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職場見学

「リズ、着いたぞ」

「んにゅ……父様……?」


 優しい声で囁かれ、背中を軽く叩かれた私は、しょぼしょぼする目を擦ります。

 いつの間にか寝ていたようです。目的地が子供には遠いからと抱っこして貰って移動していたのですが、お日様の匂いと気持ちの良い体温、眠りを誘う鼓動の音に、うっかり寝てしまったらしいです。


 くぁ、と中途半端な睡眠に欠伸を堪えて瞼に力を入れると、少し目は覚めて来ました。

 ……おお。


 若干まだ眠さの残る瞳に映ったのは、とても大きな城門、その背後にそびえ立つのは想像していたよりもずっと大きくファンタジーチックなお城です。

 え、本当に父様此所で働いてるんですか。想像以上に凄い人なのでは。


「父様父様、父様此所で働いてるんですよね」

「そうだぞ」

「父様凄い……!」


 掛け値なしの称賛に、父様は照れてのか少し頬を赤らめて、嬉しそうにありがとうな、と頭を撫でてくれます。

 父様は私を抱っこしたまま城門に近付き、門番らしき人に歩み寄っていきます。流石は城、ちゃんと門番さんが居るのですね。まあ居ないと不法侵入し放題でしょうが。


「おやヴェルフ様、その子は?」

「私の娘だ。ほらリズ、挨拶は?」

「父様その前に下ろして下さい」

「ああ、そうだったな」


 ヴェルフというのは父様の名前です。

 父様も公私混同はしないらしく、……いやまあ私連れて来た時点でアウトでしょうけどね、一人称は私になっていました。

 私はというと、父様が本当に此所で働いてるという事を実感して感動をしています。凄い父様。よくこんな人の欲望が裏で沢山動いていそうな所で働いていられますね……あ、褒めてます。父様優しいから騙されたり都合の良いように扱われてないか心配なだけですよ。


 父様直々の揺りかごから下ろして貰った私は、服の乱れを直してから門番さん二人組に向き直ります。


「お初にお目にかかります、ヴェルフ=アデルシャンの娘、リズベット=アデルシャンと申します。父がお世話になっております」


 ぺこ、とそつなく挨拶して頭を下げると、門番さん達は微妙に固まってました。そりゃこんな年端もいかぬ子供が敬語で挨拶するとか思えないでしょうね。私もこんな子供嫌です。


「ええっとヴェルフ様、失礼ですがご息女はお幾つで……?」

「今年で四歳になったな」

「正確には四歳と七ヶ月です」


 子供の半年は結構重要なので訂正をしつつ、にっこり微笑んで子供らしさもアピール。

 因みにどうでも良い話ではありますが、外行き用の笑顔です。子供の可愛らしさ全面に押し出したスマイル。父様母様に向けるのとはちょっと質が違います。


門番さん達は私の笑顔に硬直から解けたようで、私の顔と父様の顔を交互に見ています。


「よく似ていらっしゃいますね。セレン様の面影もある」

「はは、そうだろう? 私とセレンの子だからな。どうだ可愛いだろう。それに可愛いだけではないぞ、私の子はだな、」

「父様、嬉しいですが用事を済ませてからにして下さい」


 このままだと子供自慢に発展しそうだったので早々に切り上げさせると、これまた門番さん達は私を驚きの表情で見てきます。

 いや、だって。父様の自慢聞いてると褒められている本人としては物凄く恥ずかしいんですよ。穴に埋まりたくなるんですよ。如何に自分の子供が可愛いかとか凄いかをメイドや執事に語るから、私は本当に居心地悪いやら羞恥で死にたくなるやらで困るんです。


「ああそうだったな。……この子も城に入れても良いか? 魔力の検査をしに来たんだ」

「そ、そうですか、ヴェルフ様のご息女なら宜しいと思われます」

「どうぞお通り下さい」

「助かる」


 ほら若干門番さん達引いてましたからね。私のせいでもあるでしょうが。


 門番さん達の許可を貰った父様は、私の手を引いて城門を潜って行きます。職場なので実に堂々とした歩き方ですね、私は流石にそこまで堂々とできないので父様の後を控え目について行きますが。


 ああそうだ、と門番さんの横を通り過ぎる時に、またにっこり笑って手を振っておきました。また城に入る事があったら便宜を図って貰える可能性を上げる為に、と、単純にさようならの意味で。

 門番さん達は私の笑顔にびっくりした後、父様に見えないように笑って手を振り返してくれました。お仕事中なので内密に、という事でしょう。帰りがけにもう一回手を振っておきましょう。




