自分なりの抵抗と策略
この話には微妙に性的な描写が含まれております。苦手な方はご注意下さい。
人質といっても、ぶっちゃけ伯爵子息の慰み者として連れて来られた可能性が高い私です。だるま女にされないだけマシではありましょうが。
ある意味で予想通りというか、私は伯爵子息に連れられて、魔導院の一室に投げ込まれました。恐らく、反乱軍は此所に立て込もっているのでしょう。
簡素なベッドに放り込まれた私は、後ろ手で縛られているので肩から着地します。些か乱暴な扱いなのは、私が抵抗も出来ないしこれから狼藉をする相手に丁寧な扱いなど必要ないからでしょう。
マットレスの固さと勢いに呻く私へ、伯爵子息は歪んだ笑みを口許に拵えます。生理的に嫌悪の浮かぶ、吐き気すら催す笑みに体が震えてしまう。
「さて、お楽しみの時間だね」
このロリコンめ、と毒づきたくなりました。
自分を強く保て、絶望してはならない。隙を見せるか、助けが来るまでは泣き言を言ってはならない。好きにされるの何か勘弁です。
「……幾つか質問があるのですが」
「ん、なんだい?」
弱者と強者の立場が逆転した今、伯爵子息はとても気分が良さそうです。……時間稼ぎ、くらいなら出来るでしょう。指輪でジルに場所を教えているので、助けに来ようと努力はするでしょう。
でも本拠地っぽいから、危険もある。そんな危ない場所にジルを導くのも、罪悪感はあります。
「ルビィは何処ですか」
それだけでも、知りたい。私とは離されているルビィが何処に居るのか、無事なのか。あの子はまだ幼く何も出来ない、本来私が守ってあげなければならないのです。
「弟君は今頃導師の所に連れていかれているんじゃないのかな?あちらの抑止力として」
「……なら私も連れて行くべきでしょう」
危うく舌打ちをしそうになりましたが、堪えます。何処かに監禁されているならまだしも、一番の戦力の下に連れていかれてはそう簡単には取り返せそうにもない。
ジルにルビィを先に助けて貰って後は自力で脱出する事を考えていたのですが、作戦は台無しです。ならば次の行動と対策を考えなくては。
「連れて行く前に、君をモノにしておこうと思ってね」
バレないように思案する私に、伯爵子息は嗜虐心を露にした笑み。舐め回すような視線は、それだけで脂ぎった手が全身を這い回るような不快感を伴います。
ギシ、と私に覆い被さるようにベッドに乗り上がる。
私はせめてもの抵抗で、脚でベッドのマットを蹴り後ろに下がりました。些細な逃げですし、それが伯爵子息の征服欲を煽るとも知って尚、逃げずにはいられません。
ちゃり、と首から提げたチェーンの飾りが擦れる音がします。ジルとお揃いの指輪、そして、隣には銀色の小さな円盤。……これを駆使すれば、どうにかならなくもない。
但し、それはゲオルグ導師の下に無傷で辿り着いて、ルビィの側に行く事が出来たら。今は、自分の機転と力で身を守らなくてはならない。
性的な目的を持った掌が、私の腰部をなぞり、発展途上な胸元をまさぐる。寝ていた姿のままですから、薄いネグリジェ一枚。私の体を保護する観念では、この男の前で役に立ちそうもないです。
ひたすらに沸き起こる嫌悪と不快感に身を強張らせながらも、私は組み敷く伯爵子息に視線を向けます。本心では怖いし気持ち悪いけど、堪えろ、私。
「触らないで下さい。それ以上触るなら、私にも考えがあります」
「へえ、なんだい?抵抗するのかい?」
「私の体を穢すなら、自害します」
真っ直ぐに見上げれば、伯爵子息は目を丸くするものの愉快そうに唇を歪めます。まだ絶対的強者の立場でいるからでしょう。
「あなたは、本来私をゲオルグ導師に引き渡すように言われていましたよね?それを独断でこんな真似に出ている」
「別に人質なのだから、命を取らない限り良いだろう?」
「人質は生きていなければなりませんよね?私が自害した場合、責任は全てあなたにいきます」
「脅すのか?でも君は本気で自害しようとはしていない、揺さぶる為にそう言っているだけだ」
「そうかもしれませんね。なら、こうしましょうか」
……今の私は無力ですが、噛み付かない訳ではない。
私は自由だった脚を、有らん限りの力で一番狙ってはいけないであろう場所にぶつけます。
形容しがたい、気持ち悪い感触。言葉にもならない声が、伯爵子息の喉から迸りました。
私にのし掛かって悶絶する伯爵子息に、私は直ぐ様精一杯伯爵子息に体をぶつけてベッドを転がる。床に背中から着地したけれど構わず、手を縛る布を風の魔術で切り飛ばしました。
此処からは運と時間勝負。如何に私を有利な状況に持っていくか。極論伯爵子息の意識を奪っても良いけれど、それではその後が持たない。
ベッド側のテーブル置いてあったナイフをひっ掴み、私はそのままネグリジェの胸元を浅く裂く。ついでにスリットが入るようにスカート部分も幾つかビリビリと切り込みを入れておきます。
