私の決意
魔力の総量だけが、私に誇れる事。
反乱の時に、改めてそれを痛感しました。
私がもっと強ければ、導師に遅れを取る事も……いやまあこれは自惚れですね、でももっと上手く事を運べた。私の魔術の腕がもっとあれば、ルビィを危険に晒す事もなかったのです。
私は、まだ弱い。
父様やジルにはまだまだ及ばない。
ジルみたいに精密な制御は出来ないし、父様みたいに高威力の魔術を全体に撒き散らす事も出来ない。二人からすれば、私は未熟でしょう。
『おねーちゃんまもりたいから!』
『こんどはぼくがわるい人やっつけるの!』
幼く、何も出来ないルビィがそう張り切るくらい、私は未熟です。私が守ってあげないといけなかったのに。
ルビィだって頑張ろうとしてるのに、私が何もしないでのうのうと過ごすのは、嫌です。
「という訳ジル、魔術の特訓しましょう」
私の師匠はジルなので、ジルにお願いをして特訓するのが一番だと思うのです。
ジルは私より遥かに強いですし、教え方も上手い。間違っている所は直ぐに指摘してくれるし、どう改善するのかもある程度は教えてくれる。ただコツとかは自分で掴めとの事。
まあ難点として結構魔力の有り余る人向けな方式なので、魔導師を志す全員に教えられる訳じゃないって事くらいですかね。
そんなジルに鍛えて貰うのが、一番強くなるのに近道だと思うのですよ。父様は忙しいので無理っぽそうだし。
「……いきなりどうなさったので?」
「自分の無力さを痛感したので」
私のお願いは唐突だったらしく、ジルは微妙に訝るような眼差しです。瞳には何故というよりか、余計な事を考えているなとかそんな感じの感情が窺えます。
……余計ではないですし、これでも切実な問題です。私の強化は自分を守る為ですし、ジルのお仕事を楽にしてあげる為でもあるのですよ。
「次に何かあった時は自分で対処出来るようにしたいんです」
「そこは何事も起きないように祈るべきでは?」
「多分何かしら起きると思うので」
これから何事もなく平穏な毎日を過ごすというのは、希望的観測です。ぶっちゃけ何かしら巻き込まれたり起こったりしそう。
……私はなるべく厄介は避けていますけど、それでも無理な時は無理ですから。
私の立場や魔力総量的に、事件があったり揉め事があったりする気がしますね。父様への脅しとか殿下への揺さぶりとか、その辺には打ってつけな存在でしょうし。
身の危険が訪れる前に対処出来る力を身に付けておくのは、正当な理由だと思うのですが。
「……大人しく守られるという考えはなさそうですね」
「もしもに備えておく方が良いです、何事もなければベストですけど。それに、将来は魔導院に勤めたいので」
今は家で恵まれた環境に居ますけど、成人したら働きたいです。何もしないなんて好きじゃないですし、元から魔導院には憧れがあったので。
どうせなら父様と肩を並べてお仕事したいなあなんて思う訳ですよ。確か父様達も魔導院勤めを望んでいた気がします、生まれてちょっとした時に聞いた事だからうろ覚えですけど。
だったら、ゆくゆく魔導院トップの座……は無理にしても父様の右腕になれたらなあと画策しているのです。
それを伝えたらジルはちょっぴり渋い顔をしてしまいました。
「……素直に嫁ぐとか考えないのですか?」
「女性の社会進出は始まっているのですよ。私が働いたって良いでしょう、素直に男性の庇護下に入ったまま大人しくする柄ではないですし」
女は家を守る、なんてのは個人的にイメージの押し付けだと思うのですよ。別に守りはしますけど、私だって外に出て働きたいですし。
家で大人しくお茶したり裁縫したり花を愛でたり、確かにそういうのって好きですけど、何かしておきたいです。
インドア派かと思われがちな母様だって常に家に居る訳じゃないんですよ、実は。偶に城に出て父様と働いたり、治癒師に治癒術の極意を教えに行ったりしてます。
家で穏やかに暮らしているだけだと思ったら、違うのですよ?