 父様に連れられて城の中を歩くわたしですが、道行く人から物珍しそうに見られます。そりゃ結構凄い人っぽい父様が子供を連れて歩いていますからね。

 時折父様に話し掛けて私の事を話題に出す人が居ましたので、簡単な自己紹介をして頭を下げておきました。初対面の印象、大事。


「ヴェルフ様!」


 暫く歩いていると、前方から息を切らせた、何だかお偉いさんっぽい人が駆け寄って来ました。この人に様付けさせるとか父様どれだけ凄いんでしょうか。


「どうしたナディア」

「ユーリス様が行方不明になられました!」

「……ユーリス様はまた脱走か……」


 ナディアと呼ばれた方の深刻そうな顔に反して、父様は額を押さえてやれやれといった顔。

 よく分かりませんけど、どうやらユーリスという方は頻繁に抜け出してナディアさんを困らせているようです。父様の反応からして間違いないでしょう。


 そして、ユーリス様は私の勝手な推測ですが、王族の方ではないでしょうか。何か立場が偉そうなナディアさんに様を付けさせるくらいですから。それに父様にも。少なくとも父様より立場が上にあるのでしょう。

 となると限られて来ますね。父様結構重要なポストに就いていらっしゃるようですし、その父様に敬称を付けさせるのです。そして脱走というからにはつまり拘束されている、この場合は物理的な拘束ではなく立場的な拘束の事を指しているのでしょう。


 となると、答えは自ずと出て来ます。恐らくは……まあ妥当に考えて王子様とかだったり。


「殿下は懲りないな……」


 想像以上に大物来ました。まさか王族だったとは。しかも脱走の常習犯の模様。


「次期国王を城とはいえ護衛なしで歩かせるのは……」


 それも第一王子とか予想外すぎます。

 ……まあ、分からなくもないのですけれども。王族の、それも長子となれば期待や重圧も半端ないでしょう。次の王に相応しい知識や教養、振る舞いを求められると思います。

 それに嫌気が差して逃げ出してしまうのも、仕方ない事だとは思います。逃げて良いかは別として。


「ヴェルフ様、ユーリス様の捜索に参加して貰えないでしょうか」

「悪いが断る」

「……父様」

「そんな顔をしないでくれリズ。ユーリス様の場所は把握している。大方いつもの場所に居るのだろう」


 溜め息混じりに呟かれた言葉に、ぱちりと瞬き。……分かっているなら、何故連れ戻しにいかないのでしょうか。

 私の顔を見て言いたい事が伝わったらしく、端整な顔に苦笑いを浮かべています。


「……本来ならそっとしておいてやりたいんだよ。殿下も勉学や権力争いに疲れているだろうから」

「……大変ですね、王子は」

「リズも貴族の一員だからな、そのうち社交界デビューするんだぞ」

「心得ております」


 私もそれくらいは理解していますよ。私の後に子供が生まれなければ、跡取りとして家を継ぐ事になるとも理解しています。まあその心配は、今の両親のいちゃつきっぷりを見ていたら、杞憂に終わりそうではありますが。


 大人の世界は欲にまみれている。大人であった私でも凄く面倒臭いと思っているのですから、恐らく然程年の変わらないであろう王子様には堪えるでしょう。

 逃げたいと思うのも当然だとは思いますよ。


「まあ私としては、殿下の気持ちも分かります。ですが、それなら殿下には尚更教養や知識を身に付けさせるべきだとは思いますよ。今身に付けておいたものが将来殿下の身を守る鎧になるのですから」

「……リズ、私はリズが偶に分からなくなるよ。普通割り切れないだろう」

「殿下の先行きを案じているだけですよ。今を蔑ろにすれば後々困るのは殿下です」


 子供の台詞ではないでしょうが、父様は最早慣れているのであまり突っ込みません。逆にナディアさんがあんぐりと口を開けてこちらを見下ろして来ます。

 ……うん、明らかに大人び過ぎた子供ですね。外ではもう少し子供らしく振る舞った方が良いかもしれません。


 若干フリーズしているナディアさんに父様は苦笑。それから、じっとこちらを見てきます。あ、嫌な予感。


「リズ。そこまで言うなら殿下を説得して来なさい。案内するから」

「無理でしょう。見知らぬ子供ですよ私は」

「大丈夫だ、リズの可愛さは保証する」


 保証する所違う。


「……じゃあこうしよう。殿下を説得出来たら魔術を教える事にする」

「ずるいですそれは」

「はは。大丈夫だ、リズなら説得出来る」


 無茶ぶりしないで下さい。

 文句を言っても父様は聞いてくれそうにありません。普段は私に甘い癖にこういう時だけ……!


取り敢えず余計なフラグ建設しない事は祈っておきましょう。




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