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予兆

「リズ、家から絶対に出ないでくれ」


 まだ微妙にやきもきしている私に、父様はある日突然そう言い付けました。


 またも外出禁止令。最近は結構自由に……まあジルを連れてですけど、外を出歩けるようになった矢先の事でした。

 私が何かをしでかすと危ぶんでの制止、と思ったのは一瞬。父様の顔は真剣で、そんな生温い事情ではないというのは直ぐに理解します。カルディナさんも、城に来るなと言っていた。


「……一応理由を伺っても?」

「身の危険があるからだ」


 誰の、と聞かれたら多分私なのでしょう。一度は暗殺の危機を迎えている私ですからね、まあ二度目がないとは限りません。そういえばゲオルグ導師云々は一切解消してなかったですし。

 ……でも、それにしては事前察知が早いですよね。そもそも父様なら普通に私に知れないように潰すとかやりかねないのに。


「ジル、俺が居ない間はリズを頼む」

「畏まりました」


 父親としての顔ではなく、当主としての顔。凛々しくも険しい眼差しでジルを見抜く父様に、ジルも恭しく一礼を返します。


 いつにもなく静かに、緊張さえ孕んだ雰囲気の二人。

 父様はジルに私を任せた。かつては私を殺そうとまでしたジルを信頼しているのは、よく分かります。もうジルにそんなつもりがない事は、誰の目から見ても明らかですから。


 酷く厳粛な顔をする父様は私とジルを見遣り、少しだけ名残惜しそうに私の頭を撫でてから、部屋を出て行きました。

 ……どうしたの、父様。何で何も言ってくれなかったの。


「……ジル、父様は何をしようとしているのですか」

「仕事に行っただけですよ」

「……それは、普段の仕事ではないでしょう」


 あの顔は、そんな気楽なものではなかった。意を決した表情、と言い換えても良いです。普通の仕事に行くならそんな気負わないでしょう。


 父様は何を考えて、何をしようとしているのか。

 ジルに縋り付いて問い掛けても、ジルは答えを返してくれません。父様から口止めがかかっているのか、教えられない機密事項なのか。恐らくは、両方なのでしょう。


「……どうしても、教えられない事?」

「申し訳ありません」

「……なら、仕方ないです」


 ジルに文句を言っても仕方ありません、口止めされているなら尚更。父様も私に心配をかけまいとしているのでしょう、その判断に口出しは出来ません。

 私が我が儘を言えば言う程、ジルも父様も困ります。忙しいのは間違いないでしょうから、二人には迷惑をかけないようにしないと。


「……ジルは、側に居るのですよね」

「はい。片時も離れずお守り致します」

「片時もは困りますけどね」


 今ので、何か私に危険がある事は、分かりました。……父様は、何を考えているのでしょうか。私に何があるのでしょうか。






 父様が家を出て、三日経ちました。父様は、まだ帰って来ていません。

 そんなのよくある事だというのに、どうしてこうも不安なのでしょうか。危険を可能性として出されたから?


「リズ様、客人です」

「……私に?」

「セシル様です」


 大人しく引きこもる私に、ジルは一人の少年を連れて来ました。

 どう言っても訪ねてくれる事はなかった友人の姿に、私は目を丸くします。但し、訪問にではなく、訪れた格好に。


「どうしたんですか、そんなぼろぼろで」

「好きでぼろぼろになった訳じゃない」


 セシル君は魔導院のローブの端を擦り切らせて、所々鋭利な何かで切り裂かれたような跡さえあります。襲撃の後だと感じさせる、くたびれ具合でした。

 セシル君とは対照的に無傷、というか傷付く要素のなかった私の姿に、セシル君は僅かに安堵しています。セシル君も、私の事を心配して下さったのでしょうか。……というか、私にも関わる事らしいのに、私だけ蚊帳の外な気がします。


「……お前は無事だったんだな、というか外に出てないだろ。それが正解だ」

「……外で、何があるのでしょうか」

「ヴェルフとかこいつから聞いていないのか?」


 乱れた銀髪を整えながら、セシル君は側に控えるジルに視線を滑らせます。此処までセシル君を導いて来たジルは、セシル君に対しては無表情を貫いていました。ただ、それ以上は駄目だと言わんばかりに首を振っています。

 ジルの口からは、絶対に聞けない。けれど、口止めされていないセシル君からなら、事態について聞き出せるでしょう。


「……セシル君、外で何があったのですか」

「リズ様」

「聞いてないんだな、大方口止めされてるんだろうが。黙ってた方が不安になるとか考えないのか?」


 セシル君は無言のジルに、冷ややかな声を投げます。

 個人的な意見としてはセシル君に大賛成なのですが、二人の気遣いも分かる分、セシル君に諸手を挙げて話に乗っかる事も出来ません。


 極論、私の事は良いから父様の状況だけでも教えて欲しい。自分の事も心配ですけど、父様の身の方が心配です。


「……リズ、今年ユーリス殿下は幾つになる?」

「……確か、今年十五歳に……違う、十五歳に、……なった?」


 セシル君に言われて、おかしい事に気付きます。変ですよね、殿下の事だからパーティーか何かに呼ぶと思っていたけれど、全く呼ばれなかったし。

 だからうっかり忘れてましたけど……殿下と私は一ヶ月違いくらいの差しかない誕生日です。私が誕生日を迎えたなら、とっくの昔に殿下は誕生日を迎えている筈。


 それなのに、連絡すら来ないのはおかしい。そもそも、十五歳は成人する年齢で、大々的にお披露目があってもおかしくないのに。全く知らないなんて、変です。殿下も私の誕生日に一応呼んだけど、来てないし。何かがおかしい。


