ルビィの決意
「……あ、セシルおにーちゃんだ!」
セシル君には余計な事を言ってほっぺた引っ張りの刑をされないようにしていると、可愛らしい声が上がります。
ドアの向こうから顔をひょこんと覗かせたルビィは、セシル君の顔を見るときらきら瞳を輝かせ始めます。
ルビィ的にセシル君はとても気に入っているそうで、おにーちゃんおにーちゃんとくっつき回ります。よく一日お泊まりしただけでなついたな、とある意味感心しますね。
ドアを開けてセシル君に駆け寄るルビィ。子供なので駆け足も遅いですし、セシル君が避ける事は余裕なのですけど……避けたりはしません。
セシル君も優しいしルビィが嫌いという訳ではないので、結構好きにさせるんですよね。抱き付かれてつぶらな瞳で見られたら断れないのもありますが。
「セシルおにーちゃん!今日はどうしたの?」
「こらルビィ、挨拶は?」
「セシルおにーちゃん、こんにちは!」
にこっと笑って挨拶するルビィは、そりゃあもう可愛い。私の天使ですよ、本当に可愛いんですから。
セシル君もこんなに無邪気で可愛い子を邪険に扱える訳もなく、戸惑いながらも「こんにちは、ルビィ」と頭を撫でています。
表情は強張りつつも、柔らかい眼差しはしているので、何だかんだルビィを気に入っているとは思うのですよ。
くしゃくしゃに頭を撫でられてもきゃっきゃと喜んでいるルビィ。どうやら頭を撫でられるのが好きなのは一緒みたいです。
「セシルおにーちゃん、あのね、ぼくまじゅつのおべんきょうしたいの!」
「……は?」
微笑ましい光景に頬を緩めていると、ルビィから飛び出す爆弾発言。
思わず目を丸くして固まる私と、いきなり何だという表情のセシル君です。
……ルビィが、魔術の勉強したい?
そりゃあ以前より体も丈夫になりましたし、魔力も安定はしました。恐らく魔術を練習しても問題はないでしょう。
でも、いきなり何で。
「あとね、けんもれんしゅうしたいの!おにーちゃん、おしえて!」
「え、は、ちょっ、ルビィ?」
そして更に飛び出した想定外過ぎる言葉に、反論とか以前に返す言葉が思い浮かびません。
魔術だけでもびっくりなのに、その上剣術も?ウチの家系は魔術特化型なのに、剣術?
そりゃ父様も剣術出来なくはないでしょうけど……魔術の腕の方が圧倒的に上。近付かせる前に倒すのが父様です。
その血を継いでいるルビィは、当然身体能力より魔力の方が高い。鍛えればどうとでもなるかもしれませんけど、それでも体も人よりは弱いし、魔術の方が向いているでしょうに。
でもルビィは至極真面目にセシル君を見ていて、興味本意ではない事くらい直ぐに分かります。
「……何で俺なんだ?そもそも、俺はあまり剣術は得意ではないし……」
「えっ、セシル君剣術出来たんですか」
「そりゃ一応貴族の息子だぞ、ある程度は出来る」
「セシル君見るからに研究者気質の引きこもりだと思ってたのに」
「それは俺がひょろいと言いたいんだな?」
思わず本音が漏れて、セシル君が気分を害したらしくほっぺたぐにぐにの刑に処されてしまいました。
小さく此方だって気にしてるのに、と呟かれて、そこは男の子なんだなと妙にしみじみしてしまいます。別に小さい訳じゃないし、鍛えれば逞しくはなると思うのですが。
暫くうにうに頬を弄られてから解放された私は、地味に痛む頬を押さえながらルビィを見つめます。
ルビィが止める事はなかったのが微妙にショックと言いますか、セシル君信頼してるのでしょう。まあ命の恩人でもありますしね。
「ルビィはどうして魔術や剣術をやりたいなんて言い出したのですか?」
「んーとね、おねーちゃんまもりたいから!」
