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人質の意地

この話には流血描写が含まれております。苦手な方はご注意下さい。

「リズ!ルビィ!」


 導師の後ろに居る私達の姿を見た父様は、名前を叫んでは心配そうな眼差し。

 父様の側には護衛も兼ねているのか殿下が居て、そして殿下を守るように数名の魔導師さんが立っています。その中には、ウチで雇われている護衛の人も居ました。


 父様は遠目に見た限りでは傷は見受けられません。精々服の端が擦り切れていたりする程度です。……無事で、良かった。


「ゲオルグ!リズに何をした!」

「リズベット嬢に私から何かした覚えはない」


 着替えていないのでボロボロのネグリジェ姿に切り傷の痛々しい傷口を見て、父様が眦を吊り上げてはゲオルグ導師に詰め寄らんばかりの勢い。こんな状況でさえなければ、掴み掛かっていたでしょうね。

 ……父様には、私が自分でやったと言わない方が良いでしょう。そもそも後ろに待機している男女にも聞こえてしまうでしょうし。


「……父様、大丈夫です。私は何ともないので」


 気丈を装ったように装って笑み、私はルビィを抱き締めます。……無理して頑張っている、と見えた方が、周囲の警戒も薄れるでしょうし。

 眉を下げながらも笑って、そのままルビィの首に顔を埋めます。辛そうにしている女の子で見られたらそれで良い。


「……ルビィ。お姉ちゃんが合図したら、一緒に走り出して」


 違和感なくルビィの耳元に口を寄せて、男女に見えない角度で本当に小さく囁く。ルビィは賢い子ですから、私の意図を分かってくれるでしょう。勿論、危険を伴っている事も。

 ルビィは私の手をきゅっと握り締めて、少しだけ緊張した顔で小さく頷きました。そんなルビィの背中を、擦る。


 ……私の全力でも、ルビィの安全は保障出来ない。歴戦の魔導師を出し抜けるなんて、思ってませんから。

 だけど、このままでは父様や殿下に危険が及ぶ。なら、やるしかないでしょう。自らに危険が及んでも、人を傷付けても。


 指輪を握り締めて、私は瞳を閉じます。

 ……ジルは、多分怒るのでしょうね。無茶をして、と。それでも、成さねばならない事がある。


 私はジルを信頼しています。セシル君も父様も、信頼しています。

 ……今回だけはお願いします、私も頑張るから、信頼に応えて下さい。私から言える事じゃないけど、お願いします。




 指輪からジルの反応と距離を確めた私は、ゆっくりと瞼を持ち上げ、父様を見つめる。父様は私の眼差しに気付いたらしく、僅かに瞳を細めました。


「……ゲオルグ、お前は何が目的で反乱なんて真似を」

「この国の体制に納得がいかないからに決まっているだろう」

「だからと言って殿下の暗殺を目論むなど」


 私の意図を察した父様は、導師を詰問するように声を張ります。責めるような声にも導師は動じた様子はありません。自らの正当性を疑っていない、揺るぎない言葉を返していました。

 父様の助けを無駄にする訳にはいきません。


 私はルビィの手をしっかりと握り締めて、父様の方向をじっと見据える。そして、体内に収めるように、術式に魔力を通していく。必要な術式は、二つ。この二つに賭けましょう。


 私はあまり細かい制御が得意ではありません。セシル君程でもないですし、セシル君を誘導出来るくらいにはありますが。

 ですけど、今この場では言い訳出来ません。全ては私の腕にかかっている。


 濃密な魔力を術式で変換していきますが、決して体外に漏らしてはならない。気取られてしまうから。

 外に出さない限りは、例えどれだけ魔術を練っていても、髪を束ねているリボンが誤魔化してくれるのです。此処でもジルに助けられていますね、指輪と一緒に買った、魔力隠蔽のリボン。


