謝罪と処分
セシル君、私は父様を呼んで来てとお願いしたのです。+αが必要だとは言ってません。
「此方の不手際で巻き込んでしまい、申し訳なかった」
心から申し訳なさそうに頭を下げて来るのは、知り合ってから今も立場が変わらない、国の代表者。腰を折っているから、私の引き攣った顔は見えていないでしょう。
国家元首直々に謝罪に来られるとか、何の罰ゲームなのでしょうか。
国のトップに頭を下げられて、私のストレスがマッハの早さで溜まりそうなのですけど。寧ろ私が土下座したい気分ですよ、ええ。
「陛下、私には陛下に謝罪されるような覚えはありません。どうか顔を上げて頂けませんか」
「ディアス、リズが困ってるからちょっと謝罪は後にしろ」
大の大人が子供に本気で頭を下げる状況など見たくありません。
父様も私の表情から心情を察してくれたのか、制止に回ってくれます。というか国王に頭を下げさせるの駄目だと判断したのでしょう。
陽光をそのまま形にしたかのような金髪を揺らしている陛下は、納得いかなそうに顔を上げています。いつ見ても若々しいと思う美貌には、ありありと罪悪感と、止められた不満が乗っていました。
「陛下。陛下が直接的に悪い訳ではありませんし、怪我は私自身の不手際です。私はもう少しやりようがあったので」
……ジルにしか言ってないですけど、切り傷は自分でつけたものなので。
あの時他に方法が思い付かなかったので自傷行為に走りましたが、今思えば他に方法もあったのではないかと思います。残念ながら今でも私には分かりませんが。
「陛下や殿下の御身も危機に晒されていたのです。私としては二人が無事ならそれで良いと思いますよ」
まあ個人的には自分も安全な場所に居たかったですが、政治的というか客観的には二人さえ助かってしまえば良かった訳です。私の命はそこまで重要視されてませんし、自惚れませんよ。
そもそも私が自らの身を守れなかった事が悪かったです。あ、元凶が一番悪いと断言はしますよ、導師とアルフレド卿と伯爵子息は普通に恨みますから。
特に傷痕も後遺症も残らないですから良いです、と反乱前と変わらぬ肌を撫でたら、何故か更に申し訳なさそうに歪む顔。凛々しさには翳りがあります。
女性に優しい方なのでしょうね。今頃嫁入り前の女性の肌に傷などとか思ってそう。
……治れば良いと本人は楽観してるんですけどねー。体は清らかなままですし。
「だが、そもそも私が反乱分子を排除出来なかったのが問題だろう」
「なら俺が責められるべきだな、指揮は俺が執ってたし」
此方も我が親ながら若々しい父様、唇を噛み締めて拳を握っています。
「リズ、ごめんな……俺のせいだ。辛かっただろ、怪我までして……」
足首捻挫を除いて自分がやりました、ごめんなさい。
「ううん、私こそ足引っ張ってしまって」
「リズは悪くない、俺が警備を手薄にさせたから」
「私も自衛が出来なかったのは問題でしょう?」
どう考えても誰が悪いって言ったら反乱企てた人ですし。まあ、私やルビィを誘拐するのは、向こう側からすれば正しい判断ではありますけど。
ただでさえ反乱軍は人手が足りないでしょうし、その上相手はNo.2の父様が率いています。
あまり大っぴらには言えませんが、導師人望なさそうですし、連携取れてたのかも危ういですよね。
あ、父様はちゃんと人望ありますよ。此処は名誉の為に私が保証します。魔導院の人見てたら分かりますから。
だから、確実に父様を無力化する術があったら使うのが当たり前。父様は親バカだと有名ですからね。
父様も立場がありますし、最終的には子供より役目を優先するでしょうが……葛藤と躊躇の反応くらい引き出せると踏んだのでしょう。
まあ、向こうに誤算があるとすれば、私やジル、セシル君が抵抗して台無しにした事でしょうが。
「そんなに悔やまなくても大丈夫ですよ、ちょっと貞操の危機くらいで終わりましたし」
「な、リズベット嬢……!?」
「あ、ご心配なく。ちょこっとまさぐられた程度ですし、清いままですよ。当分は男性に好んで近寄ろうとは思いませんけどね」
まあ男性不信に陥る訳でもないので、大丈夫です。見ず知らずの人間に触れられたくはないですけど。
暫くは性的な目で見て来た男性を半眼で見てしまいそうですね。ドレスとかは露出が殆どないものを母様に頼みましょう。
困りましたね、と苦笑いをして肩を竦めてみせた私に、陛下と父様が固まっていらっしゃいます。
陛下は、途端に表情を暗くして。
父様は、ですが……何と言いますか、背中に般若を背負っていらっしゃるような。
男性が般若を背負うという表現して良いのか知りませんけどね。言い直すなら仁王のような顰めっ面というか。
