相談
あの後、別れたセシル君がジルに何を言ったのかは分かりません。けれど、確かにセシル君はジルに何かを言った。多分私に言ったような事と同じ事を。
そのせいかは分かりませんが、ジルは少しだけ私に遠慮がちになりました。避けられている訳でもないですが、少しだけ、触れるのを躊躇うようになった。
間違いじゃないし、主従としては、正しい。
「けど納得いかないのも事実なのですよ」
膨れっ面でそう主張しながらテーブルをごんっと叩くと、カップとソーサーを避難させているカルディナさんは愉快そうに笑いました。
机に私用のカップがありますが、振動で中身が溢れかけています。紅茶に罪はないですが、ちょっと酷い目に遭っても構わないでしょう。
「リズちゃんの気持ちも分からなくもないけどねえ、それが貴族ってやつなのよ」
ゆったりと紅茶を口にするカルディナさんに、私は口を閉ざします。
……私だって、分かってます。寧ろ今までがおかしかった事くらい。甘やかしてくれるのが心地好くて、今の今まで甘え続けて来ていたけれど、それは駄目な事だというのは。
でも、まだ甘えていたいのは本音ですし、側に居たい。……でも、セシル君からすれば、やっぱりそれは駄目だそうで。
「ジル君もリズちゃん大好きだろうけど、そろそろ弁える事も大切だと思うよー」
「……ジルが私の事を大好きかは兎も角ですが、……駄目、なのかな」
「常識的に考えればね」
ストレートは口に合わなかったらしく改めて砂糖を追加しているカルディナさんは、大人の反応を見せました。他人事、というよりは割り切っている感じです。
因みにジルは居ません、女子トークだと言い張り追い出しておきました。セシル君の所に居るのではないでしょうか。
……味方をして欲しい訳ではありませんが、カルディナさんとは違って私には割り切る事が出来ません。というか無理な気がします。
ジルは小さい頃から側に居てくれて、喜びや悲しみを分かち合って来た。甘やかしてくれたし、時には叱ってくれて、私を守ってくれた。
多分、私が悪いけれど、私は依存しているのでしょう。近過ぎた結果として、頼りきってしまった。
眉を下げる私に、カルディナさんはカップをテーブルに置いて、両肘をテーブルに着けます。重ねた手の甲に顎を乗せた姿で、何処か可哀想なものを見るように呆れた表情で。
「ある意味リズちゃんは残酷だよね」
「……残酷?」
「ジル君もジル君だけど、リズちゃんもリズちゃんだね」
嘆息したカルディナさんは、視線を私に合わせてからじっと瞳を覗き込みます。……カルディナさんは、ふざけているようで核心を突くような人だから、ちょっと怖い。
「リズちゃんはジル君の事好き?」
「そりゃあ好きですけど」
「それが異性としてじゃなかったら、距離は置くべき。逆にジル君が可哀想だから」
その後付け足しで「まあ異性としてなら尚更距離を置くべきだけどね、貴族としてなら」と肩を竦めるカルディナさん。私はカルディナさんの言った事を、胸で反芻するしかありません。
……ジルの事が、好きか。
そんなの、分かりません。大切だとは思うし、格好良いとも思う。側に居ると、安心する。
それが異性的に好きなのか、それは、分かりません。殿下とも違う感情。名前を付けられない、安心感と信頼、他の何かが混ざった感情です。
「……そんなの、分かんない、もん」
「責めるつもりはないけどねー。ま、極論外で距離感保てるなら良いとは思うけど。その辺に居る貴族とかも愛人とか娼婦に甘い男も居る、何なら平民と隠れて会瀬する人間も居る」
バレなきゃ良いのよー、と身も蓋もない結論を弾き出したカルディナさんに、ちょっと頬を引き攣らせますが、彼女は彼女なりに励ましてはいるのでしょう。
……好きなのかなんて、分からない。ジルが私の事をどう思ってるのかも。……行動だけ見れば、かなり好かれているのかもしれませんが。
「あ、そうだリズちゃん。暫く城来ない方が良いよ」
「え?」
思案に勤しむ私に、カルディナさんが思い出したように口に出します。顔を上げて窺うように瞳を見ると、にこやかに、でも根底にある感情が見えない笑顔で私を見つめ返しました。
「リズちゃんの為だとは言っておくね。というか大人からの忠告」
「……居ちゃ、駄目なのですか?」
「んー、駄目ではないけど、リズちゃんの為にはならない。家に居た方が良いよ」
私を拒絶する、というには心配そうな瞳。少しだけ笑顔が困ったようなものに変化しています。
「これはセシル君にも言えるんだけどねえ……まあ、セシル君は仕方ない」
やれやれ、と言わんばかりのカルディナさんに私は首を傾げますが……カルディナさんは、答えを返してくれません。ただ、瞳で駄目だよと言わんばかりに私を見詰める。
「兎に角、暫くは家で大人しくしといた方が良いよ」
「……ジル」
有無を言わせぬ口調で引きこもりを押し付けられた私が扉を出ると、少し離れた所でジルが立っていました。
僅かに不安が表情に出ていたらしく、ジルは心配そうに此方を窺ってきます。その眼差しは、主君を気遣うもの。それ以上に感情は見えません。
……ジルは私の事を好きとか、……そうだとしても、私はどうして良いか、分からない。離れたくないけど、好意を露にされても戸惑う。
「カルディナさんに何か言われましたか?」
「……いえ。ただ、私は子供だなあ、と」
侯爵令嬢らしからぬ行動をしている、と思い知らされてちょっとへこんでいるだけです。……貴族って、こういう時に面倒ですよね。身分というものがあるから。
ただ側に居たいで許されるのは子供までだと、現実を突き付けられて。それが、悲しい。
「大人になりたくないですね」
「……人は少なからずそう思うでしょうが、確実に時は刻まれていきますよ」
「分かってます」
だからこそ、私はこんなにも不安なのでしょう。