「恥を知れ、城に仕えている貴族にありながら反乱を企てるなど」

「貴様こそ恥を知れ若造、私達の何が分かると言うのだ。平和に埋もれている若造に」


 二人が、声を張って言い争いをしています。私の後ろに居た男女も、二人の言葉に意識が持っていかれてました。

 指輪は、ジルの反応をしっかり捉えている。

 ……今、ですね。


「ルビィ!」


 短く合図して、私はルビィの手を強く握り締めて父様を見る。それから、体内に発動間際で止めてあった魔術の一つを、周囲に向けて発動しました。


 ルビィを引き寄せて、ルビィを巻き込まないようにしてから、『ディスチャージ』。バチリと火花が散ったような、弾ける音と共に、周囲に高圧の電気が撒き散らされます。

 私を守るように迸った雷は、私の意思を汲んだかのように、男女とゲオルグ導師に向かう。まさか今更私が何かするとは想定していなかったらしく、男女は雷光に巻き込まれたのでしょう。膝を付いた音がしました。


 私は、ルビィの手をそのまま引いて、父様に向かって走り出す。ゲオルグ導師は一瞬驚いて、でも私の魔術を魔力で力ずくに消し去りました。

 それは、想定内。全力でもなければ高威力の魔術でもない、完全な行動不能に落とすには貧弱過ぎましたから。


 ですが、隙を作るには十分です。


 一瞬の硬直を見計らって、そのまま横をルビィと共に駆け抜ける。当然ゲオルグ導師は何が起こったのか理解して、私達に魔術を打って来ます。

 本当は、私を殺したかったのでしょうね。何故か知らないけれど、疎まれていましたから。それは本人に聞かない事には分かりませんが。

 人質が逃げようとした今、最早人質としてではなく、敵として私を始末しようとしているのでしょう。


「っリズ!」


 殿下の、切迫した声。

 言われなくとも、私を飲み込もうとする業火球が迫っている事には、気付いています。父様は、広場に隠れていた反乱軍の魔術を打ち消していました。周囲の人も応戦している。

 此方を助ける余裕はない。そして今回は、それも期待していません。


 私の背中を、体を、燃やし尽くさんと巨大な火の玉が追い掛け、直ぐに追い付く。背中に熱風が迫りますが、私には防御するつもりもありませんでした。


 ばしゃ、と死の熱が私にぶつかる手前。そこで放たれた熱球は何かにぶつかって、弾けて消えます。そこにあったのは、防御障壁でした。


 魔術に対する、一回だけの、絶対防御。セシル君に昔渡された、一つのお守り。

 渡された時は使う事もないだろうと思ってましたが、まさかこんな命の危険に遭うなんて思ってませんでしたよ。本当に、セシル君に感謝です。





 チェーンの先で揺れる円盤がぴきりと音を立てて砕けるのを感じながら、私は振り返って掌を後ろのゲオルグ導師に突き出す。

 防御に割かず、此方を本命として魔術を組み立てていた甲斐がありました。セシル君のプレゼントの効力を信じていたから、こんな真似が出来るのですよ。


 此方は全力で。


「『アブソリュートゼロ』!」


 以前伯爵子息(ロリコン)との決闘に使った時の、魔術。但し今度は手加減抜き、していたら私が絶対に破られるから。

 ある意味自らの意思で人を傷付けるつもりで、魔術を発動する。前回とは違って、私にも明確な害意がありますし、体を避けて発動するなんて真似はしない。私はルビィを守らなければならない、躊躇していたら殺られてしまうのだから。




 極低温の空気が、導師の周りに渦巻く。冷気は形を持ち、拒絶の意思を以て氷山を形作ります。

 悪寒すら感じさせる冷気が僅かに此方まで流れ込んで来ますが、私は構わずに魔力を流す。その名にある絶対零度を再現出来ないまでも、命を奪いかねない極低温まで。

そのまま凍り付いて仮死状態にまでなってくれたら御の字です。仮死状態なら、母様なら何とかしてくれそう。


 完全に発動しきってから、私は前に向き直って父様の元にルビィと向かいます。ルビィは私がしている事に少しだけ怯えた表情をしていましたが、そのままきゅうっと手を握り返していました。


