祖父と孫娘
お祖父様が滞在するにあたり、父様から厳命されたのがお祖父様に関わるな。
父様的には関わってもロクな事が起きないそうです。本当に父様はお祖父様嫌いですよね、まあパッと見でも父様と合わないとは分かりましたから、当然と言えばそうなのですが。
真顔で当主命令だ、と言われては逆らう事も出来ませんし逆らう気もありません。大人しくお祖父様には近寄らないようにしたいと思います。そもそもお祖父様は私の事確実に疎ましくなったでしょうね、初対面であんな事言ったし。
「……近寄らないのは良いんですけど、ルビィごと避けるのには限度があるんですよね」
はあ、と溜め息混じりに呟いては、膝を枕代わりに寝ているルビィの髪を梳きます。
ある意味で可哀想ではあるのですが、お祖父様にルビィを会わせない大作戦を決行している訳です。そこで、此処で問題が一つ。
ルビィが部屋でずっと大人しくしているかという問題です。
ルビィはまだ遊び盛りですし、今まで部屋で大人しくしていた分歩き回りたがります。最近は庭も行動範囲に増えた為、お気に入りの庭に行きたがっていました。今の所は宥めていますが、限界ではあります。私も庭に行きたいですし。
すやすやとお昼寝してくれているルビィは、あどけない寝顔を私に見せています。頬を指の腹でなぞるとむず痒そうにむにゃむにゃと眉を動かすから、可愛らしくてつい笑ってしまいました。
お祖父様が余計な事をしないと確約するならば、会わせるのでしょうけどね。ああいや、父様はお祖父様とほぼ縁切り状態なので会わせる気はないのでしょうが。
「リズ様、リズ様は平気なのですか?」
「私は平気です、ルビィさえ会わせなかったら。私が罵られても構いませんし」
「……私としては、リズ様が罵倒されるのは元当主だとしても許せないのですが」
「まあ私もお祖父様に言ってやりましたし、嫌われても仕方ないかなあとは」
私は嫌われようが構いませんよ、どうせ元から興味の範囲外に居たのですから。母様を侮辱した事には苛立っていますから、お祖父様にはあんな事を言いました。関わるつもりがないから言えたのですが。
私は、お祖父様には情が薄いらしいです。だって生まれて来てから十年、一度も会ってないのに祖父だとか、そんなの知らないです。しかも母様の事を蔑むとか。私が好かなくても当然でしょう、だって、私にとっては知らない人で他人なのですから。薄情なのでしょうか。
私の護衛も兼ねているジルは不服そうですが、私には特に害がないので気にはしません。実害が出たなら、私がキレる前に父様とジルが怒りますし。
……何だかんだでとことん甘やかされてますよね、私って。
「もし何かあったとしても、私にはジルが居ますから。何とかなります」
私にとってジルは家族のようなものです。まあそれを言ったら苦笑されますけどね。
でもジルは私には欠かせない存在で、とても頼りになる。私を大切にしてくれる、私だけを見てくれる人。私にとって、とても大切な人。
……早く、好い人が見付かって欲しいと思う反面、私から離れないでとも思う。依存しているのは自覚していますよ。
「では、その信頼に応えなければなりませんね」
苦笑というには満足そうに顔を綻ばせたジルは、私に陽だまりのような笑みを向けてするりと私の髪を梳きました。
自分の姿は、周りが言うには母様によく似ているそうです。父様曰く少女時代の母様そっくりだと。一応父様の雰囲気もあるにはあるそうですが、母様の方が強いらしいです。
成長期に突入している私は、その内母様を少し尖らせたような見掛けになりそうだと父様は予想。母様は童顔だし可愛いと綺麗の中間みたいな感じの面立ちなので、私の目付きは少し違うみたいです。
まあそんな事は置いておくとして、今の段階で私は母様に似ています。瓜二つとまではいきませんが、結構な具合に似ています。中身は全く違いますけど。
だから、母様を嫌うお祖父様にとっては孫娘であろうと、姿を見ては顔を顰める原因になりますね。
「……お前の弟はどうした」
なるべく引きこもっていても、出会う時は出会ってしまいます。
「逆に聞きますけどそれを聞いてどうなさるおつもりで?」
「孫の顔を見て何が悪い」
「目の前に孫は居ますよ?」
出来得る限りの明るく柔らかな表情を浮かべては、心証を良く見せようと心掛けてみます。
まあそんなの今更感溢れていますし、お祖父様には気に食わない結果だったらしく、厳めしい顔はさも不愉快そうに渋面を形作りました。
「お前は要らん」
「そうですか、残念です」
一応形だけは悲しんでおきますけど、別に僅かに血を引いているだけで今まで関わりもなかった相手にそう言われようと気にしません。別に今の私にもお祖父様は必要ないですし。父様の遺伝子提供者という認識ですから。
眉をわざとらしく下げた事は理解したらしく、お祖父様は忌々しそうな顔。
「お前は本当にあの娘そっくりだ。言葉では悲しむ癖に屁でもないように思っている辺り」
「傷付ける言動を自覚しているなら、それを行動に移しては如何ですか? さぞかしこの家では過ごしにくいでしょうに」
家の人間が全員歓迎していない事は、本人も感じているとは思います。そもそも絶縁に近い状態なのですから、ある意味では当然ですけど。特に父様と、昔から父様に仕えていた家令のジョセフは偉く毛嫌いしてますし。
「私はあなたに嫌われても構いませんし。ただ一応は好かれる努力をした方が良いと思っただけですよ?」
「そんなので私がお前を認めるとでも?」
「いえ、認知しようがしまいがどちらでも。私にとってはお祖父様は他人です、お祖父様にとっても。でも私があなたの求めるルビィの姉である事には変わりないですから」
「……可愛いげのない小娘だ」
「ええ、自覚しております。私は私の世界を壊そうとする人には容赦しません。たとえ父様の父でも」
にこやかに、断言しておきます。
「ルビィに接触してある事ない事吹き込もうとしたり、洗脳紛いをしようとするならば、私は何をしてでもあなたをこの家から追い出します」
「お前にそんな権限があるとでも?」
「父様に泣き付くなり実力行使するなり、幾らでも手段はあります。そして私は手段を選びません」
私はまだ子供で、堂々と大人に逆らっても勝機は薄い。ならば出来る限りの手段で安全を確保するのも当たり前でしょう。
「あなたがただ孫可愛さにルビィに会いたいなら、それを父様に示して下さい。疚しい企みがないならば、それくらい出来るでしょう?」
私には一切愛着は湧かないらしいので、まあそれはどうでも良いですけどルビィだけはお祖父様も執着しています。跡取り息子は可愛いのでしょう、私みたいなのは政略結婚の道具でしかないでしょうが。
ルビィを孫として可愛がりたいだけなら、私は拒みませんよ。父様のように問答無用で追い出したりとかもするつもりはありません。全てはお祖父様の考え次第。
偉そうだとか何様だとか、そう言われても構いませんよ。私は危険や不安要素を減らしたいだけです。
口許には笑みを浮かべ目だけは険しく細めると、お祖父様は僅かに顔を歪めて溜め息をつきます。
「一つだけ認める、お前はあの娘にもヴェルフにもそっくりだ」
「お褒めに与り光栄です」
にっこりといとけなさをアピールするように笑うと、お祖父様は少し考えたような顔で私に背を向けました。
……別に、私は嫌っても良いから、ルビィには余計な事をせず孫として可愛がってくれたら良いのに。そしたら父様もあんなに拒みはしないんだろうなあ、なんてお祖父様にはわざと言わないでおきました。




