自業自得 セシル視点
セシル視点です。
血の繋がりとしては四分の一。実質的な関わりとしては、殆どないと言えたのが、俺と糞爺の関係だった。
俺はシュタインベルト家の跡取りとして最初は期待されていたが、俺が魔術暴走を繰り返していた上に、中身が中身だったから、直ぐに見放された。出来損ないの烙印を押されて。
正直、跡継ぎなんかどうでも良かった。別に公爵家を継ぎたかった訳ではない。
ただ、認められない事が悔しくて腹立たしかっただけで。いつか見返してやる、なんて思ってた訳だ。
だから、今の状況にはこう言ってやろう。
「ざまあみろ」
今まで散々貶されて見捨てられて来たんだ。これくらい、言っても良いだろう?
格子戸の向こうで拘束されている、四分の一ほどの繋がりを持つ男に、俺は無表情にそう言った。
別に、言葉ではざまあみろと言ったが、断罪を手放しで喜ぶ訳ではない。ただ、人を見下して、利用して来た者の末路には相応しいだろうな、と思っただけだ。
きっちり余計な身動きが取れないようにされて、魔術も使用不可になる拘束がされている爺は、俺を見上げては顔の皺を更に増やす。
憎々しげな視線には殺意が込められていたが、どうとも思わない辺り、俺にはコイツに対する情も興味も欠けているのだろう。
それに、睨まれた所で今この状況では何も出来ない。何かしようものなら見張りが飛んでくる。俺が会う事にすら警戒がされてるからな、逃がすのではないかと。まず有り得んが。
「公爵家の当主で、魔導院のトップの座で満足してれば良かったんだ。欲を出すからそうなるんだよ、強欲爺」
何もせずに大人しくしていたら、寿命を全うできたのにな。欲をかいて国を乗っ取ろうとしたからこうなったんだ、つくづく哀れな奴だと思う。
どうせ、十年もしない内にお迎えが来るのにな。無害で居たら良かったものを。
「黙れ」
「俺には分からねえよ、身の程知らずの思考なんて。半端に力があるから、そんな事考えたのか」
「貴様とて力があるだろう!何故最初からその力を出さなかった、出したなら……!」
……出したから、って何になる?
どうせお前の手駒にされるだけだろう、そんなの御免だね。下らない野心に付き合うなんてやってられるか。
それに、俺は最初から力があった訳じゃない。
「直ぐに見放した奴が偉そうに言うんじゃねえよ。大体な、最初からあった訳じゃねえ。リズのお陰で魔術を扱えるようになったんだよ」
賢い癖に変な所で無鉄砲で馬鹿なあいつ。
魔術暴走して制御不可能な所に突っ込んできて頭突きかますとか、馬鹿の所業だと今でも思う。おまけに傷だらけだったのに。
その上、魔力譲渡っつー稀有な事をやってのけて、魔力を薄めるとか。普通譲渡自体出来る人間が限られてるのに、平気でやってのけて。
危険を沢山孕んだ、俺の魔術行使、その練習にまで付き合ってくれて。
それだけじゃない。
……俺は、きっとあいつに沢山救われているのだろう。魔術が使えるようになった。笑えるようになった。親にも……まああまり嬉しくない方向だが認められるようになった。
沢山の物を、あいつから貰った。
あいつは、昔貸しは利息付きで返せと言った。俺の借りも利息も膨らむばかりだ。ちょっとくらい返すべきだろう。
いや、貸し借り抜きでも、俺はあいつに報いたい。俺の事を避けずに向き合ってくれた、リズに。
「お前の野望なんかどうでも良いし、知りたくもない。……だがな、リズを巻き込んで傷付けたお前に、未来があると思うな。精々短い余生を後悔して過ごすと良い」
処刑まで日も遠くない。それまで、自分の行いを反省しとけ。まあ反省しないだろうがな。
何処か怒りに紛れて絶望したような眼差しの爺に、俺は反応する事なく鉄格子の前から姿を消す。……もう、俺には祖父など居ないのだから。
そしてもう一つ用事があったので、地下牢から出る事はせず、一人連れ立って牢を移動するのだが……連れて来ない方が正解だったのかもしれない。
俺の一歩後ろを歩くジルは、ずっと俯いていた。俺とも一言も言葉を交わそうとしない。
ジルは俺の事が嫌いという程でもなくなっているし、別に話はする。こいつの警戒対象からは外れているらしいからな。此処だけは力説しておいた、俺はあいつに手出ししないしそういう感情は抱かない、と。
まあそんなこんなでリズを預けても問題ないと認識されている俺だが、今のジルとはそういう問題は関係なく会話がない。
恐らく、怒りか、悲しみか。
今から向かう場所に居る人物に腸が煮えくり返っているのか、父親を殺した事に気を痛めているのか。……どちらともありそうだな。
まあリズが宥めたらしいので、そこまで心配はしていない。リズは何か気不味そうにしていたが。顔がほんのり赤みがかっていた辺り、ジルが何かしたんだろうが。
「……着いたぞ」
そろそろ辛くなって来たのだが、丁度目的地に着いたのでこれ幸いとジルに声を掛ける。