「リズ、席を外すから部屋に居てくれ」
「待てヴェルフ、話の方が先だ」
伯爵子息、父様怒らせたらしいので拷問の刑に処されそうですよ。自業自得と思って受け入れて下さい。
……私は何されるか知りませんからね。父様が怒ったら怖いという事だけ知っていれば充分なので。
「父様、今は伯爵子息はどうでも良いので後にして下さい」
まあ止めない私も私でしょう。
私なりに伯爵子息は恨んでいますからね。大嫌いな人間とベッドインとか洒落にならないので。ルビィを人質にして迫った罪は重いのです。
「それよりも、聞きたい事……というか、お願いしたい事があるのですが」
そこで、今まで暗い顔をしていた陛下に視線を滑らせます。
父様は、この件についてはどうしようもないので、陛下に伺った方が良いでしょう。
「何だ?私に出来る事があったらするが」
「セシル君とジルの処遇はどうなりますか?もし罪に問われるような事があれば、出来るだけ軽くして欲しいのです。二人は首謀者達を抑えて、私を守ってくれたので」
これだけは本当にお願いしたいと、頭を下げます。
セシル君はゲオルグ導師の孫、ジルはアルフレド卿の実子。二人とも実際の関係はほぼないですが、貴族社会においては連帯責任で一族ごと罰せられてしまう事が多いです。
セシル君は父君が先に手を回しているようですし、ジルはそもそも絶縁されてたらしいので、大丈夫だとは思うのですが……念の為です。
守って貰ってばかりだから、これくらいはしたい。
セシル君にぐしゃぐしゃにされたので急造で整えた髪を揺らして頭を下げると、陛下は何処か慌てたように顔を上げて欲しい、とお願いして来ます。
「私としては、二人を咎めるつもりはない。甘いとは言われるかもしれないが……」
「まあセシルもジルも、首謀者を捕縛と断罪してるからな。国家への義理立てはしてるし、ジルに至っては絶縁してるからな。問題はないだろう」
「……確約して頂けますか?」
口約束だけしておいて後で覆されては堪らないので、陛下をじっと見つめます。私の眼差しに陛下は苦笑して、「国王の名にに誓って」と頷きます。
結構私も性格悪いですよね、向こうに負い目があるの知ってお願いしてますから。私としては責めるつもりは全くないのですが。
でも、これでチャラって向こうにお願いした方が、向こうも気が晴れてくれるでしょう。ずっと申し訳なさそうにされるより、条件付けた方が心の負担軽くなりますし。
ひとまず二人に責任が行かない事に良かった、と胸を撫で下ろす私。
父様は、何故か微妙に複雑そうです。
「二人を責めないのは俺としてもありがたいんだがなあ……他の奴等の処分に困るんだよな」
「首謀者を責めないから?」
「そうだな。シュタインベルト家は最初からゲオルグの独断だと此方についてたからな。孫が捕縛していたし」
「サヴァン家は取り潰しが妥当な訳だが……此方も厄介なのだ。アレはアレで非常に領地経営が上手かったからな」
陛下の麗しいお顔、その眉間には、僅かに苦悩の皺が刻まれています。……その辺の問題って凄く面倒そうですね。
「反乱に加担した者は主犯格は極刑、他は投獄、改易と領地没収が妥当なのだが……」
「まあ領地没収して困るのって実は王家なんだよな、あり過ぎて管理できないっつー面で」
陛下の説明に付け足すように説明してくれる父様は、此方は此方で苦笑い。但し他人事らしいです。父様は貴族ですが王族ではないですからね……陛下は助ける気があまりなさそうな父様に不満そうですけど。
「まあ領地は国から賜った訳だから、国に返すのが正しい。だがその量が多過ぎて、国も困るって訳だ。領主不在だと統制取れなくなるし。国から送るにしても、如何せん量が多いというか」
「じゃあ戦果を上げた家に褒賞として与えるとか」
「そんな事したら俺の仕事が増えるだろ。指揮してたの俺なんだから」
「面倒がらないで下さい」
「じゃあリズが領地経営するか?可愛い女の子が経営してくれるなら領民は喜ぶぞ、舐められもするだろうが」
「ごめんなさい」
私が髪を振り乱さん勢いで首を振ると、父様はにやにや笑って「別に俺は手伝わせても良いんだぞ?」と意地悪。
……いや、私にはまだ領地経営は早過ぎると思うのです。そもそも爵位継ぐのルビィでしょうから。私は何処かに嫁ぐだろうし、直接経営に関わるのはあまりないと思います。
「はあ……兎に角、領地は一旦没収しておくか。あとは国で半分は管理して、残りは褒賞で与えるか爵位を手頃な人間に与えて管理させるか……」
苦労の窺える顔で溜め息をついた陛下に、お偉いさんも大変なんだなあと痛感した今日この頃です。




