので、多分実行するでしょう。……うー、苦手なんですけどねえ……仕方ない。


 思いきって、ちょっと渋々ながら火の魔術で扱える最高威力のものに魔力を通します。正直苦手だからあまり制御効かないし、威力が高いから撒き散らす可能性があるんですけどね、これ。


 すーはーと深呼吸しながら、ちょっと躊躇いつつも『エクスプロード』を展開。

 これ、ぶっちゃけ私制御とか無理ですよ。




 言われた通りに本気で魔力を込めて、そのまま魔術をジルにぶつけます。……火の魔術というよりは、単純に衝撃が強いんですよねこれ。


 一気に魔力を押し込めた術式は、ジルの障壁に爆発となって襲い掛かります。

 轟音と火花が爆ぜる音。爆風が此方まで来て、スカートをはためかせました。

 一瞬視界を白く焼き付くす程のそれは、幾度かに別れて爆発を繰り返す。炎を伴った爆発は、爆風と熱風を周囲に撒き散らしていました。


 それでも、ジルの障壁は無傷のままなのですけど。


「これはジルがおかしいだけだろ」

「わー!すごいおねーちゃん!」


 ジルの纏うローブに煤一つ付けられていない私に、セシル君達が感想を漏らしています。

 微動だにしないジル。そりゃあもう平然としているジルに、何か物凄い敗北感ですよ。此方も頑張ってはいるつもりですけど、此処まで差を見せ付けられると困るというか。年季の差とかいう問題じゃない気がするのですが。


「……うー」

「もう少し範囲を狭くして威力を凝縮させないと、障壁は突破出来ませんよ」

「……分かってるもん」


 圧倒的な差が悔しいです。勝てるなんてこれっぽっちも思ってませんでしたけど、こんなにも歯が立たないなんて。

 そりゃあジルも前以て障壁を作っていたからとんでもなく固いのでしょうけど、ヒビとかもないとか。下手するとこれ父様に近いのではないですか、実力的に。

 ……私が導師に一撃与えられたのは、本当に運が良かったのですね。


「ですが、削れているのは確かなのでそこまで気を落とさないで下さい」

「そう言う余裕があるって事は、まだまだジルは余裕じゃないですか」

「そりゃあ、リズ様とは積み重ねている年月が違いますし」


 頬を膨らませた私に、ジルは苦笑して宥めて来ます。でもそれ私がへなちょこだって言ってるものですよ。

 ……うー、大分魔術も出来るようになったと思ってたのに、本当に強い人間には歯が立たないと思い知らされました。


 今まで適当にやって来たツケが回っているのです。安全確保の為にも、もっと頑張らねば。

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