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殿下は反抗期

さてさて、殿下説得に駆り出された私ことリズベット=アデルシャンでございますが。

 ……どう説得に持って行けば良いのでしょうか。


 いやだってぶっちゃけ見ず知らずのお子さんですよ。幾ら王家の長子とは言え、私には関わりなかった人物です。関わるつもりもなかった人物です。

 殿下という事は将来王になり民を背負う人になる方。そんな方に関わるのは畏れ多いです。……まあ本音としては機嫌損ねて没落貴族とかになったらどうしようとかいう心配が先に来たのですけど。


 そんな私の心境を知らないでいる父様は、「お前なら出来る」とかなり他人事な応援をして、私を殿下が居る書庫に無理矢理押し込みました。ちょ、心の準備。




 私の押し込まれた書庫は、薄暗くひんやりとしていて、埃の香りがしました。

 あまり衛生的ではない気もしますが、案外こういう古臭い香りは嫌いではありません。鼻を擽るのは紙とインクの香り。というか物理的に埃が鼻を擽って来ました。


「へくちっ」

「……誰だ!」


 ……あ、殿下発見。


 私は殿下を見た事がなかったのですが、本棚の角から顔を覗かせる少年がそうなのだと直ぐに分かりました。


 年齢は私よりも二、三程上でしょうか。

 ランタンと天井付近の僅かな陽光だけでも分かる、さらさらとした質の良い金髪。真っ白な肌は陶器のようで、滑らかなきめは女でも中々に見ない程。

 前髪から覗く碧眼は、警戒心を露に私を映していました。……本当に厄介な事を頼んでくれましたね、父様。


「名乗った方が宜しいでしょうか。リズベットです」


 以後お見知り置きを、と続けなかったのは、極力王族には関わりたくないからです。権力争いに巻き込まれそうですし。


 スカートを摘まんでちょこんと一礼して見せると、殿下は疑るような眼差し。まあいきなり現れたのが子供ですからね。

 恐らく、殿下の頭の中では大人に仕向けられた子供だという判断になっているでしょう。


「ご安心を。無理矢理連れ戻しに来た訳ではありませんので」

「……そんなの信用出来ない」

「でしょうね。でも私が頑張った所で殿下を連れ戻せる程力はありませんよ」


 何て言ったって四歳の小娘ですから。親譲りの資質があろうとも、肉体の成長が伴っていませんのでどうしようもないのです。

 そもそも殿下に乱暴な真似をしたら私が死罪を言い渡されそうです。お偉いさんの機嫌は極力損ねたくはありませんから。




 何もするつもりはないという意思を込めて、両手を軽く持ち上げて降参のポーズ。物理的手段に持ち込むつもりは更々ありません。というか子供にそんな真似は不可能です。


 じゃあどうやって説得するのかというと、口八丁ですね。というかこの場合は挑発しますけど。不敬罪で処罰食らわない事を祈っておきます。いざとなれば王様に子供らしく懇願しますとも。


「……で、殿下はいつまで経ってもそこに留まるおつもりで?」


 確認を込めてゆっくりと問い掛けながら歩み寄ると、敵愾心剥き出しで睨んで来ます。

 まあ殿下からすれば私は悪の手先みたいなものですからねえ……こんないとけない幼女に向かって失礼ですよね、ぷんぷん。まあ冗談ですが。自分で可愛いげも糞もないと理解しておりますとも。


「皆様心配していましたよ」

「違う! あいつらは私が王の子供だからそういう振りをしているんだ! どうせ媚を売ってあわよくば私を利用しようとしているだけだ!」


 眉を吊り上げて声を張る殿下。成る程、子供にしては大人びたというか可愛いげもない発想ですね。信じる気持ちがないというか。

 まあ実際にはそれも含まれているでしょうし、強ち間違いではありません。でも全部悪意だと思って受け止めていては身が持たないかと思いますよ。

 

「まあそうかもしれないですね。で?」

「で?って、」

「それを言い訳にしているだけでしょう? 殿下は責任から逃げているだけですよ。務めを放棄して」


 こう言っちゃ悪いですけど、利用なんて当たり前でしょう。私も好きではないしなるべく避けたいとは思っていますが、する時はします。時の権力者に擦り寄って甘い汁を啜りたいとまでは思いませんが。