 ルビィも一生懸命走っていますが。まだ子供なので足が遅い。こればっかりはどうしようもなくて、ルビィに合わせて速度を落とします。

 でも、後少しで父様の下に着く。


 そんな時に、私は背筋が凍るような感覚を覚えました。


「っ!」


 背後で魔術反応がして、私は反射的にルビィを抱えて横っ飛び。最早勘の域です。

 ルビィに合わせたとはいえそれなりな速度を出していた私。何とかルビィと一緒に横に移動出来ましたが……足首から、嫌な痛みが走ります。


 ルビィを抱えて地面に転がると、それはゆらりと立ち上がって私達を睨み付けていました。


「……流石に甘くはないですかね」


 口に入った砂利と口の粘膜を切って出た血を吐いて、私は引き攣り笑い。

 私達が数秒前まで居た場所には、岩で出来た大きなトゲがあります。当たった時の事はあまり想像したくありませんね。


 そして、私の作った小さな氷山があった場所には、怒気を全身から立ち上らせた導師が立っていました。

 幸いというか、導師は無傷という訳ではない。半身は凍り付き、蓄えた髭は冷気で固まっています。瞳だけは、燃えるような憎悪が宿っていました。


 無防備だった所に結構本気で魔術撃ち込んだというのに、戦闘不能にまで導けなかったとは……何というか、流石としか言いようがない。セシル君曰く腐っても魔導院のトップ、その言葉に偽りはありません。

 本来なら、私など簡単に嬲り殺せるでしょう。


 でも、私にも死ねない事情はあります。


「っジル!」


 私は、背中を思い切り打ったせいで痛む肺を総動員して、大切な従者の名前を呼びます。それよりも先に、落雷が導師の右肩に落ちていました。

 誰がやったかなんて、そんなの決まってる。


「……リズ様……っ!」


 生真面目な従者は、遅刻したりなんかしない。まさにジャストで、願う事をしてくれました。


 指輪で、近くに来ていたジルに合図するまで待機。そうお願いをしておいたのです。直ぐに来ても警戒されて魔術を打ち消される可能性がありましたから。


「貴様ァァァ!」


 皮膚を焼かれ、全身を傷で満たした導師が吼える。火傷と凍傷、相反する二つの傷に蝕まれた導師は、それでも闘志を失わずに私と現れたジルを睨み付けました。

 金色の瞳がこれでもかと吊り上げられ、導師の体から濃密な魔力が立ち上る。今までの比ではない魔力に、ルビィは腕の中で怯えます。人から明確な殺意を突き付けられた事がないから、当然でしょう。


 対する私は、ゆっくりと唇が反り返るのを自覚していました。

 視線の先では可視化しそうな勢いの魔力を迸らせる導師、そして……その背後で煌めく、もう一つの金色。


 私は、最初から二人(・ ・)を信じていましたよ。


「……私達の勝ちですよ」


 ルビィの目を掌でそっと塞ぎ、呟いた宣言と同時に……導師の体から氷柱が生える。

 がふ、とくぐもった音が、導師の口から紅と共に漏れました。胴体と腿、肩を貫く氷のトゲから、更にびきびきと凍り付いていく。体から流れた血液ですら、凍り付いて滴るのを止めています。


「……悪いが、身内(シュタインベルト)の恥は身内(シュタインベルト)で処理するのが礼儀なんでな」


 突き刺さる氷よりも冷ややかな声で、先程の魔術を放った主は突き放したように呟きます。


「セシル君……!」

「悪い、遅くなった」


 私が幼い頃に見た限りの冷たさを導師に向けたセシル君ですが、一瞬此方を見ては気不味そうに視線を逸らす純情っぷりは変わりません。

 ……本来は、人頼りにしてはいけなかったのですが……今回は、頼らざるを得なかった。私一人では、どうにも出来なかった。


 体を氷で貫かれた導師は、威厳たっぷりの顔を苦痛に歪め、自由であれば射殺さんばかりの眼差しをセシル君に向けています。

 実の孫に向ける眼差しではないのでしょうが、セシル君は気にした様子もありません。セシル君も軽蔑の眼差しを向けているからです。


「貴様、今何を……!」

「魔術に決まってるだろ」

「貴様は魔術を使えない筈だ!」

「一体いつの話をしてんだよ、馬鹿が」


 感情を負の感情に全て割り振った声音で切り捨てたセシル君は、導師に歩み寄ります。

 接近に導師は眉間を寄せ、向かってくるセシル君に火の球を飛ばして阻止しようとします。ですが消耗して痛みから集中力を切らせているらしく、首にかけているペンダントの障壁があっさり弾いていました。恐らく、こちらは量産型の方でしょうが……それでも、目を瞠る耐久力はあります。


