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お見舞い

 反乱が終わったからと言って、父様の仕事がなくなる訳ではありません。というか寧ろ増える一方です。

 通常の仕事に加えて反乱者の処分や魔導院に居た反乱者の解雇やら引き継ぎの手続き、ついでに見付かった用途不明の資金の追及やら新たに研究室設立したりやらでてんやわんや。

 明らかに父様の仕事じゃないものも混ざっている気がしますね、ええ。


 しかも魔導院のトップが反旗を翻したお陰で大混乱な訳です。父様が駆り出されるのも仕方ない事ですよね。父様は陛下に追加で給料貰ってやるとぼやいてました。




 まあそんなこんなで仕事に忙殺される父様を応援しつつも、私はおうちに引きこもる訳です。というか外出はなるべく避けるようにとのお達しが出ているので。

 引きこもっても不思議じゃない仕打ちはされているので、他人から見たら別におかしな事ではありません。誘拐されて襲われかけた傷心中の令嬢的な感じですし。


 で、引きこもるのは良いのですが、此処で困った事があります。


 他家の干渉が鬱陶しい。




 空き部屋に詰め込まれた見舞品やら手紙やらを眺めては、自然と寄る眉。

 花や手紙や果物などの贈り物、これは日本とそんなに変わらないのですが……ほぼ見知らぬ人から来ているのが問題です。見知らぬというか、名前は知っているだけの人ですね。


 ウチはこの反乱で相当活躍したらしいです。主に父様が。

 そして、反乱分子であり魔導院のトップに立っていたゲオルグ導師は処刑されました。私は家に居たから分からないですけど、公開処刑だったらしいです。


 魔導院も分裂状態で、反乱分子は粛清されたらしく人手不足。

 それはまあ仕方ないとしても、トップが居なくなった訳なので次席である父様が繰り上げになる訳ですよ。

 導師が居なくなった事で、武力面では父様に及ぶ者は存在しなくなってしまいました。元々二人が並外れていたというのもあるのですけどね。


 そうすると、父様が一応国で一番の魔導師になります。

 そしてその最強の戦力を味方に付けようとするのは、起こるべくして起こった流れと言いますか。

 まあ詰まる所、胡麻擂り入りまーすという訳ですね。


「……凄く邪魔ですよねこれ」


 一室を埋め尽くす程贈られて来ても困るのですが。

 私を心配するでなく、父様のご機嫌取りでしかないので邪魔としか言いようがありませんよね。仕方ないとは割り切ってますが。


「リズ様、来客です」


 溜め息をつく私に、声が掛けられます。一瞬動揺してしまいましたが、そこは心の奥底に押し込んで、にっこりと笑顔で包み隠します。

 

「どなたですか?」

「セシル様です」

「そうですか。私室に通して下さい」


 声が震えないように気を付けて返事をすると、向こうも変わらずに「畏まりました」との返事。


 ……私だけが、意識し過ぎなのでしょうか。ジルは普通に接して来るけど、私だけ会う度にどきどきしてる。つい唇を見ては目を逸らしてしまう現象に陥るのです。

 ジルは平然としてるし、何でもないようです。顔に出されても困りますけど、何でもなさそうなのは複雑というか。


「……リズ様、リボンが曲がってますよ。来客に会うのですから、身嗜みは整えて下さいね」


 自分だけが悶々としているのが凄くもやもやしているのですが、ジルはそんな事知った事ではないようで。

 なるべく平静を装っている私の服、襟を閉じる形のリボンに手を伸ばします。


 しゅる、と衣擦れの音。

 手早くリボンを結び直していくジルですが、本当に表情は変わらない。穏やかな笑み。……私だけ意識し過ぎてるのでしょうか、近付かれると身構えてしまう。


「……どうかなさいました?」

「いえ、何でもないです」


 動じないジルにちょっとだけ不満がありますけど、別にこれで良いのです。あの時のは、あれです、慰めて欲しかったのでしょう。きっとそう。






「元気にしてたか」

「それは割と此方の台詞なんですけどね」


 わざわざ訪ねて来てくれたセシル君ですけど、セシル君にも同じ事は言えると思うのですよ。

 一応お見舞い的な意味で来たのでしょうけど、私はぴんぴんしてますし……寧ろセシル君の方が、元気がなくなる要因がある筈。

 だって、自分の祖父が国家反逆罪で処刑されてるんですから。


 セシル君的には、ゲオルグ導師に情は湧いてないみたいですけど。

 それでも、血縁のある人間が処刑されたとなれば、周りの視線もとても厳しいものになると思うのです。セシル君が処分の対象になってないのは幸いですけど、非難は浴びるでしょう。

