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この話には残酷な描写が含まれています。苦手な方はご注意下さい。

 思い返せば、ジルは実の父親の事がとても苦手そうでした。

 というか、存在に怯えていたのでしょうね。接触するだけで悪夢を見るくらいには、アルフレド卿に苦手意識を持っていました。


「……ジル」


 ジルはゆっくりと私ごと立ち上がり、静かな眼差しをアルフレド卿に向けています。

 昔のような、対峙した時の恐怖や狼狽は見えない。実に落ち着いた表情で、それどころか淡く微笑んでは私を撫でるくらいの余裕は窺えました。

 逆に私の方が慌てるくらいで、ジルは大丈夫なのかと、アルフレド卿とジルを交互に見てしまいます。卿はずっと変わらない、親子の情など欠片も見当たらない冷徹な眼差しをジルに注いでいました。


「本当は私情を挟むなど御法度なのでしょうが……手出ししないで下さい」


 その言葉は、アルフレド卿に対してではなく、周囲の人間に対して。

 父様は突然現れては私に魔術を撃ち込んで来たアルフレド卿を、隙を見て捕縛しようと考えていそうですからね。事実父様も護衛の人も目を細めて出方を窺ってましたし。


 ジルの望みを理解したらしい父様がジルに視線で問い掛けると、芯の通った強い眼差しで重々しく頷くジル。父様は、それで悟ったのか無言でアルフレド卿を見つめるのみ。

 ぴり、と肌を刺すような緊張感が、周囲に漂い始めた事だけは、分かりました。


「父上」

「呼ぶな、虫酸が走る」


 ジルの呼び掛けに、アルフレド卿はさも不愉快だという顰めっ面で吐き捨てます。

 万に一つも受け入れる気が起きなさそうな、息子と隔絶する冷ややかな声音にジルは動じた様子もありませんでした。最初から、期待していなかったかのように。


「あなたが認めずとも、家系図から抹消されようとも。確かに私はあなたの血を引いていますよ」


 何処か平坦にも聞こえる、穏やかなのに冷たい声。


 ジルの言葉は、見ただけで直ぐに分かります。

 ジルとアルフレド卿は、似ています。ジルの目付きを悪くして歳を重ねさせれば、こんな風になるのだろうなと予想する顔立ちを、今現在アルフレド卿がしているのですから。

 性格こそ正反対ですが、容姿はとても似ているのです。


 ジルはアルフレド卿と対峙しても、変わらない。

 ……でも、表情こそ落ち着いていますが、声だけは何かを押し隠したように、わざと淡々としている気がしました。そこに含まれるのが怒りなのか、悲しみなのか、はたまた別の何かなのか。それは私には分かりません。

 確実に言えるのは、ジルはアルフレド卿と敵対しているという事だけ。


「……あなたには感謝しています。私に、リズ様と出会うきっかけを下さったのですから」


 万感の思いがこもった呟きと共に、私はジルに引き寄せられます。

 ぽふ、と胸元に顔を着地しては腕の中に収まってしまった私。腰に回された腕は、微かに震えているような気がしました。

 ちら、と見上げると、ジルは微笑んでいます。慈愛に満ちた眼差しは、直ぐに細められてアルフレド卿に向かいますが。


「私はシュタインベルトではなく、リズ様個人に、生涯側に居ると誓った。大切なこの方を守ると誓った。あなたのように、主君の言いなりで国に背くような愚かな人間にはならない」


 きっぱりと言い切ったジルに、何ら躊躇はありませんでした。

 ……ジルは、父様や周りがこれ聞いてるの、分かって言ってるのでしょうか。一生仕えてくれるのは嬉しいのですけど、……ちょっと、恥ずかしい。


 私を抱き寄せた状態なジルに、父様や殿下は目を丸くしています。

 衆人監視の中抱き締められるのは、流石に恥ずかしいのですが。幾ら私が普段二人の時に抱き付きに行く事もあるとはいえ。


「……アルフレド=サヴァン。私はジルドレイド=サヴァンとして、そしてジルという従者として、あなたを排除します」


 言うや否や、ジルは素早く術式を展開して、魔術を発動する。先程も感じた、『エアカッター』。

 取り立てて威力の高い魔術ではありませんが、ジルの手にかかれば並大抵の魔術よりは強い。空気の刃はいつの間にか放たれた業火球を、室温のバターでも切るように分断して、残り滓さえ風で吹き飛ばします。


