後悔 殿下視点
殿下視点です。
巻き込んでしまった、と私が後悔しても、今更な話だと思った。
「そこまで気に病まなくても」
リズは笑って「殿下は気にしないで下さい」と肩を竦めているが、気にせずにはいられないだろう。私が危険に遭わせてようなものなのだから。
ヴェルフの人質として連れて来られたリズだが、私に対する牽制でもあったのだろう。私がリズに執着しているのは周知の事実だったから。
そもそも反乱など起こらなければ、リズが傷付く事もなかった。
「別に怒ってる訳でもないですよ?」
「だが、私はリズを巻き込んで」
「反乱起こした導師とアルフレド卿に問題があるだけでしょう。別に体に残る傷が出来た訳でもあるまいし」
別に平気ですよ、と肩から羽織った上着を抱き寄せるリズ。身の丈に合わないぶかぶかなそれは、恐らく従者の物だろう。
正直気に食わなかったが、リズが大切そうにしているそれを剥ぎ取るなど出来ない。そもそも襲われかけた女性から服を取ろうなど、出来る筈がないのだ。
悔しい事に、私は無力だ。
ただ誰かに守られるだけの存在。王族ならばそれが正しい在り方であるのだろうが、男としては言語道断だ。もう成人したこの身、誰かの後ろで守られて怯えながらふんぞり返るなど、冗談ではない。
結局反乱はリズとその従者、あとシュタインベルトの嫡子が終止符を打った。
反乱そのものはヴェルフが制圧していたが、とどめとなる首謀者の確保はあの三人がやってのけたのだ。それが成り行きだったとしても。
私は、ヴェルフの後ろで守られていただけ。
……何も出来なかった自分が、不甲斐ない。好きな少女に危険が迫っていても見る事しか出来ない。自分の力で対処して、助けられながら打ち勝った姿を、見ている事しか出来なかった。
「……情けない男だな、私も」
「反乱に単身立ち向かおうとする方が無謀なので、何もしないのは正解だと思いますけど。私も父様に無茶するなって怒られちゃいましたから」
「だが何もしないのは」
「殿下、私のは無謀です。勇敢なのと無謀なのは違うんですよ。結果的に私は無事だったから良かったですけど、危ない橋を渡ったんです。殿下は何もしないのが正解なんですよ」
勝算がなかった訳でもないですけど、と苦笑いしているリズ。……あいつが来る信じていたから、リズはあんな行動に出たのだろう。
リズの信頼は、私よりも従者に置かれている。仕方ないとはいえ、やっぱり悔しかった。
リズは私の表情を見ては困ったような顔をしていた。こんな事を言われても、困るのだろう。立場的には何もしなくて正解だったのだから。
私が余計な事をして状況を悪化させるよりは、周りとしては大人しくして貰った方が良いだろう。
「……最近殿下はやけに殊勝というか、昔みたいに自分を主張する事は割となくなりましたよね」
「そりゃあ、私だってもう大人だぞ、我が儘を言って良い歳が過ぎつつあるのは実感している」
昔のようにリズを振り回すのはいけない事くらい、分かっている。けれど、私はリズに好かれたいと思ってしまう。どうしようもない、それが本心だった。
「まあ大人になった事は素直に喜ばしいのですけど。聞き分けの良い子になるのは辛いのでは?」
「……じゃあどうしろと言うのだ。リズが我が儘を受け止めてくれるのか?私のものになってくれるのか?」
「それはごめんなさいですけども」
そこははっきりと断るリズは相変わらずだと思った。 その癖、明確に私を拒まないから、私が付け上がる。
それを知っていて尚好きにさせておくリズは、ある意味で残酷だ。優しいからこそ、時に無慈悲にも受け取れるのに。
「殿下は我が儘なくらいが殿下らしいと思いますよ」
「私がまるで横暴だと言われている気分だ」
「昔はちょっと俺様でしたよ。まあそれが可愛らしくもあったのですが」
自覚がある分反論が出来ない。
唇を閉ざす私に、リズはくすくすと微笑んでは口許に手を当てる。しっとりとした笑みは、私が思っていたよりもずっと大人びて見えた。
私の方が先に成人しているのに、どうしてこうもリズは大人びているのだろうか。
「別に、私としては殿下が情けなくても、それが殿下なのですから構いませんよ。そもそも情けないと思ってませんし」
「……女に守られる事の、何処が情けなくないだ」
「そういう固定観念が駄目なのですよ。あと、次期国王なのですから、守られる概念くらいはお持ち下さいね」
諭すように柔らかい口調で窘めるリズに、私は俯いて唇を噛み締める。
……立場が、歯痒い。もし私が王子でなければ、リズは横に並んでくれたのだろうか。対等な存在として見てくれたのだろうか。
意味もない仮定を想像しては有り得ないと消し去って、ただ困ったような笑みを浮かべたリズの肩に頭を凭れさせた。
びっくりしたような表情は一瞬、しかたないなあといった表情で受け入れてくれるリズ。でも、その体が僅かに震えたのは、何となく感じる。
……どんどんリズが遠ざかっていく気がして、私は何も知らない振りをしてリズの掌をそっと握った。