 私は既に傷は癒してますし、まあ、見知らぬ男性に触られない限りは平気です。私よりセシル君の方が辛いのではないでしょうか。


「俺は特に周りの興味ないからな。あと、お前を助けたとかでそこまで言われない」


 寧ろ親父が言われるくらいだ、と肩を竦めたセシル君。


「つーかお前、変に噂になってるぞ。悲劇の少女とか」

「止めて下さいそれ」


 少しからかうような笑みに、全力で拒否の姿勢。


 何か知らないですけど、ジル曰くお城や貴族達の間で私の認識がおかしな事になっているそうです。

 制圧軍のトップの娘で誘拐されたものの、酷な仕打ちにも健気に耐えて、首謀者を討つのに一役買った可憐な少女……という噂だそうな。

 いや可憐じゃないでしょうと突っ込みたくなりますね。伯爵子息に金的打撃したくらいですからね、大人しくはなかったですよ。


「完全に間違ってると否定出来ないのが何とも……」

「美化されてるけど事実っちゃ事実だからな。ただ、お前には悲劇のヒロインとか似合わないが」

「む」


 それは失礼なんじゃ。そりゃあ確かにか弱い女の子ではないですけども。


 それでも面と向かって言われると不服なので、ぷーっと頬を膨らませてはセシル君に抗議しておきます。

 目元に険を滲ませてセシル君を見詰めると、セシル君は苦笑い。但し申し訳なさそうにはしてないので、自分の言っている事には自信を持ってそうですが。

 ……否定出来ないから、指摘出来ない。


「お前はただ現状を悲観してるだけの女じゃないだろ」

「……そりゃあ、嘆くよりは行動しますけど」

「だろ、お前は立ち向かった。何もしない女よりずっと良いだろうが」


 だから不貞腐れる事もないだろ、と指先で膨らんだ頬をつついて来るセシル君。

 少し愉快そうに笑っているセシル君は、本当に大分優しくなったなあと実感しました。最初は舌打ちと不機嫌顔がデフォルトだったのに、とても進歩というか進展したというか。


「……何か、セシル君の方が大人っぽい気がします」

「お前も相当だぞ。……まあ昔の方が大人びていたかもな、お前」

「酷くないですか」


 今は子供っぽいと言われてるんですよねそれ。……確かに、若干幼くなってるとは思いますけども。だって子供扱いされてきたから子供に染まっていくのは仕方ないと言いますか。


 むー、と唇を尖らせた時点で、大分私は幼くなっているのかもしれません。セシル君はセシル君でぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる辺り、馬鹿にされている気がします。

 そもそもセシル君も大人び過ぎなんですよ、十二歳の思考じゃないもん。


 緩やかに瞳を細めた私に、ふとセシル君は思い出したように視線を一瞬さまよわせます。


「一つ聞きたいんだが、お前ジルと何があった?」

「はぇ!?」


 思ってもいなかった言葉が飛び出して、裏返ってしまった声。このせいでセシル君は何かがあった事は確信したらしく、ずずいと寄って来ます。


「お前ら、つーかお前が微妙にぎこちないんだよ。目を合わせねえし」

「そ、そんな事言われても……」

「ジルが何かしたか?」


 セシル君の言葉に、この間の事を思い出してしまって……自然と、頬に熱が昇る。折角思い出さないようにしていたのに、また脳裏にそれがよぎり始めて。

 ……違うもん、あれは、ほら、慰め、だもん。


「……ジルに、その、キスされたというか」

「は!?」


 私の告白は想定外だったらしく、目を剥くセシル君。


「……あのな、俺はこの間言ったよな?お前らは近過ぎだって。俺はあいつにも言っといた」

「……はい」

「それがどうしてキスに繋がるんだよ」


 そんな事言われても。

 ……だって、キスしたのジルからですし、拒める雰囲気じゃなかったから。嫌じゃなかったし、ジルが辛そうだったから……受け入れたくて。


「……これはヴェルフには言ってないよな?」

「そりゃあ」

「絶対に言うなよ、あと他の奴にも。主従がそういうのは本来はアウトだからな」


 セシル君に強く押されましたが、元より他の人に漏らすつもりはなかったのでこくこくと頷きます。

 キスしたとか言える訳ないでしょう、恥ずかしいのに。セシル君には言ったけど、他の誰にも言うつもりはないです。


「……お前って流されやすいだろ」

「うっ」

「例えばだが、俺が迫ったらどうするつもりだ?」

「……困りますね?」


 まずセシル君が迫る事はなさそうですけど。セシル君は私に恋愛感情なんか抱かないでしょうし、本人もそう言ってます。

 仲良くはなりますけど、それが友情以上に発展する事はないでしょう。


「そこではっきり拒まないのがお前の悪い所だ。嫌だったらしっかり拒め」

「別に、セシル君が嫌という訳では。ただ困るのなあとは」

「そこが流されやすいって言ってんだ、ばか」

「いたっ」


 セシル君に額を小突かれてしまいました。手加減はしてくれているのでしょうが、地味に痛いです。


 痛みに呻きながらセシル君を見遣ると、呆れたような表情が返ってきました。何て言うんでしょうね、仕方ないなあこいつはみたいな顔です。


「お前はもう少し気を許した人間に警戒心持て」

「……はーい。セシル君ってなんかお兄ちゃんみた、いたっ」

「だったら世話焼かすな」


  またも額を小突かれたので、私は痛みを訴える額を擦っては唇を尖らせます。

 ……セシル君って案外世話焼きで優しいですよね、本当にお兄ちゃんみたいです。


 なんて言ったらまた怒られそうだったので、私は黙って痛みを和らげる事に専念しました。

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