 王族に生まれたならば、尚更人の悪意に触れる事も分かります。でもそれを理由に逃げたって、物事は解決しません。寧ろ悪化します。


「っ、お前に何が分かるというのだ!」

「ええ分かりませんとも。逃げて逃げて、目の前の現実から目を背けているだけの人の事など」

「……っ!」


 どん、と突き飛ばされたのだと理解したのは、勢いよく尻餅を着いた時でした。勢い余って背中を強かに打ち付けました、殿下ちょっとそれはないでしょう。

 そのまま殿下は私の上にのしかかって、ぶるぶると怒りに震える手で私の胸倉を掴んで来ます。暴力いくない。


 殿下の導火線に火を付けてしまったらしいです。めっちゃキレてる。

 もうこの際はっきり言ってあげた方が身の為でしょう。あんまり正論吐きたくないんですけどね、大概逆上しますから。というかしてますから現在進行形で。

 まあ殴られたら殴られたで、母様に治して貰います。死んでなければ。……洒落になりませんね。


「お前にっ、私の何が分かる……!」

「好き好んで生まれた訳でないのは分かりますね。ですが、王族として生まれたならばその任は果たすべきですし、何よりあなた自身の為になります」


 やさぐれる気持ちは分からなくもないのですよ。でも、拗ねて逃げて解決する訳ではない。子供の短絡的思考では、結局現状は何も変わらないのです。


「私を言いくるめようなどと!」

「じゃあ勝手に否定しておいて下さいませ。これだけは言いますけど、あなたはまだ子供です。だからこのような我が儘が許される」


 まだ殿下は幼く、全てを背負わせるには器が出来ていない。逃げる事だって想定済みだから、周りも少し騒ぐだけで済んでいるのです。

 ……でも、それは今だから、許される事なんですよ。


「ですが、あなたもいずれは大人になります。その時に逃げる事は許されません。その時あなたは国という大きな物を背負った、統治者になっているのですから」

「私は……っ、」

「今あなたが何もしないのもそれは一つの選択肢です。ただ、それはあなたの鎧を一つ、いえ沢山失う事に繋がるでしょう」

「……鎧……?」


 少しだけ落ち着いて来たらしく、私の言葉に反応してくれます。


「あなたはまだ庇護して貰っているから分からないかもしれませんね。今全部から逃げたならば、あなたは自らを守る術を失う事になります。あなたに教えられている事は何ですか? 魔術や剣術は自らの身を守る為に、学問は自国を守る為に、教養は諸外国から軽んじられない為に。全てはあなたの先行きを案じて、あなたの為になされているのだとお分かりで?」


 そこら辺の子供にこんな事言ったって理解してくれる筈がありません。

 ですが、殿下はとても賢く、大人びた考え方をしている。私の言う事の真意を理解出来る筈です。


「口が過ぎた事は謝罪します。ですが、考えてみて下さい。あなたの為を思っ て皆様厳しくなさっているのです」


 そこまで言い切ると、殿下は目を瞠って此方を見下ろして来ます。胸倉を掴んだ小さな掌の力は緩んでいました。

 ……あと、一押し。


「あなたの歩む道には、あなたを利用しようとする者も現れるでしょう。それは否定しません。ですが、あなたが身を守る術を身に付けて、悪意と善意を判断出来るように。悪意を切り捨てられるように、逆に利用出来るようになって欲しいと思っています」


 私はそう告げて、ゆっくりとのし掛かる殿下に手を伸ばします。首に手を回して、ぺったんこ極まりない胸に誘ってやんわり抱き締めてあげました。

 物理的に包容力ないのは勘弁して下さい、まだ私には将来があります。


「……だから、逃げるのは今回で終わりにしましょう? あなたは強くなって、自らの身を守れるようにならないといけないのですから」

「……」

「今だけなら、好きなだけ甘えてくれても良いですから。……ね?」


 四歳と半年の子供が何を言うかって話ですけども、殿下は深く追及せずにそのまま私のまな板に額をくっつけています。胸倉を掴んでいた手は、求めるように背中に手を回して来ました。

 軽く身を起こした私は、よしよしと頭を撫で背中を擦ってあやしてあげます。うん、四歳のする事じゃない。


「……固いな。母上とは大違いだ」

「殿下、私まだ子供なので柔らかさを求めないで下さい」


 ちょっとどついてやろうかと思いましたが、絶対不敬罪に相当するので止めておきましょう。殿下に手を挙げるとか私殺されますね。こんな口利いていた時点でアウトだとは思いますが。




 暫く抱き締めていると、殿下は緩慢な動作で顔を上げます。少し泣いていたのか瞳が微妙に潤んでいたように見えましたが、そこは追及するべきではないでしょう。


 殿下は私の顔をまじまじと見てきたので、首を傾げておきます。というか至近距離過ぎて殿下の整い具合半端ない事が分かります。

 今まで睨んで来ていたから分からなかったですけど、とても可愛らしい顔立ちなのだとよく分かります。整っているとは思っていましたが、此処までとは。恐るべき王族遺伝子。将来はかなりの美形になるでしょうね。


「どうかしましたか?」

「……お前何歳だ」

「四歳と七ヶ月ですよ」

「……有り得ない」


 呆然とした呟きに、それは自分でも思うのですけど、と苦笑。だって中身は着々と三十路に近付く女ですし。

 そんな事言ったら殿下だって年齢の割に大人び過ぎてると思うのですがね。私の言いたい事理解してくれましたし。




 殿下は気を取り直したのか立ち上がって服に付いていた埃をさっと払うと、何を思ったか私に手を差し伸べます。


 予想外の行動に目をぱちくりと瞬かせると、少しだけ困ったように眉を下げてから「女性は繊細だから気遣うように教えられている」と、いっちょまえに紳士の振る舞いをしてくれました。

 さっき突き飛ばした事に対する謝罪はなしですか。まあ怪我してないから良いですけども。

 ……あと、正直大半の女子が男子より逞しい気がしますが、そこは内緒にしておきましょう。


「……先程は、すまなかった」


 あ、謝ってくれた。


「いえ、私も怒らせるように煽ってしまいましたので。誠に申し訳ありませんでした。先程のご無礼、御容赦頂きたく存じます」

「……そんなに堅苦しくなくて良い。さっき喋っていた話し方で良い」


 どうやら不敬罪で咎められる事はなさそうで何よりです。そこについては心底安心しました。もう凄い口利いちゃいましたからね。


 こっそり安堵の吐息を溢しつつ、私は殿下の手を握ったままだと気付いたのでそっと離そうとしました。

 ……離すつもりだったんですよ?


「……私の許可なく離すな」


 あれ、凄く横暴。突き飛ばしたと思ったら離すなとか。いやまあ何かなつかれたのは分かりましたけどね。


 ふむ、何か変なフラグを立てた気もしなくはないですが、取り敢えず任務は完了しました。父様に報告しなくてはなりませんね。

 どちらにせよ殿下を連れて行かないと話にならないから、手を繋いでいても構わないのですけど……今度から抑止力か餌扱いされそうで怖いです。



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