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祖父による嫌悪の結果

 人間というもの、歳を経るとどうしても柔軟な思考に欠いてしまう人が殆どです。それは長い年月で確立してしまった物の見方や自我、自尊心がそうさせるのでしょう。

 固い意思と言えば聞こえは良いですが、要するに頑固な訳です。


 父様に近寄っては尊大な態度を崩さないまま話し掛けるお祖父様に、私は何とも言えず苦笑い。父様がカチ切れなければ良いのですけども、それをやってのけそうなお祖父様です。

 そもそも元から仲が悪いのですから、直ぐに直ぐただ孫に会いたいだけとか言っても信用はされないでしょう。まあそんな事お祖父様は言ってないし、態度が態度なので。


「何故お前はそこまで拒む」

「自分の行い省みろ。親父は俺にどういう教育をしてきた? あんな事をルビィに吹き込む可能性があるなら、その可能性を摘むのも当たり前だ」


 まあごもっともなので、今の所私は何も口出しする気はありません。此処まで拒まれるとお祖父様もある意味可哀想ですね、孫にも会わせて貰えないと言葉で表せば。ただ、女の孫は眼中になく扱いも雑な時点で同情の余地がないとは、使用人達の弁です。


「……おねーちゃ?」


 中々に確執はなくなりませんねえ、と溜め息をついた私に、背後から角のない丸い声がかけられました。

 ……しまった、と思った瞬間には、お祖父様の視線が此方に、いえ私の奥に向けられます。父様と同じ紅の瞳には、微かな希望。初めて孫の姿を見たらしいお祖父様は、私に向けていた険のある眼差しを少しだけ和らげていました。


 まあいつかはこうなると思ってましたよ。動き盛りのルビィがじっと出来る訳がないのです。


「父様、この際何もしでかさないように見張って会わせた方が、互いに精神衛生上良いと思いますよ」


 まあ仕方ないので、どちらかと言えばお祖父様にとっての助け船を、一艇。

 遥々遠い領地からやって来ましたし、孫の顔を見たいというのは事実でしょう。私は幾らでも蔑ろにして貰ってもまあ構いませんよ、ジルが構ってくれるし。

 こそこそと変に企まれるよりは、目の前で会って貰った方が安全だとは思うのです。駄目なら父様が引き剥がすか追い出すでしょうし。


 私の一声に、お祖父様は目を瞠って此方を見て来ます。此処で勘違いしないで欲しいのが、別にお祖父様の味方をするつもりではないという事ですね。どちらが安全かを考えた結果が、まだ監視下で話させた方が良いと考えただけですし。


「何か変な事を考えたなら、父様が止めてあげれば宜しいでしょう?」

「……まあ」

「それに、滞在さえ終われば此処から追い出す気満々でしょう。なら思い出の一つくらい作らせてあげたらどうですか」


 まあ思い出になるかはお祖父様とルビィ次第なのですけど、と口の中で呟いて、私は駆け寄るルビィを抱き止めます。

 ぎゅーっと背中に手を回して見上げるように小首を傾げたルビィに頬を緩ませて頭をなでなで。ルビィも私と同じように、髪を触られるのが好きなのでふにゃりと柔らかい笑顔です。


「ルビィ、父様の隣に居るのがお祖父様ですよ。挨拶してみて」

「……おじいさま?」


 きょと、と目を丸くして父様と隣のお祖父様に紅い瞳を向けるルビィ。求めていた孫息子と初めての対面に僅かに顔を強張らせたお祖父様は、ぎこちなく笑みを浮かべています。

 きゅ、と私の服を掴む力が、強くなりました。


「……やー」


 あっこれ駄目なパターンだ、と悟った瞬間には、ルビィは残酷にも首を振って私の影に隠れてしまいました。

 ……お祖父様が愕然としております。そういえば前私の表情でルビィも嫌って言ってましたよね。此処は謝ります、ごめんなさいお祖父様。先入観植え付けてました。


「ルビィ、お祖父様はルビィには優しいかもしれませんよ?」

「やー! おねーちゃいじめるひとやだ!」

「ルビィ……!」


 何て良い子に育ったのでしょうか、お姉ちゃん嬉しい。


「……ほらな。親父がリズに冷たくした時点でアウトだった訳だ。意味の分からん毛嫌いするからこうなる訳だ」

「父様、傷口抉らないであげて」

「し……仕方ないだろう、あの娘の子供など、」

「ルビィもリズもセレンの子供だ、いい加減にしろ」


 とうとう父様が我慢ならなくなったのか、眉を逆立ててお祖父様を睥睨。紅の瞳には紛れもない怒りに揺れていました。

 父様が怒ると、恐い。それは長年いたお祖父様もよく分かってるでしょうに。


「大体な、いきなり押し掛けて来て何だ? リズやセレンが下賤? ふざけんな、俺の選んだ女とその娘にケチつけるな。こんな可愛い娘と器量の良い妻に文句つけるんじゃない。リズだって可愛いし賢いし弟思いだ、親父に見せたくないくらいだ。それなのに親父は女だからと蔑んで暴言吐くとか、リズの可愛さが分かってないんだな。小さい頃からリズが俺を慕ってくれる姿は可愛くて仕方なかったのに、親父は分かってない」