ゆっくりと、ジルが顔を上げた。
あ、これ逆鱗に触れてるパターンだわ。誰がって、俺じゃなくて目の前の馬鹿が。
「……ああ、リズベット嬢の従者君か」
牢の中で手枷を付けられている伯爵子息は、おもむろに顔を上げては口の端を吊り上げた。
ゆっくりと視線をジルに合わせては、けたりと笑っている。何処からそんな余裕が出てくるのか不思議だ。
首謀者ではないものの、リズを拐って狼藉を振るおうとしていたこの馬鹿は、投獄されている。
若干ヴェルフの私情が入っているような気もしたが、陛下の判断なのでまあ問題ないだろ。陛下もリズは気に入ってるみたいだし。
処刑こそ免れているが改易では済まない、下手すれば国外追放なり一生を牢で過ごす羽目になるというのに……こいつは反省どころか気にした様子もない。ただ馬鹿なだけだろうが。
ジルは伯爵子息の反応を気にした様子もなく、無表情。この時点でおかしいよな、ジルが怒らない筈がないのだから。
「あなたは、リズ様に何をしたのか、分かっていますか?」
のっぺりと平淡な声で問い掛けるジル。牢の入り口の鍵を開けて中に入って行く。
鍵は、こいつのだけ借りた。何でかって言ったら、まあお察しだな。
鍵を持っていた兵に事情を説明したら、快く貸してくれた。というかジルの雰囲気が怖かったのも原因だろうが。
本来は牢屋の鍵を開けて入るなど許されないが、色々と吐かせるため、という理由付けで許可は貰っている。特に情報を持っていなさそうな下っぱの拷問を許可した陛下も陛下な気がする。
陛下はリズから襲われかけた事を聞いたらしく、申し訳なさそうだった。だからこそ、これを許してくれたのだろうが。
伯爵子息はジルの侵入に驚いていたようだったが、何も出来ないと踏んでいるらしく余裕はそのままだ。……俺、知らないぞ、その余裕もジルを逆撫でしてるからな。
「……はは、何もしちゃいないさ。ああくそ、惜しかったなあ……上手く縛っておけば、私のモノに出来たのに」
「お前……!」
信じられない事を言ってのけた事に苛立ちを感じたのと、それより……お前馬鹿か、と突っ込みたくなった。
自分で破滅の道を進んでるの、理解出来ないのか。
「そうですか」
対するジルは、何処までも淡白に返事を一つ。逆に感情が窺えない事が、俺的に更に恐怖を煽った。感情を打ち消した、しかし酷薄な印象を与える表情は、リズに見せる事のないものだろう。
「一つ聞きますね。生き恥を晒すか死に恥を晒すか、どちらがお好みですか?」
「は、」
返事が返って来るその前に、ジルは手を振るった。
ローブの裾が翻り、銀が閃く。俺が辛うじて見えたのは、白刃が目を滑る速度で余裕ぶっこいた伯爵子息に向かった事くらいだ。
ガッ、と固いものを貫く音が、牢に響く。
ナイフは床に転がるでもなく石壁に刺さっていた。伯爵子息を巻き込んで。まあ正しくは、伯爵子息の体との間に小指の爪より小さい隙間を開けて、幾本もナイフが服を壁と床に縫い止めているのだが。
微量ながら魔術反応を感じたので、恐らく風の魔術か何かで速度を上げたのだろう。それでも石壁に刺さったのは脅威的だ。恐るべきコントロールというか膂力というか、ナイフの耐久力というか。
……よく考えてみろ。
こいつは、絶縁されたとはいえ、サヴァン家の末子。シュタインベルトに仕えるべく教育はされてきた人間だ。
サヴァン家の人間は、幼少の頃から護衛や色々裏の事を出来るように教育されて来た筈。
……その家に生まれたジルが、魔術しか出来ないなんて事はないよな。
「私がリズ様を守れなかったのは、私の落ち度です。そこは私の力量不足でした。あの時あなたを一瞬で無力化して、ルビィ様を拘束していた輩も殺れば良かった」
淡々と、抑揚なく呟くジル。
……リズ、お前えらい男従者にしたな。
「今度は、守る。その為には、後顧の憂いは断っておくのが良いと思うのですよ」
「ジルー、頼むからやり過ぎんなよ。返り血まみれでリズに会うとか止めてやれ、スプラッタ過ぎる」
「リズ様は私の手が汚れていても受け入れてくれますので」
「絶対それ進んで手を汚せって意味じゃないからな」
「知ってます。好んでしようとも思いませんし。……ですがこれは別です。大切な主君に手を出そうとした人間に対する、ささやかな報復ですよ」
此処で初めて微笑んだジルは、恐らく吹っ切れている。あとキレてる。
余計な方向でタガを外してしまったらしいジルに、俺は胃が痛くなりそうな予感がした。というか実際痛い。
……理性がある分、なまじ手が付けられん。リズの為なら絶対何でもやるぞこいつ。リズが受け入れるって言ったらしいからな、ある意味リミッターが外されたぞこれ。
伯爵子息の末路は簡単に想像出来たので、俺は後は任せたとその場を後にする。
伯爵子息、お前敵に回したら駄目な奴を敵に回したみたいだぞ。
取り敢えず背中に聞こえてきた悲鳴には、哀れみを込めて合掌しておいた。