「ユーリス殿下は今、暗殺の危機にある」

「な、暗殺……!?」

「誕生祭も成人の儀を執り行わないのも、それのせいだな。表向きは体調不良となっているが。そんで一月経った今、成人の儀を執り行おうとして……」

「……襲撃された?」


 正解、と言葉にはせず重々しく頷くセシル君に、私は言葉を発する事が出来ませんでした。

 ……そんな事、知らなかった。知らされていなかった、の方が正しいのでしょうが。


「お前を家に留めたのは、お前も狙われる可能性があるからだろう」

「……私が?」

「お前は殿下と仲が良いみたいだからな。人質にされるか、目障りだから殺されるか。……既に暗殺じゃなくて反乱レベルにまで規模が膨れている」

「だから、父様は……」


 帰って来ないのは、暗殺騒ぎを収拾して反乱を鎮圧する為?

 父様は陛下の忠誠を尽くしていますし、陛下とは友人でもある。そして、魔導院のNo.2でもある。

 だったら制圧に駆り出されてもおかしくないし、寧ろ当然なのでしょう。……制圧って、事は、当然命の危険もある訳で。


「っ父様は無事ですか!?」

「ピンピンしてたぞ、そもそもお前の所に逃げろと言ったのはあいつだ。わざわざ隠し通路を使って外にまで出してくれたからな。あと殿下や陛下、王妃達も無事だ」


 セシル君が父様の無事を伝えてくれたので、私は少しだけ安堵して胸を撫で下ろします。……父様が、もしも死んだら、私は。

 殿下や陛下達も無事だと言っているので、良かったとは思いつつ……、色々な不安と疑問も沸き起こって来ます。

 何故、反乱など。


「……誰が反乱など」

「……言っても良いのか?」


 確認は、私ではなくジルに向けられています。ジルは表情を曇らせて、唇を噛み締めましたが……やがて、緩慢な動作で頷きました。

 それを確認したセシル君が、真っ直ぐに私を見抜きます。金色の瞳は、申し訳なさそうに揺れていました。


「……主導はうちの糞爺(シュタインベルト)と、ジルの元実家(サヴァン)だ」


 きゅ、と掌を握り締める音が、聞こえます。


「と言ってもうちも二分化されていてな、あの爺の率いる反王政派と、事なかれ主義の親父につく派だ。親父は直ぐに国王に『あれは爺の独断だ、あんなやつ当主でもない』と直訴して当主を引き継いだがな。晴れて爺は国賊。だが幾ら親父が国側だからってそういう目では中々見られないし、此方にまでとばっちりが来てえらい迷惑だ」


 身内が反乱を強行したとなると、セシル君も相当な重圧と周囲の視線が辛いのでしょうね。おまけにセシル君は、魔導院でも孤高を貫いていましたし。何を考えているか分かりにくいから、セシル君が反乱軍の一員だと思われてしまう事もあるでしょう。


「サヴァンは爺の言いなりだしな。他にも国王が気に食わないやつも反乱に参加している」

「……数は?」

「制圧は出来る人数だ。だが、腐っても魔導院のトップが指揮を執ってるからな、ヴェルフも苦労してるみたいだ」


 非常に不愉快そうにしているセシル君は、私が顔を強張らせているのに気付いてか慌てて肩を叩きます。


「絶対に大丈夫とは言わないが、お前の親父は強い。性根の腐った爺なんかに、そう簡単にはやられはしない」

「……うん」


 宥めるように私の背中をぽんぽんと叩いてくるセシル君。……こういう時、セシル君は優しい。元気付けてくれようとしている。

 黙っていたジルも側に寄って掌を握って、しゃがんで私を覗き込みます。いつもと変わらない穏やかな笑顔で、「ヴェルフ様を信じましょう」と囁きました。


 ……父様もジルもセシル君も、私を案じてくれている。私だけは、とても平和で。セシル君が居なかったら、私は反乱があった事自体後から知らされたでしょう。

 ……私だけ、何も知らないまま。何もしていない。知らされた所で何も出来ないし、寧ろ邪魔になるという事も分かっているけれど。……でも、何も出来ないのが、悔しい。

 無事に帰ってくるのを祈るしか出来ないなんて。


 唇を噛み締める私に、二人は困ったように背中を撫でて来ました。……泣いてはないです、ただ、純粋に悔しくて不安。


 ……お願いだから、無事でいてください。父様、殿下達。



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