 先程の襲撃、その結果を再現したジルは、追撃するようにまた一つ魔術を行使。連続発動というよりは、並行に処理していた魔術を遅らせて発動した形です。

 掻き消えた炎があった場所を通るように、ごうごうと音を立てた熱の塊が飛んで行きました。

 意趣返しという意図なのでしょうか、わざと同じ魔術で。しかし威力だけは段違いで、規模も私に放たれたそれの何倍も大きさがあり、人を余裕で飲み込む程のサイズです。


 私は、少しだけ違和感。それを口にしてはいけないな、と何となく感じて、黙っておきましたが。


「リズ様、……離れなくても宜しいですか?引き寄せておいてなんですけど、此処は危険で」

「大丈夫です。……ジルが、守ってくれるもん」


 正直、ジルが負けるなんて全く想像してませんよ。ジルは私の従者で、私の師匠なんですから。


「……何ともやる気を引き出させるのがお上手な事で」


 真剣なシーンなのに、ジルは微笑む。柔らかい眼差しは、私を慈しむように降り注ぎます。

 放った熱が直前で卿の地面から生えた土壁の前で弾けても、その笑みは変わりません。予定調和、そんな言葉が頭をよぎりました。

 防御障壁で弾かないのは、消費と隙が多いからなのでしょう。


「舐めた真似を」


 歯軋りしそうな程屈辱を露に、アルフレド卿はその土壁から一直線上、最短距離で私達に向かって剣山のように岩を生やします。

 土を圧縮して作り出されたそれは、鋭く尖った円錐型。歪ながら幾本も地面から突き出るそれは、次々と地面から生えて私達に向かう。


 ジルはそれを一瞥して、慌てた様子を一つも見せず、同じように岩の槍を生やして進路を阻む。同じ属性で同じ魔術なら、強い方が打ち勝つ。

 ジルの作り出した岩の剣山は、丁度中間地点で相手の魔術を()()していました。……ああ、やっぱり。


 ジルの裾を握って見上げれば、少し困ったような、諦めたような顔をしていました。それでも笑みの形からは逸脱しないのは、私が居るからなのでしょう。

 失望の色。隠しきれていないそれは、アルフレド卿に向けられています。


 フッと表情から感情が掻き消えたジルは、間髪入れず『スプレッド』。アルフレド卿の頭上から、土壁もろとも大量の水を一気に落とします。

 咄嗟にアルフレド卿は障壁を展開していましたが、水の勢いは留まる事を知らない。土壁はあっという間に泥と化していました。


 障壁はギリギリ耐えては居たものの、周囲の被害は大きい。土壁に土持っていかれた足許。大きく窪んだ所、そこに水が流れ込み膝まで溜まっています。


 そのままジルは、大きな水溜まりに向かって『ライトニング』を放ちました。


 水に、それもぬかるむであろう泥水に足を取られていて、障壁を張った後で硬直しているアルフレド卿。今回は避けられる訳もなく、雷が水に落とされました。


「ッアァアァァァ!」


 吼えるような叫び声。水を伝って感電したアルフレド卿は、びくびくと痙攣して膝から崩れ落ちます。

 直接雷を落として全身を炭化させる事も出来たでしょうに、ジルはわざとそうしなかった。手加減という、ある意味で慈悲を、そしてある意味で無慈悲で残酷な所業。


 ばしゃんと音を立てて水に半身を浸けて小刻みに痙攣するアルフレド卿に向けて、ジルはもう一つ魔術を撃ち込みました。その水を、凍らせる為に。


「……あなたが私を認めなかったのは、私が恐ろしかったからですよね」


 瞬時に池に近い量の水を凍らせたジルは、確信を持った呟きを口にします。

 簡単に動きを封じられたアルフレド卿は、未だに痺れが取れないらしく、下半身を氷付けにされたままジルを見ていました。瞳には、明確な恐怖が混じっているように思えます。


 ……ジルが失望したように、諦めたようにアルフレド卿を見ていたのは、その事実がどうやってもひっくり返せないと悟ったからでしょう。




 ジルは、あれでも手加減していました。本来なら、高火力の魔術を連発すれば、終わる筈だった。相手の力量を考えて、三発も耐えられないから。


 ジルの本領は精密制御による高速展開と並行発動。発動の難しい魔術でも、ジルはぽんぽん発動します。常人ならまず無理な事をやってのける。

 魔力量こそ私には劣るものの、総合的に見たら私より遥かに強いのがジル。だからこそ、父様に気に入られたし魔導院で働けたのでしょうが。


「私の存在が怖かったから、あなたは私を居ない者とした。私を憎んだ。自分にはないものを持っていたから、恐れて恨んだ」

「だ……まれ……っ!」

「もしも認めてくれたなら、違う未来もあったでしょう。私がリズ様を殺す未来も有り得た」


 ……ジルが、私を殺す未来。それが現実となっていたら、多分抵抗の間もなく簡単に殺されていたのでしょうね。それこそ赤子の手を捻るように、呆気なく。


 眉を下げた私に、ジルは頭を撫でます。大丈夫だ、と言葉にはなかったけど、そんな思いが伝わって来ました。


「ですが、あの時私はあなたと決して相容れないものだと分かりました。後戻りは、出来ない」


 彫像のように美しくも冷たい表情を形作ったジルは、二重の意味で凍り付いて動けないアルフレド卿に、視線を送ります。

 その眼差しに含まれた感情を一言で表すなら、憐憫。


「……国賊として処刑され晒し首にされるくらいなら、私が楽にしてあげましょう。それが、せめてもの情けです」


 ……ああ、本当に後戻りは出来ない。どちらにせよ、反乱が始まった時点でこうなる事は避けられなかったのでしょう。順番が、入れ替わっただけ。




 ジルは、父様に視線で促す。それを受けた父様は重々しく頷いて、側に居たルビィを抱き締めて、ルビィの視界を埋めます。

 ジルもまた、アルフレド卿を見据えながらも私を胸に抱き寄せて、すっぽりと覆います。

 ジルの体は、少しだけ震えていました。


 くっついているから、ジルの体内の魔力の流れが分かる。少しだけ揺らいだそれは、しかし確実に魔術を組んでいました。


 私は、ジルの胸に顔を埋めて、しっかりと抱き付きます。……元には戻れない。ジルは、私を選んだから。親子の情より、私を。


 なら、私は例えジルが他人から疎まれるような事をしても、側にいましょう。私が、ジルの側に居てあげる。




「さよなら、父上」




 風が、鳴った。



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