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嘘と真の涙

 第一ミッションは終了して、私は伯爵子息から離れた部屋に閉じ込められています。流石に顔を青ざめさせて震えている女の子に無体は出来なかったらしく、拘束される事はありませんでした。


 見張りとして先程の男女二人がついて居ますが、見張りというか慰めてくれます。

 温かいお茶を入れてくれて、上着をかけてくれて。伯爵子息とは全く違う、丁寧な対応です。まあ襲われかけて傷心な女の子にはそうするしかないでしょうが。


 ソファに座って膝を抱え、顔を俯かせる私に、二人は気を遣ったのか話し掛けては来ません。心配そうな雰囲気だけは伝わって来ます。


 私は膝に顔を埋めたまま、この後の事を想定し、対応を考える事に必死です。




 まずは貞操を守れた事で目標達成は及第点、本当は傷付いたり触られる前にするべきでしたが……何事もなかったので良しとしましょう。


 次の目標としては、ルビィの下に辿り着く事が最優先事項です。私が単体で人質になるのならばまだ抵抗の余地はありますが、ルビィという人質の人質が居ると私は動けない。ルビィは父様の人質でもあり、私の人質でもある。


 故に、私はルビィという宝物を奪還しなければならない。奪還出来ずとも、隣にさえ居たら大抵の事は対処出来ます。

 最終手段として、私が身を挺してルビィを守り抜けば良い。後は父様がブチ切れて比喩でなく灰塵に帰してしまうでしょうし。死にはしなければ、勝機もある。


 ですが、父様ありきの作戦は避けた方が良い。助けて貰う前提で行動して、もし何かあった場合の対処に困りますし。

 となると、私はなるべく自力で現状を打開しなければなりません。




 ……兎に角、ルビィに会わなければ、私に勝機はない。一人で逃げ出す事は可能ですが、その場合はルビィが犠牲になる。 それだけは避けたい。


 そして会えたとして、その状況によっても対処が違います。一番好ましいのがルビィの側に導師が居ない事。そうしたら私は力ずくでルビィを奪還します。


 逆に最悪なのが父様と導師が対峙している時に、ルビィが人質とされている状況。これは私も人質になりますね。実力ではまだまだ導師に届くとは思いませんし、余程隙を突かない限りは排除出来ないです。ささやかに対抗策は考えていますが、上手くいくかどうか。

 それと、例外として私が周囲の被害も気にせず全力で魔術を破壊に使えば或いはですが……それをするとルビィが巻き添えになってしまうので、出来ません。


 勝利条件が限られているので、とても難しい。

 ですが、やらねばならない。むざむざと誘拐されてしまって父様達に迷惑をかけているのです、自分でも何とかしなくては。


「……あの」


 思考に結論、意思に覚悟を決めた私は、ゆっくりと顔を上げます。泣き過ぎて目が痛い。ごしごしと擦ると目が腫れているのが何となく分かりました。

 ぐず、と鼻を啜って、見張りの男女に視線を投げる。泣き腫らした顔が痛々しかったのか、二人は気不味そうな表情。恐らく、情に流されやすいタイプでしょう。


「ルビィ、は……どこ、ですか。弟は、体が弱くて……きっと、寂しがってる」

「……君の弟は、今離れた場所に居る。だけど安心して欲しい、私達も無闇に傷付けたい訳じゃない。弟君も無事だ」


 怯えと不安が混じった眼差しが可哀想だと思ったのか、男性は柔らかい声でそう告げて、私の頭を撫でようとします。


 すぅっと、血が失せていくような感覚。


 気が付けば、私は伸ばされた掌を弾いていました。




 明確な拒絶に、男性はびっくりしたのか目を見開いています。……拒んだ私も、びっくりしていました。

 意識的に拒むつもりは、なかった。だけど、何か、嫌で。触られるのが、嫌だった。


 ……はは、大丈夫大丈夫って思ってましたけど、……やっぱり、怖かった。もう無事なのだと安心してしまったから、余計に。今更なのに。じわじわと、せり上がる恐怖と嫌悪と不安が、内側に広がります。


「……やだ、さわらないで……」


 透明な水滴が、瞬きと共に零れ落ちる。自分から泣くつもりはなかったのに、それは次々と落ちて。

 最初の雫が産み出されてしまえば、後はとめどなく流れてしまいます。


「やだ、やだぁ……とうさまかあさま、じる、るびぃ……」


 会いたい。私の幸せと平和の下に、帰りたい。

 何でこんな事になったの、私の世界は平和だったのに。頑張るよ、頑張るけど、……何で自分が、こんなに頑張らなきゃいけないのか、分からなくなってしまう。返してよ、私の幸せを。会いたい、皆に会いたい。