「……お前は当主でも何でもない。お前に待っているのは国賊としての末路だけだ」


 袈裟懸けに切り捨てたように、取りつく島がない冷えきった声音で吐き捨てるセシル君。

 表情を驚愕で固めた導師に近付いたセシル君は、導師の胸倉を掴んでそのまま地面に体を叩き付けました。


突き刺さった氷柱が更に深く食い込むのもお構い無し、セシル君は眦を決して導師に馬乗り。もう向こうには抵抗の気力さえないのですが、セシル君はそれでも胸倉を掴んだ手を離しません。


「とっとと世代交代しろ、この老害が。人の友人に手を出してるんじゃねえよ」


 あ、と思わず声を漏らしてしまいます。

 ……セシル君、ちゃんと友達だって認めてくれてるんだ。あんなに怒ってくれるんだ。

 少し不謹慎でしたが、嬉しくなってしまいました。ルビィは気に入っていたセシル君の豹変ぶりに驚いて不安そうな顔をしていますが。


 それだけ吐き捨てたセシル君は、制圧が終わったらしい父様に「後は任せた」と丸投げ。……まあ、父様に任せるのが一番安全ですよね、そもそも瀕死言えど反乱の首謀者ですから、捕らえた方が良いですし。今此処で死なずとも、未来は変わりないのでしょうけど。


「……リズ様、ご無事ですか?」


 漸く収拾のつきそうな展開に一息ついた私に、ジルが窺うような眼差し。近寄りながらそっとローブをかけてきて、しゃがみ込んで来ます。足首の様子を見ている辺り、無事ではないと分かっていそうですが。

 腕から離れたルビィも不安げな眼差しでしたので、私は大丈夫ですよ、とルビィを撫でておきました。まあ、最悪の事態も想定していたので、軽傷で済んでラッキーくらいに思ってるのですよ。


 ルビィは父様に対しても心配そうだったので、「私は良いから父様の所に行ってらっしゃい」と促しておきます。ルビィは眉を下げていましたが、それでも父様が心配だったのか父様の所に駆けて行きます。


「……リズ様、次からは自らを傷付けないように」


 指輪で伝えてはいたので、何故私が切り傷があるのかは理解しているジルです。あまりジルの得意ではない治癒術をかけてくれる辺り、とても心配はしてくれているのですが……ちょっと怒ってらっしゃいますねこれ。

 でも、あの伯爵子息の事は私のせいじゃないし……。……私だって、怖かったんですもん。


「……こうでもしなきゃ、私が襲われていたし」

「……直ぐに助けられなくて、申し訳ありません」


 尻餅をついたままぎゅ、と羽織らされたローブの裾を抱き寄せて膝に顔を埋めると、ジルは言葉通り申し訳なさそうに私の頭を撫でます。

 大きな掌がそっと髪を撫でて来るのは、嫌ではない。ジルにされるのは、安心するから。


 ……別にジルは悪くないもん、誰が悪いかって言ったらあの伯爵子息ですし。


「っリズ様」

「ひみゃ!?」


 ジルのローブにくるまって三角座りをする私ですが、いきなりジルが私を抱き寄せて来たので、喉の奥から奇声が飛び出ます。

 流石にこのタイミングで抱擁されるとビビりますよ。今回はときめき的な意味のドキドキではないですよ、本当にびっくりした。


 いきなり何を、と顔を上げた私に、ジルの真剣な顔が映ります。でもそれは私に向けられたものではないし、それは敵意と言うに相応しい眼差しでした。


 ごおっと燃え盛る音がして、火の粉が弾け散る。そこで私は初めて業火球がこちらに飛んで来ていた事を知らされます。

ジルは即座に『エアカッター』を発動して、火の玉が風によって四つに分断。四つに分かれた炎は、意義を失ったように僅かな残滓を残して風に溶けました。


「……とことんお前は私の邪魔をする存在だな」

「来ると思っていましたよ」


 幼い頃の記憶、微かに残っていた、私の嫌いな人間の声。……ああ、そうでしたね。セシル君は言ってました、「主導者は、うちの糞爺(シュタインベルト)と、ジルの元実家(サヴァン)だ」と。


「丁度良かった。あなたに色々言いたい事があったのですよ、……アルフレド=サヴァン」


 首謀者の一人にして実の父親である男を前に、ジルは目元を伏せて穏やかに微笑みました。


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