好意と戸惑い
好きと言えば好きですけど、それとは別に苦手な分類に入るのが、私にとっての殿下の印象です。
別に嫌いではないし、しっかりした良い子だとは思います。十三歳になった殿下は、昔に比べると遥かに落ち着きましたし、王族としての自覚も持っていて責任感もあります。
重ね重ね言いますけど、嫌いではありませんし、好ましいとは思います。ですが、それは人間的にであって、異性的という訳ではありません。
まあつまり、言い寄られると凄く困るというか。
「リズ、今日も可愛らしいな。瞳と同じ色のドレスもよく似合っている」
まさに物語の王子様のような、というか王族なので実際王子な訳ですけど、そんな笑顔を向けられます。私はどうしてよいものか迷った挙げ句、無難にお礼を言って品の良い笑みを唇に浮かべました。
今、城で行われているお茶会というかパーティに参加している状況です。まあお茶会という名目の、若い子達のパートナー探しに近いかもしれませんね。大体十三~十六歳の男女が集っています。
最年少は私でしょうね、十歳。何故この催しに呼ばれたのか疑問ですよ。
一応呼ばれては断りにくいので、ちょっと仕方なく思いつつも出席したらこうなりました。
今着ている深紅のドレスに身を包んだ私に、殿下は賛辞を送って下さいます。多分御世辞ではない辺りあしらいに困るのですが。
殿下、出来れば他の女性にも声をかけてあげて下さい。私に突き刺さる視線が物凄く敵意に満ちています。
ほら、そこのお嬢さんとても可愛らしいですよ、ふわふわウェーブのお嬢さん。お人形みたいで可愛いですよ? 目が笑ってなくて怖いですけど。
「殿下、他の女性に挨拶しなくても?」
「もう済ませてある」
さいですか。そこは用意周到というか、私に構うのを止めて欲しかったというか。
「今日のリズには薔薇がよく似合うな。後で庭から持って来させよう」
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、私には城の庭に咲く薔薇は勿体無いので」
「では、此所にある薔薇なら良いか?」
私の遠慮に気を害した様子もなく、殿下はキラキラとしたエフェクトが飛びそうな笑顔。それから殿下の正装、その胸ポケットに付けられていた薔薇の飾りを、私の髪を束ねるリボンにそっと付けました。
花ではなく硝子細工で出来ているそれは、微かな魔力の反応。壊れにくいように魔術をかけられているのでしょうが、ってそういう問題ではありません。明らかに高価そうな石をあしらったこれを私に渡してどうするんですか。
「殿下、困ります」
「どうせ侍従が勝手に着けた物だし、一度着けると再び陽の目を見る事は滅多にない」
「それは……勿体無いですね」
「だろう? だから、使わない私よりも、有効活用してくれて似合うリズが持っていた方が良い」
あれ、言いくるめられた。違う、私は断ろうとした筈なのに。
どうしよう、と高価な贈り物に押し黙る私に、殿下は柔らかく微笑んで、私の髪を一房掬い取りました。母様譲りの、色素が薄い髪を軽く撫でて、表面に触れるだけの口づけを落とします。
きゃあ、と悲鳴じみた声が上がる。その意味を分かっているでしょうに、殿下は気にした様子もなく甘い微笑みで周囲を黙らせました。
二人きりならば突き飛ばすなり逃げるなりしますけど、今は周囲の目がある。拒めない状況だと分かってやっている節があるから、尚更質が悪いです。
「……ありがとうございます。殿下、そろそろ他の女性とも話しては如何ですか。他の女性が退屈そうにしているのでそろそろ私を解放して下さい」
「……私と話すのは、嫌か?」
少し悲しそうに首を傾げる殿下に、うっと息を飲んで一歩後退ります。……ずるいですよ殿下、その顔は。私が押しに弱いって知っている癖に。
殿下は確信犯なので、私はきゅっと歯を食い縛ってから、外行きの笑顔で首を振ります。
「そのような事はまさか。ただ、殿下がこのような場で一個人に構うような事は避けた方が宜しいかと」
「なら今度私の部屋に来ると良い。そこなら邪魔も入らず話せるだろう?」
「そちらの方が問題ありますよね。殿下はもう十三歳でしょう、女性を部屋に連れ込むのは宜しくないかと 」
「父上は既成事実を作れば良いと言っていたぞ」
おいこら国王陛下。
……駄目ですね、つい口調が。なんて事を言ってるんですか国王陛下、そもそも既成事実とか、まだ私は子供ですからね。出来る事限られてますからね。精々キスくらいですからね。それだけでは絶対に縛られてあげませんしそもそもさせませんからね。
「殿下、お戯れが過ぎますよ。それから、主賓ならば他の女性にも声はかけてあげて下さい。公の場ですよ」
「……リズも侍従と同じ事を言うのだな」
少しだけ膨れたように、子供らしく拗ねてみせる殿下。よく考えれば、まだ殿下は中学に入ったくらいの年齢ですもんね。成人もしていないですし。
……まあ、殿下くらいの年齢で礼儀作法や友人関係全て縛られるのも、可哀想だとは思います。私という例外が欲しいのでしょう。
「……私と話すのは、また別の場を設けて下さい。そうしたら、普通に接しますから」
今は駄目ですよ? と少し悪戯っぽく微笑むと、殿下は顔色を変えてにこやかな表情。駄目ですね、私も殿下に甘い。断らないといけないと思っているのに、寂しそうな顔をされると突き放せない。
下手すると、このまま私に熱を上げられて婚約まで取り付けられそうで怖いです。下手に甘くして執着されるよりは、適度に突き放した方が良いと分かってるのですが……。
殿下は気を直したらしく、やや上機嫌で私に微笑んでから、他の女性達の元に行きます。最初からそうしてくれた方がありがたかったのですが、殿下的にはこのお茶会自体に価値を見出だしていないから仕方ないとも言えます。
殿下の事は、嫌いではありません。
ですけど、殿下の素直な好意に対してどう受け取れば良いのか、分からない。私は殿下の好意に応えられるか、分からないから。
あれ程分かりやすく好意を寄せられているのですから、自惚れではなく好かれている事も、知っています。それにどうすれば良いのか。
私が甘いから、答えを先伸ばしにしている。
「……困ったなあ」
前世ではそういう感情に疎かった分、対応に困ります。嬉しくもあり、戸惑う。
私に早く好きな人が見付かれば、答えもはっきりするのになあ、なんて当分先の事を想像して、溜め息を溢しました。