 嗚咽を堪える私に、男性は非常にばつが悪そうな顔をしています。再び触れようとしないのは、今の私にはとても助かりました。


「……デュカ」

「分かってる。リズベット嬢、……弟に、会いたいか?」


 そんなの、会いたいに決まってる。

 その為に私は悩んでいたし、伯爵子息の気持ち悪い接触にも堪えたのです。私はルビィを取り戻して、父様の下に行くのです。


「ならば連れて行こう。どちらにせよ、導師の下に届けなければならなかったのだ。そこに弟君も居るだろう」


 私の視線に答えを見たのか、男性は重苦しく頷いて女性に目配せ。女性も頷いて、私に近寄ってしゃがみ顔を覗き込んで来ました。

 まだ若々しさ溢れる女性の顔には、罪悪感がありありと浮かんでいます。


「……ごめんね、大人の事情に巻き込んで。……でも、私達も退けないの」


 そう言って私の涙を拭う女性に、どう言葉を返して良いのか分からずに唇を噛み締めます。

 ……私もこの人も、皆自分の都合を優先している。それは当たり前。幸せを求める事は、誰しも少なからずする事だから。


 私は申し訳なさそうな女性と男性には目を合わせずに、ただ俯いて涙を滴らせました。






「っルビィ!」


 二人に連れていかれた部屋には、愛しの我が弟が居ました。

 疲弊しているのか、ぐったりと床に崩れているルビィ。堪らずに駆け寄って抱き締めると、ルビィは私に気付いたようで緩慢な動作で此方を見上げます。


「おねーちゃん……?」

「そうです、私ですよ」


 私と違い、疲れているだけで外傷は見当たりません。ルビィを拐った人間は、あの伯爵子息(ロリコン野郎)と違って何も手出ししてないようです。そこだけは本当に感謝しますよ。


 たった数時間離れていただけなのに、とても長く離れていた錯覚を覚える。不安だったからこそ、時間感覚が狂っているのでしょう。

 傷付けられていたらどうしよう、何かあったらどうしようと頭がぐるぐるしていましたが……今、漸くその悩みが消え去りました。


 無事な姿を見て急に安心してしまって、私はまた涙腺が緩んで涙がボロボロ零れだします。

 鼻の奥はツンと痺れて、目頭は焼けるように熱い。瞼を焦がさんばかりの熱を孕んだ涙が、ひとりでに落下していきました。


「お、おねーちゃん、どうしたの!?あっ、血が出てる!いたいの?だれがやったの!?」


 普段はルビィの前で、というか人前で泣く事なんか滅多にないから、ルビィは大慌て。多分、ルビィの前で初めて泣いた気がします。


 ルビィの肩に顎を乗せて嗚咽を漏らす私に、ルビィはおろおろと私の体を軽く揺すります。

 それでも涙が止まらない私に、ルビィはぎゅうっと抱き付いてから背後に居た二人を睨みつけました。


 普段はにこにこして温厚な弟ですが、今この時だけは、敵意を剥き出しにしています。

 ジルや父様に比べたら可愛らしいものですが、それでも眉を吊り上げて威嚇する表情。拙いながらも、私を守ろうとしてるのが感じ取れました。


「おねーちゃんいじめるの、ゆるさない」


 ぎゅむっと背中に手を回したルビィは、毛を逆立てた猫のように敵愾心の露な表情。ルビィが慰めるように背中を撫でて来るから、私も徐々に涙が収まっては来ました。


 ……ルビィが怒ってくれるのはありがたいのですが、実はこの怪我自分でやっちゃったのですよ。


 なんて事言える訳もないので、そこは内緒の方向で大人しくしておきます。苛めたのはこの人達じゃない事だけは言っておこうとは思いますが。


「ルビィ、この人達は私を案内してくれたんですよ」

「……いじめてないの?」

「苛めた人の仲間ではありますが、此処まで連れてきてくれたんです」


 だからそこまで悪い人じゃないですよ、と涙を拭いながら片手で背中をぽんぽん叩くと、多少は溜飲が下がったのか眼差しが和らぎます。それでもまだ警戒はしているようですが。

 ……私の弟はお姉ちゃん思いで、お姉ちゃん嬉しいです。まさかルビィに庇われる日が来るなんて、……まだまだ先だと思ってたのに。


 ちょっとずつ男の子になっていく弟に嬉しさの反面、か弱い子供に守られようとしている事が悔しい。私が守る立場なのに。


 弟にこれ以上情けない姿は見せたくない、と強引に涙を拭って、私はルビィに笑顔を見せます。瞼がチリチリと熱かったけど、ルビィに心配かけていられません。


「……漸く来たか」


 未だに敵意は消さないルビィを宥めていると、不機嫌そうな嗄れた声。

 独特の錆びた声には聞き覚えがあって、姿を見ずとも声の主くらいは判別出来る。一番このタイミングで出くわすのが好ましくない人間。パターンは最悪、導き出される未来も一番面倒臭い事請け合いです。

 威嚇をしていたルビィも、私の背後を見てはびくっと体を震わせていました。


 ルビィを背にして振り返る私の目には、好好爺とは正反対に見える、いかにも厳格そうな老人が立っています。

 海千山千、何処か傲岸さの窺える険しい眼差しが、私を貫く。セシル君と同じ金色の瞳には、分かりやすい嫌悪がちらついています。


「来い。父親に会わせてやる」


 額面通りに受け取れる筈がない。人質として、私達は連れていかれるのですから。


 私を連れて来た二人が私達を立たせようとするので、私は触られる前にルビィを抱き起こします。

 ……此処からが、本番。何としてでもこの男達から逃れて安全圏に退避しなくてはならない。父様達に余計な心労と迷惑をかけているのですかける訳にはいかないのだから。


「……ルビィ、大丈夫だよ、今度はお姉ちゃんがルビィを守るから」


 流石に顰めっ面のお爺さんが怖かったのか表情の暗いルビィに、私はいい子いい子と頭を撫でては、背を向けるゲオルグ導師をじっと見つめる。隣に居る男女にばれないように、覚悟と憎悪を乗せて。


 ……絶対に、私はルビィと逃げてみせる。


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