「ジルは私が強くなるの、嫌ですか?」
「喜ばしいとは思いますが、複雑です。私よりも強くなられたら自信なくしますね」
「それはないですよ。だってジル、凄く強いもん。私じゃ到底追い付けないですよ」
そう簡単に追い付けたら苦労しませんよ。というか無理ですね、魔力総量はあってもそれを扱う技術が全然足りていないのですから。
私の武器は魔力の多さですけど、制御がいまいちだから無駄に魔力を垂れ流していて勿体ない事になっています。ジルみたいに緻密な制御があってこそ、魔術のというのは真価を発揮するのですから。
まあ、魔力を大量に込めて物量大作戦みたいな事も出来なくはないですけど、効率は悪いでしょう。それより、正確にコントロールしてピンポイントに発動した方が良い筈。
「……駄目?」
「リズ様の仰せのままに。まあ、私も技術を磨かなければと痛感していた所ではありますし」
「ジルくらい出来ても?」
「まだまだ未熟ですから。ヴェルフ様には程遠いですよ」
どうやら父様が目標のようなジル。ジルに此処まで言わせるのですから、父様って相当に凄いのですよね。本気の父様見た事ないから何とも言えませんけど。
「私がヴェルフ様に敵う日は来るのでしょうかね」
「目標は高く、ですね。もしあれだったら二人がかりで突撃とか」
「私一人で越えないと意味はないと思いますが。認めてくれないでしょうし」
思ったより真面目な返答が返ってきたので、私はそれもそうですね、と頷いておきます。
……ジルが父様を越える、か。越えたらお祝いしましょう、でも越えたら魔導院のトップになっちゃいますよねジル。
「……ジルが勝つのも複雑ですね」
「やはりリズ様にはヴェルフ様が一番ですか?」
「そういう訳じゃないですけど、……ジルが勝ったら、何だか遠い所に行っちゃいそうですし」
まだ可能性の段階ですから、何とも言えませんけど。……ジルが勝ったら、私の手の届かない所に行っちゃうんじゃないかって。
魔導院のトップを越えるようなら、私の従者で収まる訳がないです。私の側から離れてしまうのではないか、そう思うのは、当然の流れと言いますか。
眉根に薄く八の字を描かせる私に、ジルは静かに微笑みます。
控え目ながら、とても落ち着いた笑みを口許に拵えて、私の頭をそっと撫でました。ジルは私が髪を撫でられるの好きと知っているので、大概宥める時に触って来ます。
「私はリズ様の為に強くなるのですから、リズ様から離れたりはしませんよ」
「……私の為?」
「まあ正しくは自分の為なのですけど。リズ様をお守りしたいのは、私の意思ですから」
ですから離れたりしませんよ、とするする髪に触れて表面をなぞるジルに、ほっとすると同時にむず痒くなってしまいました。
……こう、此処まで言ってくれるのは嬉しいのですけど、私にそんな価値があるのでしょうか。
「では早速頑張りましょうか。リズ様も潜在能力は群を抜いていますので、頑張れば優秀な魔導師になれますよ」
「現段階ではまだまだと言われてるのがよく分かりますね、頑張ります」
ポテンシャルがあっても、それを発揮出来ていないなら意味がないのですよ。事実魔力総量だけあっても導師に敵わなかったですし。ああいうのは経験と積み重ねてきた努力がものを言いますからね。
いつかは父様にも一泡吹かせてやれるくらいに、強くなってみせましょう。勿論ジルをびっくりさせてあげられるくらいに、私は鍛えてみせます。
ルビィもちゃんと守れるようにならなければ。
「……あ、そうだ。ルビィが魔術と剣術をしたいですって」
「ルビィ様が?」
「はい、魔術はセシル君が教えてあげるそうですよ」
ふと思い出した事を口にすると、ジルは意外そうな表情。ルビィの思い付きに驚いているというか、セシル君が教える事に驚いている気がします。
「ジルには私が居ますし、魔力多い人向けですからね。魔術だけならセシル君が教えてくれるそうです。剣術はあまり得意ではないそうなので他の人に頼めと言われましたが」
「……ヴェルフ様がルビィ様の剣術したい発言を聞いたら卒倒しそうですね」
「まあ体弱かったから家で大人しくさせていましたしね。でもそろそろ鍛えていかないと」
弱いからと何もさせない方が弱りますし、此処はルビィのお願い通りに鍛えてあげる方が良いと私は判断しています。父様にお願いして、稽古を付けてくれる方を紹介してもらう気ですよ。
……ついでに私もこっそり教えてくれないかなあと思っている所です。
「そういえばジルって剣術出来ますか?」
「……まあ、それなりには。一応色々技術は身に付けさせられていますから」
「じゃあ私に手解きを、」
「駄目です、魔術だけで我慢して下さい」
「えー……」
そこは譲ってくれないらしく、真顔で拒否されてしまいました。別にちょこっと剣振ってみたいだけだったのに。ほら、護身術的な感じで。
お願いしても頑として首を縦には振ってくれそうになかったので、私は諦めて魔術に専念する事にしました。取り敢えず、剣が許されぬなら近付かれる前に倒してしまえホトトギスですよ。語呂悪い上にホトトギス関係無いですけど。