「と、父様止めて恥ずかしいです」


 怒りもそこそこに親ばかが始まったので、物凄く痒くて私はブンブンと首を振ります。

 待って待って、何でいきなり娘自慢になってるんですか。お祖父様も度肝を抜かれている顔というか若干引いてます。今の私の姿と父様の言う姿がお祖父様の頭の中では全く一致しないのでしょう、私も自分で一致しないし。


 何か恥ずかしさに居た堪れない気持ちで、ルビィが心配するくらいに顔が赤くなってます。ぺたぺたと小さく温かい手が慰めるように頬に触れるから、私はうううと呻きながらルビィを抱き締めておきました。


「とうさまもおねーちゃいじめてる」

「い、いじめというか新手の嫌がらせですよね……これ」


 何で私がこんな恥ずかしい目に遭わなければ……。


 ルビィだけが私の味方です、と抱き締めると、ルビィは嬉しそうににこにこ。お祖父様と態度が雲泥の差なのは、私がルビィと仲が良いからでしょう。お祖父様はかなりショックを受けていますが。


「とうさま、おねーちゃいじめちゃめっ!」

「い、いじめてるつもりはないんだが……」

「私の羞恥心を煽るのは嫌がらせですけどね……」

「リズが可愛いのは事実だろう」


 そりゃあ我が子は大概可愛いものですって。それを、私が嫌いで理解出来ないお祖父様に懇切丁寧に説こうとも無駄と言うものです。

 何処か気の抜けたようなお祖父様を父様が揺さぶると、ちょっとしょげたようで厳めしい顔付きに翳り。ルビィの拒否と、逆に私に対するルビィの懐き具合の差に衝撃を受けているようでした。

 そりゃあ出会ってそうそう慕われるとかはないですね。私に対する態度も改善しないとルビィは近寄りもしないかと。……今更だとは思いますが。


「……ルビィ、お祖父様と仲良くするのは嫌?」

「やー!」


 あ、お祖父様撃沈した。


「ルビィに近付くにはリズという関門を突破してからだな、親父」

「いや、もう既に扉は自らの手によって固く閉ざされてると思いますよ……」


 お祖父様自らルビィとの繋がりの中継である私を切り捨てたんですから。私は何か段々憐れになってきたので、お祖父様にちょっとくらいルビィとの関わりを持たせてもいい気になってはいるんですよ。ルビィが嫌がるから、お祖父様が歩み寄らない限りどうしようもないですが。


「ルビィ、……ちょっとくらいお祖父様と話してみませんか!」

「やだー! おねーちゃ、いじめるひときらい!」

「ルビィ、抉ってる抉ってる。……残念ですねお祖父様、ルビィがかなり嫌がってます」

「何でリズは親父の味方になってるんだ」

「取り敢えず話せば満足してさっさと帰ってくれるかな、と」

「リズも何気酷いからな」


 ルビィの言葉がぐさぐさ刺さって元気がないお祖父様に、私はだってねえ? と首を傾げてみせます。

 そりゃあ早くお帰り願いたい訳ですよ。ルビィが嫌がるし。お祖父様自体はもう何か警戒する必要も徐々になくなってきた気はしますが、ルビィにとってお祖父様は私をいじめる人らしく嫌がります。……ルビィにちゃんと慕われてて嬉しいですね。


「お祖父様、ひとまず今回の所は諦めてお帰り下さい。次に来る時に態度を改めていればルビィもちょっとは近寄ってくれるでしょう」

「えー、ぼくや、むぐ」

「私に対する嫌悪がなくならない限りは、ルビィも嫌がる事を心得ておいて下さい」


 ルビィが止めを刺しそうだったので口を塞ぎつつ、私は今までにないくらいのにっこりとした微笑みでお祖父様に告げます。取り敢えず、今回の所は引き下がって下さいという意味を込めて。


 絶賛警戒中なルビィを宥めながら私はすっかり消沈しているお祖父様に微笑むと、お祖父様は最初の威勢は何処へやら、肩を落として私達に背中を向けました。余程ルビィに拒まれたのが堪えているのでしょう、ああしていれば弱気で可哀想なお祖父様にしか見えないのですけどね。




 次の日には、お祖父様は領地に帰ってしまいました。というか父様に追い出される形でしたが。

 去り際は名残惜しげにルビィを見ていましたけど、ルビィがそっぽ向いたからかなり傷を負ってます。私には強気に出たのに、ルビィには弱いなんて変なの。

 まあ、もし次も来るのであれば私に対する態度を少しでも軟化させて欲しいものです。


 こうして、ちょっと我が家を騒がせたお祖父様は、呆気なく帰路に就きました。出来れば次はもう少し大人気を持ってきて下さいね。




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