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誕生日と忠告

「リズベット嬢、この度は誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 何人目か数えるのも面倒になった挨拶に、私は外行き且つ極上に見える笑顔を控え目に顔に貼り付けました。


 基本的には過保護な従者と親のせいで人付き合いはあまりないですが、それでもしなければならない付き合いというものはあります。そもそも貴族ならば様々な方面に繋がりを持っておくのも大切ですし、私が例外過ぎました。


 十二歳ともなれば外の世界にも目を向ける頃、正式なデビュタントこそまだですが、誕生日会などには呼ばれたりします。

 殿下の誕生パーティなどで目をつけられていたというのもありますし、そもそも侯爵ともなれば何もしなくても擦り寄って来る人が多い。正直煩わしい程に。




 肉体年齢から逸脱しない程度に落ち着いた笑みを向ける私は、挨拶しに来た貴族の子息様には好ましく映ったらしいです。歳も然程……といっても相手は成人間際っぽそうですが、あまり変わらない年齢。殿下と同い年くらいでしょう。

 確か何処かの伯爵の息子さんだった気がします。フェルニーア卿が彼を連れていた気がしなくもないですね。

 彼は私ににこやかな笑顔を返して来ます。まあ打算的な笑顔だとは分かりますよ、私もそうですし。


「リズベット嬢は今日で十二歳になるのですよね?とても落ち着いていらっしゃる」

「そうですか?ありがとうございます、まだまだ落ち着きがないと父から言われるのですが」


 主に抜け出し癖が。ジルを連れてとは言え、魔導院やらお忍びで城下町に繰り出しますからね。そして買い食いやら遊んだり……もとい社会勉強してます。ただのお遊びとかそんな。

 お嬢様らしく家で大人しく花を愛でたり読書したりもしますが、何かしらやらかしそうで怖いとジルから見張られるくらいには動きますよ。


 上品さを欠かないように注意しながらころころと笑うと、伯爵子息は冗談だと思ったのか愉快そうに笑っています。残念ながら私はあなたが想像する程お淑やかでもないのですよね。


 伯爵子息は私に合わせるように爽やかな笑みを向けていますが、瞳は私を物色するように眺めています。

 勿論、あまり気持ちの良い視線ではありませんね、その焦点が何処に当たっているのか分かるので。主に顔と胸の辺り。


 顔はまあ、父様母様譲りなのでそれなりに整っている自覚はありますし、そもそも大概の子供は可愛らしいものです。子供補正ですよ。

 ……胸部はあまり見ないで欲しいのですがね、非常に不愉快なので。


 ぎゅうぎゅうに締めたコルセットと出来る限り寄せた肉のお陰で、一応は発育の良さげな十二歳の胸元に仕上がっております。微妙に谷間っぽいものがあるかないかですけど。

 デコルテの映えるデザインのドレスは、可愛らしいには可愛らしいですが、私にはまだ早いでしょう。というか早く脱ぎたいコルセットを。




 お客の前で「じろじろ見るな」と言う訳にもいかないので、私は他人向けの愛想笑いを浮かべては内心で溜め息。……誕生日パーティーとか、別にしなくても良いのになあ。ジルだって、居ないし。

 いつも側に居る従者は、今日ばかりは付き添ってくれません。少し離れた所で私を見守っています。微笑んでいるのに、伯爵子息に向ける視線が若干厳しいものになってますが。私だけに分かるくらいなので、まあ……良いのかな。


「そう言えば、リズベット嬢はユーリス殿下と親しいと聞いたのですが」

「殿下とは……そうですね、おこがましいかもしれませんが、親しくさせて頂いています」


 目と口許にうっすら愛嬌を乗せて微笑むと、微かにざわつく周囲。聞き耳を立てていたのでしょう、殿下との関係を肯定した事に驚いたらしいです。


「私には勿体ない程の、素晴らしい友人ですよ」


 とんでもない誤解を招きそうだったので、私はにこやかなまま続けておきました。国を統べる人間の息子に対して友人など馴れ馴れしいにも程がありますが、本人も陛下も良いと言ってくれるので許して下さい。


 控え目に、しかしきっぱりと言い切った私に、周囲の安堵が届きます。男女共に溜め息をついたのは、女の子は殿下にあわよくば嫁ぎたい人が多いからでしょう。一夫多妻が許されますからね、この国は。

 逆に男性は私がフリー状態なのを安心した模様。まあ立場的には好物件ですからね、陛下の懐刀的存在な侯爵の娘ですし。それを期待している人間には決して靡かないとは、本人達の前で言いませんが。


「それならリズベット嬢、宜しければ私と」

「リズ、こんな所に居たのか」


 伯爵子息の言葉を遮るように、私に聞き慣れた声が掛かります。思わずナイスタイミング、と口に出そうになりました。


「あら、セシル君。来て下さったのですね」

「呼んだのは自分だろう」


 素っ気なく返してくれるセシル君が、この場では新鮮でした。

 正装に身を包んだセシル君は大分大人っぽく見えますね。特別にセットしてあるのか、一部の前髪を残してを後ろに撫で付けた髪型も、普段より大人びているように感じる一因です。


 セシル君も私の姿を見て感心……じゃなくて頬を引き攣らせて、今度は立っていた伯爵子息を見ます。伯爵子息の視線を追うようにもう一度私を見て、更にジルに視線を滑らせる。

 本当に一瞬の事だったから、二人が何を考えたのか分かりませんけど……アイコンタクトで会話は成立しているようです。心なしかジルの笑顔が厳しくなって、セシル君はちょっと面倒そうになってますが。