こんどはぼくがわるい人やっつけるの!と意気込んだ表情のルビィ。
何でしょうね、この子天使過ぎます。
あまりに健気で可愛らしいルビィに堪らず腕を広げて寄ると、意図に気付いたらしいルビィがセシル君から離れて私の腕に飛び込んで来ます。
胸に顔を埋めるルビィの頭を撫でてぎゅうぎゅうと抱き締めると、はにかんだ笑みが腕の中で弾けました。
えへへ、といとけない笑顔で抱き着いて「おねーちゃんまもってあげるね!」と気合いの入ったお言葉をくれるルビィ。……我が弟ながら、実に可愛らしくて、愛おしい。
本来は私が守ってあげないといけない年齢なのに、そんな事を言わせてしまうとは……お姉ちゃん情けないですね。多分私がルビィの前で泣いちゃったから、ルビィが決意してしまったのでしょう。
男の子らしくなってくれたのは嬉しいけど、まだルビィは子供だから無理しなくても良いのに。でも嬉しいから複雑です。
「……お前ら仲良いな」
抱き締め合って姉弟の仲を確認する私達に、セシル君はちょっと呆れた声。でも少しだけ羨ましそうに、私達を見ている気がしました。
「セシル君は一人っ子でしたっけ?」
「いや、下に一人。まあ、出来損ないの烙印を押された俺には近付かないように言われてるらしいがな。だから話した事もないぞ」
事も無げに言うセシル君ですけど、……それはかなり辛いのでは。
だって、家では居ない者扱いされてるって事じゃないですか。今は少し改善されたらしいですけど、でも今までの確執がなくなる訳じゃないでしょうし。
ちら、とセシル君を心配げに見てしまったのが気付かれてしまったのか、セシル君は苦笑して肩を竦めます。気にするな、と言ってるのでしょう。
……セシル君が最初にあそこまで人嫌いだったのは、絶対に家のせいだ。
「……ルビィ、セシル君に突撃」
「はーい!」
ルビィに目配せをして背中をぽんと叩くと、私の考えている事は完全に理解していないものの素直にセシル君に飛び付くルビィ。
年下の子に抱き付かれては拒めないセシル君、私の指示に狼狽えたような声を上げていました。そこに、私も参加します。
「ちょっ、お前ら!」
「仲間に混ざりたいなら幾らでも言ってくれたら良いですよ?」
「おにーちゃん、なかまー!」
屈託なく笑うルビィを拒めるものなら拒んでみなさい。
ルビィと一緒にぎゅうっと抱き付くと、かなり慌てているらしく後退りするセシル君。そのまま体勢を崩して後ろに尻餅をついていました。
風の魔術で衝撃の軽減はしていたので、ダメージもないでしょう。
「なっ、ばっ、馬鹿かお前ら!離れろ!」
「セシル君の寂しさを軽減してあげようと思いまして。ほらルビィ、もっと抱き付いて」
「おにーちゃん、さびしい?ぼくたちいるからへーきだよ!」
ルビィがにこにこ笑っているので、セシル君も抵抗出来なくなったのか 途中から力が抜けています。
私も笑って背後から良い子良い子と抱き締めて頭を撫でてみると、真っ赤な顔で馬鹿にすんなとぼやきます。でも本気で嫌がってない辺り、スキンシップ嫌いじゃないと踏んでいるのですよ?
眉に八の字を描きつつも私達にくっつかれるセシル君は、結構困った顔になってます。嫌がってるとかじゃなくて、戸惑ってるのでしょう。
「……襲われた女が普通男に抱き付くか、あほ」
「リハビリですよ?」
「リハビリ?」
「んー、特訓?」
「じゃあぼくも!」
もう抵抗する気力がないのか、はたまた諦めたのか。
何だかんだで優しくて甘いセシル君は、私達のべたべた攻撃に溜め息をついては好きにさせてくれました。嫌がってなかったですし、結局受け入れてくれたので許して下さいね。