それから、覚悟を決めてナイフを自らの二の腕に食い込ませました。
肌を切り分ける鋭利な刃物の感触は、とても痛い。血だってたらたらと流れて来る。凶器で初めて肉体を傷付けたのが自分の体とか、笑えません。
切りつけられた風に装えるよう、ナイフの角度を調整して幾つか切り傷を付けていく。痛いけれど、これくらいなら後で自分で跡形もなく治せるのですから、我慢。
少々の痛い思いで現状を打破出来るならば、私は傷付く事を選びます。
二の腕、太腿、肩口、あと頸動脈を傷付けないように首筋。分かりやすく、見えやすい場所を、自ら素早く赤色の線として刻んでいきます。
痛みに生理的な涙が出てきますが堪えて、血の滴るナイフをベッドの側の床板、見える所に滑らせました。仕掛けは終わった。此処からは、私と運次第。
「今の悲鳴は何だ!」
状況のセッティングが終わったと同時に、部屋の扉が開け放たれ、二人の男女が飛び込んで来ます。当たり前ですが、反乱軍であろう人達でしょう。
二人の男女が部屋に押し入って来たのを見計らって、私は入り口に向かって駆け出しました。相手方の反応は早く、私を止めるべく近付いた私の肩を掴もうとします。
その手を間一髪で擦り抜けた私は、二人の内の片方、女性の魔導師さんに思い切り抱き付きました。
「え?ちょっ、」
想定外過ぎたのか戸惑った声を上げる女性魔導師さん。隣の男性もびっくりしているのか固まっていました。
そんな二人の反応に気付かない振りをして、私は身を小刻みに震わせて女性の体にしがみつきます。痛みの涙を、恐怖という要素を追加してぽろぽろと流しました。
「っく、ふ……こわ、こわかった、おねーさ、」
怯えきって喉に引っ掛かるような声で、私は女性に縋りつきます。体を震わせるのは止めずに、涙を瞳から滴らせながら。
実際に怖かったしおぞましかった、気持ち悪かった。思い出せば、幾らでも涙は出てきます。
かたかたと体を揺らす私に、女性は私の姿を見て何があったのかを悟ったらしいです。ちらりと抱き付いたまま横目で男性を見れば、男性も私の遭った事に気付いたのか鋭い視線をベッドで悶絶する伯爵子息に向けていました。
ただ、股間を押さえている伯爵子息に何があったのかも察したらしく、ちょっと憐れそうな目でもありますが。
「伯爵子息、彼女は人質として導師の下へ連れて行く筈だ、何故此所に連れ込んでいる。しかも怪我までさせて……!」
あれだけ伯爵子息が声を上げたなら、例え人払いをしていても周囲の人間は勘付く筈です。異常を察知して飛び込んで来る事も折り込み済み。
此処で賭けでしたが、私はその賭けに成功したのでしょう。私が思ったよりも、良い方向に。
反乱とはいえ、全員が全員外道という訳ではない。状況に納得いかない人間が参加しているのであり、非道な行為を好んでする人間が全てではありません。
中には必要以上に傷付ける事を厭う人もいるでしょう。
そんな人を、私は待っていた。乱入されるのは分かっていました、それがどんな人が来るのかが賭けです。女性の方が来てくれたのは嬉しい誤算でした。
「っく、あのひと、わたし、を……おそって、したがわない、なら、って」
「っ私はやってない!ナイフで傷付けたりなど!」
痛みと怒りに顔を歪めた伯爵子息が声を荒げたので、私は怯えたようにぎゅっと女性に抱き付きます。
さて、怯えて泣きじゃくった肌も露な子供と、ロリコン疑惑というかかつて衆人環視でロリコン確定した誘拐犯、どちらを信用するか。……まあ答えは出てますよね。
ぐすぐすと鼻を啜る私に、同性である女性魔導師さんは同情したのか、伯爵子息を睨み付けています。そもそも伯爵子息って信頼無さそうですし。
「るびぃ、ころされたくなかったらおとなしくしろって……」
嘘ついてないです。拡大解釈してるだけです。
弟を人質に取られて何も出来ない女の子。そういう印象付けを、念入りに。決闘騒ぎで魔術の適性があるとは皆さん知っていますからね、何もしない限り暴れないと二人に思わせなければなりません。
「大丈夫よ、もう変な事はないから」
伯爵子息による強姦未遂で怯える、無力でか弱い女の子。
そんなイメージを植え付ける事に成功した私には、二人共同情的です。そもそも子供を傷付けるのには抵抗がありそうな、良心のある二人ですから。引き当てたのがこの二人で良かった。
背中を撫でては宥めるように大丈夫よ、と囁く女性。私はしがみついたまま、涙を流す。鼻の奥が、痺れたように熱い。
泣きじゃくるのはちょっと演技が入っていますが、……本当に、怖かった。貞操を守れた安堵の涙でもあります。
……さて、此処からが本番です。助けて貰う事だけを期待してはならない、自分も最善を尽くさねば。