「少し話がある。悪いがギュスタ殿、彼女を借りる」

「は、はい」


 仮にも公爵子息なセシル君の言う事に逆らう訳がありません。

 かなりびびってますね、伯爵子息を含めた周囲が。だって、うちとセシル君の家って仲が宜しくないの有名ですし。それなのに親しげにする私達に気圧されたのでしょう。


 セシル君の申し出は好都合です、というかセシル君も狙ってそうしたでしょうし。セシル君は空気を読んでくれてありがたいです。






「お前は無防備過ぎだ」


 セシル君に連れられてテラスまで出た私は、開口一番にそう言われました。


「お前なら適当にあしらえただろ」

「まさにあしらおうとしていた所なのですが」

「だったらさっさと断れ。お陰で俺がジルに睨まれただろ」

「あ、やっぱりジルにけしかけられたんですか」

「じゃなきゃわざわざこんな事するか」


 まあセシル君は目立つの好きじゃないですし、一応メインである私に話し掛けるなどしたがらないですよね。今日だって来てくれた事にびっくりです。来てくれないかと思ってましたから。


 ジルが直接制止する事がならないからセシル君に頼んだのでしょうが、セシル君的には良い迷惑そうです。

 でもセシル君とジルって最近変な所で結託している気がするんですよね、というかジルにセシル君が良いように扱われている気が。普通立場は逆なんでしょうけどね、本来の立場を踏まえても。


「ジルも過保護ですねえ……」

「あれを過保護で済ませるお前もお前だ」

「そうですか?ああ、でも今日のは本当に助かりました。視線が不愉快だったので」


 セシル君の前では取り繕う必要もないので、素直な感想を口にして肩を竦めました。 テラスは広間の喧騒から隔たれていて、落ち着いた夜の空気だけが辺りを満たしています。だからこそ、本音が零れたのですが。


 顔には出しませんけど、体をじろじろ見られるのは嫌です。今日のは微妙に自業自得ではありますけど、それでも嫌なものは嫌。

 恋愛対象として見られるならまだ放置していても困りませんけど、そこに欲がこもると駄目です。潔癖という訳ではないし、理解はしています。それでも、知りもしない他人に一部を凝視されるのは不愉快でした。


「……お前もそういう格好をするからだろ」

「これ私が選んだ訳でもないですし。別にセシル君には多少見られても平気ですけどねえ……」

「そっちの方が問題あるだろ」

「そうですか?」


 セシル君はじろじろ見る訳でもないですし、寧ろ目を逸らすタイプです。私に変な所で似ていて大人びてはいますが、そこは純情っぽいセシル君です。

 ちらっとされるくらいなら、こっちもちょっと恥ずかしい程度で済みます。そもそもぺたんこの時から知り合ってるですよ、私達。抱き付いた事もありますし。


「何なら抱き付きます?寄せられたので一応分かるくらいにはありますよ」

「止めろ!ばれたら俺が後でお前の従者に言われるだろうが!」

「……冗談だったのですが。あとセシル君は別にジルの言う事聞かなくて良いですからね?」


 ジルはセシル君にかなり厳しい気がします。というか周りに。本来はそれは駄目な気がするのですけどね。

 ……私の事心配してくれるのはありがたいのですけど、威嚇は駄目でしょうに。後でジルにもきっちり言わなきゃ。


 セシル君は、私を見ては溜め息。


「……敢えて言うが、お前はそろそろ気付いてやれ。本来はあいつの方から身を引かせるべきではあるが」

「……え?」

「俺から口に出すのもおかしな話だが、あいつの態度は従者にするには駄目だ、公私混同が過ぎる。ヴェルフが何も言わないのも悪いがな」


 まあ俺の態度も咎められるべきだろうが、と付け足したセシル君は、少し疲れたような表情でした。

 ……ジルが、従者としては駄目。公私混同、ですか。……駄目、なのかな。


「……お前には何が悪いのか分かっていないようだから、俺から言っても良い。あいつはな、お前に執着し過ぎている。それこそ、従者という立場を越えて」

「……ジルが……?」

「友人として言わせて貰うがな、お前が成人するまでだぞ、あんな真似が許されるのは」


 セシル君は、口調こそ突き放す物でしたけど、声が冷たい訳ではない。寧ろ、同情するような声でした。


 ……私が大人になってしまえば、ジルは大っぴらに私に触れる事は出来なくなる。今は、子供だから、許されている。

 主従関係にある私とジルが、こうも親しく触れ合うのがおかしい。そう言われていると、気付きました。


「……俺はお前を責めるつもりはない。忠告として言っただけだ」

「……うん」

「ああこら、泣きそうな顔するな。ったく、俺が悪役みたいだな……それもこれもジルが悪い。けじめをつけろとだけはあいつに言っておくぞ」


 ぐしゃ、と私の整えた髪を撫でるというか掻き乱すセシル君。一応主役の私に対する扱いが酷い、とは思いましたが、これでも慰めているのでしょう。

 不器用な慰め方のセシル君に、ちょっとだけ笑って、広間の方を眺めます。広間は、私が居なくても賑やかで、楽しそうに見えました。


「……別に私が居なくても良いなら、誰も知らない所に逃げてしまいたいですね」

「おいこら主役」

「冗談です。そもそもセシル君からおめでとうの一言も貰ってませんし」

「分かった悪かった。……誕生日おめでとう、リズ」


 セシル君も自分の髪を掻き上げて、それからいつになく柔らかい表情でそう返してくれました。

セシル君は、ぶっきらぼうで取っ付きにくいように見えますが、根はとてもいい人です。少なくとも、私の事を心配してくれるくらいには。


 ……私も、ジルへの接し方を変えた方が良いのかなあ、なんて思いながら、私はセシル君と共に広間に足を向けました。……そういえば、殿下居ないな。


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